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1. ヒプノシアに行けない夜 ~テスト三日目の裏側~

この作品はフィクションであり、実在の人物・団体等とは何の関係もありません。

 丸満が失意のうちにドリームキャッチャーに入ろうとすると、ドリームキャッチャー筐体に取り付けられている電光板には『ログイン不可』の赤文字が悲しく映っている。

 今夜はログインができない。こんな悲しい気持ちでは、おちおちと寝ることはできない。丸満は、そう思っていた。

 しかし決まった時間になってしまえば、いつの間にか瞼が閉じられてしまっていたのは老人の悲しい性質(サガ)であった。まして、ヒプノシアに向かわないとはいえ、ベッドとして有能なドリームキャッチャー内は快眠が約束されたような寝心地なのである。

 

 

 そして、目が覚める。

 快眠のためというのもあるが、ゲーム内にログインして居る関係上、レム睡眠中に突然起きることがないようにドリームキャッチャーの機能で睡眠導入の補助がされているらしい。

 しかし、今のドリームキャッチャーはただのベッドと化しているので、丸満の体は普段のリズムで目が覚めてしまったのだ。

 

「ぬぅ、1時か……」


 うっすらと眼前で光るデジタル時計で、現在の時刻を知る。ざっと4時間睡眠だ。

 こうなってしまえばしばらくは寝れない。運動でもして体を疲れさせるか、とベッドから降りる丸満だった。


「うっ……」


 快適だったドリームキャッチャーの中よりも、外は少し肌寒かった。そういえば、初冬の時期だった。

 思い出せば、体がぶるり、と震えた。


「先に小便行っておくか」


 

 悲しいかな。もはや立小便もうまくできなくなって久しいので、個室へ向かう。何ともハイテクなことで、個室も自動ドアだ。

 

「ふー」


 と、誰かがトイレに入ってきた。二人組だ。


「っかー、たまんねぇなあ。まだ居るのか、奴ら」


 たまたま丸満の入った個室の向かい正面で用を足し始めた。声が若い。職員だろう。そこそこストレスが溜まっているような感情がにじみ出ている。思わず声を潜めてしまったが、自分がここに居る事は外からもろバレだ。

 この施設のお手洗いの個室は、誰かが中に入っていれば外には中にいる人のシルエットが浮かぶようになっているのである。この施設には老人がそこそこいるため、単純に用を足しているのか、倒れてしまっているのかの確認が取れるようになっているのだ。

 そのことを、息をひそめてから思い出した。が、今の時間はドリームキャッチャーのテスト中の時間だ。おそらくテスターではなく職員と誤解したのだろう。

 目の前で用を足す二人組は話を続けた。


「暇なんですね、新聞記者(ブン屋)って」


 心底呆れた、という雰囲気を隠しもせず、先ほど不満を漏らした人間とはもう一人の方も同意している。


「こんなところの警備って何を相手にするのかと思ったけど、意外と忙しいよな。

 あいつら何で不法侵入しても大丈夫だと思ってんだろうかね、マジで」


 その言葉を聞いて、丸満も呆れた表情を浮かべた。なんとまぁ。どうも外は外で、ずいぶんときな臭そうな事になっているようだ。

 しかし、一方でそれも納得はできる、と丸満は考えていた。

 ゲームのクローズドβテストに国が出しゃばり、テストで稼働しているのは、世界でも初めてのシステムを持つ機材『ドリームキャッチャー』。DC機に使われている機能の根幹には、今でも世論が一国の中でも評価の割れる『集合的無意識クラウド』論。

 注目度は抜群だろう。

 しかしどうも、この場に襲撃を仕掛けているらしいジャーナリスト勢は、いい面と悪い面とを気にせずに、ただスクープを求めて施設に侵入を試みているようだ。もっとも、求めているバイアスは後者であろうが。

 話している警備員の二人は、対応したジャーナリストたちの傍若無人さを愚痴っている。その話を聞いて、丸満は頭が下がる思いであった。


(警備員の方々、ご苦労様。貴方たちのおかげでゆっくりゲームさせてもらっておりますわい)


