3. 何時の世にも忍び寄る悪意 ~テスト五日目の現実世界~
時間は深夜。またもうっかり目が覚めてしまった丸満は、一人で待合室へとやってきていた。
「何ぞ、変な夢を見た気がするのう……」
起きた瞬間ははっきりと覚えていたはずのその事柄が、今ではぼんやりとしか思い出せなかった。何か、大事なことがあったような気がるので、メモ書きに書き出そうと夢の内容を思い出そうとしていた。
しかしさっぱり思い浮かばないので、やがてはその試みが不毛であると切り捨てて、丸満はテレビをつけてみた。
時間も時間なので、テレビが貸し切り状態だ。先日よりも遅いこともあるが、待合室に来るまでに一人も合わなかったことで占有してしまってもいいだろうと高をくくったのである。
今日の丸満は、気兼ねなくチャンネルを回していく。とはいえ、時間的には深夜のニュースが多めであった。他は深夜アニメやバラエティがちょうど終わるところである。
「ぐむ。間が悪かったか」
せめて実のある内容を、とニュースにチャンネルを合わせた。
「――次のニュースです。
先日から始まっております、新型医療器具『ドリームキャッチャー』に対する抗議活動ですが、『ドリームキャッチャー』のテスト期間の終わりか近づいてきたことで、更に熱が上がっている模様です。
ドリームキャッチャーを認可した国に対する抗議活動は、日々激しさを増しております」
聞き流すには気になりすぎる内容が、耳に入ってきた。
世の中では、ネット上でこそヒプノシア・オンラインのクローズドβテストだが、メディアの報道ではドリームキャッチャーのテストという扱いになっている。
DC機に対する不信感で、デモ活動をしている輩がいるのは聞いている。しかしニュースキャスターが、さも当然と言っている内容に、丸満は眉をひそめた。
そもそもドリームキャッチャーは、まだ使用を認可されているわけではない。あくまで、今が認可のためのテスト段階で使用されているのだ。
「ドリームキャッチャーが人体、とりわけ脳に多大なダメージを与えるという発表に対し、国は否定を続けております」
ニュースキャスターの言う発表報告は、根拠が存在しなかったりする。事象評論家やら芸能人が批判を繰り返している内に、そういった内容がまことしやかにささやかれるようになり、野党がそれを材料に攻撃を仕掛けているだけだ。
決まって老いないことを断定して話を続けるニュース番組に、丸満は不快感を感じはじめていた。
ドリームキャッチャーに関する話の展開自体は、このβテストが始まる前、国との協力で機材のテストが実施されるという発表があった時から続いている。
そもそも今のβテスト環境の他に実験できる機材は存在しないので、他の場所で研究できるはずもない。つまりは、その発表自体が捏造なのだ。しかし、国内のメディアに代表されるマスコミやニュース、週刊誌といった面々は、その発表だけを頼りに、なおもドリームキャッチャーは悪である、という論調で批評を繰り返している。
一方、国外のメディアはというと、好意的な意見も否定的な意見も半々という感じだ。
今後の医療技術の革新や、とくに精神面の治療に役立つのではないか、という期待が高まる一方、やはり人体へのダメージを懸念するネガティブな報道もしかりである。だが、一部を除いてネガティブな意見は、技術の秘匿を解除する要請にとどまっている。とにかくデータが存在しない為である。
なんにせよ、ヒプノシア・オンラインを楽しんでいる丸満としては、今テレビで流れている内容は非常に気に食わないものだった。
「……とはいえ、他に明るいニュースもないからのう。そんなにゲームがいかんのか……」
思わず愚痴が漏れる。何も知らない人間からすれば、全く新しい技術を人間に対してるかっている、と言う行為に対して懸念があるのは理解できるが、それはさておき好きな物を貶められていい気分になるはずがない。
チャンネルを回せば、コメンタリーの面々も二言目にはドリームキャッチャーが危険だとしか言わない。具体的にはどう、と言うものはなく、ただ倫理が、常識的に考えて、と気分の話しかしておらず、それ自体も意思統一がされすぎてて、むしろ気持ち悪さすら感じてくる。
そんなニュースが聞くに堪えなくて、改めてチャンネルを回す、映ったのはバラエティ番組だったが、そこでもひな壇芸人からドリームキャッチャーの話題が出ては、ニュースの時と同じような流れで貶められていた。
「バラエティでも悪いモノの代名詞みたいに言いよって。
なんじゃろな、この風潮……」
「まったくです……」
テレビを独占している手前、気分を変えようとチャンネルを回しているんと、暗い声で丸満の向かいに誰かが座った。
前田であった。しかし、その表情は暗く目の隈も深く刻まれていた。
「うおぉ……お疲れの様じゃのぅ……」
疲労感を隠せていないその様子に、思わず労りの言葉をかける丸満。
「ありがとうございます……」
前田はそういうと、ぐったりと机に突っ伏した。その様子に疑問を覚える丸満。
「前田君はコールセンターじゃよな?なんでそんなに忙しいんじゃ?」
「マスコミ対応に人がとられてて、サポートの人間もデバッグとか書類に回ってるんですよ……。
その他も色々会議とかで作業の時間も持っていかれるので。実は、仮眠中もドリームキャッチャーで作業してます」
丸満の疑問に返ってきた、驚愕の裏事情。その言葉に衝撃を覚える丸満。体を休めるための睡眠のはずが、夢を見ることで仕事から逃れられないなんて!
