6. 無知は罪だが一発なら誤射 ~罪と罰~
ジェノは今や訓練所の床に正座している。目の前には腰に手を当てて、茶髪のポニーテールの女の子がぷりぷり怒りながらジェノに説教している。
どうしてこうなった。
いや、何のことはない。ジェノが、迷惑行為に該当する行動をしてしまったせいだ。
自分の発動したアビリティの結果に納得いかなかったジェノは、何度か失敗を繰り返した。結果、「その暴風で弓矢の練習ができない」と、隣にいた女の子に怒られる事に相成ったわけである。
まさに自業自得というやつだ。
ジェノを怒っている女の子は、革の軽装鎧に身を包み、片手の手袋は人差し指と中指がむき出しになっている。
彼女は弓使いである。本来であれば笑顔が絶えないであろう、かわいらしい顔であることがわかる。たとえ、今や目が吊り上がってジェノに怒りの炎を吐いていたとしても、だ。その名残が人懐っこい顔のパーツに現れている。ついてに見えている炎は、ジェノの幻視である。
ちなみに訓練所の職員的には、気の毒そうな目で眺めているだけだ。同情、というより近づきたくない、という表情で遠巻きにこちらを見ている。ジェノの行動は無自覚ではあるにしても迷惑行為ではあった。
しかし、現状で暴れたり逆切れすることなくおとなしく怒られているので、捕縛、もしくはペナルティといった処置まではいかないようであった。
「まったく!キミはいったいどういうつもりであんな迷惑行為をしたの!」
その娘は、一通り怒鳴った後、こちらが反省している事を多少なりとも感じ取ってくれたのか、ため息とともにそう言った。
ジェノは、正直に答えた。何せ、やりたいことに関して手掛かりが何もないのだ。こうなれば、先達に尋ねるしかあるまい。
「実は、どうしても魔法がちゃんと発動しないようでなぁ……」
ジェノは、かくかくしかじかと事の経緯を説明した。
彼の発動した【自然魔法(風)】は的に当たらなかった。というか、届いてもいなかった。そして彼の発動した風の魔法は、発射されることなく彼の掌を爆心地に辺りに強風をまき散らしただけに留まった。
そう、強風を発生させてはいたのである。しかし、そこから先に進展しなくて困っている。そう伝えたのだった。
それを聞いた娘は、首をひねって答えを出す。
「魔法?アビリティじゃなくて?
っていうか、発動キーワード間違えてるだけじゃないの?だって、たった"二語"でしょ」
……なんと言った?
「二語?アビリティの発動キーワードは『風よ』だけではないのか?」
ジェノが確認するように尋ねてみると、彼女は大きくため息をついた。
「……ああ、そういうことかぁ」
どうやら、彼女の中で原因がわかったようである。彼女は「ちょっと見てて」と、自分の使っていた的に向いて、矢をつがえた。
何を実演してくれるのか、とジェノはおとなしく彼女の様子を見守ることにした。
「これが【弓術】のアビリティ」
そう言って、矢を放つ。矢は、多少の山なりを描いて、的の端に小気味良い音を立てて刺さった。
アビリティで資質を持っていたとしても、ずいぶんと練習したのだろう。矢が当たった時に、彼女の張りつめた空気がふと緩んたことに気付いたジェノは、努力の跡を何となく理解した。
もともと経験者なのかもしれないが、弓を使って矢を当てるのは剣をふるってぶつけるだけとは訳が違う。周りの剣士も、もちろん【剣術】のアビリティを持っているだろうが、剣を振るっては体が剣に流され、隙を晒している者が多々見えるのである。
アビリティは"資質"の証明であり、体の補助をしてくれるわけではないのだ。
彼女が習熟にどれだけ努力したのかはわからないが、矢を的に当てられるだけの努力をしているだろう。ジェノはそう判断して褒めたたえるように感心した。
「おおー。お見事」
ジェノが驚いているのがわかったのか、少女は、少し照れくさそうな部分が見えるものの、ドヤ顔をキメた。
そして、次の矢をつがえる。見せたかったのは、さっきの弓の腕ではない、ということに気付き、改めて口を噤んで彼女の様子を見守るジェノ。
「それで、こっちが……【弓術】の"スキル"」
何かが変わった。何とは、口で言える明確な要素ではない。ただ、彼女がやろうとしていることが、さっきまでの行動とは違うことだけが理解できる。
張りつめた空間の中、ふと、ジェノは何かの"ズレ"を感じた。
(……なんじゃ?)
