3. ジェノベーゼ
マルティに肩を叩かれ、ハッと我に返るジェノ。
「あ、ああいや済まない。知り合いに顔が似ていたもので、驚いた」
ジェノの言葉に、エスカペもまた我に返る。
「ごめんなさい!私も、どこかで見たような顔だと思って。気のせいだとおもうわ。
私はエスカペ。ヴォーロゥおじさまの姪っ子よ」
「俺はジェノ。ジェノ=ベーゼという。よろしく頼む」
エスカペは、ジェノに差し出された手を握り、握手をした。
エスカペの呆けた表情に理解があったのか、ヴォーロゥが声を上げて理由を話す。
「はは、エスカペも驚いたか。
ジェノさん。実は、貴方が先ほど話したルナフルム=カールーボ様にそっくりなんですよ」
ヴォーロゥはそういうと、席を立って近くにあった本を取り出して見せた。その表紙に描いてあるのは確かにジェノに似ていた。しかし、その姿は青年まで成長しているものだ。
その絵を見て、ジェノも息を飲んだ。それは、この体になる前。青年の姿をした丸満のアバターそっくりだったのだ。
一方で、そういうことを知らないマルティは眉をひそめて唸る。
「……う、うーん……似てると言えば似てるけど……」
「さもありなん。色人種の方には、精霊種の顔の区別もつきますまい。我々にはそういう風に見える、と言うことですよ」
今更の話にはなるが、地球人に酷似した人間種は『色人種』とヒプノシアでは呼ばれている。これは「人間」という種族が、二足歩行かつ理性持った思考回路を持つ生命体全てに当てはまる価値観をしているためだ。
余談あるが、獣に近い姿の種族を『獣人種』、自然界の魔力で成り立つ種族を『精霊種』、神の魔力によって生み出された種族を『魔人種』と呼ぶ。エルフは精霊種の一つである。
ヴォーロゥの説明に、マルティは腑に落ちない顔はするものの、村の狩人に弓の手ほどきをしてもらうことになり、喜び勇んでそちらに飛びついた。件の狩人の元に向かうことになり、ヴォーロゥに連れられて一旦ジェノとは別れることになった。
一方のマルティを見送ったジェノは、エスカペに連れられて村の中を案内してもらうことになった。
「特別に何かあるわけではないけどね。色人種の街のほうがいっぱい物はあるでしょう」
ジェノはエルフの村を見て回り、その物価の安さに驚いた。いずれも中盤戦の後期に湯水のように使うことになる水薬たちだ。それが、当時のプレイ時に支払っていた値段の半額以下で並んでいたのだ。
ゲーマーのジェノにはまさに宝の山に見えていた。
「いやいや、この道具屋の品ぞろえ!ネージャッカであれば倍の値段ではすまんぞ?
俺はまだ使うに足るような実力ではないから宝の持ち腐れにはなろうが……」
ふと、道具屋に並ぶ魔力回復の水薬を指す。
「ちなみに、エスカペはこの水薬はよく使うのか?」
「ええ。とはいえこれくらいなら、3本くらい使わないと魔力枯渇からは回復できないわね」
ジェノは、素直に絶句した。
ちなみに、ジェノの指した水薬で回復する魔力は、体感で1本で3ジェノ分くらいはある。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼の準備しちゃうわね。
魔法の練習は、午後からでいいかしら」
「うむ。何か手伝うことはあるかな?」
「簡単なものでしちゃうわ。どうせ今夜はおじさまが豪華にしちゃうだろうから」
村を一通り見終わった後、家に帰ってきたところでエスカペが昼食にすると言い出した。ジェノも、空腹度が上がっていたので反論するつもりもなかった。
お客様の立場で、おとなしく出来上がるのを待っていることにする。参考までに、と渡されたルナフルム表紙の魔導書を開いて中を見る。しかし、台所から、香ばしい香りが漂ってきて、気になってしょうがない。
ジャッジャッ、と何かを炒める音、そして――。
(この匂いは)
覚えのある香りに鼻をひくつかせ、微かな記憶をたどろうとしたところで、エスカペが大皿に料理を盛り付けて持ってきた。
「お待たせ」
"それ"をよく確認しようとして、【鑑定眼】が勝手に動作する。
「こ、これは……」
【エレメンバジルのジェノベーゼ】(重量 3 / 食べ物)
制作者: エスカペ=トール=ネージャ
品質 : 高
説明 : 使用者のHP回復(45% + 15%)
使用者のMP回復(50%)
精霊の住む地で育ったバジルを使ったパスタ料理。
「好きだったでしょう、これ」
勝ち誇った言葉とは裏腹に、先ほどまでの幼い表情はどこへやら。優しげな眼でジェノを見つめるエスカペの姿は、まごうことなくジェノの記憶に合致する。
「透!お前なのか!?」
咲森 透。5年前に他界している、咲森 丸満の妻の名前である。。
「お前、どうして……」
「それは、私も聞きたいところね。あなたが、そんなかわいい姿になっていることも含めてね」
言われて、自分が子供の姿になっていることを今更ながら思い出す。なんだか、急に恥ずかしくなってきた。気が付けば、エスカペは先ほどまでの優しい笑みはどこへやら、じっと観察するように見つめてきていた。
「そ、そんなにジロジロ見るでない!」
「あら、そう?」
クスクスと笑う妻の姿を見て、からかわれていることに気付く。眉に皺が寄ったところで、エスカペは手を叩いて話を区切った。
「まずはご飯にしましょう。伸びちゃわないうちにね」
「うむ……うむ……!」
