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見目麗しい美人だ。背丈は低いが、其処は御愛嬌。透き通った色白の華奢な体躯に、カールしたブラウンのボブヘア。赤味を帯びた茶の双眸は、見る人間を悉く惹き寄せる魅力がある。
然うだな。彼女の外見は別格だ。其れは認めよう。
だが、内面は……。
「ねえ」
然して、彼女は言葉を発する。
「うお。しゃべった」
驚嘆を口に出せば、間髪を置かず、左腕に走る衝撃。刺痛に続いて残る鈍痛に、俺は顔を顰めた。
「痛いな。事故ったら如何する」
「瑠璃くんと心中とか、死んでもいやだな」
年がら年中、毒を吐いて生きる彼女は、頬杖を突いて手前の髪を梳いた。
本当に失礼な奴だ。相手が誰彼だろうが、心中なんぞ御免だ。
見慣れた交差点を曲がって、場所は間も無く喫茶店を辿る。車も要らない距離だが、今更な話だ。
斯くして、「で」と、俺は仕切り直した。
「結局、何が言いたかったんだ」
気を取り直して問えば、「んー」と唸って、彼女は眉を顰める。言うか言うまいか逡巡している様に見受けられるのだが……。
「失礼な顔してた」
「どんな顔だよ」
御大層な表現だが、其の様に表現した貴方の方が失礼だろう。
「瑠璃くんの存在が失礼なとこあるよね」
達観した様な諦観した様な表情で、遊び心に溢れた戯言を呟く美羽。
「失礼な奴だ」
「お互い様だよ」
然して、場所は喫茶店の駐車場。空いた駐車区画を見付けて、ハンドルを目一杯に切る。次いで、美羽の座る助手席に手を突いて、俺は背後を見返した。
「バックカメラが無いと、本当に面倒だな」
いまは亡き彼奴を想い、独り言の様に呟いた後、クラッチとアクセルの微妙な加減に、俺は全神経を集中させる。其の暇に、美羽にも視線を呉れて遣るのだが、俺は此方を見詰める彼女の視線に気が付いた。
「如何した」
問い掛けた瞬間、彼女は視線を逸らして黙った。
時おり似た様な視線を感じるのだが、追及しても大変に失礼な文言しか返って来ないので、深い詮索は御法度と諦めていた。
然うして、俺は車を停車させる。
「着いたぞ」
「ん。ご苦労」
何様か分からない口調で然う言う彼女は、直ぐ様に扉を開く。彼女に追従する様に、俺も駐車場を踏み締めて、大きく背筋を伸ばした。
「あ。今日は瑠璃くんのおごりね」
「何故に」
「迎えが遅かった」
見遣った彼女が、片目を閉じた儘、此方に指を突き付けて言い放つ悪魔の如き一言。其奴を聞いて、異議が出ない筈が無い。だが、其の異議は喉元に拵えられた堰に塞き止められた。
異議を唱えても、何を言っても、俺の懐から消える札の枚数は変わらない。彼女の内懐で確定した事柄は、然う簡単には覆せないのだ。
斯くして、俺は両肩を竦めた。
「お。今日は素直だね」
「俺は何時だって素直だ」
然う言えば、彼女は此方の冗談も意に介さず、颯爽と喫茶店に向かって駆けて行った。
「はあ……」
俺は、其の背を呆然と眺めた儘、溜息を吐く事しか出来なかった。