――一瞬、時が止まったような感覚の後。
ズガン、と先ほどとは威力の違う矢が、今度は的の中心に突き刺さった。
突き刺さった位置も、矢じりどころか矢羽近くまで突き刺さっている。
「こ、これは一体……?」
「弓の"スキル"。【スパイラルアロー】。発動条件は【弓術】と【精密操作】だよ」
驚きに声を漏らすジェノに、「ふぅ」と息を吐いて少女が答えた。その内容に、ジェノは驚いて聞き返す。
「何?アビリティを二つ使っておるのか?」
「そうだよ。だって【弓術】だけじゃ、当てるのがやっとだもん。
ちゃんと弓を使って攻撃するなら、【精密操作】とか命中力を上げるスキルが必須なの。
魔法もそうなんじゃない?……と、いうか普通アビリティって組み合わせて使うものでしょ」
呆れたように話す、彼女の提示した答え。
つまるところ、かつてのヒプノシアで登場キャラクターが使っていたのは【スキル】であって【アビリティ】ではなかったのだ。
ぐぬぬ。そんな話聞いておらんぞ。と、思ったが、そもそもがっつり依頼内容に『スキルを使う』って条件が書いてあった。自分の早とちりだった、とがっくりうなだれるジェノ。
(完全に見逃してただけじゃのう……とほほ)
しかし、そんな使い方ができるとはヘルプには記載がなかった。この世界に来るときに把握した常識の中にもだ。
「しかし、スキルの使い方なんてどこで知ったんじゃ?」
なにか、チュートリアルの中で見過ごした部分があったのか。ジェノがぽろり、と疑問をこぼすと。
「どこ、って……ログインする時にチュートリアルで出たじゃない」
こともなげに少女が答えた。
「なん……だと……?」
驚きに絶句するジェノ。
詳しく話を聞いたところによると、ログインする時のチュートリアルがあったとかで、その時にアビリティの使い方、スキルの発動の仕方を習ったのだという。
もちろん、ジェノはそんなイベントに遭遇してなどいない。というよりも、ジェノはそのチュートリアルを"今"ゲームを進行しながら進めている形だ。
思い当たる節は一つだけだ。ジェノがこの体になってしまった時の不具合や、ログインする時の警告文が、ジェノの本来のチュートリアルをスキップさせてしまったらしい。
なんてこったい。
自分がどこで躓いていたかをようやく理解したジェノは、根本的なところから話をすることにした。
「……なるほどのう。実は、俺の場合は、トラブルでチュートリアルを受けられなかったんじゃよ。それで、【スキル】の使い方を知らなかったんじゃ。
迷惑をかけてしまってすまんかった」
知識のちぐはぐさに訝しげな目を向ける少女。そんな彼女に、ジェノは自分の身に降りかかっている不具合を話した。運営からも、自分がデバッグプレイヤーであることは隠すな、という話であったわけで、このアバターが不具合の塊であることは話しても問題ないだろう。
もちろん、自らの不明で彼女の訓練を邪魔してしまったことを改めて詫びる。
すると、少女はジェノの姿をまじまじと見て、きっかり3秒は固まった後、驚きの表情を浮かべた。
「えーっ!じゃあキミが……じゃなくて、えっと」
しかし、声を荒げたのは一瞬であり、すぐにもごもごと口ごもっている。
「……?なんじゃ?」
不思議そうに尋ねるジェノに、ばつが悪そうな表情で答える少女。
「えっと……一応ワールドメッセージで話は聞いてます。高年齢サーバーの不具合で青少年サーバーに一人プレイヤーが紛れ込んでしまった、って。
でも、その格好は……」
「うむ……アバターもなんだかグラフィックがバグってしまったようでな。御覧のあり様じゃ」
「てっきりお年寄りの見た目してると思ってたので、そうとは思わなかったです」
そこで、ようやく少女の考えを理解した。ジェノは、苦笑しながら自分の体を見下ろす。
「そりゃそうか。高年齢サーバーから来てる、って言ってるんだものな。
高年齢サーバーのプレイヤーが紛れた、というだけなら見た目も年寄りだと思うわなぁ」
ジェノはそこで、ふと、周りが騒がしいことに気付いた。周りを見回してみると、誰もが手を止めてこちらをチラチラと見て話している。
「マジかよ……あれが……?」「……多分マジ……ARアイコン、手で触ってたもん……」「……えぇ……バグキャラじゃん……」「……このサーバー、大丈夫か……?」
