6. 悔いもなく未練もなく ~我儘~
前田は、失意に暮れていたのも束の間、すぐに玲子の体の異常を探るべく、スタッフを玲子の部屋へ急行させる。そしてその足で、一人丸満の元へと向かった。
「む、前田所長殿」
「それは勘弁してください」
覚悟を決めて足を踏み入れた丸満の部屋で、やたらキリッとした表情で妙な呼び方をされてしまい、肩の力が抜ける。
「はは、まぁ忙しいんじゃろう。お疲れ様じゃ。
少しぐらいなら愚痴も聞くぞい。ここに来ているということはひと段落着いたか。休憩中じゃろ?」
呵々、と笑う丸満の姿に、元気づけようとしている気配を感じる。そのことに嬉しくなる半面、今から辛いことを告げなくてはならないことに挫けそうな気分になる。
しかし、言わなければいけないことだ。
「咲森様。一つ、緊急を要するお話があります」
いつもと雰囲気の違う前田の姿に、眉を顰める丸満。
「実は、お孫さんがテストユーザーに当選していたのですが」
そう一言断りを入れて、話を始める。
彼女のユーザー名が、マルティであることも含め。今のヒプノシア・オンラインの状態も、包み隠さず。
丸満は、聞いている内容を吟味し、理解しようとしているのか、目を閉じ、考え込むような姿で話を聞いていた。
「――現状は、以上になります」
前田は、血を吐くような表情で話し終えた。
殴られるかもしれない。
罵倒されるかもしれない。
安全だ、という信頼を裏切ってしまった自分には、どういう扱いをされてもしょうがない、と考えていた。
そんな前田の覚悟と他所に、丸満は口を開いた。
「……それで、救出の目途は立っておるのか?」
「はい。現在、DC機のチェックと、ヒプノシア上での状況を調査中です。このまま、無事にログアウトできれば問題なし。さもなくば強制的なサルベージを行う判断を取る予定です。
手順については、万が一に備えて用意してあります」
「そうか……。今は、無事なんじゃな?」
「それは確実です」
「……そうか」
丸満はそう言うと、ふっと息を吐いて、眼を開き、虚空を睨んだ。
「ヒプノシアは、どうなっているんじゃ?変わらんのか」
丸満の疑問に、前田は苦しそうな表情をした。おそらく、良い話ではないのだろう。
「ウィルス隔離のため、監視ラインも切断する必要があったので、詳しくはわかりません。
ただ、ワールドデータは救助できないと判断して、現在、安全なシャットダウンを準備しています。
ただ、シャットダウン準備のため、容量の確保が必要になりました。そのため、一時データの破壊をしているので、中のユーザーの遠目には、おそらく天変地異のような状態に見えているのではないかと」
「ふむ。その災害に巻き込まれて死亡した場合は、意識は戻ってこれないのか?」
「ゲーム上のダメージによるものではないため、何とも。
最悪、デリート処理に巻き込まれれば、意識情報に影響が出るかもしれませんが」
最悪の状況を提示した前田に、少し眉を上げて訝しげな表情を見せる。どうも、本意で話している気がしない。用意していた内容を口にしているだけだ。
彼自身は、別の見解を持っている感覚がした。根拠はないが。
「……お前さんの見解は?」
そう聞くと、前田の表情が少し戻った。以前の、ヘルプデスクでの回答をしているときの顔だ。
「正直、実は大丈夫だと思っています。Re:Askの技術メンバーは「安全性は折り紙付き。急なシャットダウンがあっても正常に目を覚ます」と言っていました。
どういう仕組みでかは、分からないですが」
「そうか。何よりじゃ」
「ですが、ログアウトできる町中に居なければ、万が一はあります。その点、ご留意ください」
先ほどから前田は、不安をあおるような事を話してくることに、丸満は違和感を持った。おおよそ、彼らしくもなければ管理職の取る反応でもない。
おそらく、前田のネガティブな話は本当に最悪の展開が起こった時のための予防線ではあるだろう。最悪を想定せず、想定以上の最悪が起こってしまえば、その損害賠償は計り知れない。
確かにそうではあるのだが、逐一ネガティブに誘導してくるような話に、まるで丸満を怒らせたいかの様に邪推してしまう。
彼は自分を罰したいのか?そのために、丸満が怒るかもしれない方向に話しているのか?
