第1話 勇者アーデル
新作です。
よろしくおねがいします。
「すぅ……」
小さな呼吸音、巨大な空間は静寂で包まれており、呼吸の音さえも響き渡るような気がした。
その空間にいる2体の影、巨大な影と、小さな影……
巨大な盾と禍々しい剣を構えた異形の姿、空間が歪むほどの強大な力を身にまとい、まごうことなき強者であることは疑いようもない。
彼の者の名はシルバーフィアット。
魔王の中の魔王。
魔剣ガルラハラルドの使い手。
万の魔法を統べし魔王。
魔界を統べる大魔王。
幾つもの名を持つ、魔界に比肩するもののないと呼ばれる魔王だ。
しかし、今その魔王に余裕は一ミリもない、息を殺し、目の前の敵に全神経を集中させている。
彼の仲間は、全て討滅されている。
その、小さな影に……
「老いぼれが……後少しで人間らの国を飲み込めたものを……」
「……貴様がどこで何をしようが、構わん……
しかし、我が子や孫を手に掛けた時、自らの死刑執行書にサインをしたんじゃ……」
その小さき影からは、大魔王を凌駕する力の奔流が秘められている。
世界の果て、霊峰エヴァンレストの麓で静かに暮らし、趣味の魔道具の研究に打ち込んでいた。
老人の名はアーデン=ヴィブロック。
50年前の異界の邪神の侵攻を食い止めた英雄。
しかし、齢92を迎え、辺境の小国スティスで余生を過ごす一人の老人だった。
大魔王の侵攻は疾風苛烈、平和な日々を過ごしていた国々をあっという間に飲み込んでしまった。
幾人もの英雄と呼ばれる者たちが、その戦いで生命を落とした。
過去の英雄であるアーデンの息子、娘、孫たちも、その戦いで多くの人間を守り、命の花を散らしていった。
辺境の小国に、大魔王の侵攻の知らせが届いた時、既に世界地図から殆どの国は姿を消していた。
「自らの無能さを呪った……、平和に浸かって堕落していた自分が許せなんだ……
じゃからワシは……貴様には悪いが、八つ当たりで復讐する!!」
小さな影が掻き消える。
ズンッ!!
巨大な影の足元、見事な大理石の敷き詰められた床板が、粉々に粉砕され、アーデンの放つ拳が、大魔王の大盾を打ち抜く。
ビキッ……
頑強に見える巨大な盾に、亀裂が生じる。
「馬鹿なっ!! 黒魂の大盾を砕くなぞっ!」
「まだじゃ!」
ドンッ!!
アーデンはさらに歩を踏み込む、床岩が砕かれさらされた下地に巨大なクレーターのような歪が生じる。
同時に大盾はアーデンの放つ肘打ちによって、完全に砕け散る。
それだけでは止まらない、そのまま大魔王の懐に潜り込んだアーデンは肩と背を鎧に身を包んだ身体にぴたりとつける。
「大山崩撃!」
ゴギャァ!!
大魔王の身につけた黒色の鎧がアーデンの一撃で歪む、その衝撃で大魔王の身体が宙に浮く。
「天貫空割!!」
アーデンの双撃が歪んだ鎧の部分を貫く。
「ガハァッ!! お、おのれぇ!!」
大量の吐血を吐きながらも、大魔王は手に持つ剣を両手に構え、懐のアーデンに突き立てる。
「予想通りじゃな」
アーデンは死角からの一撃をまるで見えているかのように紙一重でかわし、魔剣を大魔王の手から奪い取り、今開けた傷に突き刺した。
大魔王は、自らが貫いたはずの剣が手から消えていること、そして、自らの身体に突き立てられた事実に気がつくのに一瞬の時間を必要とした。
「グボアァ……!! な、何が……?」
「不滅の大魔王……自らの魔剣ガラルハロルドの権能によって、滅びるが良い」
肘と膝で剣を挟み込み、魔剣の柄を粉砕する。
その瞬間、周囲を巨大な闇が削り取る。
闇の広がりよりも早く、アーデンは距離をとっている。
大魔王の身体の大部分は、その闇に飲み込まれ、闇が消えると同時に残った部分がグチャリと地面に落ちる。
「ば、馬鹿な……なぜ貴様が魔剣の力を知っている……」
「我が目は理を紐解く」
アーデンの瞳が薄っすらと光る。
見たもの全ての情報を見ることが出来る神から与えられた能力の一つだ。
身体の殆どを失った大魔王に、アーデンはつかつかと近づき、その顔の前に膝をつく。
