8. 終わる世界で、君と ~最後のログイン~
「う、うおぉぉ!?」
気が付くと、地面が揺れていた。周囲はおそらく、あのエルフの森だろう。後ろにあるのはヴォーロゥとエスカペのいた家。
しかし、それ以外の光景は、すっかり様変わりしてしまっていた。
「……こ、これはなんとも……うおっ」
遠くには火柱が上がり、空は暗く、月も見えない。それでいて、遠くの方では流星が降り注ぎ、さながら世界の終わりのような光景が広がっていた。
再び襲ってきた激しい地震に立っていられず、地面に手をついてバランスをとる。と、気づいた。
「か、体が!?」
そう、ジェノの体ではなく、現実の丸満の体だったのだ。
「誰……あなた!?」
背後から驚いた声がした。振り向いてみれば、口元を抑えたエスカペの姿。
驚いた顔も一瞬。彼女は、ゆっくりと丸満に近づいては、震えるようにゆっくりと、その手で丸満の頬に触れる。
「……あらまぁ、しわくちゃになっちゃって」
少し目が涙ぐんでいるのは、地球での最後の時を思い出したのだろうか。あの頃とは違う、瑞々しいその手を取って、丸満はニヤリと笑みを浮かべた。
「どうじゃ。幸せジワはたっぷり増やしてきたぞ」
「ふふ……ええ。よく解る。いつか、また会える日を楽しみにしているわ」
そう言って、エスカペは手を放した。
「今はマルティちゃんね。彼女はこっちよ。案内するわ」
そう言って、エスカペはふわり、と少し宙に浮かんだ。呪文も唱えず魔法を使ったこともさることながら、見たことのない魔法の行使に、丸満は目を丸くして驚いた。
「うお、なんじゃそれ!?」
「風の魔法よ。【浮遊】と【魔力制御】のアビリティがあれば使えるわ」
「いいなぁ!地面が揺れて走れん!俺も使うぞ!」
どちらかというと興味本位の方が強そうな気配がするものの、空に浮かぶのは素早く移動するのには必要だろう。少なくとも、地面が不定期に大きく揺れる現状では、飛行の呪文は必要な魔法に違いない。
早速アビリティウィンドウを開いて【浮遊】を探す。
「あった――高っ!!」
【浮遊】アビリティは、いくつかの前提アビリティが必要の様だった。本来は、【落下制御】で空中の体勢変更を鍛え、【跳躍】で空中の移動を勉強する形で、最終的に手に入るアビリティのようだ。
計算上、手持ちの余ったポイントが全て飛んでいくものの、背に腹は代えられない。どうせ、不要になるポイントだと自分を納得させた。
すぐさまポイントを使い切って【浮遊】アビリティを取得する。
「【自然魔法(風)】【浮遊】【魔力制御】!」
ふわり、と丸満の体が軽くなった気がした。
「おお!浮い……た?」
まるでエレベーターで下に降りる時の浮遊感のような感覚を感じ、足の裏にあった地面の感触が消えた。それを以って「浮いた」と認識した丸満であったが、その視点があまり変わっていないことに気付く。
それもそのはず、【浮遊】はポイントを消費して取得した関係上、LV0である。そのため、エスカペのように明らかな空中移動には至っていないようだった。
とはいえ、前提条件はすべて取得しているので、低空飛行であれば問題なくできるようだった。つまるところ空中飛行と言いつつ実際は、地面から少し浮いているだけである。
ついでに、移動自体は滑るように移動する方法が判らなかったので、空中を踏みしめて結局は走るような形で移動する羽目になったのだった。
「ボールプールの水中を走っとるようじゃ……」
思っていたのと違う。
優雅に飛ぶエスカペを追って、地面と違う柔らかな感触を踏みしめながらバタバタと走る自分の姿に、愚痴をこぼす丸満だった。そんな憮然とした表情を浮かべる丸満に目をやって、クスクスと笑うエスカペ。
背景こそ世界の終わりの様だが、まるで遊園地で遊んでいるような感じに見られていると思い、ふと気恥ずかしくなった丸満は、ますます頬を膨らませたのだった。
エスカペに案内されたのは、エルフの集落に来た時とは逆の出入り口から集落を出た方向であった。集落から離れた森は、正に山火事の様相を呈していた。先日、エルフの集落を目指して通ってきた森とはまるで大違いの、地獄の風景である。
エスカペを追うまましばらく進んでいくと、火事の中でまごまごとうろたえている女の子を発見した。他に人がいるわけもあるまいし、間違いない。丸満は、手を振りながら声をかけた。
「おーい、マルティ」
「おじいちゃ……おじいちゃん!?」
丸満が声をかけると、彼女は声をかけると嬉しそうな声で振り返って、ぴたりと固まった。予想外の人間が近寄ってくることに驚いた様子だった。
「え、なんで?えっ?」
ああ、そういえば元の姿だった、と丸満は自分の姿を思い返す。マルティは玲子――丸満の実の孫であるのだ。祖父からいきなりオンラインゲームのキャラクター名で呼ばれれば戸惑いもするか。
丸満は、早々に種明かしをすることにした。そもそも、もったいぶるような状況でもない。
「わしじゃよ。ジェノじゃよ」
「……え、ええーーーっ!?」
なんだかんだ世話をしていた自覚はあるが、それがまさかの血縁者だったことに驚きの声を上げるマルティ。
自分の祖父が一緒にいた事実。思えばジェノの姿は、マルティが見たことのあるアルバムの中にいた、丸満の幼いころの姿に似ていた気がする。
「あら?知り合いだったの?」
二人の反応に、丸満を見るエスカペ。そういえば、とエスカペに改めてマルティを紹介する。
「実はな、こやつ俺の実の孫じゃった」
その言葉に、エスカペはすぐに思い当たったのだろう。顔を綻ばせて笑みを浮かべ、マルティの頭を撫でた。
「あら……あらあらまぁまぁ!玲子ちゃん?可愛くなっちゃって!」
「えっ……なんでエスカペさんが私の名前を……?
