11. かくして伝説は降り立った ~Closed Hypnosia~
いつの間にか"視界入力"で前田に通話をつないでいたジェノ。通話をつなぐ前に「今はおとなしく話だけ聞いててくれ」とメールで断っておいたので、前田は静かにしていたのだ。
「……と、いうことはそこは異世界なんですか!?ヒプノシアは本当にあったんですね!また接続先に選んだら、私もログインすればヒプノシアの大地に行けるんですね!?
やったー!」
話しかけられたことを機に、ため込んでいたテンションが爆発したように騒ぎ出す前田。
自分の企画したヒプノシア・オンラインが本物のヒプノシアにつながっている、などと言う唐突な話ではあったが、それの真贋よりも、ジェノの話を事実として理解する方を優先したようだ。
「あ、いや。流石にクラック仕掛けられるたびに崩壊されるのも困るから、終わったら切断するぞい」
「じゃあもう私ヒプノシアに行けないじゃないですかやだー!!」
ジェノが今からやる対処法を話すと一転、ガチ泣き雰囲気でクレームを言いだす前田。
いい大人だろうに、とジェノは呆れた表情を浮かべる。
「あの、世界のつながりを切断するなんて、そんなことができるんですか?」
エスカペがジェノの言っていることに、疑問を持ったようだ。事実だとすれば大掛かりな内容には違いない。それを、さも当然と言わんばかりに言うのだから、本気で言っているのかわからなかったのも頷ける。
「うむ。もともと、この一週間が終われば神々の方から切断する予定じゃったそうだ。神様方からしても、この事態は予想外の様じゃったからのう。
それに、世界と言っても実際のヒプノシアの大地はこの村近辺だけじゃからな。おそらく、俺の記憶がタグとなって、お前の魂を起点にして接続されてしまっただけじゃ。
この辺り一帯の空間を元の世界に戻すだけじゃから、すぐできるぞ」
そう言うと、ジェノは持っていた杖をくるり、と一回転させて大地に突き刺した。
「【神祖魔術(時)】【神祖魔術(空間)】【範囲拡大】【転移】【魔力操作】」
複数のアビリティが脳内の選択だけで発動し、村を囲うように巨大な魔方陣が現れる。遥か彼方にあった天変地異の光景が、まるで蜃気楼のように消え去っていく。
まるで、災害そのものをかき消したかのような光景に、ヴォーロゥとエスカペは開いた口が塞がらない。
ジェノは、ふと森から立ち上る黒煙に気付いて目をやった。
「ああ、そうじゃ。事故で燃え移った分は消しておかねばな。
【自然魔術(水)】【拡散】【範囲拡大】【治癒】【放射】【耐炎】【消火】【魔力操作】」
ついで、という軽い口調でスキルを発動。軽く上げた手のひらから青い魔力の球が発射されると、一気に上空一帯に広がった。
「……?
……あっ」
何をしたのかわからず、光の球を追って視線を上げたエスカペの鼻頭に、湿った気配がした。
数瞬後、ぽつぽつと雨が降り出した。雨は、そこまで強くないものの、不思議なことに一滴の雨が炎に触れるだけで、見る見るうちにその火の勢いが小さくなっていく。
「今はこれが限界じゃな。消火と怪我人の治療は行った。
申し訳ないが、燃えた家屋は立て直しておくれ」
「はいっ!ありがとうございます!ルナフルム様!」
ジェノが周囲の完全な復元はできないことを詫びるが、ヴォーロゥは頭を下げて感謝を述べた。
ジェノが開きっぱなしにしていた前田との通信先でも変化があったようだ。
「所長!クラック速度が落ちました!原因不明です!
でも、CPUへの負荷は変わってません!このままだと、サーバーの異常終了まであと40分!」
遠くの方で、状況の変化があったらしい声が聞こえた。
しかし前田はおぼろげながら状況が改善したことを理解している。とはいえ、実情を詳しく話すより現状維持の作業を優先させたほうがいい、と判断した。
「ほっとけ!今、いい方向に動いてる!今は咲森様のDC機の動作に注視しとけ!
……咲森様、そろそろこちらも手一杯です。急いで」
そういうことらしい。後は、ジェノが地球へと戻り、その過程でこの世界との通信を切断するだけだ。
「では、帰るとしようかの」
改めてログアウトをしようとしたところで、ヴォーロゥに引き留められた。
「また、村を離れてしまうので?」
悲しそうな目で見つめてくるヴォーロゥ。しかし、全てを思い出したジェノは、もはやここに留まる理由がなかった。
「うむ。ここに来たのは単に偶然が重なっただけよ。
……なぁに、そのうち改めて戻ってくるつもりじゃ」
その言葉に、ヴォーロゥが一転、嬉しそうに笑った。
「おお、そうでしたか!その時は、盛大に祝わせてもらいますぞ!」
「うむうむ。まずは村の復興に注力せよ」
「ははっ」
ヴォーロゥを説得すると、今度はエスカペに顔を向ける。
エスカペも、別れを悲しむ顔……ではなかった。しかし、それは意外でもなんでもなく、丸満にとっては懐かしい表情。
それは昔、仕事に出る時に玄関で見ていたものだった。
ただ、今から向かうのは仕事ではない。また会うまでに、ずいぶんと時間をかけてしまうのは間違いない。
「まぁ、長くても地球では5年かのう。この世界とラグがあったとしても5倍も離れんじゃろ。そうしたら、こちらの世界に戻ってくるつもりじゃ。
……待っていてくれるか?」
少し自信なく問いかけてみれば、エスカペはクスクスと笑って答えた。
「ええ。待ってるわ。
でも、早くしろ、なんて言わないわよ。春仁や佐代子さん、玲子ちゃんによろしくね」
ちなみに、春仁は丸満と透の息子、佐代子は春仁の妻である。
「ああ。……いってくる」
「いってらっしゃい」
そして、ジェノの指がログアウトの項目を選択した。
目を開けば、そこはドリームキャッチャーの中ではなく、記憶の泉であった。老人の姿に戻った丸満は、記憶の泉のほとりに佇んでいたのであった。
「ふむ……お呼びですかな?」
そして記憶の泉とは、丸満にとってはまた別の意味を持つ。それは、神々との交信を行う、水鏡の大地。
丸満が言葉と同時に振り返れば、そこにはにこやかな笑みを浮かべる女神の姿があった。
「ルナフルム。全ては滞りなく終わりました。我々の代わりに、世界の狭間で起こった摩擦と時空間の接続の切断をしてくれたこと、感謝します。
何か褒美を与えたいのですが、何か入用ですか?」
あのまま丸満が対処をしなければ、向こう二日、神の介入があるまでの間に、あの集落がどれほどの被害を受けるか未知数であった。丸満は、それを理解していたからこそ、あの場で神のごとき力を振るったのだ。
そして、それは丸満が地球人として過ごした結果できた、新たな願いを叶えるために必要な茶番であった。目の前の女神も、それを理解している。
「そうですな。既に我儘を聞いていただいている身としては恐縮なのですが」
一旦、礼儀として遠慮の言葉を吐く。すると、女神はにっこりと笑って答えた。
「いいのですよ。私は愛を司る神。新たな門出を祝うことができるのならばこそ、ええ。多少の融通くらい聞きますとも」
「ありがとうございます。では――」
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