5. そして悲願が叶う時 ~訓練所~
有意義な寄り道を終えて、予定通り訓練所へと向かう。
有意義であったのだ。少なくとも、彼にとっては。
訓練場への道すがら、ヘルプウィンドウを視界の端に開いて、適当に流し見で読み進めていく。先ほどの串焼きの購入のやり方、つまり売買の方法についてヨロ館で習っていた。しかし、アダに注意された事例があったのだ。
というのも、ジェノは健康診断やバグ対応での待機の時間等で、本来このサーバでプレイしている青少年組よりも遅いスタートを切っている。つまり先達がすでにいるわけだが、先陣を切った連中の中には、この世界の常識を知らなかったせいで、結果的に犯罪行為を犯してしまったプレイヤーが結構な数居たらしい。
それが何かというと、売買システムの不備か認知的な面も含む事例。つまるところ、無銭飲食である。
何をやらかしたのかと言えば、商品を受け取ってすぐに店を離れてしまったのだという。なんでも、商品の受け渡しの時点で支払いが終わっているものだと思ったらい。
確かに、商品受け取りと同時に支払いが終わっているような、そういったシステムのゲームもある。しかし、ジェノの覚えている限りではVRオンラインゲームで金銭のやり取りと商品の受け渡しは、別個の行動になっているものばかりだったはずだ。
たまたま慣れてないプレイヤーが多かったということだろうか?
逮捕者が続出したことで、結果的にヨロが慌てて注意事項の座学を行うことになったのだとか。この時点で捕まったプレイヤーに関しては、説明不足ということでペナルティはつかなかったらしい。
さて、ジェノが今ヘルプウィンドウで確認しているのは、この世界の常識と専門用語の一覧だ。
基礎知識に関しては、ドリームキャッチャーによる補助機能『夢の中の常識は何となく理解している』システムによっておおざっぱに把握はしているものの、どうやらプレイヤーとして活動しているとどうしても現実の常識や経験が優先されてしまうようなのだ。
この世界のヒプノシアの常識が、ジェノの知識にある過去のヒプノシアと同じであるという保証はない。少なくとも今までのヒプノシアシリーズのチュートリアル、もしくはヨロでの説明に『売買方法』などという内容はなかったはずだ。
問題が発生してからのフォローは遅い、とジェノは考えていたのである。
もっとも結論としては、ほぼほぼ知識通りらしい、ということが確認できたので満足であった。むしろ、忘れていたような地域情報や設定が見れたことの方が、満足の理由の様であるが。
やがて、ジェノはネージャッカの街の外門に近づいてきたことでヘルプウィンドウを閉じた。目的地は街の出口寄りにあるのだ。辺りを見回すと、鎧の前に剣が十字に描かれた看板の建物が目についた。
訓練場だと思わしき場所に近づくと、中からは断続的な剣戟のような金属音が聞こえてきた。
「ここか」
雄たけびと金属音が鳴り響く、木組みの門がそびえる建物だ。看板には『ネージャッカ訓練所』と書いてあるので間違いないだろう。
「たのもー」
声をかけて観音開きの門を開き、中に入ってみる。
瞬間、吹きすさぶ熱気を感じた。
見た目より建物が広いと感じるのはゲームだからだろうか。あるいは魔法の産物かもしれない。そもそも、入り口を抜けてすぐ熱気が来るというのがおかしい。おそらく、この建物入り口が、一種の転送ゲートのような体裁をなしているのだろう。
訓練場の中は、いくつかの区画に分かれているようだった。中央には六つの丘のようなでっぱりがあり、その全てでパーティ間の戦闘が行われていた。リングのようなものなのだろう。
そのリングの周りを囲むように的らしき木組みの人形が並んでおり、対面する者たちが思い思いの技を叩きつけている。
「おお……すごいのう。
さて、俺はどうすればいいんじゃろうか」
訓練場は、実のところ地下一階のような形で眼下に広がっている。ジェノがいる入り口は、さながら受付。地上一階は、そう言った役割なのだろう、しかし、受付とはいえカウンターのようなものは見当たらない。