それもそうだ、と気を取り直し、ジェノはこんもりと自分の皿にパスタをとると、蕎麦でもあるまいに、ズルズルと音を立てて食べだした。
「……うまいっ!」
「うふふ」
声を上げて嬉しそうに食べるジェノを、優しく見守るエスカペ。エスカペは不思議と、自分の取り皿のジェノベーゼにほとんど手を付けず、ジェノの盛大な食いっぷりを眺めている。
「うまい……うまいぞ……」
「はいはい」
ジェノの目じりに煌めくものがあったのは、それほど美味しかったのだろう。他意があるかは、本人達のみぞ知ることだ。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
持ってきたパスタのおよそ8割を食べ終わり、エスカペは空の皿を流しに置いてきた。二人は、食後のお茶をすすりながら意識合わせをすることにした。
ちなみに、ジェノは初めて満腹度が120%まで進む事を知った。
なお、魔法の練習は後程に回す、ということでその点は意見が一致している。
「私は死んだ、っていうことも覚えているわ。あなたに病院で看取られて、眼を閉じたところまで。
でも、その後すぐに、水をかけられたの」
「水?」
「ええ。この村の近くに、水晶の湖、って呼ばれている湖があるのだけど、その水を汲んでいたら魚に水を撥ねられちゃったみたいなの。
そこで、目が覚めた――というか、記憶を思い出したのよ」
エスカペが言うには、自分がこの世界に転生したものだと思っていたらしい。
気が付けば体は若返るどころか、人間ですらなくなっていたのに、ずいぶんおっとりした言い方である。と、ジェノが他人事のように話すエスカペに首をひねっていると。
「だって、この話をしたのも、もう70年ぶりよ。混乱していたのもずいぶん昔だわ。
おじさまだって1000歳を超えているし、前世の記憶を持って生まれてくる色人種の人なんて結構いるらしいから、『そういうものなんだな』って納得しちゃったわよ」
「お、おう……」
亡き妻と再会したら、人生経験が倍の差では済まなくなっていた。
「それにしても、オンラインゲームの世界とは思わなかったわ。私は200年の記憶もあるし……お父様が再婚して別の集落へ行ったのも50年前のことだったわね。
確か、その辺りの記録もあったはずよ」
人生経験が3倍になった。
それはともかく、これはどういうことなのだろう?この世界はヒプノシア・オンラインのテストサーバーのはずだ。少なくとも、50年もの記録があるはずはない。
不具合なのか?。不具合と言うには、何かがおかしい。ジェノは、一言エスカペに断りを入れて、GMコールをすることにした。
「はい、こちらヒプノシア・オンラインヘルプセンターです。どうされましたか?」
いつも通り反応が早い。担当者は変わらず前田だった。おかげで、ジェノは何の気兼ねなく質問ができた。
「前田君、ちと聞きたいことがあるんじゃが」
「はい?なんでしょうか」
「俺の妻がゲーム内にいたんじゃが、どういうことじゃ?」
「……え?」
あまりに唐突な物言いに、思わず呆気にとられる前田。それはそうだ。今のはジェノの言葉のチョイスが悪い。ジェノもなんだかんだで混乱しているのである。
らちが明かない、とエスカペの隣にジェノが座り、ナビゲートウィンドウを彼女に向けて前田に見せる。
「ほれ、これ、俺の奥さん」
その言葉に、エスカペは誰かとテレビ電話で繋がっているのだと察知した。
「あらら?何も見えないですけど、ヘルプセンターというのに電話がつながっているのかしら?
初めまして。丸満の妻でございます」
どうやら、エスカペにはGMコールのウィンドウは見えないらしい。ジェノの見ている方向に向かって頭を下げるエスカペ。
「え、えぇ……?」
前田にも予想もできないような事態らしい。
ただ、エスカペがジェノのことをゲーム内のキャラ名ではなく本名を把握していることから、異常事態であることの判断はついた。前田の混乱にも理由があるのだ。
まず、ゲーム内でリアルの情報はNPCが認識できないはずなのだ。例えば、ネージャッカのヨロの受付嬢であることのアダに、ジェノが本名の「咲森 丸満」を名乗ったとしよう。その時点で、アダには「咲森 丸満」は記憶できない、あるいは発音できない未知の文言にしか聞こえないのである。そのため、反復で言わせることもできないのである。
まして、そのように意識的に話そうとすれば、他の人間には「ジェノ=ベーゼ」と聞こえるようになっている。オンラインゲームである以上、ある程度の匿名性は必要である、と言う方針によるものだ。
だからこそ、彼女は丸満の名を口にできるのはおかしいのだ。これはれっきとしたバグであった。
もっとも、どうしてそうなったのかは理解が及ばないのだが。
経緯と現状を説明していくにつれ、ジェノがゲーム内で耄碌したわけではないらしいことを理解したようで、だんだんと相槌から考え込むようなそぶりに変わっていく。
前田は一通り聞いて、しばらく口を噤んで考えた後、ある程度納得できる理由ができたのか、口を開いた。
「丸満さん。それはバグではありません。ただ、こちらで認識していた仕様でもない事態だと思われます」
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次回の更新は明日の予定です。
今回は、一応一番書きたかったシーンになります。