「おのれ人間! 我ら魔族の命でもある魔素を浪費し、魔界を困窮に落とすだけでも足らず、我らに牙をむくか!! 許さん! 許さんぞ!!」
「貴様ら魔族も人間の命をおもちゃにしておる。お互いの正義が相容れぬ、我らは不倶戴天の敵としてしか存在できぬ。我が子、我が孫の魂を輪廻に返すために、貴様の命貰い受けるぞ」
「呪ってやる!! 貴様を、人を!! 邪神よ!! 我が声をっ!!」
アーデンは抜き手で大魔王の額を貫き、頭部から赤く輝く宝石を抜き取る。
その石を抜き取られた大魔王の身体は、サラサラと灰に姿を変え、風に飛ばされていく……
「……呪うほどの価値も残っておらんよ、人間に……」
アーデンは他の魔将軍たちから集めた魔石を、大魔王の魔石と合わせる。
「よく……保ってくれた……」
アーデンの口端からツーっと赤い筋がたれ、地面に幾つかのシミを作る。
筋骨隆々としたアーデンの身体が、まるで風船から空気が抜けるようにしぼんでいく。
秘術、禁呪の類で全盛期の肉体をわずかの時間取り戻した。
もちろんその反動は大きく、呼吸するだけで気を失いそうになる激痛がアーデンを襲っていた。
「……大魔王が祈る邪神も、ワシが滅したよ……
神よ……この世界の神よ……この老骨の人生、最後の願いじゃ……
魔族により穢された人々の魂に救済を……」
アーデンは空中に幾つもの複雑な魔法陣を描きあげていく。
その中央に、大量の魔石を配置していく。
「世界の理に触れる法……我が魂は消え失せる……
だが、それでいい……いささか、疲れた……」
アーデンは、勇者だ。
ある世界では魔を極め、未曾有の危機から世界を救った。
ある世界では剣を極め、未曾有の危機から世界を救った。
ある世界では拳を極め、未曾有の危機から世界を救った。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……世界を救った。
勇者という称号は、呪いだった。
世界を救い続けることを義務付けされた。
幾度生まれ変わっても、アーデンは過去の記憶を持ち、世界の敵と戦い続けることを強制された。
その使命から逃げようとしたことも有ったが、逃れることは出来なかった。
犠牲が多くなるか、少なくて済むかの差しか現れなかった……
いつしかアーデンは自らの意思を捨て、最も早く世界を救う機械になっていた。
アーデンは、自らの使命・死命を終える事が、この果のない旅の目的となった。
そんなアーデンにとって、今回の生は、希望だった。
世界の敵である邪神を倒した後も、アーデンが倒れ命を落とすことはなかった。
子も成せた、孫にまで出会うことが出来た……
しかし、彼の役目は、きちんと用意されていた。
自らの愛した人間は、寿命で静かに生を終えたが、愛する子孫たちは世界の敵によって魂を穢され、理より外れて慰み者にされてしまった……
アーデンはすでにそんなことでは絶望しない、すでにその階段は登っている。
今生は神に感謝さえしていた。
人間らしい生をおくらせてもらったことに対してだ。
時間を与えられ、とうとう役目を終えた、と考えなくもなかったが、アーデンは動き続けた。
真理の瞳によって、世界の法則に触れた。
魂の循環、魔法、技術、能力それらを定める神の存在。
世界の意味。
そして、自分自身の意味。
多くの時間を与えられた今生において、ようやくその知に至ることが出来た。
「メイア、シルーン、コーラン、キッシ、ゲインツ、カメーラ、キーファン、マイカ、セドラ……
来世では幸せになるんじゃぞ……」
アーデンの身体が光り輝いていく、魔法陣が魔力を得て稼働し、魔石から大量の魔力を吸い上げていく。
アーデンから立ち上る光も、魔法陣へと吸い込まれていく。
「……世界の神よ……願わくば、勇者なんて存在は……望んだ者に与えてくれんかね……?」
アーデンの身体が光の粒子となって魔法陣に吸い込まれ、世界に救いの魔法が発動した……
この世界も、救われたのだった……
毎週日曜18時に投稿するつもりです。
よろしくお願いいたします。