 丸満は、感謝の意を持って拝んでおいた。当の本人たちは、今はすごい音を立てて小用を足している。相当に我慢でもしてたのだろうか。

 しかし、丸満はふと疑問を感じた。仮にもこの施設は国の保有する施設であり、建っているのも国の保有する土地である。にも関わらず、法を犯してまで侵入を試みるというのは、法治国家のジャーナリストにあるまじき行為ではないか?と、丸満は思ったのだ。

 丸満が知るべくもないことだが、侵入を試みているジャーナリストの内、国内のメディアに正規雇用されている人間はほとんどいない。全くいないと言えないのは、同じ法治国家の住人が聞けば恥ずかしい話ではあるが、ほとんどは雇われかフリーの、自称ジャーナリストである。責任の所在は本人たちにあり、その情報を購入する報道機関は、情報が入ればもうけもの、程度にしか考えていなかったりする。

 そんなことはわからない丸満にとっては、彼らの存在は妄想の種にしかならない。こういう手持無沙汰の時に広がる妄想の中でよく顔を出すのは、特に指定もない亡国からやってきた諜報員だ。実際は同じ国の人間だが、妄想の中の存在にそんなことは関係ない。

 例えば「最高峰の科学技術が稼働している。犠牲を払っても、何としてでも調査が必要である」などと指令が出て、凄腕のスパイが施設に潜り込むのだ。もちろん、彼が受け取った指示書は読み終わった5秒後に消滅する。

 そら懐かしい映画の内容を思い出しているうちに、警備員たちは用を足し終わって出て行ってしまったことに気付いた。


「……いつまでこうしとるんじゃ、俺は」


 ふと我に返って、すごすごとトイレを出る。気が付けば、30分は経っていた。

 


 もちろんまだ眠れないので、昔日課だった型稽古をしてみたり、うろ覚えのラジオ体操をしてみたりする。結果、体力を使うも再び横になったところで目が冴えてしまっていた。

 これは寝れない、と寝ることを諦めて、談話室に向かう。


「おや、咲森さん。お早いですね」


 談話室では、先客として前田がコーヒーを飲んでいた。一緒にどうですか?と誘われたので、自分の分の煎茶を入れて同席する。ちなみに、無料である。


「仕事かね?」


 向かいの席に座り、特に何でもない話題を振る。


「そうですね。今さっき、会議が終わったので小休憩です」


 前田の答えに驚く丸満。


「会議?こんな時間に?」


「ええ、またバカやったユーザーが出てしまったので、適当な範囲のペナルティを決めるために」


「それはまた。お疲れさまじゃのぉ」


「はは、ありがとうございます。そうそう、栄養ドリンク、ありがとうございました。おかげさまで起きてられましたよ」


 今はもう眠いですが、と力なく笑う前田は、確かに疲れているようだった。十分に練れていないのか、目の下には隈も見える。


「βテスト中は仮眠が精いっぱい、という感じかの?」


「そうですね。今からなら、後4時間後に仮眠が取れますよ。何も問題がなければ」


「知っておるか?そういうのはフラグというんじゃぞ?」


 意地悪そうな顔で、ニヤリ、と笑う丸満。


「ええ。ですが一番問題が起きそうな人が今日はログインしてないので、安心してます」


 しかし、前田はにっこりと、そう言った。

 

「かっか、こいつは一本取られた」


 丸満は、上手い返しをされたと笑う。丸満は、ユーザーと運営と言う立場の差はあれど、前田のことを打てば響く付き合いもできると感じている。今更ながら、この男が担当に当たって幸運だった、と丸満は感じていた。

 ふと、談話室の外で人が駆ける音がした。


「何ぞ、騒がしいの」


 すわトラブルか、と心配そうに前田を見る丸満だったが、前田は気にしていないようにコーヒーをすする。しかしその視線が丸満の方を向かずに、せわしなく動いている。ARグラスで情報を受け取っているのだろう。


