10. Open Hypnosia
遅れてしまいました。ギリギリセーフ?申し訳ない。
ヴォーロゥは、何かの確信を持っているようだった。しかし、当の丸満にその自覚はもちろん存在しない。と言うか何を言っているかもわからない。
ヴォーロゥの様子に戸惑うエスカペを見ておけず、丸満はログアウトの手を止めてヴォーロゥに話しかける。
「のう……どなたかと間違ってはおらんか?」
「そんな!見間違うはずがありません!ルナフルム=カールーボ様!
ああ、ああ!お隠れになった時と変わらぬ御姿!」
ルナフルム=カールーボ。
丸満の記憶では、エルフの魔術の祖という話を、他ならぬヴォーロゥが言っていた存在だ。
そういえば、ヴォーロゥもエスカペも、丸満のことを似てるとは言っていた。しかし、それはジェノの時の姿だったはずだ。
確かに、ジェノの姿は彼の幼い頃の姿ではある。ジェノの姿に似ているのであれば、それから老人の姿まで年を取れば、それはルナフルムに似ていたのかもしれない。
それに、ヴォーロゥは長命種であり、ひょっとしたら直接ルナフルムと交流があったのかもしれない。それが、彼自身の丸満=ルナフルムという発送の根拠なのだろうか。
一方困惑する丸満を気にせず、ヴォーロゥは懐から、中央に穴が開いた、鈍く光る丸い金属板をいそいそと取り出した。
「これを!代々、村の村長が伝えてきたルナフルム様の円盤でございます。いつか、戻ってきた時のためにと、保管しておりました!」
それは、どう見てもCDディスクであった。ファンタジーの世界とは中々マッチングしない現代機器だ。
「こっ、これは……」
しかしその瞬間、丸満の記憶に蘇るものがあった。
先ほどの夢。ヒプノシアの神々の存在。あの映写機に接続された、ディスク。
丸満は、誘われるようにその円盤を取った。
と、目の前にシステムメッセージが出てきた。
<アカシックレコードのトリガー取得を確認。ユーザーの検索・・・・・・
αデータに該当者確認。ユーザー名『ルナフルム=カールーボ』。
資格所有者を認識。接続を開始します。
おかえりなさい。ヒプノシアは貴方の帰還を歓迎します。>
視界が、炎の赤から光の白に染まる。
ルナフルム=カールーボは、世界最初のエルフである。
その本質は、樹のエレメントと神々の魂魄の欠片から生まれた生命体だ。その身には、神の魔力が備わっており、故に自身の魔力を根幹として、自然の魔力を織ることができた。
彼はやがて、彼自身の魔力を使わずとも使えるようその技術を体系化し、彼を真似して体を得た樹のエレメント達――森の民と呼ばれた彼らは、いつしか自身をエルフと称するようになる――の手で、世界に技術として広まることなる。
技術はルールとなり、魔"術"という技術は、魔"法"へと変化していった。
そのため、ルナフルムは魔法の祖、特に原書魔法であるエルフ魔法の始祖として、この世界に広く有名であった。
そして、ルナフルムは神の手足となって、魔法を世界に伝えることにその生涯を使った。
ルナフルム=カールーボは、生命体であり神の一柱ではない。
そのため、3000年の時を経て、寿命で没することになる。しかし、彼は神との交流で"外"の世界があることを知っていた。死という義務の解放から、"外"へのあこがれを併発したルナフルムは、生涯唯一、神の命令に背き、己の望みを神に乞うた。
結果、異世界への転生が行われた。
はたしてルナフルムは、ヒプノシアから見た異世界である、地球の一角にて誕生する。ヒプノシアでの記憶も、魔法を使う技術もなくして、一からの人生を謳歌する。その後に異世界で一生を終え、ヒプノシアの神の世界に戻って、その人生を反芻しながらヒプノシアを見守る。そんな計画だった。
全ては、神の元に居るだけでは経験しえない、人生を経験する為に。
