4. Closed Hypnosia ~夢の終わり~
前もって言っておきますが、打ち切りではありません。
お仕事をトラブルもなく日程を完遂できるのは、ほのぼの系かスーパーマン系ですよ…
ピリリリリ。前田の懐から携帯電話の呼び出し音が鳴った。
腹の虫の居所がいまだ収まらないのだろう。珍しく舌打ちをして、前田が「失礼」と前置きして席を外した。
緊急の仕事か、と同情の目で眺める丸満だったが。
「は!?馬鹿かあいつら!」
唐突に声を荒げる前田に驚く丸満。いつもシニカルな笑みを浮かべていた青年が感情を露わにしている姿も珍しい。
また迷惑なプレイヤーでも出てきたのか、と思っていると。
ドーン、やら、バガン、やら、ガラガラ、やら。
物騒な音が遠くで聞こえた。
何事か、と呆然とする丸満だったが、前田は音を聞くや否や顔を青くして部屋を飛び出していった。
飛び出していった前田に、野次馬根性でついていく丸満。それは、この施設が安全である、という根拠のない安心感と信頼を持っていたからに他ならない。
しかし、だからこそ。着いていったその先の光景に、絶句した。
通路の一角で壁が壊れ、その穴からはトラックの前面が飛び出している。どこから湧き出てきたのか、声を荒げ、何かしら聞き取れないなり罵倒を繰り返す集団が屯っては何事かを叫んでいる。
怒声と罵声に包まれた空間で、それがいつも自分が話しているものと同じ言語とは思えなかった。
それに対して施設側の職員も黙って見ているわけではない。と言うより、器物破損に不法侵入。まぎれもなく現行犯であり、その場に留まっていることをいいことに、次々と警備員が取り押さえていく。
「こんなことが許されると思っているのか!」「横暴な政府に鉄槌を!」「人質を返せ!」「悪徳企業め!」「◎×△□……!」
「確保!」「おとなしくしろ!」「確保ー!」「誰か薬箱もってこい!」「大丈夫か!?」「こっちだ!」
黙って捕まる暴徒でもないようで、暴れるうちに警備員の中にも負傷者が現れる。当然、暴徒側は乱暴に取り押さえられるわけで、次々に運び出されている侵入者連中は、そのほとんどがぐったりと意識がない様子だ。
そこはまさに修羅場であり、私服で暴れる彼らを取り押さえる、警備員の衣装の面々。
「咲森さん!?」
後ろからついていったことがばれたようで、前田が丸満を見て驚きの声を上げる。あ、と驚く丸満だったが、声を上げる暇もなかった。
「おとなしくしろ!」
「ぎゃっ」
唐突に押し倒され、腕を極められる。驚きと痛みに声を出してしまう丸満。後ろから押さえつけているのは、当然であるが施設の警備員だった。
「ぐ、ぐわあああ」
「ああー!違うんです!その人は違うんです!それ以上はいけない!」
慌てる前田の説得で、丸満が解放されたのはそれからおおよそ10分ほど後のことだった。
医務室にて頭を下げる警備の監督と、ベッドに横になっている丸満。混乱の最中、もはや敵味方の判別がつかなかったその警備員は、従業員である白衣と、警備員の衣装でしか見方を判断していなかったそうだった。
「本当に、すみませんでした!」
平謝りする警備監督に、理解を示す丸満。
「いやいや、あの状態で正しく判別するのは難しいじゃろ。ちゃんと、不可抗力じゃとわかっとるよ」
「本当ですよ。あれは立ち入り禁止区域に入ってる咲森様が悪いですよ?」
「その点に関しては全面的にすまんかった。痛つつ……」
そんな丸満に呆れた目を向けているのは、誰であろう前田である。丸満が怪我をしたのは、完全に自業自得なので素直に謝る。
「……それにしても、あの騒ぎはなんじゃ?」
只事ではない出来事であった。それに関して、思わず事実を知りたい、と疑問を呈すことも無理はないだろう。
話してもいいのか?と目を向ける警備監督をチラと見て、はぁ、とため息をついて前田が口を開いた。現場を見られただけでなく、とばっちりの被害者である。前田は、素直に背景を話すことにした。
「ニュースにもなっていた、デモの連中ですよ。門の前で暴れているだけかと思って侮っていました。
トラック使って検問をぶち抜いたらしいです。それで、そのまま施設に突っ込んできたんですよ」
「……はぁ!?」
丸満は、理解が追い付かなくて、しばらく経った後に声を上げた。
