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0. ヒプノシアに行ける夜 ~テスト四日目 開始~

 四日目の健康診断で、体調の維持を確認できた丸満は、経過観察ということでヒプノシアへのログインが許可された。

 喜び勇んで待合室へ行けば、一方で進藤が気落ちした姿で座っていた。


「ログインできるの、やっぱり隔日になってしまった……」


 話を聞いてみると、そういうことらしい。丸満は、昨日の進藤の姿を思い出して、彼の方に手を置いて、こう言った。


「ぷげら」


「こいつ!」


 三日目の攻守を入れ替えた低レベルな争いは、再び呼ばれた看護師さんによるお説教で幕を閉じた。

 照らし合わせたかのように、二人そろって鮮やかに正座の体勢に入る二人は、実際にはとても仲がいいのだ。悪しからず。

 そして、その昼。とろろうどんを食べる丸満は、思い出したように今日の予定の情報を進藤に尋ねてみることにした。先行しているのだから、何か知っているのではないかと思ったのだ。


「俺はエルフを見に行こうと思っとる。何か、情報はないかの?」


 しばし虚空を見た後、進藤は丸満に答えた。


「その卵焼き」


「ほいよ」


 天丼の口直しに卵焼きを手に入れた進藤は、口を動かしながら情報を話す。


「とはいえ、積極的に見に行ったわけじゃないから会ったことのあるやつの又聞きでしかないがな」


「構わんよ。俺は会ったことも噂も知らんから、少しでも情報がほしい」


 ふむ、と考え込む進藤は、神妙な面持ちで口を開いた。


「エルフはパスタが好きらしいぞ」


「ちょっとそこのエビ天寄越せ」


「やめろ!楽しみに取っておいたんだぞ!」


 すさまじくどうでもいい話をされた丸満は、反射的に箸を進藤のどんぶりに伸ばし、それを防ぐ進藤の攻防が始まった。

 再びしょうもない争いが繰り広げられる運びとなった二人を、周囲は「またか」と温かい目で見守るのだった。

 なお、勝者は看護師さんである。


 

 ログインして記憶の泉に降り立ってすぐ、丸満――ジェノの視界にARアイコンがポップアップした。


「うん?メッセージ?」


 相手はマルティであった。メッセージ件数は2件。送信日時は昨日。

 最初のメッセージはこう書いてあった。


『おじいちゃん、今日はどこにいますか?私は、ヨロ館の待合室で待ってます』


 シクシクと胸が痛む気がした。昨日は、そもそもログインができなかったのだ。ログインできなければ、ゲーム内で送られたメッセージは見れない。

 この点に関しては、要望として運営に送ろう、とジェノはARウィンドウにメモを残した。

 続いて、次のメッセージ。


『ログインしてなかったんですね、ごめんなさい(><)。今日はログインできなかっただけだと思っています。

 私は、一緒にやった依頼の続きが出てきたので、南西のクーミナ・マラミへと向かいます。もし都合が良ければ、また一緒にパーティを組めたらと思っています。

 それでは、また明日(^^)ノシ』


 正直ちょっとだけ、うるっ、ときてしまった。また、一緒に遊べることを信じて、いない人間に対して前もってお誘いをしてくれていたのだ。ネージャッカとクーミナ・マラミがどれほど離れているかわからないが、南の方であればエルフの話も聞けるかもしれない。

 さっそくマルティに返信メッセージを送る。

 先ほど、ログインしていなければプレイヤーに送ったヒプノシアオンラインのメッセージは届かない、という話をしたが、一方でヒプノシアの地に降りなくてもログインさえしていれば、ゲームのフレンド機能からメッセージを送れるのだ。

 というのも、プレイヤー機能はヒプノシアという世界のルールに依存したものではないので、記憶の泉に居る段階でプレイヤー間のメッセージのやり取りができるのである。


『こんばんわ。昨日はログインできなくてすまんかった。やはりバグキャラを使っていたとこで検査が入ってしまった。

 今日からヒプノシア解禁じゃから、パーティに空きがあったら参加させてもらえるかな?』


 返事は早かった。


『よかった!(^v^)

 私はクーミナ・マラミに向かう乗合馬車に乗っています。(・v・)ログインの時に、「フレンドと合流する」っていうボタンを押してログインしてください。

 そうしたら、馬車の中で合流できます。あと、私はソロなのでパーティはスカスカです\(^o^)/』


 メッセージを読み終わるくらいに、新しいポップアップが眼前に出てきた。


<フレンド「マルティ=ユートリアル」から合流の依頼があります。>

   [フレンドと合流する] / [断る]

 

 これがマルティの言っていた合流ボタンなのだろう。迷うことなく[フレンドと合流する]ボタンを押下する。

 次に出てきたメッセージは。


<通常のログインを行ってください。ログイン先はフレンド「マルティ=ユートリアル」の現在地となります>


 メッセージにしたがって、記憶の湖へと近づく。これで、マルティと合流できるということなのだろう。


(できなかったら……GMコール(前田君案件)じゃな)


