8. 圧倒的な戦力差を覆すには ~老人と青年と~
続きは連休中と言ったな。あれは嘘だ。
すみません。時間ができたので書き上げました。お収めください。
やはり、だめか。ジェノは、吹き飛んだジャックを尻目にそう思った。
ジャックを吹き飛ばしたのは、最初にマルティの攻撃を受けた弓の女だ。マルティの攻撃により、額に矢が刺さったことでクリティカル判定を受けていたはずだ。
しかし、倒すには足りなかった。
この世界はあくまでゲームであり、その生殺与奪はステータスの"数値"となる。つまり、マルティの攻撃で弓の女のHPを削り切れなかったのだ。
盾の男も、覆面の男も、いくら攻撃が直撃しても、スタンによる行動不能こそ起きるものの倒せる気配がなかった。簡易的な状態異常であるスタンは時間経過ですぐに回復してしまう。
ジリ貧だ。何故か。
それは、装備している防具の力だ。たとえ、兜を装備していなくても、鎧の防護点だけで全身にダメージに対する補正が入る。将来的に、現実に即したようなシステムにしたいという触れ込みこそあったものの、クローズドβではあくまでダメージに補正の入る程度で、基礎ダメージ自体はきっちり防御力で減らされてしまうのだ。
見た目が致命傷でも、数値上のダメージは軽微だったのである。
彼らの装備は、ジェノたちの装備している物よりも重厚であり、高級そうだった。ジャックから巻き上げたお金でそろえ、おそらくキャラクターのレベルも圧倒的にジェノたちよりも上なのだろう。
ジャックが戦えていたのは、あくまでテクニックによるものに過ぎなかった。
遂には、ジャックが一時的にでも戦線離脱したことで、ジェノたちへの道が開けてしまった。
「ざまあねえな!死ねぇ!」
リーダーの男と覆面の剣士が、ジェノへと躍りかかる。
「【弓術】【剛力】【並列操作】!」
マルティがその足止めのため、地面に同時に5本の矢を放つ。爆風と言っても過言ではない圧力が、飛びかかってくるメンバーの足を止め、土ぼこりがその視界を妨げる。
埃の中でマルティと合流するジェノ。煙を縫って飛び込んでくる矢は、ジェノが打ち払った。
「おじいちゃん、ジャックくんと合流しよ!
……えっ」
マルティがジェノの手を引いて、ジャックの救援に向かおうとすると、その手をジェノが振り払う。
「マルティ、ジャックと逃げろ。俺が時間を稼ぐ」
「そんな……」
埃でうまく視界が遮られて表情が見えない。しかし、マルティが泣きそうな声を出したので、どういう表情をしているかは手に取るようにわかった。
ジェノは、追撃に注意しながら小声で相談する。
「俺は盛大に嫌がらせをして足止めする。ひと泡吹かせてスカッとしようか」
問答している暇はない、とジェノはマルティに背を向ける。しかし、背後の気配は動かない。
「もうすぐログイン限界じゃ」
ジェノの言葉に、マルティがハッとした。
「大丈夫。明日、ネージャッカの街で会おう」
「……うん。約束!」
逃げ切れば、勝ち。
その意思が伝わったのか、マルティの気配が遠ざかる。一方、敵のメンバーは攻めあぐねているようだった。魔法がない以上、土煙を吹き飛ばすスキルは武器を使った大技しかない。しかし、それは放った後に大きな隙となる。
弱小パーティと侮った挙句に手痛い反撃を受けたことで、いくばか慎重になっていたのがマルティたちの命を救った。ダメージこそ少なくても、やはり攻撃される、ということに気が引けているようだった。
その様子に「若いのう」とジェノはほくそ笑む。
土煙がうっすらと晴れてくるころ、そのに立っているのはジェノのみである。その姿に、リーダーの男が嘲りの声を出す。
「なんだ、見捨てられたかよ。あの女もジャックも、雑魚の上にクズだったか」
そうやって笑うリーダーの男。一方、飄々とした表情を崩さないジェノ。
「なんのなんの。お前たち全員を足しても、ジャックを半分に割ったところで足りないくらい人間ができておらんよ」
ジェノの言葉に、口をつぐむリーダーの男。ポカンとした表情は、理解が追い付いていないことが解る。その姿に、大きくため息をつくジェノ。
「口喧嘩に勝ちたいなら、もっと頭を使うんじゃなぁ、坊や。この程度も言い返せない脳みそなら、日常生活もままならんじゃろ」
怒りに震え、じりじりと囲みを作っていく面々。この程度で沸点を超えるなら扱いやすいなぁ、とジェノは口に出さずとも思っていた。そして、口に出さずとも、目の前の子供じみたプレイヤーが自分たちを侮っていることがわかる。
