5. 起こることは偶然なれど起こったことは必然 ~最悪の展開~
今回、カタカナ語が多いので、一部、意味合いをルビで記載しております。
見にくい、そんなもん知ってるわ、という意見が多いようでしたら修正します。
緊急事態と言うことで丸満を自室に戻し、その足で前田は自分の仕事場――ヒプノシア・オンライン運営本部室に向かった。流石の丸満も、惨々たる有様の事故現場を見たこともあり、また、ヒプノシアの危機であることを理解して大人しく従った。
丸満にできる事は、ないのだから。
前田のいる運営本部は、実は数えるほどの人間しか働いていない。その全ての人材が、現場叩き上げの管理職であった。各人が管理する各部署と連携を取りながら、ワールドサーバーの監視と対応を行っている。
指示を出す声とキーボード音だけが響く。
ちなみに、この時代のコンピューターの入力は、ずいぶん前にキーボードの存在がAR映像上の物になったので本来必要ないのだが、生憎ヒプノシア・オンラインはその制作熱意の7割強がロマンでできているような人間が作った者だった。
当然、それを管理する彼らも「雰囲気」と言うものを求めたがる性質であり、前時代的な接続型IO機器のキーボードを使用していた。ちなみに、通信時にキーボード音が煩いので、部下たちには不評であったりする。
「状況は?」
前田の言葉に、次々と報告が上がる。いずれも画面か、印刷されたデータを読み取り、検索し、対応しながらだ。
「事故の5分後、統括サーバーへのハッキングの跡がありました。おそらく、それが本目的だったのかと」
「ツールの見分は終わってます。中国のアングラで販売されているタイプです。ハッキング中の接続は、ネットワークではなく直接接続されていました」
それに対して、前田の後ろに控えていた警備監督が補足する。
「一着だけ、警備員の制服が脱ぎ捨てられていたのを発見しました。
デモ隊の中に、ここの警備員の制服を持ち込んだ奴がいたか、すり替わったやつがいるのではないかと。今、確保した連中の顔を照合中です。捕まえた中に、身代わりにされた警備員がいるかも」
警備監督はARグラスの通話機能を使って現状を確認しているようだ。ついでに指示も出している。
「ハッキングは失敗しています。サーバーのウォールが突破できなかったようですね。タイムアウトからのアラームでこちらが気づいた時には、直接接続も切れていました。
クラックは、ハッキングの証拠隠滅か、集合的無意識クラウド技術の抹消を図ったかと思われます」
だんだんと予測が入りだしたところで、前田は手を上げて報告を遮る。
「感想はいい。事実だけ話せ。
次だ。下手人は?」
「今の所確認した時点では、捕まえてませんでした。捕獲した中には雇った警備員はいなかったので、ここに侵入した時には既に制服を着ていたものかと思われます。
捕まえた連中から、プロファイリングしますか?」
この報告は、研究員ではなく着いてきた警備監督だ。しかし前田は別の指示を出した。
「いや、現行犯で捕まえてないならとっくに逃げているでしょう。警備は捕まえた連中から、下手人よりも背後関係を洗ってください。逃げた方は、私から連絡しているので、国家安全省が動いているはずです。
クラッキングの対処はどうなってる!?」
経緯を理解したと判断して、現状の把握に移る。質問を飛ばされた運営スタッフの一人であるセキュリティ統括スタッフが、顔も向けずに悲痛な声を上げた。
「ウィルスは隔離できていますが、別経由から次々攻撃されています!サーバーのCPUの消費が止まりません!