違う。丸満は、そう判断した。ここにきて、そういう話で自分を追いつめるようなことをしているのは――。
「お前さん、ユーザーの安全性よりも、ゲームの存続の方を考えておるじゃろ」
びくり、と前田の方が震えた。
図星だった。彼の頭の中では、既に玲子は救出されているも同然なのだ。最悪が起こらないことを前もって理解したうえで、想定を話している。
なぜなら、その方が救出された時に感謝が一際になるからだ。そして、その安全性の確保を種に、再びヒプノシア・オンラインを盛り上げようとしていたのだ。
事故が美談に変われば、再スタートのハードルが下がるのは間違いないだろう。しかし、その意地は丸満には理解できなかった。
「なんでまた、そんなにヒプノシアにこだわっとるんじゃ。他の世界観でも、何なら一からでも」
「私が実現したい世界は、あの世界しかなかった」
丸満の疑問を遮るように、前田がを口開いた。
「昔、ヒプノシアが初めて世の中に出た時に触れることができました。初めてあの世界に触れてから、惹かれたんです。
あんな世界があるのかと。何故かはわかりませんが、あのドット絵の世界が、文字だけでしかわからない描写が、私には現実のように見えていたんです。
時代が変わっても、なお再現できない世界が歯がゆかった。いくら企画しても、没になる。一人で構想して、できあがった世界ですら、私の思い描いたヒプノシアじゃなかった。
ようやく、私の思い描いたヒプノシアを作ることができたんです。かつて世の中に出て、今や忘れ去られたあの世界を、もっといろんな人に歩いてほしいんです。こんなに素晴らしいものがあるんだ、と知らしめたかった。
こんなことで、それが頓挫するなんて……」
ヒプノシアへの思いを吐露する前田。しかし、その表情は苦しそうだった。
前田の説明には、まるで罰を受けたいような、そんな自虐性を感じたのだ。それは、事故が起こってしまったことよりも、今、丸満の孫が危機に瀕している事よりも、もっと別の事。
このまま、ヒプノシア・オンラインというコンテンツが消え去るような事が、何よりも許せないと思ってしまった自分への怒り。丸満に罰してほしかったのは、前田の身勝手さについてだ。
自分の好きな物を、何を犠牲にしても世間に押し付けて、共感を得たいという欲望。自分が作った物に対してではなく、自分が好きな物を、他の人にも好きになってほしいという願望。
その為に、丸満の感情を利用しようとしている事。そのために、前田は丸満の罵倒を待っていたのだ。
しかし、時既に同じくヒプノシアの世界を愛する丸満には、その自傷行為のような感情が不要な怒りに感じたのだった。
丸満は、緊張を解くように、ふー、と息を吐いて、口を開いた。
「俺の夢はな、もう叶った。
現実で、孫までできた。ゲームの中で、俺が魔法を使うことができた。十分じゃ。
そして、そんな世界を作ってくれたお前さんに感謝しとる。
――ありがとな」
前田は、きょとんと丸満を見た。彼の孫を利用してまで、ヒプノシアに傾倒する自分を肯定するとは思わなかったのだ。まして、感謝されるなどと。
まだ、玲子は助かっていないのに。
「ヒプノシアに足を踏み入れるようになった。最高じゃ。
……でも、お前さんの夢は"まだ"なんじゃな」
諭すような丸満の言葉に、うつむいた前田は、絞るような声で本音を呟いた。
「……はい。私はまだ、ヒプノシア・オンラインの正式リリースをあきらめたくないのです。
例えその場に、私が居なくなったとしても」
その言葉に、丸満は口元をにやけさせた。この男は、自分の首を賭けても、ヒプノシア・オンラインをリリースしたいようだ。
(こやつも、あの世界が好きなんじゃな。好きだからこそ、徹底的にこだわって、あそこまで再現しようとしたんじゃな。
こやつも……俺と同じで、夢を諦めきれんかったんだな)
腹積もりは決まった。
「玲子がまだ帰らんと言うことは、何かあって街から離れておるんじゃろ?そして、運営からは玲子をサポートできない、と。
それなら俺がログインして、中から玲子を探してログアウトラインまで連れていく」
その言葉に、前田が驚いたように顔を上げた。
「それは」
「万が一があっても、未練はないし、俺はもう爺だ。
そもそも、テスト自体が前もってそういう契約をしとるんじゃしの」
「しかし」
「遺族っつっても今から連れてくる孫娘がおるじゃろ。中で話しておけば、お前さんらに非は言うことはないわい。
他の連中も、玲子に任せれば何とかなる。うちの一族は、久々の女の子に甘いからのう。
そういうわけで、ちょっと先にトイレ行っとくから、準備よろしくの」
前田の答えを聞かずに丸満は席を立ち、部屋を出ていこうとする。何かを言おうとする前田の隣を通り過ぎる時。
「泣きの一回、お前さんの作った世界を代わりに見てくるぞ」
と、言って部屋を出て行った。前田は、しばらく身動き一つ取らなかったが、やがて丸満の出て言った扉に深く頭を下げて、その無謀な試みの準備を手配した。
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