「てめぇ、楽に死ねると思うなよ」
よほど煽られたことがないらしい。ジェノは、もはや口にした誰かも気にしないで答えた。
「そう言うことはできるようになってから口にするんじゃな」
それで、戦端が開かれた。ジェノは、ニヤリと笑う。
「第二ラウンドと行こうかの」
「【気配探索】【魔力操作】」
こっそりと魔法を発動する。リビングスカル戦でいろいろと試したスキルの内、対人戦で役立つ組み合わせをピックアップしていたのが功を奏した。この魔法は、自分に対する周囲の敵のヘイトと目標が確認できるのだ。
二時と八時から剣の袈裟切り、四時から矢が頭部狙い。
動く的を選ぶなら、動きを止めることを目的に的が大きい体を狙うべきだろう。ジェノはそう思う。しかし、スキルが存在する戦闘で、攻撃を紙一重で逃げるのは危ういだろう。どんな副次効果があるか分かったものじゃない。
瞬間で判断したジェノは、二時の方から来る剣に向かって駆ける。背後で弓を放ったと思えない風切り音がした。やはり、何かスキルを発動していたらしい。
二時から来ていたのは覆面君であった。まさか向かってくるとは思わなかったのか、大きく目を見開いている。何故それを想定していないのか。
ジェノの手は、杖の持ち手側の方を使った突き。本来、攻撃に使うつもりがなかった杖を近接戦に使うのは気が引けるが、ともあれ彼らの物言いには、内心、腸が煮えくり返るほどの怒りを感じていた。現実であれば頭の血管の2、3本は切れていたかもしれない。現実に戻った時が不安だ。
それはともかく、ジェノの放った突きは、狙いか違わず覆面君の膝にぶち当たる。
「おうっ!?」
反射的に足が伸び、バランスが崩れたことでジェノの追撃を許す。ジェノは、防具のない可動域――わき腹に、逆の杖の先をぶつける。支点を覆面君の膝にして遠心力を得た杖は、想定以上の打撃を覆面君の体内に通した。
「ごふっ!?」
脇からの衝撃は肺に至る。呼吸ができなくなったことの弊害か、滑り込むように崩れ落ちる覆面君。
一方、背後からリーダー君がなおも飛びかかってくる。さらに、目の前には盾君が入れ替わるように立ちふさがる。おそらく、弓の娘も二射目をつがえている事だろう。
しかし、盾君が魔法に弱いらしいことは既に先ほど判断済みだ。目止めて吹き飛ばして弓の娘の攻撃も妨害することにする。
「【自然魔術(風)】【投擲】【魔力操作】!」
改めて魔法をぶつけようとすると。
「【インタラプト】!」
斥候君のスキルが、ジェノの魔法をかき消した。
具体的には、ジェノの生み出した風の球に投げたナイフが突き刺さり、風を打ち消してしまったのだ。
「なんと!」
ジェノの知らないことではあるが、【妨害】というアビリティがある。彼女が使用したのは【短剣術】【妨害】【投擲】で発動するスキル【シーフインタラプト】だ。
【妨害】
[スキルレベル]個のアビリティを打ち消すことができる資質。一度のスキルに対して一度だけ発動可能。
ジェノがマルティの【スパイラルアロー】を初めて見た時に、一瞬、体感時間にズレを感じたことがあった。それは、【妨害】アビリティによるカウンターができるタイミングだったのである。
アビリティを重ねれば重ねるほどに、発動するスキルは複雑に、強力になっていく。これに対抗する手段がないわけではなかったのである。
重ねるアビリティが増えれば増えるほど、妨害で打ち消さなくてはいけないアビリティも増える。しかしその一方で、低レベルであれば打ち消すアビリティが一つ足りないだけで、スキルは発動しなくなる。
「バカめ!」
風の球が暴発したわけではなく、消失したことで動きが止まってしまったジェノの顔面に、盾君のシールドバッシュが突き刺さる。うめき声をあげて吹き飛ばされたジェノを、リーダー君の剣が左の肩口から右の腰まで、ばっさりを切り裂く。
ジェノは視界が赤く染まり、瀕死状態になってしまったことを理解した。
「ぬぅ、ぬかったわ……」
【妨害】アビリティの存在は、かつてのヒプノシアシリーズで存在しなかった仕様であった。ターン制バトルでは不可能なシステムだったからである。
そのため、ジェノは魔法の対抗手段が現状存在しないと思ってしまっていたのだ。
先ほどは彼らとジェノの経験の差でジェノに軍配が上がった。しかし今度は、ゲーム慣れした彼らとアビリティを把握していないジェノの姿勢が明暗を分けたのである。
