疑似戦争体験プロジェクト
――隣にいた戦友の頭が突然撃ち砕かれた。
唖然とする間もなく、少し手前で閃光が見えたかと思ったら、身体が吹っ飛んでいた。物凄い音だ。振動がその凄まじさを演出する。さっきまでは自由に動けていたのに、今はもう思うように動けない。目をやると、両足がもげていた。
焦げた臭い。
それほどきつくはないが、血の臭いも混ざっている。
そこに複数人の足音が近付いて来た。
その足音の主達は、生き残った仲間達を次々と殺していく。
まずい……っ
そう僕は思う。
このままでは、僕も殺されてしまう。
しかし、足はもげているので逃げられない。僕は必死に両腕を伸ばしてそこから離れようとする。
ズルッ…… ズルッ…
何か違和感が。
見ると、内臓がこぼれ落ちていた。
激しい恐怖を覚える。
――そこで僕は、堪らずVR用のゴーグルを外した。
「いやぁ、これは無理だわ」
思わずそう一言。
周りには誰もいなかった。自分の部屋で一人だけ。
まだゴーグルからは焦げた臭いと微かな血の臭いが漂って来ていた。ただ、仮想世界の中にいた時よりも血の臭いは弱い気がした。きっと、仮想世界の迫力の所為で、脳が臭いをきつく錯覚させていたのだろう。
それは戦争を疑似体験できる国が推奨するプロジェクトの一つだった。
ゲームの技術を応用したもので、身に付けたコントローラーやゴーグルから振動や臭いまで感じられるという徹底振り。そこまでする必要があるのか?という声まで上がるほどのハイクオリティだというので、好奇心を刺激された僕は、無料ということもあって、思わずダウンロードとしてプレイしてしまったという訳だ。
因みに“ゲームの技術を応用”どころか、実際にゲームの要素もある。ただ、難易度はかなり高めだ。はっきり言って、無理ゲー。だからこそ、さっきのプレイで僕は死んでしまったのだけど。
いや、正確には死んでいないけど、あそこまでやられていたら同じだろう。
日本が戦争を行っていたのはもう遠い昔。当然ながら、時代が流れれば流れる程、その体験者は減っていく。そして、その記憶が薄れれば、自ずからその恐怖も忘れ去られていってしまう。
また、戦争に反対をする人に対して「体験もした事がないくせに」と批判する者もいる。いくらなんでもこれは理不尽だと思うけど。
戦争を体験した者しか戦争に反対してはいけないのだったら、戦争に反対する者は戦争が起きない限り、絶対に減っていってしまうじゃないか!
国はこの問題を何とかする為に、“疑似戦争体験プロジェクト”を開始した。つまり、戦争の恐ろしさを疑似体験する為に、できる限りリアリティを重視したゲーム要素ありの仮想空間を立ち上げたのだ。
もっとも、これには批判もあった。
現代の戦争は白兵戦など稀で、遠方からの射撃やミサイル、或いはドローンや無人航空機を使ったリモート爆撃、更にはAIによるロボット兵なども実用段階に入っている。つまり、“疑似戦争体験プロジェクト”で体験できる戦争は既に時代遅れなのではないかというのだ。
だが、“疑似戦争体験プロジェクト”は現代の戦争を疑似体験する為に作られたものではなく、飽くまで戦争の恐怖を肌で感じてもらう為に作られたものだから、問題はないのだそうだ。“時代遅れの戦争”であったとしても、充分にその役割を果たせると期待されていた。
この疑似戦争体験をある程度の時間行うと、特別な行政サービスを受けられるようになるため、体験者は意外に多い。
そして、多くの者が戦争の恐怖について語るようにもなっていた……
そんなある日の事だった。こんなニュースが流れた。
“日本の出生率が回復して来ている”
「へー」と、それを聞いて僕は思った。特に何かあった訳でもないのに、なんでだろう? と。
ところが、その出生率回復のグラフを見ているうちにふと気が付いたのだった。
「あれ? これ、“疑似戦争体験プロジェクト”をやり始めた頃と時期が同じだ」
――そう。
“疑似戦争体験プロジェクト”が開始され、体験者が増え始めた時期と出生率の伸びが重なっていたのだ。
そこで僕は思い出した。
“戦争”と“性欲”には、実は深い関係がある。
生命の危機を感じ、“子孫を残さねば”という本能が働くのか、それとも“戦争で勝って獲得した女性に子供を産ませる”という種族繁栄の本能が働くのかは分からないが、とにかく子供を残そうとする。
その証拠に、兵隊によるレイプ事件は戦争にはつきものだ。従軍慰安婦が必要とされたのはだからだし、アフリカではなんとエイズの恐怖があるにもかかわらず兵隊達がセックスをしてエイズを広めてしまった。日本の“団塊の世代”と呼ばれる人口の多い世代層は、戦争から戻って来た男達が、子作りに励んだ結果生まれたものだ。
もしかしたら、
と僕は思った。
もしかしたら“疑似戦争体験プロジェクト”の本当の目的は、出生率の回復だったのじゃないか?
戦争を疑似体験させる事で、人間の本能を刺激する試みだったのかも…