 そうジェノが思った時に、前田の背筋がぞくり、と泡立ったのはただの偶然である。

 記憶の泉へ飛び込めば、視界を圧倒的な光が埋め尽くす。かと思えば、光が収まり周りの情景が明らかになってきた。

 馬車の中だというのである程度の狭さは覚悟していたが、思ったより向かいの壁が遠かった。周囲がやたらうるさく、馬車の中と言うよりも、西部劇に出てくるような木張りの酒場の中という感じだ。

 ガタゴトと鳴り響き、腰が少し跳ねる。


「なんじゃ!?」


 ジェノの尻を突然の強打が襲い、驚いて声を上げてしまう。口を押さえた時には、周りの人が驚いてジェノの方を向いていた。思ったよりも人がいたので、注意を引いてしまったことに恥ずかしくなってしまう。


「あっ、おじいちゃん!よかった、合流できた!」


 目の前の人ごみの後ろから、すっかり聞き慣れた元気そうな声がした。誰とも知れない戦士職の肩口からのぞかせた笑顔は、やはり見知った顔。


「おお、マルティ!すまんかったな。昨日は」


 ジェノも、再開したことに喜びを表す。次に出てきた言葉は、昨日メールの返信すらできなかったことの謝罪であった。しかし、マルティは笑顔でそれに答える。


「ううん。それより、こうしてまた会えてうれしい!」


 どうやら、前田の胃が痛くなるような事故は起きなかったらしい。ついでにジェノはマルティの嬉しそうな物言いに、ほんに健気な娘さんじゃて、とホロホロ来ている。

 ふと、ジェノは彼女の装備が変わっている事に気付く。一昨日までは革鎧だった防具が、所々に金属のパーツが含まれるようになっている。

 肩口など、金属パーツに目が行っているジェノの視線に気づいて、マルティは自慢げに胸を張った。


「ふふん。装備を新調したんだ。昨日はレベル上げしてたんだけど、お金も十分たまったからね。

 革鎧から、軽装鎧にしてみたんだ」

 

「ほうほう。かっこいいぞ、マルティ」


「へへっ、ありがと」


 マルティと話していると、彼女は一昨日と比べると大きくレベルが上がっており、アビリティもずいぶん育っているようだった。何より変わったのは、斥候系のアビリティを取ったことで、ダガーによる近接戦がこなせるようになっていたことだ。

 実は、ここにマルティが革鎧から装備を更新する際に軽装鎧に変えた理由がある。実は、【弓術】や【短剣術】は、装備の重量や材質に影響を受けるアビリティなのだ。

 装備の重量としては、服>革鎧>金属鎧の順に重くなっていく。金属鎧という種別までなると、その装備重量が影響を及ぼしてくるのだ。具体的には、【弓術】は命中力に、【短剣術】は攻撃速度にペナルティが入ってしまうのである。

 ちなみに、このペナルティを解除する方法もある。別個【金属鎧】や【重装】といった、防具用のアビリティを取得する必要が出てくるのだ。

 そこで、マルティは防御力の低い革鎧の替えとして、軽装鎧を選択していたのである。こちらは革鎧よりは重いが、完全な金属鎧よりは軽いタイプの装備だ。キャラクターの能力値と比較して、ギリギリペナルティが発生しない程度に抑えた装備なのだろう。

 装備を新調する際に同じ革鎧を選択しなかったところは、攻撃力よりも防御力に比重を置きたかったからだった。ジャックがいなくなったことで、前衛がいなくなったことが影響しているのだろう。

 その結果もあってか、遠近両方を兼用できるマルチアタッカーとして、マルティはすくすく成長しているようだった。


「おじいちゃん、杖で前衛するのは嫌そうだったからね。せっかくだから、私が前衛できるようにしたかったんだ」


 健気だッ!

 ジェノは照れて頭をかいているが、内心嬉しくてちょっと涙ぐんでいたりする。


「と、時にここはどこじゃ?」


 何とか話をそらそうと、話題を持ちかけるジェノ。マルティは、ジェノの内心を知ってか知らずか、その問いかけに答える。


「ここは乗合馬車の中だよ。空間が広がっているから馬車って感じしないけどね」


「ほう!メールで言ってたクーミナ・マラミ行の馬車というやつじゃな。ここが馬車の中のかの」


 驚くのも無理はなく、この場の広さはヨロ館の受付よりも少し狭い程度、場末の小さな酒場程度の広さをしていたのだ。テーブルも並び、NPCだかプレイヤーだかがテーブルゲームを遊んでいる。

 先ほど声を上げたジェノに向かっていた視線も、今やすっかり鳴りを潜めており、各々のやりたいことを各々がやっているような状態だ。


「うん。移動が一瞬じゃないのはリアルさ優先だけど、暇つぶしもできるように空間がいじられてる、って感じかな。ヒプノシアでは、こういう馬車が一般的みたいだよ」


「ほっほー。まさにファンタジーじゃのう!

