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兄がやらかしました

 兄の代わりに栗侯爵に嫁ぎます。



 本日は私の一番上の兄、王太子の誕生日祝いである。


「今日この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」


 私の背後ではなんだかアホな展開が行われている。人様の誕生日に何やっているんだ。三番目の兄の結婚の日取りも発表されるというのに。


 栗おいしー。しあわせ。


 三番目の兄の婚約者の実家が栗の名産地だそうで、私の栗好きを知って今回の誕生日パーティーに栗をたくさん持ってきてくれたそうだ。


 兄が結婚したら、栗送ってもらおう。ふふ。楽しみ。


 お相手は辺境伯の妹君で、隣国との国境防衛に必要とかなんとか。


 私の背後で、女の人の悲鳴が聞こえる。

 人垣の隙間からちょっとだけ後方を見た。もぎゅもぎゅとケーキを食べながら。


「お兄様すごいわね」


 三番目の兄がきれいな女性とキスを交わしている。結婚式でもないのに公衆の面前で。


 あれが婚約者さんかぁ。後程ご挨拶を。


 だが今はとりあえず栗だ。

 マロンロールケーキやマロンクリームで山を作ったモンブラン(どっかの侯爵領の名前をとっているらしい)。その上にちょこんとのっている黄金の輝きの栗!甘い豆のスープに栗を浮かべた栗ゼンザイなるものも試してみたいしー。ああ、私の小さいお腹に収まりきるかしら。


「これはどういうことですか!」


 二十代後半とおぼしき男性が怒りを露にして、声を張り上げた...ようだ。すまない栗に集中していた。


 父と一番上の兄がおろおろしている。


 泣き崩れる女性。

 その女性を先程声を張り上げたおじさんが抱き上げる。


 静まり返るパーティー会場。


「今夜の説明は、日を改めて聞かせていただきます。本日はこれにて」


 おじさんは女性を抱き上げたまま、王様(お父様)に背を向け会場を後にする。


 ざわざわと会場に不穏な空気が流れ出したのを感知した私は目の前のテーブルに意識を戻した。

 騒動が起こっているが気にしていられない。栗のケーキを一つでも多く口に詰め込まないと。


「これはいったいどういうことなのかしら?」


 私の側に立っている貴婦人が上品に多少困り顔で騒動の中心に視線を向けているが、言葉とは裏腹に口許に笑みが浮かんでいる。


「わざわざ数日かけて来たというのに...」


 次いで左隣でワインを持っている男性の声にちょっとだけ目をあげた。困り顔だが少しイントネーションが違う。ナッツ公国の使節だろうか。


「皆様大変申し訳ございませんが、本日はこれにてー...」


 偉そうな人が、額の汗をハンカチでぬぐいながら、アナウンスする。確か宰相だったはず。普段は後宮にいるので詳しくは知らないが。

 これはいよいよ風向きが怪しい。


「ーお集まりいただきありがとうございました」


「本日はこれにてお開きでして」

「お部屋のご用意はできています。」

「出口はこちらになります」

「おい。馬車を回せ」

「おい。離宮へご案内しろ」


 パーティーの案内係さんが大声でお客様の対応に当たっている。係の一人が私に気づく。


「アン王女様。こちらにいらっしゃったのですか。今日はもうお開きです。お部屋に帰りましょう」


 私は栗ケーキをこっそり一つ後ろでに隠し持ち、パーティー会場を後にしたのだった。


 ◆


「と言うことで、お前にモンデブラン侯爵に嫁いでもらうことになった」


 一ヶ月後。私は父に呼び出しをくらった。謁見の間で。

 正妃の娘ではあるがまだ十歳と若い私はこんな正式な場に呼ばれたことはない。


「はい? 誰それ」


「グレプの元婚約者の兄上だ。」


 二番目の兄がこっそり教えてくれるが、はて『元』婚約者?

 そういえばここ数日三番目の兄を見ていない。


「栗侯爵?」


「し、失礼なことを言うな!」


 国王が注意する。


 おっさん。じゃなかった。あの大声を上げた男性は三番目の兄が盛大にふった婚約者の兄だった(ややこしい)。


 どうやら、兄は長兄の誕生日パーティーの席で婚約者を罵り、婚約破棄を宣言し、婚約者ではない女性とキスをしたようだ。


 兄の婚約者はショックを受け、婚約はほぼ白紙。

 王族には側室を持つことが許されているのだから、婚約者と結婚した数年後にでも恋人を妻に迎えたら良かったのに。はあ。


「諸外国にも無様な姿を見せてしまった。今すぐ侯爵家と我が王家は強い絆で結ばれていると言うことを内外に知らしめないといけないのだ」


 つまり、私に拒否権はない。相手だってこんな小さな子供をもらっても迷惑だろうに...。

 待てよ。今が、わがままを聞いてもらえるチャンスかもしれない?


「わかりました。では一つだけ、私のお願いを聞いて下さいませ」


 私はわざと小さなため息をつき、か細い声を意識して王に願った。


「言ってみるがよい」


「名前を変えたいのです」


「何の名前だ?」


 いくらこれから辺境に嫁ぐ娘の願いとはいえ、二つ返事で頷かないか。急に野菜の名前を変えろなどと無茶を言うつもりはない。


 私はドレスの裾をちょんと持ち上げながら、にんまり笑った。


「私の名前です」


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