ワールドサーバーがどこか、攻撃側のネットワークにオンライン接続されてしまっているかも!」
報告しながらもその手と顔は動き続けている。クラック元を調べて、対象の機材につながるポートを次々と閉鎖しているようだが、状況は芳しくないらしい。オーバーヒートでサーバーが停止してしまえば、少なくとも、ここ一時間の記録が吹き飛んでしまう。
そうなれば、どこから攻撃されたかもわからなくなり、接続しているユーザーにどんな影響が出るかわかったものではない。
別のスタッフ――こちらはセキュリティ担当ではない――が疑問の声を上げた。
「何故クラックが進行しているんだ?セキュリティは万全だろう?」
「解りません。セキュリティホールのようなものは、テストでは確認されていませんでしたし。
ただ、1時間前にサーバーがアクティブ中に何かしらのチェックをしていました。別処理をしていた際の隙を狙われたのかもしれません」
聞きたいことはそれじゃない、とばかりに前田が声を荒げた。
「そうじゃない!ユーザーの隔離だ!ログアウト状況は!?」
ハッ、と運営スタッフの一人が我に返って確認する。彼は、ドリームキャッチャーの通信監理を担当している。
「そちらは90%以上完了です!」
報告に、顔を青くする前田。
「全員じゃないのか!?何故だ?」
つまり、クラッキングされ、危険な状態にあるヒプノシア・オンラインに取り残されたユーザーがいるということだ。
そもそも今回のクローズドβテストで、そんな危険な状態のログインなどテストするつもりはない。よしんば危険が起きたとしても、即座に全機種ログアウトできるようになっていたはずなのだった。
だからこそ、残っているユーザーがいるのはおかしいのだ。考えられるのはここにきて機材トラブルか、と顔をしかめる前田。
「戦闘中だったとかで、無理やりログインしようとしています。現在、記憶の泉で説得中です」
しかし、スタッフの報告と、問題のユーザーの呑気な行動に、プチ、と前田のこめかみに欠陥が浮かんだ。
「管理者権限で叩き起こせ!全員強制ログアウトさせろ!バカ!」
はぁ、とため息が止まらない。椅子に深く座り、背もたれに体を預ける前田。
(くっそ、もうすぐテスト終わるんだから、おとなしくできなかったのか邪魔者共は)
全てが終わりへと向かっていることを自覚し、ふと、このプロジェクトを立ち上げたことを思い出す。
初めて『集合的無意識クラウド』論の研究論文が発表された時に飛びついたのは、何を隠そう前田であった。
実現できれば、構想していた全く新しいゲームの世界が広がるに違いない、と考えたのだ。
念願のゲーム開発会社に入って、ヒプノシアシリーズの復活を企画し、人気や利益の観点でボツにされ続けてきた。国の補助と言う大きな後ろ盾を手に入れたことで、ようやくβテストまで実現にこぎつけたのだ。
自他ともに、公私ともに、ゲームに生きてきた彼が、まさに夢をかなえた成果が、今、誰とも知れぬ横槍で崩れ去ろうとしている。その理不尽さに歯噛みする。
(これでテストもおしまいか。十分なデータはあるけど、なぁ……)
想像できるこれからの事後処理の多さ、飛び火するメディア対応に頭を抱える前田。今後のオープンβテストの開催など、夢のまた夢になるかもしれない。
とはいえ、秘匿情報に関しては何も心配していない。外部にデータが漏れたところで、同様のテストすら実現はできないだろう。DC機一つですら、理論は知っていても実現されている技術の説明などできる人間はいない。Re:Askが一体どうやってドリームキャッチャーを実現させたのかなど、Re:Askの人間にしかわからないのだ。
それに、個人情報はワールドサーバーに記録されていないので、被験者のプライバシーも守り切れているはずだ。
何故なら、と聞かれれば、そういうものだ、とRe:Askの開発部が言ったからだ。あの変人集団は、その熱意に恐怖を覚えども、開発者としての志と、その品質に対して真摯であった。
事実、クローズドβテスト前に行われた、念には念を入れたチェックでも問題はなかった。
まぁ前田からすれば、ちゃんと動けば問題ない、程度の認識でもあったが。
それよりも、未知のゲームの世界が展開できる喜びの方に注視しきっていたのだ。そして、まさかそれが、こんな実力行使に至るまで反対されるとは思ってもいなかった。
周囲の理解までフォローができていなかったのか。何が悪かったのか。
そこまで思考が飛んで、後悔はまだ早いと閉じた瞼を開いた。今は、今の対応をしなくてはいけない。
「現行の汚染サーバーのワールドデータは廃棄。集めた収集データだけは死守しろ。
ワールドのシャットダウンを準備。生き残ったサーバーにウィルスや攻撃が及んでいないかは隅々まで確認。それと――」
指示を飛ばす中で、ふと、一人のプレイヤーの顔が思い浮かんだ。
(……丸満さんには、悪いことをしちゃったなぁ)
ちょっとした悪ふざけに、サポートセンターもどきになって引き当てた、とびっきりのイレギュラー。しかし、彼は前田の期待するままに世界を楽しみ、楽しんでいた。彼のプレイスタイルに喜び、同じヒプノシアを愛する同好の士だとすら思っているほど、好感を持っているあの老人に、前田は心の中で謝った。
ちなみに、一職員とだましていたことに関しては悪いと思っていない。
緊急の内容は一通り指示が終わり、一旦区切りもがついた。怒声は収まり、今後の対応に思いを馳せていた前田であったが、次の報告に飛び起きる。
「所長!一人、ログアウトできていません!」
「……!?誰だ!」
「サキモリレイコさん、青年21番サーバーです!」
飛び起きた体が、力なく椅子の上に落ちる。
咲森 玲子、ヒプノシア・オンラインでは『マルティ』の名で活動していたプレイヤーであった。
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