0. 如何にして爺は――になったのか ~テスト日程完全終了~
その後の話をしよう。
丸満が無事、現実世界に戻ってきたことでプレイヤーの救助作業は完了。
前田達ヒプノシア・オンライン運営チームは汚染サーバの破壊を実行。その日の内に、ヒプノシア・オンラインのクローズドβテストは終了となった。
その後の一日をかけた健康診断では、プレイヤー全員に異常は見られず、トラブル時の強制ログアウトも人体に影響はないと判断されるに至った。もっとも、一部のプレイヤーに関しては長期的な診断が必要であると観察処分になったわけだが、これもテスター契約で示唆されていたことの内なのでトラブルはなかった。
その半月後、データの精査を終えたドリームキャッチャーの安全性がクローズドβテストで収集されたデータの完全公開を証拠に発表された。
またRe:Ask が取得したデータを元に、研究チームが新たな論文を発表。『集合的無意識クラウド』論が一般化するまでの次のステージを上ることとなった。
この二つの発表により、国外の否定論はほぼほぼ駆逐され、残るのは感情論や妄想の類と判断されることがほとんどとなる。
反対派の意見は下火になっていく。が、悲しいかな、国内では元々が感情論だったこともあり、『集合的無意識クラウド』論の研究開発は、一転して国外の技術がリードすることになってしまう。
また、国内の動きだけを見ると。ヒプノシア・オンラインのクローズドβテスト実施場で発生した事故が、正式にテロ活動と認定された。判明した関係者は、全員逮捕されることとなった。
また、ハッキング等のサイバー攻撃を行ったとして、加害関係者全員にスパイ活動防止法が適用された。これにより加害者関係者に指示命令をした諸外国を断定する調査が、各国で行われた。なお、関係が判明した国へは、政府としても厳重な抗議を行っている。しかし、抗議を受けた国はテロ行為との関係を否定する等で、しらを切ってのらりくらりと逃げ回るのみであった。
もっとも、そもそも国家間の陰謀を明かすなどと言った行為は、ただ抗議程度で終わる話ではない。政府関係者は、新しい技術が頓挫したことに加えて、これからの制裁・賠償の交渉に、頭を抱える日々を送ることだろう。
ヒプノシア・オンラインは、政府と協力した裁判やメディアの進出でトラブルの火消しを行った後に、オープンβテストを示唆する内容の広告を出し、向こう7年の音信不通に至る。
「ああ、やはり前田君は間に合わなんだか」
季節は春真っ盛り。透の好きだった桜の花吹雪を窓から見ながら、丸満は呟いた。
場所は、とある病室。生命維持装置の管などはないものの、そこには横になったまま動けなくなった丸満がいた。
ヒプノシア・オンラインのクローズドβテストが終わって、おおよそ5年が過ぎた。先日、急に倒れて息子に入院させられたのである。
診断は、老衰による脳梗塞。幸い、病院での診断中だったことで、即座に救急救命されたものの、今日が峠だと言われていた。
ふと、今わの際に思い出した内容をぽつり、と呟いた丸満の言葉に、傍にいた少女が反応した。
「おじいちゃん、何が?」
傍にいるのは、黒髪になったマルティ――咲森 玲子であった。
父親は仕事、母親は医者に呼ばれて部屋を出ていた。今は、小康状態の丸満を見守る役目で病室にいた。
「いや、なに。ヒプノシア・オンラインのオープンβに参加したかったな、とな」
この間際になってもゲームの話か、と玲子は笑った。
「進藤さんもこの前ヒプノシア・オンラインの事、言っていたよ。おじいちゃんに自慢してやる、って言ってた」
「あいつより先に体が動かなくなるとはなぁ。実に悔しい」
自虐的に丸満は言った。しかし、その後ボソリ、と。
「まぁ、でも俺の方が自慢できるけどな」
何せ、実際のヒプノシアへと行くのだ。その言葉は、生憎、玲子にも戯言にしか聞こえていないのだが。
最初にクローズドβテストから帰った時に、息子夫婦に透の伝言を伝えたのだが、ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったと思われたものだ。
もっとも、信じてもらえると思ってはいなかったので適当に流したが。
この世界に、魔法は存在しない。
でも、魔法が存在する世界はあるのだ。
それを、丸満は知っている。
ふと、予感を感じて丸満は玲子にお願いをした。
「ああ、玲子。ちょっと窓を開けてもらえるかな」
「うん。いい天気だしね」
「そうだな。ありがとよ」
玲子は、言われるままに窓を開ける。途端に風が吹き、玲子の顔を花吹雪が襲う。
「わっぷ」
だから、丸満の言葉を聞き逃した。
「――ああ、これでいける」
顔に着いた花びらをはたき落として、玲子は丸満の方を向いた。
「うぅん、風強いよ?やっぱり閉めとかない?おじいちゃん。
……おじいちゃん?」
その問いかけに答える声は、なかった。
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『集合的無意識クラウド論』論文末尾より抜粋。
夢の世界は存在しない世界でもなければ、一つしかない世界ではない。我々の「眠る」という行動は、夢という無数の世界を摘み食いに散歩に向かっているだけなのだ。
我々が、夢を意識的かつ共立って歩くことができるようになれば、同じ夢の世界に立つ異次元の存在とも仲良くなれる事だろう。
これにて、咲森 丸満じいちゃんの物語は完結となります。
この物語やら前世やら、果たしておじいちゃんの夢でしかなかったのか、現実なのか。それは、各々のご想像のとおりでよろしいかと思います。
個人的には、ヒプノシアにたどり着いてほしいと思っておりますが。
ご愛読ありがとうございました。