しかし、魔術は成功するもその身に秘めた神の魔力の残滓は、魔力の存在しない地球での彼の感覚の中で、違和感を生み出してしまう。それが『咲森 丸満』という男の、魔法への渇望となっていたのだ。
しかし、それは飽くなき渇望と違和感だけで終わるはずだった。それが、魔法の存在しない異世界の地球で、二つの要因が彼の運命を変えた。
一つは『ヒプノシア』。かつていた異世界と同じ名前、同じ世界観を持つ遊具。それは一瞬、その身に宿る『ルナフルムの記憶』を呼び起こした。やがて、その記憶は再び埋没するものの、『ヒプノシア』の名を持つゲームをこよなく愛するようになってしまった。
あるいは、『ヒプノシア』もまた、彼の世界の転生者が、おぼろげな記憶をもとに作り上げたものだったのかもしれないが。
そしてもう一つは、『集合的無意識クラウド』論である。それは本来、疑似的な世界を作るサンドボックス程度の技術。しかし、アカシックレコードに至りかねないその理論が、奇跡的な技術革新の結果、実現化してしまった。
丸満に眠る神の眷属の魔力と、丸満の中に存在する異世界の魂、そして意図せずルナフルムの居た世界と近しい世界観を要する『ヒプノシア』というゲームコンテンツが要因となり、想定外の事態を引き起こす。
それが運命か、必然か。なんにせよ、ヒプノシア・オンラインというゲームは集合的無意識を経由して、異世界に接続するという奇跡を達成してしまったのだ。
結果、丸満――ルナフルムの魂は誘われるようにエルフの集落へと降り立ったのだった。
全てを思い出した。
もっとも、今、思い出すつもりもなかったし、そんな予定もなかったが。
「……丸満さん?」
円盤を受け取って、一瞬で雰囲気の変わった丸満に、違和感を感じて声をかけるエスカペ。
そんな気易く近づく彼女を、焦ったようにヴォーロゥが遮る。それから、物知らずの子供を叱るように、その頭上から言葉を降らせる。
「馬鹿者!この方をどなたと心得る!この方は……」
どこぞのご老公のような紹介で丸満――ルナフルムを紹介しようと彼の方向を向いたヴォーロゥは言葉をなくす。
何故なら、そこにいたのは、彼もよく知る少年の姿。
「え……ジェノ、くん?」
なぜか再び体が若返っていたが、丸満はこの姿こそが、現在の魂の形に体が最適化されたものなのだ、と理解した。
実のところ、この少年の姿もジェノの前世に関わっていたのだ。エスカペの見た目にも通じることだが、エルフにとって実年齢が80歳程度であれば、人間の外見年齢20代程度になる。丸満がゲームを始める際に、最初に用意されたアバターの外見年齢が20代ごろになっていたのはそう言ったからくりであった。
では20歳くらいのエルフだと、人間年齢に換算して赤子になるか――というとそうでもない。エルフは10歳程度の外見年齢までは、人間と大して変わらないのである。逆に言うと、エルフの10歳~100歳くらいまでは、そう見た目が変わらないのである。
そういうわけで、見た目が20歳の人間であれば、エルフの場合、外見年齢が10代程度に換算されてしまうというわけだ。。
二回のアバターの外見変更のからくりは、つまるところジェノの前世の種族の生態にあったのである。
とはいえこの風体は、ゲーム内で魔法使い見習いの体で集落にやって来た姿だ。今、改めてルナフルムの魂が活性化したことで、自動的にゲームのアバターと同じ体に変化してしまった。
この幼い姿は、ルナフルムを尊敬するヴォーロゥを失望させたかもしれない、と丸満は思った。
恐る恐るヴォーロゥを見てみれば、ぽかん、と口を開けて呆けているだけだ。しばらく見つめ合い、これは話が進まない、と判断した丸満は、とりあえず詳しい話はさておき、出任せでその場をしのごうと決意した。
「あー、すまんの。つまりそういうことなんじゃ。
今さっきの姿は……そう、記憶喪失だったようなもんじゃな」
「な、なるほど。そういうことでしたか」
