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数の箱舟  作者: 摂氏
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摂氏です。作り名を変えました。

執筆中の長編を更新する合間の作品で、十話程度の短編です。

暇の御供になれば……。

 桜も咲き乱れる梢の春。清々しい涼風が香る麗らかな午後の自室に、無機質な音が響き渡る。小鳥が歌う音色に紛れて、俺の指の動きに合わせて、其奴は断続的に木霊した。

 此の依頼の納期限は明後日だが、此のまま順調に進めば、明日には納品できる。試験まで早々に終わらせて、余った時間は改修に充てたい所だが……。

 キーボードに指を這わせて、全身全霊で掻き鳴らす理系の打楽器。文字で埋め尽くされた楽譜には、プロンプトが単調なリズムを刻み続けていた。


「ふう……」


 此処まで終われば、夜中には試験に取り掛かれよう。

 背筋を思い切り伸ばした儘、俺は大海より深い溜息を吐いて、画面下部の時刻に視線を遣った。


「もう二時か」


 気が付けば、天道様が南天を下って地平線に向かっていた。

 浴びる刺激の少ない単調な日々は、此の身に絡む時間を早める。もう少し落ち着いて進んで呉れても良いのだが……。

 背凭れに寄り掛かって、窓の外を見遣れば、西日に照らされた親子が、自転車を漕ぐ練習をしている姿が見えた。

 若草が揺れる路側に沿う様に、彼等は一本道を緩やかに駆けて行く。其の彼等が向かう先に見た輝かしい未来の希望。俺は堪え切れず、彼等から目を背けた。

 さて。前半の作業は終いだ。

 俺は咥えた煙草を灰皿に放って、卓上に据え置いた箱から新しい一本を取り出す。其奴を咥えて、フリント式のライターで火を灯した後、深く一息を吸い込んだ。

 事を熟した後の至福の一本だ。吸い込んだ煙を鼻から吐き出して、新鮮な空気を再び吸い込む。此の一連の流れが、最高の一服を演出する。

 張っていた気を緩める様に、至高の時間を堪能する暇、外界から聞こえる子供の無邪気な声に耳を傾ける。然うして、フィルター部分まで燃え尽きた煙草を灰皿に放って、俺は徐に立ち上がった。

 其の儘、寝床の側まで移動して、放られていた携帯電話を掴む。

 今日は、午後の三時から予定が入っている。

 指紋認証で携帯のロックを外して、開いた予定表に記載されていた"十五時から見舞い"の文言。今日は、入院中の友人の見舞いに誘われていた。

 交通事故で入院したと聞かされた時には、流石に心配したが、其の所以が田圃の畦道に自転車で滑り落ちて骨折。然も、余所見運転と来た。

 本当に、馬鹿な野郎だよ。

 予定表の集合場所を確認した俺は、携帯電話を放り投げて、納戸から着古した上着を引っ張り出す。其奴を引っ掛けた儘、ベッドに投げられた財布と携帯を引っ掴んで、俺は部屋を後にした。


「忘れ物は……」


 玄関先で、手前の持ち物を確認する。財布に携帯、車と家の鍵。取り合えず財布と携帯さえ持てば、出先でも問題ない。

 大きく息を吐いた俺は、潜った玄関扉に鍵を掛けた。

 続いて、石段を下りて駐車場に向かう。

 待ち合わせ場所は、何処だったか。現地集合だった筈だが……。

 然して、俺は携帯電話を開いて、トーク履歴を辿った。

 今日あつまる友人等のグループトークに、引用する形で投稿された"お迎えきて!"の一言。追従する"霊柩車よぶ?"のメッセージも合わせて読んだ後、俺は携帯電話を懐に仕舞い込んだ。

 取り敢えず、美羽の家か。拾って遣らないと……。

 然うして、俺は大空を大きく仰いで、海溝を抉る様に深い溜息を吐いた。

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