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1. それは遥か彼方の ~走馬燈~

今回は話のキリが悪かったので、短いです。

 気が付くと、丸満は暗闇の空間を歩いていた。

 それは夜空のような、動作前のプラネタリウムのような。道らしい道もなく、ただ何もない空間。それを、目的地も分からず歩いていた。

 

「ここは……?」


 ふと、声を出して。その身を見下ろしてみれば、老いさらばえた現実と同じ体であることに気付く。

 ああ、夢か。丸満はそう感じた。

 

「よもや、ヒプノシアのテスト中に普通の夢を歩くことになるとはのう」


 しかも明晰夢(めいせきむ)だ。夢の中で、自分が夢を見ていると自覚できる夢。

 これも、ドリームキャッチャーに何かの奇遇が起きたのか、と思いながら周囲を見回してみる。首から上は好きに動かせるが、その足だけは変わらず一定の速度で同じ向きへと歩いていた。

 殺風景で何もない、闇の空間だ。これは何を暗示しているのだろうか、と不思議に思っていると、進む先に光を感じた。

 釣られるように光の指す方向を向いてみると、それは巨大なモニターだった。その角度から、ここが只だだっ広い空間と言うわけではなく、黒塗りのトンネルの中であることを悟る。

 そのモニターは、トンネルの壁に埋まっているように、斜め上についていたのだ。

 

「これは……?」


 モニターに映る光景に、丸満は眉をひそめた。

 その映像は病室だ。映るのは、やせ細った、最愛の妻の姿。

 

『ごめんなさい、あなた。先に行きます』


『ああ。俺は、土産話をたっぷりこさえてからそっちに行くよ。皺も目いっぱい増やしてな』


『……ええ。ええ。お待ちしています』

 

 モニターから聞こえた音声は、そこまでだ。立ち止まること許さない丸満の足が、モニターの前を通り過ぎてから、そのモニターが光を失ったのだ。

 それから、一定間隔でいろいろな映像が映るモニターが視界を通り過ぎていく。

 妻と旅行に行った時の夕食。進藤と年甲斐もなく対戦ゲームではしゃいでいた時のこと。孫が生まれたことで、息子の嫁を大いに褒めた時の事。

 一人で向かったゲームのコンベンション。仕事を退職した時の飲み会。会社で失敗して怒られた時の事。

 やがて、丸満と透の結婚式の光景に映る頃には、丸満の表情は盛大に引きつっていた。

 

「おい……おいおいおい!?これってまさか……!」

 

 嫌な想像が頭に浮かぶ。

 ――走馬燈。人が死の間際に見る、己の人生を振り返る一瞬の一幕。

 

「まだ……まだ、一週間が終わってない!最終日が、まだなんだぞ!」


 自分はこれから死ぬのか、それとも死んだのか。無念の叫び声を上げても、広がるのはいまだ暗闇のトンネルに吸い込まれていくだけだった。

 目の前を通り過ぎる光景は、どんどんと丸満の若い頃へと返っていく。

 焦りと恐怖に顔を青くしていた丸満も、それが大学のキャンパスが映る頃には、行くばか落ち着きを取り戻していた。

 

「……ヒプノシアの中とはいえ、最後にあいつの料理が食えただけでも御の字か」


 二度と味わえないと思っていたあの味。叶わない心残りが叶っただけ、あるいは普通に死んでいく人間よりもよっぽど幸せだったのかもしれない。そう考えたのである。

 丸満は、もはやこの先にたどり着くことに恐怖を覚えてはいなかった。落ち着いた気持ちでたどり着く先を見据えることができていたのだ。もちろん、無念こそ胸のうちに秘めてはいるが。

 通り過ぎたモニターに映るのは、初めて妻と出会った時のことだ。最初は、カバンのひもが切れて排水溝に落ちてしまったのを助けたことがきっかけだった。あれは事故だったが、丸満と結婚するまでは何かと不幸の目立つお嬢さんであったな、と丸満は当時を懐かしんだ。