「警備の方々ですね。なんでも、テスト開始の夕方から集まった人たちが、施設の入り口でデモを始めたとか」


「デモ!?なんでじゃ!?」


 こんな深夜に?時刻も場所もめちゃくちゃじゃないか!と丸満が驚いた顔を見せた。その様子に、「バカバカしい話なんですがね」と前田が一言前置く。


「向こうさんの言うにはなんでも、このクローズドβテストが国が国民を洗脳する人体実験だというんです。咲森さんたちは、国に騙されて、今は頭を割られて脳にチップを入れられているらしいですよ。

 人権侵害、っていうのが一番やり玉に挙げられてますかね。参加者はお金を積まれてやむなく、という話になっています。見たこともない御親類の方も、テレビに出ていると思いますよ」


 知らぬ間に、とんでもないレッテルが張られていた。ゲームのβテストを、ロボトミー手術の類とでも思っているのか。


「なんとまぁ、いつの間にアブダクションされていたのかねぇ。めんとらーめんとらー」


「あっはっは。いあいあ」


「いや、それは違うやつじゃ」


 徹夜続きのテンションか、前田の口が軽く回る。


「こういうのは下手に無視するとつけあがるっていうので、会社の広報があちこち回って説明してますよ。参加者の御親類の方々とも説明、解説の上、承諾書をもらっている、ってね。

 真摯な説明と対応のおかげか、メディアはともかくネット上やリアルの周辺ではそこまで悪印象はないようです。むしろ、騒ぎの件は冷ややかな目で見られているようですよ」


「門の前のデモ隊とやらは、それでいいのか……。いくら押しても無駄足じゃろ」


 丸満の呆れた表情に、前田はまだ話は終わってない、とクックと含み笑いを絶やさない。


「それがですね。本社に要求が来たらしいですよ。野党と連名で」


 これには丸満も再び驚いた。


「政治家が関わっとるのか?いや、こっちもそうじゃが、政府の案件じゃろ?これ(クローズドβテスト)


「ええ。どうも、このプロジェクトに与党しか関わっていないことが気に入らなかったようで。

 本社に来た書類には、被験者――書類には被害者って書いてあったそうですがね。被験者の心身に対する賠償とサポート、政府に対する損害賠償と技術の凍結と引き渡しが必須だそうです。バカですよねぇ」


 笑いながらの雑談ではあるが、前田もそれなりに憤慨しているのだろう。言葉の端々に毒が含まれている。


「それはまた一際バカバカしいのう。誰に迷惑かけているわけでもなし、人を勝手に被害者か」


「ええ。それに、与党にも野党から、プロジェクト解散要求とRe:Ask(リアスク)への人体実験の糾弾があったそうです。今後に備えて、データの引き渡しも」


「会社には金とデータを国に寄越せと言い、その国に金とデータを要求しておるのか?同時にやったら狙いはバレバレじゃろ」


「全くです。野党の動きを予想するだに、その内デモへの参加もするみたいですし、このまま運営四散無くなって政党自体が無くなるんじゃないですかね。

 今までは、口当たりの良さについていた野党の支援者も、今回の暴走ですっかり離れたらしいですから」


「じゃろうな。ここまで空回りが過ぎると、野党壊滅のために与党がデモの手を引いた、とか言われても納得できる頭空っぽ具合じゃわい」


「はっはっは、その発想面白いですね。……はぁ」


 一通り笑って、シャレになってない面倒臭さにそろってため息をつく。ふと、前田は顔を上げた。


「……ああ、もういい時間ですね。僕はこれで。咲森さんは?」


「俺はすっかり目が覚めちまったからな。このままニュースでも流し見して、検査前に仮眠するつもりじゃ」


「わかりました。

 お大事になさってくださいね。ヒプノシアのこれからに、必要な人なのですから」


 前田はそう言って、談話室から出て行った。

 彼を見送った後、談話室に残った丸満は先ほど前田から聞いた話を反芻していた。


「さてはて、どこまで本気(マジ)なのかのう」


 結局、トイレの中で妄想していた方向とは違った陰謀論に近しいような話になってしまったが、少なくとも確かにクローズドβテストが始まるまでは、メディアによる世論は否定一色であった。国の指導の下のテストだと言っているにもかかわらず、だ。