なんだか解らないなりに、とりあえず同意するヴォーロゥ。ごり押しで納得させようとした一言目で納得されてしまったので、「ひょっとしてヴォーロゥ殿、騙されやすい系の人種か」と一抹の不安を感じる。
それはともかく、ヴォーロゥが気にしていたエスカペの丸満に対する態度を改めておこう。と、ジェノは思った。
「それはさておき、エスカペの態度については構わんよ。俺の前世の知り合いじゃ」
「なんと!?」
丸満の発言だけ聞くと危ない人なのだが、事実なのでしょうがない。ついでに、やっぱりヴォーロゥはすぐに信じた。
丸満としては、ヴォーロゥとはほとんど付き合いもないのに、彼からの全幅の信頼感が怖くなった。
とにかく話はひと段落したと判断し、未だ理解が追い付いていないエスカペの方を向いて、事の次第を説明することにした。
しかし、エスカペもまた目を白黒させて成り行きに困惑していた。
「え、ええと。本当に?丸満さんが、あの、ルナフルム様?前世とか……本当に?」
混乱しているのか、語彙力が低下しているエスカペに苦笑する丸満。彼女が前世の話に疑問を覚えるというのは、正に滑稽なことなのだから。
「前世の記憶を持ったまま世界に転生しとる実例が何を言っておるか。
正真正銘、俺がルナフルム=カールーボじゃよ」
その言葉に、ひどく動揺したのか、目線をそらして恥ずかしがるエスカペ。
「……どうした?」
「いえ、実際の姿は知らなかったけれど、おとぎ話で聞いて、ずっと尊敬していたルナフルム様が丸満さんというのが……その、一致しなくて」
どういう風に伝承で伝わっているのか。機会があれば一通り確認しようと心に決めるジェノだった。
「でも、この世界は丸満さんの世界のゲームじゃなかったの?」」
「この世界は、ゲームを通じて異世界に通じていた、みたいなもんじゃな。
でも、ひょっとしたら透がこの世界に転生してしまったのも、俺のせいかもしれんな。どうも、俺の前世がこの世界の住人だったようじゃ。今は、言わば地球経由の出戻りじゃな。
地球で死んだら、こちらの神々に挨拶に行こうと思っておった。透は、その繋がりに巻き込まれたかもしれんの。
その……迷惑をかけて、済まん」
頭を下げるジェノ。偉大な始祖が姪に頭を下げるという事態に困惑するヴォーロゥ。
しかし、エスカペはやんわりと微笑む。
「意図せず第二の人生を歩めたかと思ったら、貴方にまた会えたんですもの。
感謝こそすれ、謝ってもらうことなんてないわ」
その言葉に、ジェノは「ありがとう」と返した。
エスカペは、「それはそれとして」と話を切って周囲を見渡した。轟々と燃え盛る火は消える気配を見せない。
「じゃあ、この事態は?」
ジェノも、思い出した事柄を組み合わせて考えた。クラッキングで異世界が燃える、などと言う状態に因果関係はあるのか?
ジェノは顎に手を当ててしばらく考えた後、その所感を述べた。
「ううむ、おそらくじゃが。
ヒプノシアがゲームとして地球とつながってしまったせいで、サイバー攻撃がそのまま世界規模の攻撃になってしまったようじゃな。
もちろん、こんなことをやらかしたクラッカーは異世界一つを潰そうと思ってはなかったじゃろうがな……想定の範囲外じゃろう。今の状態」
愚痴るようにそう言うと、ジェノはインベントリから杖を取り出して一振りした。
何事か、とエルフ二人の注目を感じたジェノは、ニヤリ、と笑みを浮かべた。
「ともあれ、そういうことを知ってしまった以上、この場を捨て置いてログアウトはできんな。
そういうわけじゃ前田くん。ちょっと今からヒプノシアを救うぞい」
ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。
次回の更新は明日の予定です。
アバターの外見年齢のトリックと、エルフの成長具合の開きには少々適当感もある実感はあるのですが、思うところもあってエスカペは100歳以上に設定していました。