「え、マジで?え?国有地じゃよな、ここ」
「はい。全員、不法侵入と器物破損、その他諸々の込み込みで拘束済みです。
今のところ、向こうの言い分としてはテストの停止のため、らしいですよ。無駄にアクティブな正義感とは思っていましたけど、まさか、こうまでバカをやるとは……」
頭痛に堪えない、と頭を押さえる前田。呆然としていた丸満だったが、ポロリと所感が漏れた。
「――テロじゃろ、これ」
「はい」
間違いない、と前田はノータイムで頷いた。
「……向こうはそうは取らないでしょうけどね。まぁ、何を言っても実行犯ですから、話は早いでしょうけど。
ただ、この問題が終わるまではヒプノシア・オンラインが停滞するかと思うと……はあぁ~……」
前田は、丸満の端的な感想に同意する。心底落ち込んでいる前田の姿に、思わず丸満も同情の念がこみ上げた。
問題は、立ち入り禁止の国有地で起こった事件だということだ。
無論、加害者たちは裁判にかけられるだろう。しかし、そのためには会社も参加しなくてはならない。もちろんその間は、開発がストップするのは間違いない。
何の開発かと言えば、もちろんヒプノシア・オンラインのオープンβ版である。前田のため息もさることながら、進化したヒプノシアに触れるのは絶望的になっている丸満もまた、大きくため息をつくのだった。
「施設の方は大丈夫なのか」
「大きな穴開けられちゃいましたからね。とてもじゃないですが、現在のテスト終了までに補修は無理でしょう。
ああ、でも穴開けっぱなしなんてテスターの人に見せられないから立ち入り禁止にして、そうなると事件の精査もあるから、このβテストも中断、ですかね……」
それはそうだろう。誰が、寝ている間にトラックが突っ込んでくるような施設に居たいと思うのか。結局、再びエスカペに合うことはできなさそうだ。丸満はそう思って、遥か届かない地に居る亡き妻を思った。
せめて、進藤が何かいい情報を手に入れてくれればと思う。
次々と今後の状態を口にする前田もまた、今の状態に混乱しているのだろう。
「唯一いいことと言えば、あの辺りはケーブルが通っている壁じゃなかったことですかね。こちらにユーザーからのトラブルの情報は来てないですから、機材に大きな影響はなかったはずです。
一応、衝撃が通ってエラーが出てないかのチェックくらいは必要になるでしょうけど。ここまで来てヒプノシア自体にダメージがあって廃棄とかなったら……泣くに泣けないですよ」
はは、と力なく笑う前田は、今も視線を彷徨わせて情報をチェックしているようだった。
「とりあえず、丸満さんには自室に戻っていただけますか。今後の進展は、恐らく放送かメールでお伝えすることになりますので、ご注意ください」
「あい分かった」
そうしてこの場は一区切りついた。かのように見えた。
しかし、問題はここで解決しなかった。
「いた!所長!」
扉から飛び込んできた、研究員らしき白衣の男が前田を見つけて叫んだ。その声に、さらに前田の眉間の皺が深くなる。
一方の丸満は、茫然と前田の顔を見上げていた。
「……所長?」
驚きに無表情になって呟く丸満に、前田は、にっこりと造り笑顔で答えた。
「いえいえ、前田はヒプノシア・オンラインのヘルプデスクセンターの一社員です」
「ふざけてないで、所長、大変なんです!」
すっとぼける前田であったがしかし、飛び込んできた研究員は不穏な言葉を発する。
その余裕のない職員の様子に、前田は明らかに致命的と判る問題の気配を感じて、この場を誤魔化すことを諦めた。
「あいまいな報告はやめろ。端的でもいいが、要件を話せ」
丸満が今まで見たことがない、落ち着いて指示を出すその姿は、決して一般社員のそれではなかった。運営管理側の人間であることは明白である。
自分が気軽に話していた青年が、想像以上の上役だったことに驚きを隠せない丸満。今夜は驚くことばかりで、いい加減丸満の表情筋が死にそうだ。
しかし、研究員の爆弾発言に、全員の顔が強張った。
「ヒプノシア・オンラインのワールドサーバーが、クラックされてます!」
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