ジェノは極力気にしてないつもりではあったが、周りの反応がそれに準じるわけもない。やはりこの見た目は目を引いてたようである。よくよく考えると、この場で一番背が低い。というか、青年サーバーにログインできる年齢としても合ってないようにも見える。
実際気が付かないふりをしていたものの、ジェノの感覚では、彼が入ってきてから戦闘音が少なくなった気がしていた。
目の前の少女どころか、話していない周りにすらあっさり信じてもらえたのにも理由がある。それが、視線入力ができないというのが何よりの説得力のようであった。
『視線入力』というのは、ARグラスの入力形態の一つである。
ARグラスの普及の際に、誰もかれもが虚空に手を動かす光景は奇妙、という批判があった。その反論として視線入力という入力方式があったのである。
入力の認識を、瞳孔の向きと収縮で行う、というものである。入力精度という問題を無視すれば、視線入力はARグラス発売当初からの機能ではある。しかし、ジェノは使うことができないので、虚空に手を彷徨わせて操作していたのだ。
ジェノが視線入力ができないのには、肉体年齢という明確な落とし穴があるのだ。
視線入力は、初めてARグラスに触れた年齢が40歳を超えた時点で習得率がほぼ0%になるという統計が出ているのだ。丸満も、その例外に漏れなかった。発売当時の時点で齢40は軽く超えており、視線入力のテクニックは習得できるわけがないのである。
そういうわけで、ヒプノシアでも相変わらず、視線入力ができない人向けの表示されたARアイコンを触った操作をしていたのだ。
周りを気にしてもしょうがないのだ。どうあがいても、ジェノは奇特な見た目でプレイするしかないわけで、そうなれば奇異の目で見られてしかるべきなのだから。
逆に、ARアイコンを手動で操作するのは、自分がバグキャラであるというアピールにもなる。何も問題がない。
「まぁ、そういうわけじゃ。アドバイス、感謝するぞ」
ジェノは、そう言って感謝を述べ、ふと気づいたように顔を上げる。
「何かお礼ができればいいんじゃが……」
「お礼?……いや、そんな。初心者へのアドバイスなんて普通ですよぉ」
少女は、照れくさそうに遠慮を示す。しかし、ジェノにはそれとは別に気になる部分もできた。
「ん?いやいや。持ちつ持たれつじゃよ。
と、いうかだな」
「はい?」
「何か、急によそよそしくなったように思うのじゃが……」
そう。ジェノがバグキャラだとわかってから、弓使いの少女がどうも彼と視線を合わせてくれなくなった。その点について、ジェノはふと嫌な考えに至ってしまう。
(これは……避けられてる、か?)
そう。彼女と自分とでは都市の差が大きい。やはり、若い者は年寄りには気が引けるのか。
そんな不安が表情にでも出ていたのか、少女は慌ててそれを否定した。
「ええっ!いや、そういうのじゃなくて!」
ジェノの指摘に彼女はびっくりすると、慌てたように顔の前で手を振った。
「なんというか、どう話せばいいのかな、って。見た目は年下に見えるけど、中身はおじいちゃんみたいだし……」
(なるほど。ちぐはぐすぎて対応に困っておるのか。)
呵々、と豪気に笑うと、ジェノは。
「気にするものではないよ。俺は初心者だし、知らないことだらけじゃ。先達の指導を受けるのは当然じゃし、何より同じプレイヤーじゃあないか」
といった。
何より、もっと気軽に接してほしい。ジェノはそう思った。何故ならば。
「せっかく同じゲームをプレイしているのに、他の人達は気軽に話しているのに、俺だけには腫物を触るような扱いをされたら、寂しいと思うぞ。
それに、若い子たちと気軽に話すなんて、ゲームの中でしかできないじゃないか」
なぁ?と周りにも視線を巡らせる。目が合えば、反らすプレイヤーもいる一方、照れるような表情や、なぜか頬を染めるプレイヤーもいた。何故、頬を染める?
「……じゃ、じゃあ。お礼のことなんだけど」
と、弓使いの少女が何か口にしたので改めて向き直る。
「私と、フレンドになってくれないかな」
<PC:マルティ からフレンド依頼が来ました>
続きの更新は明日の予定です。