1. 美しくも残酷なこの世界で ~PL と NPC~
今回、死の描写があります。
気分が悪くなる可能性がありますことを、先んじて注意させていただきます。
「おまたせ、おじいちゃん」
「大丈夫じゃよー」
マルティと合流した。その際の一言に、ひどくうろたえる店員を尻目に、二人はヨロ館を出た。見た目は明らかに年下なのに「おじいちゃん」だ。完全に年齢を見誤っていたのだ。当然であるが。
「話を聞いてきたけど、ちょっと面倒な話になってるかも」
いざ、エルフの住む森へ、と意気込むジェノだったが、一方のマルティは気落ちした様子だった。
「それは、例のエルフの行商人の件かの?」
「うん。どうも、原因がプレイヤーみたい」
その言葉に、先日のジャックのクラスメートの存在が頭に浮かび、ジェノは思わず顔をしかめてしまった。その表情に、思い当たる節があったマルティは、まずジェノの勘違いを訂正した。
「ううん、ジャックくんのクラスメートのクランは関係なかったよ。
問題の人は、もうヨロズを除名になっているプレイヤーらしいんだけど、襲った理由がよくわからないんだ。
エルフが"斧"を持っていたから、モンスターと思ったんだって」
マルティが、依頼の話を聞いてよく理解できなかったバックグラウンドを話すと、ジェノが顔色を変えた。
「なんじゃと!?エルフの斧!」
「えっ?おじいちゃん分かるの?」
まさか理解しているとは思わず、ジェノの反応に驚くマルティ。しかし、彼女の理解のなさも仕方のないことだった。
これは、かつてのヒプノシアシリーズをプレイしているか否かが大きな話だろう。ヒプノシアにおいて、「エルフの斧」はエルフという種族にとって大きな意味を持つのである。
ジェノは、いまいちわかっていないマルティに、ヒプノシアにおける"エルフ"という種族について教えることにした。
ジェノの話をまとめると、こうだ。
エルフは、古くからヨーロッパ系世界観のファンタジーでお決まりのイメージの通りの生態をしていると思っていい。
種族的には、弓と魔法に秀でた、森に棲む長寿種である。そして、その社会性というと、非常に閉鎖的な社会を構築しており、狩りを生業としている。
しかしヒプノシアにおいてエルフとは、閉鎖的な性格ではあるものの、その門戸を閉じているわけではない。実際には、森から出られない生態なのだ。
エルフの体は他の種族と同じく肉でできているものの、その長命は木の魔力を糧としている。森から離れることはすなわち、自殺に等しいのである。
しかし、他の種族を完全に排除する生活は不可能であったため、定期的に一人だけ、その命を削って外界と交流する役目を持ったエルフが選ばれる。
それが斧を持つエルフなのだ。つまりエルフの行商人とは、当代のエルフ種が外界とつながるための、唯一の窓口であったのだ。
「ほへー。そういう意味だったんだ。エルフの斧。
……うわ、じゃあ結構やばいよ」
マルティは、今ジェノから聞いた話と、先ほど聞かせてもらった内容に納得がいったようだった。そして、その内包する事実に顔をしかめた。
事件を起こしたプレイヤーはエルフのバックグラウンドを知らなかった。そのため、"エルフは弓を持っている筈"という先入観があったのだ。結果、"エルフが斧を持っている"という光景に、先入観だけで"しゃべるモンスター"という判断を下してしまったのだ。
過去作をやってないとわからない設定ではあるのものの、ヨロなりNPCなりにエルフの文化について話を聞けば分かる話ではある。
これに関しては、ヨロ館にやってきた件のプレイヤーが、エルフの斧を「討伐証」として提出したことで騎士団に取り押さえられている。
件のプレイヤーにNPC殺害によるペナルティが入っている。意図せずとも犯罪を犯し取り押さえられたことによる、犯罪者アイコンの付属。これにより、ゲームのプレイに関していくつかの支障が発生する。もちろん、捕まらず潜在的に犯罪者であることや、犯罪者アイコンの付与で解放される依頼やイベントもあるが、ここでは置いておこう。
ただし、プレイヤー当人は「犯罪者アイコンが付いたのはバグだ」と言い張って聞かなかったので、管理者――つまり運営チームが動くことになってしまったのはジェノ達の与り知らぬことである。ちなみに、運営側には騎士団の取り調べの内容を通す形で、プレイヤーへの聞き取り調査が行われていた。
なお、既に捕まっているジャックのクラスメートプレイヤー共々、贖罪用サーバーに送り込まれていたりする。実際には、贖罪とは名ばかりのコロシアムであり、戦闘によるストレスデータの採取サーバーになっている。これに関しては存分に戦闘ができるので、血の気の多いプレイヤーには人気であるが皮肉であった。
さて、ジェノとマルティにとって頭が痛いのは、これによりエルフ種全体が異邦人に対して敵愾心を持っていないいか?ということである。