その修羅場の光景が想像すれば、前田の苦労も理解できると言うものだ。丸満は、気の毒そうな目で前田を見ながら、その苦労に同意するのだった。
「ふおぉ……それはそれは……ご苦労様じゃ。
でも、夢の中まで仕事をするなんて疲れが取れないのではないか?昔、俺も仕事をする夢何ぞ見ようものなら、翌日の朝は布団から出るのも億劫だったもんじゃ。人体に影響がないのかの?」
丸満が、昔の自分を思い浮かべながら尋ねてみると、前田は力なく笑いながら答えてくれた。
「はは、実は我々もテスターの一人なんですよ。それこそ、ドリームキャッチャーが寝ている間にも現実とやり取りができる機材なので、こういった行為に使われる可能性があるのは考慮されていました。
睡眠は、体のほかにも脳を休める目的もありますからね。そこで、ヒプノシア・オンラインというゲームをプレイする場合と、仕事をすることでストレスを与えた場合と、で比較実験をしているのですよ。
なので、問題があるかは今後次第ですね。少なくとも、ヒプノシア・オンラインのクローズドβ中は継続しそうです。
そういうわけで、今のところはまぁ、地獄ですね」
自虐的に笑う前田に、丸満は「うへぇ」と言葉を漏らすしかできなかった。せめてもの手慰みとして、前田にコーヒーを煎れて持ってきてあげることにした。
「ああ、ありがとうございます……しかし、このままでは正式リリースまでどのくらいの期間かかることやら」
前田の言う期間とは開発期間のことではなく、当然マスコミ等の世論が行っている圧力の解消のための期間である。そのことを理解している丸満は「うむむ」と腕を組んでは唸った。
「正直、俺は楽しんでおるから可能な限り早くやってほしい所じゃな。とはいえ、ここまで反対するものか?
所詮、今やっていることはゲームじゃろ。しかも、人体に影響がないかを確認するための。
ちゃんとした医療器具だって治験を行うだろうに、ゲームですら検査していることに何の不満があるんじゃろう?」
「私には理解の及ばない論理なんですよね。それ。
それに、向こうの言い分が正確なデータじゃなくて、推測と妄想の感情論だけなので話にならないんですよ。言うだけならいくらでも妄想たれ流せるから楽ですよね、向こうは」
コーヒーに口を付けて少しホッとしたか、聞いてもいないのに愚痴を漏らす前田。どう見てもストレスが限界に近いようだ。どうもさっきから前田の言葉の端々には、聞いてはいけないような内容が含まれている気がしたが、とりあえずストレスによる一過性のものだと丸満は判断して、適当に相槌を打ってスルーすることにした。
あまりにも愚痴が多くなりすぎたことに気付いたのか、ハ、と前田は眉の皺をもみほぐすと、いつもの柔和な笑みを浮かべた。
「咲森様には、数少ないログインの機会を奪ってしまっているようで申し訳ないですが、おそらく明日明後日はちゃんとログインできるはずです。
その後、大きな検査が入りますので、それではお楽しみください」
「おお、そうか。それは何よりじゃ。まぁ、検査はしょうがないの。そういう取引でここにいるんじゃしな」
結局、その後30分ほど前田の愚痴を聞く羽目に放ったものの、初日にテスターの権利を継続できたこともあり、おとなしく話を聞いている丸満であった。
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