 ……そういえば、マルティの新しい依頼とやらはどういうものなんじゃ?」


「まずはクーミナ・マラミのヨロで、エルフの行商人がいるかの確認だね。

 商人の人は、元々私が採取した彼岸百合を卸す相手だったんだけど、ネージャッカの街にまだ着いてなかったの。それが、予定が大幅に遅れてるから、確認がてらクーミナ・マラミに行く必要があったの。

 私が行くことになったのは、彼岸百合の納品も兼ねてになるね。

 おじいちゃんはエルフの村に行きたいんだよね。行き先が一緒になって、ちょうど良かったよ」


 何故、マルティがジェノの目的を知っているのかというと、これまた夢の中の自動補完が働いたおかげである。現実で手に入れた情報と、ゲーム内での時間の祖語を補正して、他のプレイヤーと共有するという処理が行われたのである。

 ちなみに、ジェノがどうやって乗合馬車に乗り込んだバックストーリーは、というと。

 昨日のジェノは、PvPの疲れで宿屋に安静にしており、夕方以降に宿から出たところ、エルフの話をアダから聞く。エルフに会いに行くには南下する必要があった。そこで、その手段を調べていたところ、街を離れることをヨロに報告に来たマルティと遭遇。

 ついでに一緒に行こうマルティに誘われたので、ならばと同伴した、という流れになっていた。

 なお、このバックトーリー補完機能については、オプション設定でOFFにできる。このオプションは、記憶が改変されることを夢の中でとはいえ良しとはしない人向けの機能である。一方で、夢の中では何が起こっても仕方がない、違う世界で生きている実感が持ちたい、というユーザーからはこの補完機能については一定の評価を得ている。

 と、前田が言っていたことをジェノは記憶の隅に思い出した。


「では、クーミナ・マラミに着いたらまずはヨロ館に向かうとしようかの」


 と、とりあえずの予定を決める。

 こういった馬車の移動に関しては、盗賊やゴブリンといった襲撃がデフォだが、と実は好戦的にワクワクしていたジェノだったが、あっけなくクーミナ・マラミに到着して肩透かしを食らうことになる。

 というのも、モンスターの被害が甚大なこの世界では、最低限の流通ルートの安全は確保されており、万が一に備えて街道には『街道騎士団』という見回りをする専門の騎士団がいるのだとか。さらに、街道には魔物避けの結界が一定間隔で設置済みときている。

 万が一のトラブルも、街道騎士団から連絡を受けては小刻みにルートを変更していたので、馬車内にいる限りは特にトラブルもなく目的地にたどり着けた、というわけだった。


 

 ヨロ館に着いたジェノたちは、まずはマルティの依頼を進めることにした。

 マルティがヨロ館の受付と話している間、ジェノはクーミナ・マラミのヨロ館の待合室でおとなしくすることにした。簡易的なカフェも兼任している待合室では、飲食物の販売もしていた。

 あえてカウンター席に座ると、バーテンダーのような店員が注文を取りに来た。

 早速、ジュースを注文しようとして、ハッと思い出す。


「ここのジュースは何があるんじゃろう?」


 緊張気味に聞いてくるジェノを見て、店員は苦笑しながら答えた。


「ここで出しているのは、【胡桃桃(くるみもも)のネクター】や【100%果汁のメロンアップル】だね。【薬草汁】や【毒消しミックス】は題してないから安心して」


 どうも、先に飲んだものが予想できた質問だったようだ。と、いうより被害者が意外に多いのだろうか?

 だとすると、ネージャッカの街のあの屋台は、早いところ何とかした方がいいと思うのだが。

 ここは素直に気になった【胡桃桃のネクター】を注文した。しばらくすると、焦げ茶色の液体がやってきた。


(……桃、なんじゃよな?念のため、鑑定しておくか……?)

 

 すっかり飲み物に疑心暗鬼になったジェノは、【鑑定眼】で目の前の飲み物を観察する。

 

 【胡桃桃のネクター】(重量1 / 飲み物)

   胡桃桃の果肉を使った飲み物。

   1時間の間、土属性の攻撃力+5%

 

 説明部分には想定外の記述があり、思わずジェノはその目を丸く見開いて凝視することになる。

 

(属性攻撃……だと?)


 ジェノの知る限り、ヒプノシアで属性攻撃ができるのは魔法だけであった。そして現状のヒプノシア・オンラインでは、どうも魔法関連のアビリティは使い手が限りなく少ないようだった。しかし、目の前には属性攻撃強化の効果がある。こういったお店で出るということは、比較的簡単に手に入る素材なのだろう。

 ひょっとして、魔法以外にも属性攻撃する手段は結構あったりするのだろうか?

 疑念が尽きないジェノは、目の前の鑑定結果としばらく睨めっこをしていた。ちなみに、その様子を「気に入った味だったのかな」と微笑ましく見守る店員の視線には気づかなかった。

ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

次回の更新は明日の予定です。

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― 新着の感想 ―
その後、ジェノは胡桃桃のネクターを飲み干し…… 気が付けば、体が子供に変わっていた!!(最初から)
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