えっ?えっ?エスカペさんも、プレイヤー?NPCじゃないの?」
もはやマルティの脳内は混乱の極みである。ちなみに、マルティ自身にはエスカペ――透の記憶はない。彼女が幼い頃に亡くなってしまったので、可愛がられていたことを覚えていなかったのだ。
「まぁ、中身があるNPC、みたいなもんじゃ。あれじゃ。GMキャラみたいなもんでな。
それよりも、周りがごたついておるじゃろう?これはサーバーの不具合が目に見えるようになった感じでな」
今は呑気に話している余裕がない、と思い出した丸満は、エスカペのことをサラッと流すと、まずは現状の説明をすることにした。
「他のプレイヤーもみんな全員ログアウトしとるぞ」
「えっ!?でも、なんで?私は?」
詳しく話している暇はないし、詳しく話せば不安にさせるだけだ。丸満は言葉を濁して説明する。
「どうもマシン本体の不具合みたいじゃぞ。そういうわけで、俺が迎えに来たわけじゃ」
「あー……そっか。ごめんなさい、迷惑かけちゃった」
「玲子のせいではないじゃろ。村に入れば安全にログアウトできるようじゃから、さっさと行くぞい」
「うん」
丸満はマルティを回収して、すぐに外部との連絡を接続した。今はノイズまみれで、表示された画面も「can't access」の文字しか出ていなかった。
しかし、ログアウト圏内に入れば通信も回復するだろう。丸満は、玲子の手を取り、エスカペと共に再び空中を走る。
見た目は爺でも、身体能力はジェノのままらしい。人一人を運んでも体が軽快に動き、炎をすいすいよけながら移動することができた。。
進藤たちと一緒にプレイしていれば、こういう視点だったのだろう。丸満は、改めて進藤と一緒のパーティが組めなかったことを残念に思った。
その一方。
「あはははは!なにこれ!?すごーい!」
「はしゃいでもいいが、手は離すんじゃないぞ!」
まさかの空中滑走に、思わず笑い声を漏らすマルティ。孫が喜んでいる姿に頬を緩めながらも、丸満は集中を切らすことなくエルフの村まで急ぐ。
「でも、不具合にしてもなんで山火事?
急に周りが火の海に包まれたからびっくりしちゃったよ。煙くないから、よけいに意味わかんなくて、イベントかと思った」
道中、周りの様子にマルティが疑問を漏らした。
「サーバーにも不具合が出ちまったらしいからの。その影響だそうじゃよ。今は、チェックのために全員をログアウトさせる必要があるんだと」
「サーバーにも不具合?……ああ、そういえばこの世界はゲームだったのよね」
丸満からマルティに、回答がポロリとこぼれる。その言葉を耳ざとく聞きつけたエスカペは、オウム返しに疑問を呈するが、丸満が先日言っていたことを思い出した。
「そうじゃな……あっ」
「……おじいちゃん?」
エスカペの話に答えたところで、ある事実に気付いて、思わず丸満の足が止まった。
前田は、この世界は廃棄される、と言っていた。と、いうことはつまり。
不思議そうに足を止めた丸満を見るマルティ。一方、意図せず先行してしまったエスカペは、丸満が足を止めた理由を素早く感じとったのか、すぐさま踵を返すと丸満とマルティの手を取った。
「急いで!玲子ちゃんもいるでしょう!」
その言葉に、ハッと我に返ると、再び足を動かす。その丸満の様子に、マルティは首をひねるのみだった。
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