 加えて、そこに野党が顔を突っ込んできた。それ自体は、単に国内の意思統一に伴うごたごただろう。しかし野党の要求から、いちゃもんの目的はDC機本体かその技術、ひいては『集合的無意識クラウド』論の実際のデータがほしいのは明白で、単に意識の統一ができていないとは()()()()を感じる。

 そして、技術開発を停止させてまでデータをもほしがる理由。


「どう考えても、データの行き着く先が外国じゃよなぁ……」


 腕を組んで背もたれに体重をかけ、天井を睨む。

 問題は、件の野党が常々外国とつながりが示唆されてきた()()()()政党であることだ。かつて、与党と野党がひっきりなしに入れ替わっていた時でも、一貫して色々国政の足を引っ張った経歴があった。その傷跡は、今でも残っているのだと言われている。

 このテストの安全は、運営からして徹底的に目を光らせているだろう。しかし外国が妨害に手を加えたのであれば、何とも裏がありそうな話が漂っていそうだ。

 願わくば、トイレの中の妄想が現実になったとして、目撃者として消されないことを祈ろう。


「どうせ死ぬなら、ヒプノシアで死にたいもんじゃなぁ」


 言った後、妄想をこじらせたような物言いだったことに気付いて、一人で照れくさくなる咲森。

 気を紛らわすように新聞に手を伸ばす。談話室に一人なのでテレビを使ってもいいのだが、誰もいないことと早朝というシチュエーションが、音を出すことに憚られたのである。

 日刊ヒプノシアはまだ更新されていないので、リアルの新聞の方に手を伸ばす。内容は到底、見ていて気持ちのいいものではないが、それでも何かしらの動向をつかんでおきたかった。


「ぬ、これは……」


 某国が日本に対して「ドリームキャッチャーの実験」に対して人道にもとる行為だと声明を発表した、という記事だった。気になるのは、その記事の写真で国家代表と椅子を並べて映っている人。

 丸満の記憶が正しければ、彼は日本の政治家だ。野党に属し、クローズドβテストが始まる前から野党にかみついていた人間だ。

 それが、日本への非難の場に居て、こうやって写真に載っている?ということは、この政治家の所属する野党はこの国の声明に追従するつもりなのだろうか。


「これはややこしいことになるな……やはり、正式リリースの時まで寿命が持ちそうにないわい」


 これが杞憂にしろ何にしろ、クローズドβテストが終わってからオープンβテストまでこぎつけるのにも、様々な障害が立ちふさがることだろう。果たしてそれまで丸満が、ゲームに参加できる体調を維持できるのか。

 到底、叶わなそうなその事実に、丸満は残念そうな表情で首を振った。今はただ、ヒプノシアの世界に触れる機会が降って沸いたことだけでも喜ぶとしよう。

 丸満はそう思って思考を切り上げると、いい加減、仮眠をとるために自室に戻った。明日の朝からの健康診断に備えて、体を休めるのだ。

 まだ暇で目が冴えているのではあるが、眼を閉じて横になっているだけでもいいだろう。

 そう思ってたら普通に寝過ごしかけた。DC機ってすごい。心からそう思った。

ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

次回の更新は明日の予定です。


一応、国家主導のクローズドβテストなので、当件に関する与野党の対立は発生するだろうと考えております。それ所以の話になります。

ただし、ゲームを停止させる方向で正論を言われると、妄想技術なので矛盾もある上、反論話だけでただ面倒なことになるので、あえて野党方面は頭が悪く描いて反論部分をバッサリカットできるようにしております。


(◜◡◝) ニッコリ


ご了承ください。

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