実際に、マルティはこの件に関して、クーミナ・マラミのヨロから次のような依頼を提示されている。
【エルフの里へ謝罪行脚】
報酬:(成功・失敗に関わらず、結果により変化)
エルフの行商人が害されたことで、エルフとの交流が途絶えてしまった。
エルフの里へ事情を説明に行こう。
エルフの森へ到達 [未達成]
エルフへの謝罪 [未達成]
エルフからの許しを得る [未達成]
目的が具体的のように見えるものの、達成項目が具体的でないので、非常に難易度が高そうに見える依頼内容であった。
しかし、ジェノはもちろん、マルティもこの依頼を受けるつもりであった。同郷の物の尻拭い、あるいは連帯責任というつもりはないが、良き隣人になるであろう人々に失礼をしてしまったままでいるのは、何とも気分が悪かったのだ。
もちろん、ジェノにはエルフを一目見ることが。マルティには、あわよくば弓の名手であるエルフに弓の手ほどきをしてもらえたら。などと言った下心はあれど、二人はエルフの里を目指すことになった。
ヨロ館にてジェノもマルティと同じ依頼の受諾を行い、そのまま受付にエルフの里の場所を確認しようと尋ねた。すると、奥からやってきたクーミナ・マラミのヨロズ管理マスターから静止を受けた。
「地図を用意するから、ちょっと待ってほしい。それと、今回の依頼は森まではこちらから足を出す。街の外に馬車を用意しておくからそれを使ってくれ。
事は、一刻を争うのでな」
冷静の様で、その実、焦りが言葉端に漏れていた。マスターの手厚い好意に、ジェノは眉を上げて尋ねた。
「ほう?それは助かる。道を教えてもらうだけでも良かったんじゃが、」
クエストを見る限り急ぎではないはずだが、マスターはどうも時間制限があるような口ぶりをしている。隠された依頼達成条件があるのか、と質問を重ねる。
それに対して、マスターは腰に手を当てて、はぁ、と深くため息をついた。どうも頭を押さえるしぐさから見ると、頭痛も患ってしまっているようで、今回の件は随分と苦労しているようだ。
「いくら既に除名済みのメンバーが原因とはいえ、それでは対応してくれた諸君らに対して放任が過ぎる。今回は、事情が事情だけにヨロも責任を果たさねばならん。
とはいえ、森の中には入れないだろうから、森の入り口までとなってしまうがな」
できる限りのサポートはする、と言うことだろう。もっとも、マスターは離れることができず、動けるのはプレイヤーだけである、という不文律があるので、こちらに任さざるを得ない。それが心配事なのだろう。
ジェノからすれば、サポートすると言われてしまえば断る理由もない。
「なに、十分じゃよ」
そういうわけで、ジェノとマルティはヨロが用意した馬車に乗り、エルフの里へと向かうのだった。
「済まないが、馬車では入れるのはここまでだ。健闘を祈る」
「うむ、任せておけ」
森の前にたどり着いたヨロの御者は、済まなそうにそう言うとジェノとマルティを降ろして去っていった。近辺の村に向かい、こちらの報告を待つことになるのだ。
森の中に馬車が乗り入れられないことについては、なんでもエルフの森の中だと馬たちがおびえて動けなくなってしまうらしい。
エルフのモンスター避けの結界に、馬たちが過敏に反応してしまうのだとか。モンスターが避けるような気配に、野生動物が近寄るわけがないのだ。
ちなみに、これに関して人間族のモンスター避けは、それに比べると馬が逃げることもないので交通の利便性は良いものの、その効果は弱く、使用期限も段違いに短いのだ。
逆に言えば、エルフの森の中ではモンスターにエンカウントすることはない。徒歩には面倒ではあるが安全だ。
今回の事件を引き起こしたプレイヤーは、そうとは知らずにこの森に侵入しては、最初に出会ったNPCのエルフを殺したのか、とジェノはその思考回路に疑問を覚えた。
むしろ、そのようなリサーチもせずに、どうしてこんなところに足を延ばしたのか。若いプレイヤーの考えることはわからんな、とジェノはしみじみと思いながら先へと進む。
「おじいちゃんも、今若いでしょ」
うっかり口から考えが漏れていたのか、頬を膨らませてマルティに突っ込みを入れられた。
「そういえばそうじゃった」
呵々、と笑うジェノ。そんな雑談をしつつ、森の中を進むこと30分ほどであった。
「む、マルティ。待つんじゃ」
ジェノがマルティの足を止める。すわ敵か、と周りを警戒するマルティだったが、ジェノは進んでいた獣道を逸れて草むらに入る。何事かとついていけば、彼の目的を察することができた。
「……これは」
マルティは、それに続く言葉が音にならなかった。
そこには、野ざらしにされたエルフの死体があったのだ。
余談ではあるが、マルティには描写制限フィルターのオプションがONになっているおかげで、傷一つなく横たわり、まるで眠っているようにも見える姿が映っていた。もし、フィルターが外されていれば、どんな凄惨な状態なのか。