 そう、もはやモニターに流れる走馬燈を見て、懐かしむ余裕まで取り戻していた。「ああ、こんなこともあったな」と笑いながらその映像を見ていく。

 高校時代。コンシューマのヒプノシアに触れた時のはしゃぎっぷりに我ながら恥ずかしさを覚えるレベルだ。デマ情報に踊らされ、貴重なアイテムを無駄にしたこともあれば、セーブデータを破損して泣く泣く最初からやり直したこともあった。

 ちなみに、そのデマを流したのは若かりしときの進藤であった。

 

「あいつだったのか!」

 

 高校の時、一度だけクラスが一緒になったことがあったようだった。その時は友達でもなく、自慢そうに語っている内容を小耳にはさんだので試した結果、イベントアイテムが消失するというバグに遭遇したのだ。

 アイテムが消えた時には、ただただ、呆然とするだけだった。

 それからしばらく顔を合わせることもなかったが、次に顔を合わせたのは透の家族との顔合わせの時だったので、すっかり忘れていたのだ。

 

「あの野郎……」

 

 落ち着いた気持ちが少し怒りにくすぶるも、もはや時効であろう。怒ってもしょうがない、と次に流れてくる映像を楽しみに待つ。

 その光景は、中学生の頃。初めてヒプノシアに触れた所に映る。

 

『すごい!すごい!なんだこれ!?』


 映像の中ではしゃぐ、幼い頃の丸満。その姿を、まるで孫がはしゃいでいる姿を見るような目で見守る、老人の丸満。「ああ、懐かしい」と柔らかく微笑む丸満。

 しかし、モニターの中の彼が発する言葉に、眉をひそめた。

 

『ラルゾン!あはは、こんなに髭を生やしたのかあいつ!

 おーおー、パルテナも偉くなっちゃって!お姫様かー!?』

 

 初見のゲームに出てくる登場人物を、まるで親友の写真を見るかのような感想を言いながらプレイする、モニターの中の少年。

 これは、本当に自分なのか?あの頃、こんな事を言いながらゲームをしていただろうか。

 それから流れてくる映像は、明らかに今まで頻度が違う多さ。その映像の全てに、初めてヒプノシアをプレイした時の映像が流れていた。

 そしてその全てに、丸満が口にした覚えのない感想が入ってくるのだ。

 

『あれー?ここに世界樹があったはずなんだけど。移動しちゃったのか?』


『おお、この城残ってるんだ!……あー、でも隠し通路は無くなってるな。信仰神も違うし、代替わりして埋めちゃったのかな』


『この国宝の剣ってあれだよな……ガノフの失敗作って話じゃなかったっけ……?』

 

 初見プレイの独り言にしては違和感の多すぎる、その光景。丸満は、流れてくる映像の謎を(いぶか)しみながら進んでいると、やがてゲーム開始時の光景が映った。

 

『ヒプノシア……』

 

 それは、ソフトのパッケージを開けた所の映像だ。パッケージに反射して映る、幼い丸満の表情は、年相応の興味に輝く笑みではなく、思いつめたかのような神妙な表情だった。

 やがてその足がモニターを過ぎ、次の映像が流れてきたことで丸満は絶句した。

 それは、顔がぼやけてはっきりとわからないが、視界を覆うような、巨人の姿だった。

 

『かわいいでちゅね~!よーしよしよし』

 

 笑い声溢れ、幸せを零す雰囲気で満たされたその映像。それは、恐らく。しかし、確信をもって丸満は正体を判断した。

 これは、自分が生まれた時の光景だ。

 そんなものを覚えている物か?この映像は、いったい何なのだ?

 走馬燈が、どこまでの光景を見せるかなどは知らないが、こんなところまで見せるものなのか?


「――バカな……!?」


 混乱の中で、新しいモニターが進む先から流れてきたことで、遂に絶句していた丸満から、驚愕の声が漏れた。

 赤ん坊の時代より過去に戻ったとして、この先の記憶などあるわけがないのだ。母親の腹の中の光景など、記憶できるようなものではない。はずだ。走馬燈とは、脳の中にない過去すらも映すものなのか?

ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

次回の更新は明日の予定です。

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