きょろきょろと周囲を見回してみれば、近くにNPCらしき金属鎧の兵士さんがいたので声をかけてみる。
「あいや、すまん。聞きたいことがあるんじゃが」
「うん?……子供?」
ジェノの姿を見て、兵士さんは訝しげに眉を寄せた。
「その流れはもうお腹一杯じゃよ……」
ジェノは、うんざりした顔でそう言った。
チュートリアル依頼を受諾した旨を伝えると、「話は聞いている」と言って行き先まで案内してくれた。この建物では兵士の格好をしているのが職員であるらしい。バカをやる連中を取り押さえる目的もありそうだ。
道中聞いてみると、訓練場を使うのに特に登録や書面などは必要がないとのことだった。そもそも、この建物を使うことができるのはヨロズのメンバーだけなのだから、カードの身分証明ができていれば問題ないらしい。
連れてこられたのは訓練場の端の射撃場のようなところだった。練習をしているのは弓を使っている者ばかりだ。魔法の練習をしている者はいなかった。
(……確かに遠距離攻撃をしているプレイヤーばかりではあるが……)
少し不安を感じたジェノは、ついでに質問を投げかけてみる。
「あいやすまん。ついでに聞きたいことがあるんじゃが」
「うん?なんだろうか」
「ここで魔法の練習をしてもよいのかの?
見たところ、魔法使っている者が見当たらんのじゃが」
周りを見渡しながら話すと、その兵士は歯切れが悪く。
「え……あ、ああー。魔法ね。なるほど」
と、何かを考え込むそぶりを見せた。ついでに、ちらちらとジェノの持つ杖や、そのローブ姿に目線を投げる。
(ん?なんか反応がおかしい気が……勝手に納得された感じじゃけど、どういうことじゃろ?)
ジェノが兵士の反応に判断を困っていると、兵士が「よし」となんだか納得して話しだした。
「ええと、ここで魔法の練習をしても大丈夫ですよ。ただし、周りの迷惑にならないようにしてくださいね。
ものによっては広範囲に影響の出てしまうものもあります。ここでは特殊な結界でダメージは入りませんが、吹き飛ばされたりといった影響は出ますので」
広範囲のへの影響!ジェノは目から鱗が落ちるような感覚だった。
魔法が成功した場合について思いを馳せていたが、ひょっとしたら魔法が発動しない可能性もあったのだ。
「なるほどのう……丁寧にありがとう」
とりあえず、魔法を使っていいという言質は取れた。丁寧な対応をしてくれた職員に感謝の意を述べると、いそいそと空いている的に向かう。
さてはて。このゲームの魔法はどんなものだろうか。ウキウキと的に向かって、はたと気づく。
「……待てよ。そういえば魔法ってどうやって使うんじゃろ」
ジェノは攻略本を見ないでゲームするタイプの人間であるが、さすがにここまで人の目があるところで奇行に走るほど行き当たりばったりではない。
早速ヘルプを開く。できれば呪文詠唱必須なんてものがあると、ジェノ的にはモアベターである。
ちなみに、もし人の目が居なければ、珍妙なポーズをとってみたり、思いついた呪文詠唱を発してみたりする予定だった。この場でやっていたら、おそらくジェノだけではなく、周囲の清らかな青少年、特に男子諸君の精神に多大なダメージを刻むことになったであろう。
「魔法……ないのう。検索かけても出てきやせんぞ……?何か、魔法を使う条件とかあるのかのう」
そこまで悩み、つぶやいて気づく。
ヒプノシアでは魔法も技もひっくるめて"アビリティ"として扱っていた。依頼も『"スキル"を使う』ことがクリア条件である。
スキルとは、おそらく行使される攻撃アビリティのことだろう。
ということは、調べるべきは『魔法の使い方』ではなく『アビリティの使い方』ではないのか。検索内容を変えてみる……と。
「ビンゴじゃ」
ジェノは、見つけた項目にニンマリ、と笑みを浮かべた。
【アビリティの使い方】
1. ARウィンドウから【アビリティ】を選択し、使いたいスキルを選びます。
2. 選択したアビリティによって、追加で入力が必要な場合があります。(使用対象、コストの使用料など)
