2. 失われた記憶は己の過去と認められるのか ~転生~
モニターの前にたどり着く丸満。その足はついに止まり、その体はノイズしか映していないそのモニターを向いている。
やって来たモニターには何も映っていなかった。そりゃそうだ、と安心する半面、このモニターが目的地だったようだと感じて首を捻る。
この夢は何なのか。この体は、何を目的としてここに丸満を連れてきたのか。
ふと、モニターに自分の影が映っていることに気付く。この映像は、丸満の後ろから映写機のようにして流している映像なのだ。自然と体が動き、後ろを向く。
「……なんじゃい、そりゃ」
思わず呆れた声が出た。なぜなら、そこには予想通り映写機があり、そのカメラ口から光が出ていた。しかし、映写機のフィルムにセットされていたのは、なぜか昔懐かしいCDディスクだったからだ。
もっとも、その銀板のサイズはレコード盤並みのサイズを誇っているが。
確かに形は似ているかもしれないが、それはないだろう、とこの機材をセットした自分の頭にため息をつく。
『許さぬ!』
不意に後ろから怒鳴られ、泡を食って振り向いた。
そこには、怒りの表情を向ける初老の男の姿。モノクロの映像で色はわからないが、顔を赤くして怒っていることが解る。先ほどの怒声は、映像から流れたもののようだ。
『世界の柱となることを断るというのか!神の授ける褒美を断ると!?』
頭上から怒りの声を降らすその男は、電光を身にまとい、雷の装飾に飾られた鎧を身に着けている。雰囲気や言動から、雷に連なる神の一柱であるようだった。
どうやら、丸満は神託を無視した立場にいるようである。
『まぁまぁ、落ち着いてください。彼は、神になることを嫌だと言っているわけではありませんよ』
彼の方に触れ、その勢いを押しとどめようとしている女性がいた。おそらく、彼女も何かしらの神の一柱であろう。
彼女は羽衣を身に纏い、要所要所に金属のアクセサリーで身を飾っている。おっとりとした声と表情に、雷の神は毒気を抜かれたように勢いをなくした。
女神は雷神を背に、こちらに顔を向けた。その表情は、透を思い出させた。
『貴方の望みはわかりました。しかし、その願いは高々100年も経たずにその命を終わらせてしまうでしょう。
その後は、結局は御神のお言葉の通りになります。ならば、その100年に、いったい何の価値があるというのでしょうか』
『私は、永き命を持って生まれ、その身に生まれ持つ大義を為すことが全てでございました』
第三者の声。これは、恐らくカメラ側――丸満の声なのだろう。
『私は、短き命に生きる者のことが解りませぬ。命を司り、知識を司る神になるのであればこそ、その生をこの身に知るべきだと考えたのです』
映像は下がり、床を移す。視界の端に手の影がある。これは、土下座に近い恰好をして頼み込んでいるのか。
『お願いいたします。この魂に、一時の自由をお与えください。
その生を終えた後、この命、神に還す所存です』
『ぬぅ……』
頼み込む丸満の声に、呻く雷神の声が返ってくる。
なんとなくわかってきた。これはおそらく、丸満の前世の記憶なのではないか?
この夢が、正しく走馬燈なのかわからないし、目の前で見えるのは、荒唐無稽な話の流れだ。しかし、赤ん坊の記憶より前に流れたこの映像は、そうだとしか考えられなかった。
『雷よ。たかが100年ではないですか』
『愛よ!正気か!?』
女神の言葉に、大きく声を上げて反論する雷神の声。
『この期に及んで、御神の裁きも物言いもありません。つまり、彼の申し出を御神が受け入れたということに他ならないでしょう』
『むっ……ぐぬぬ……』
丸満には理解が及ばないところではあるが、どうも神の世界では一理ある言葉だったのだろう。顔を上げて――おそらく申し出が通ったことに驚いたか、喜んで、であろう――見えた映像には、微笑ましく笑う女神の姿と、先ほどまでの表情から一転、しょんぼりした雷神の姿があった。
『ほほ、雷よ。貴方は親のように彼の事を見守っておりましたからね。ようやく共に過ごせることを喜んでおりましたから。
だから、貴方のことを怒っていたのではないですよ。ただ心配だっただけです』
女神は、丸満と雷神に視線を彷徨わせながらそう言った。その顔には、母性のような柔らかさと、少々揶揄うような茶目っ気が垣間見えた。
『思い出しましたか?』
突然、映像の中の女神がカメラを向いて、そう言った。その視線は、カメラを向いているようで、違った。カメラの向こう側。
映像を見ている丸満に向けての言葉であることを、本能的に丸満は理解した。
『これが、貴方がそちらの世界で生まれた理由。貴方の本来の世界の出来事です』
女神が、こちらに向かって歩いてきた。
やがて、モニターの中から色のついた女神が浮かび上がってくる。正に、映像の中から丸満の目の前に移動してきたのだ。
「貴方様が、俺……私を、地球に?」
『ええ。貴方が、どうしても、限りある生を自由に生きてみたいと言うので。
しかし、ヒプノシアの中を巡る転生では、その力を隠しきれない可能性がありました。そのため、神の力、魔法の力の存在しない世界へと転生させたのです。
まさか、そんな世界からこちらの世界につながる魔道具が開発されるとは思いませんでしたが』
魔道具。ひょっとしなくても、ドリームキャッチャーとヒプノシア・オンラインのことだろう。
『随分と、魂が近づいてしまったようですね。こんなことまで思い出してしまうなんて。
この記憶は、あちらの世界で生きるには少々荷が重い。貴方が目覚めるころには、ある程度は封印させていただきますね。
今更全てを封印すると、体に負担がかかりすぎてしまいますからね』
なるほど。前世の記憶を封じるために、わざわざ目の前に顕現してくれたらしい。
丸満は納得すると同時に、どうしても聞きたいことができたので、尋ねてみた。
「一つ、聞いてもよろしいでしょうか」
『私が答えられることであれば』
「あの世界は……私が今たどり着いている世界は、本物のヒプノシアなのですか?」
女神は、ふむ、と顎に指をあて、首を捻った。数瞬の後、笑みを浮かべて口を開く。
『まぁ、教えてもいいでしょう。ええ。そうです。
貴方が幼い頃から嗜んでいる「ヒプノシア」というゲームは、正にあのヒプノシアの世界をゲームに落とし込んだ歴史書ともいうべき存在なのです。
そして、ヒプノシア・オンラインは、極々一部だけを仮初めのヒプノシアではなく、本物のヒプノシアに転送する事態になってしまった。
この点に関しては、私が直々に修正させてもらうつもりですよ』
「修正?というと?」
『時空の繋がりを切断し、元の仮初めの世界と入れ替えて元通りにします。
少なくとも、クローズドβテストという期間が終わるまでには、私の仕事も全て終わるでしょう』
どうやら最終日にログインできれば、あのエスカペともまた会えるようだ。
その事実に、丸満はホッ、と安心の息をついた。
そんな丸満を見て、にっこりと笑った女神は、パンパンとその手を叩いた。
『さて、時間切れです。そろそろ体が起きてしまうようですわね。
残り少ない限りある生を、堪能してくるのですよ』
すぐに、視界は闇に包まれた。
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次回の更新は明日の予定です。
ファンタジーなんだかSFなんだかわからなくないジャンルですが
一応MMORPGモノ、です。