「ははっ、後悔しても遅いんだよぉ!」
勝ちを確信したか、高笑いを上げるリーダー君。周りも、にやにやとジェノを見ている。盾君に立ち上がらされた覆面君だけが、苛立たしくこちらをにらんでいる。
(やはり、昏倒もできんかったか……面倒じゃの、HP制というのは)
その姿に、ジェノは現行のシステムに悪態をついた。衝撃やクリティカルに関わらず、与えたダメージが最大値の3割を超えないと、状態異常が発生しないのである。
この仕様については、ヘルプに書いてはいなかったが、今までのモンスター戦でなんとなく理解していた。
「この、クソガキがぁ!」
苛立ちが収まらないのか、覆面君が声を荒げてこちらにやってくる。気の向くまま暴行でもしようというのだろう。
しかし、ジェノはあきらめていない。
「【自然魔術(風)】!」
「なっ……うっぉ!?」
吹き富まされながらもARウィンドウを開き、【自然魔術(風)】のみを発動する。瞬間的に発動したので、インタラプトもどきも間に合わず、周りに暴風が吹き荒れた。その強風にあおられ、覆面君は体勢を崩して、思わず尻餅をついた。
その姿に思わず吹き出す弓の娘。それがさらに怒りを増長させたのか、覆面君は覆面をしていても怒りの形相が見えるほどの顔でジェノを睨んだ。
しかし、それがただの悪あがきではなく、ジェノにとっての止めの一撃であった。
「ふぅ、俺の勝ちじゃな」
憎々しく睨みつけてくる覆面君の視線もどこ吹く風でジェノはそうのたまった。その言葉に、眉を顰めるリーダー君。
怒りに口を挟もうとする覆面君を遮って、魔法陣がジェノたちと相手パーティのちょうど間くらいの地面から突然湧き出たのだ。
呆然とする面々の前に、魔法陣から白銀の騎士が現れたのだ。鎧も、全身を覆わんばかりのカイトシールドも、その装飾たるやネージャッカの街の騎士ですら及ばないほどの荘厳さである。
「なっ、な……」
あまりの存在感に、リーダー君は言葉が紡げない。彼らのいずれもが驚きに目を開いていた。
「領地内での騒動を確認しました。この場の全員に調査をする必要があります。速やかに武装を解いてください」
騎士の名は『王都治安騎士団』。強力なヨロズ同士が戦闘した場合は、周囲への被害が考慮される。
そのため、街などの集落地域の近くでは、彼らの管理の元でしか決闘が行えないのである。今回は、街の近くでヨロズ同士の戦闘が察知できたのでやってきたのだ。
彼の騎士団の存在を、ジェノは知っていたのだ。
確かにジャックのクラスメートたちの言う通り、ゲーム上、PK行為は認められているシステムなのだろう。しかし、それが"世界"が自由に行われることを認めているとは限らないのだ。例えプレイヤー同士とはいえ、世界的には殺人には変わらないのだから。
ヨロズ間のトラブルに、ヨロは関わらない。しかし、誰も何も関わらないわけではない。
当然だ。
ヨロズは、一般人が手出しできないモンスターと戦う力を持っているのだから、実力者同士にトラブルがあれば止める存在が必要になる場合がある。
一方、ヨロズ同士の決闘は、ヒプノシアシリーズ伝統のイベントであった。
だから、ジェノは待っていた。ログイン限界時間ではなく、騎士団が動き出すことを。
だから、ジェノは動いた。ジェノのが最初に覆面君に向かっていったのは、隙をつくためではなく"ネージャッカの街の騎士団が持つ索敵範囲内に入ること"が目的だった。時間稼ぎだけではなく、騎士団を呼ぶための行動だったのだ。
そして再び、仕様を知る者と知らない者との対応の差が生まれた。
「な、なにを!?てめえらには関係ないだろう、NPCが!」
リーダー君と盾君が戦闘態勢に入り、弓の娘が矢をつがえたところで。
「敵対行動とみなします」
その言葉とともに、騎士の体が深く沈み。一瞬、風が吹いたと思ったら三人の体が腹から横に、真っ二つになって地に伏せていた。
「……えっ?」
尻餅をついて動けなかった覆面君と、そもそも呆気に取られて動く気がなかった斥候君の声がハモる。
「おとなしく、調査にお付き合いください。ご協力をお願いします」
騎士は何事もなく、体制を戻すとそう言った。ジェノは、その姿を見て。
「協力はするので、回復してくれんかのう」
と、ぼやいた。
ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。
続きは連休中のどこかに上げれるかと。