3. すべての入力が終わったら、【アビリティ】の説明文にある『発動キーワード』を発言してください。対象のアビリティが効果を発動します。
ただし、不適切な入力や『発動キーワード』の発言に失敗した場合、アビリティが発動しません。
なるほど、と改めて的に向き直る。左手を的に向け、右手でARアイコンからアビリティを選択する。
すると新しく視界にアビリティのリストが広がる。
「んむ、見難いのう……」
そう、アビリティのリストが開いたことで、視界が埋め尽くされてしまったのだ。これでは的が見えない。仕方がないので、視界を的から避けて横目で的を視認する。何とかこれで的に向かって魔法を放てそうだ。
さて、アビリティのリストは大まかに4枠に分かれていた。【バトルアビリティ】と【サブアビリティ】、【アクティブアビリティ】と【パッシブアビリティ】の組み合わせだ。
使うのはもちろん【自然魔法(風)】。バトルアビリティ欄のアクティブアビリティ項目に目的のものを見つける。タップしてみると、詳しい説明が出てきた。
【自然魔法(風)】
自然魔法が使えるようになる資質。
特に、風を操る魔法を使うのに適している。
また、火を操る魔法を使う場合に効果の減少あり。
発動キーワードは『風よ』。
気になるワードが最後に書いてある。
「発動キーワードは『風よ』。」
(ぐぬぬ。呪文詠唱とかで発動する魔法ではなかったか。まぁ、考えてみれば武器による技もアビリティなんだから、そこにいちいち詠唱とかは入らぬよな)
ヒプノシアシリーズで、詠唱をしていたキャラクターもいなかったし、イベントでも魔法名しか言ってなかった。そういうルールなのであれば、たとえ呪文詠唱の必要なく魔法が使えるのは仕方ないのである。
そもそも、周りの模擬戦でも掛け声こそあれど、技名を叫んでいる者はいない。ロマンがないが、仕方がない。クローズドβテストなのだから。
アビリティウィンドウの【自然魔法(風)】をタッチすると、視界にメッセージが浮かんだ。
<目標を指定して、『発動キーワード』を発言してください。>
左手に、風が渦巻く。これを、的に向ければいいのだろう。
自然と口角が上がり、嬉しさがこみあげてくる。これだ。これが、ずっと、やりたかった。
「【自然魔法(風)】」!
的に向けた左手の掌から、暴風が炸裂した。左手から発生した暴風は、ジェノの前髪を巻き上げ、ローブをはためかせる。床に落ちた砂が誇りとなって巻き上がり、超常の現象が起きたことを示唆していた。
ジェノの胸には、言いようのない満足感が広がっていた。
「……おっかしいのう」
満足感を感じていたのも10分前の話である。
と、いうのも。うまい具合に魔法が発動しないのである。
先ほどの魔法で風が発生したのは実感した。しかし、その風魔法が"発射していない"ことに気付いたのだ。また、他のプレイヤーが的に攻撃をすると、的の隣のガラス板にダメージのような数値が表示されるのだ。クリティカルヒットを狙ってか、次々と攻撃を繰り出す剣士を見れば、目まぐるしくガラス板に表示されている数値が切り替わる。
そのうちに、初めて3桁の数値が出てガッツポーズをとっていた。
一方のジェノは、というと。ガラス板がうんともすんとも動かないのである。
そもそも、暴風が発生しているのは手のひらであり、目前の的ではないのだ。
「……おっっかしいのう……」
何かやり方を間違っているのか。ジェノは、魔法を放つのを右手に変えたり、杖を構えてアビリティを発動させてみたり、アビリティウィンドウで視界が遮られるのも構わず真正面を向いて魔法を放ってみたり、といろいろ試すものの、一向に目的の風魔法の発射ができない。
今度はアビリティを発動してしばらく待ってみるか、と試しに再び【自然魔術(風)】を発動させようとしたところで。
「ちょっと、キミ!何するのさ!?」
突然、背後から女の子の声がした。思わず振り返ってみると、女の子が腰に手を当てて怒っている姿が目に入った。
真正面を向いて。ジェノは、その女の子の怒りを隠そうともしない顔と目が合った。
「……俺?」
続きは明日更新予定です。