一方、ジェノはリアルさを求めてそのあたりのフィルターを外していた。そのため外傷がはっきりをみえている。肩口から、ばっさりと一太刀。それが、彼女の致命傷であった。
果たして、件のプレイヤーはどういう光景を見ていたのか。フィルターがON担っているとはいえ、人を切り捨てて野ざらしになっている状態に、思わず肩を震わせるマルティ。
「むごいことを……」
ジェノはそれだけつぶやくと、近くの木の根元に穴を掘り始めた。マルティも、無言でそれに倣う。
一時間ほど経ち、そこには目印にしかならないが、木の枝を十字にして地面に突き刺さっただけの簡単な墓が出来上がっていた。ジェノとマルティは、しばらく手を合わせ、冥福を祈るのだった。
「なんで、こんなひどいことができるんだろう」
もやもやとした、気持ちの悪いものを抱えながら、マルティは怒りに涙を滲ませてそう呟いた。
その様子をちらり、と見て、ジェノはしばし考えて口を開く。
「エルフを殺したプレイヤーは、『モンスターだと思った』から攻撃したそうじゃな。俺たちも、同じ道を歩まぬように気をつけねばならんな。
データだから、と蘇らせることもない。知らなかった、では済まない世界なんじゃからな」
「……うん」
この世界はゲームであり、モンスターは襲い掛かってくるのがルールだ。プレイヤーは降りかかる火の粉を払うためにモンスターを殺さねばならない。
だが、果たして降りかかる火の粉を振り払うためだけに攻撃していたか、と問われれば首を横に振らざるを得ない。
襲ってきたモンスターだったから戦った。しかし、レベルアップのために積極的にモンスターを探していたのも事実だったからだ。
今まで出会ってきたNPCの面々も、今までプレイしてきたゲームのような機械的な対応はしなかった。まるで、プレイヤーが中にいて、彼らと交流しているような感覚もあった。
そしてモンスターもまた、この世界に生きている、と認識してしまえば、今まで自分たちが手を汚してきたのは、モンスターの平穏を乱してきたのではないか?と不安になる。
そんな思考の袋小路に入り込み、頭を唸らせるマルティを見てジェノは言った。
「何が正しいかは、俺にはわからん。少なくとも、今回の件はエルフを殺したプレイヤーが悪いと、俺は思う。
それでいて、モンスターを狩る俺たちの行動は、何も間違っていないと思っておる」
ジェノは、そう言ってマルティを見た。
「マルティよ。お前は、何故『ひどいこと』だと思ったんじゃ?」
マルティはジェノの言葉を聞いて、エルフの墓をじっと見て、考えた。何故、エルフが死んだことを『ひどいこと』だと思ったのか。
極端に無慈悲な言い方をすれば、彼女はNPCだ。データの塊に過ぎない。
死んだ、という結果も一つのデータのステータスが変わっただけに過ぎないだろう。エルフを殺したプレイヤーも、その結果は経験値を手に入れ、ドロップ品を手に入れただけだ。コウモリウサギを倒した時の自分たちと同じく。
同じことをしているのに、何が、許せなかったのか。
「……私、エルフと仲良くしたかったんだ。でも、その人のせいで、仲良くしてもらえないかもしれない。そんなの、『ひどい』と思う」
ぽつり、とマルティはつぶやいた。
「うむ。俺もだ」
ジェノは、素直に同意した。たとえ、身勝手な理由だとしても、そう思った事実だけは確かなのだと。
「マルティよ。自分が『ひどい』プレイヤーと同じだと思うことはないよ。
お主は、彼らと違うプレイヤーとして考えるんじゃ。それを意識した行動をしておれば、周りもちゃんとそう思ってくれる。
エルフたちも、誠意をもって謝れば、きっと信じてくれるはずじゃ」
マルティは、胸の内のモヤモヤの正体に気付いた。
今から謝りに行くエルフたちに、エルフを害したプレイヤーと同じに見られたくなかったのだ。何故、自分が。そんな理不尽に思う不満がなかったと思ってはいない。しかし、それが相手に通じるのか。
不安だったのだ。
ジェノは、そのマルティの不安が不満となって口から出ていたことに気付いたのだろう。
ジェノが自分を心配してくれていたことに気付いたマルティは、それまでの沈んだ表情を吹き飛ばすように元気に頷いた。
その様子を見て、ジェノもふっ、と微笑むのだった。
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1000PV行きまして、感謝の極みでございます。
次回の更新は明日の予定です。
達観した生死感……ただの身勝手に見えてしまうので、難しいですね。
何なら殺していい、何なら傷つけてはいけない。こういう哲学は好きなんですが、いざ描写するとなると、実力不足をひしひし感じます。
所詮はゲームをプレイしているだけなんですけどね。




