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1. どのようにしてプレイヤーになったのか ~公式デバッガー~

 これは、どういうことなのか。肉体年齢がまさかの20代レベルだとでもいうのか……?丸満は腕を組んで考え込む。いや、考えたところでさっぱりわからないのだが、いきなりの第一歩の時点で出鼻をくじかれた形である。

 この時点での致命的な報告は余り気は進まないが、丸満はおとなしくGMコール――運営へ連絡することにした。テスターとしては正しい行動なのだろうが、ここで足が止まらざるを得ないことに、生理的に拒否感があったのである。

 丸満は、俗に言う攻略組――先行スタートダッシュで回りのプレイヤーと差をつけることに快感を覚えるタイプのプレイヤーではない。しかし、念願のヒプノシアの大地を踏みしめるのができない、ということが、まるでエサを前にお預けを食らった犬のような感覚なのである。

 しかし、はたと手が止まる。……どうやって連絡すればいいのだろうか?


「……音声認識か?『メニュー』!『ステータス』!『ヘルプ』!」


 だめだった。

 かつて愛読していたラノベの内容を思い出しつつ、思いつくままにそれっぽい単語を口に出してみるが、どこも何も、うんともすんとも言わなかった。

 ひょっとしたら連絡用のオブジェクトがどこかにあるかもしれない。記録の湖のデザインを忠実に再現するデザイナーなら、世界観を壊すようなものではなく、例えば石碑みたいな形で。

 しかし、何もそれらしきものは見つからない。


「なんだこれは。何もないのか?ファンタジーのお約束はないのか?」


 年甲斐もなく理不尽に憤慨を見せる丸満だったが、あたりをきょろきょろと見まわしている内に、視界の端に何かが移りこんでいることに気付く。何か、と目をこすって詳しく見ようとすると、"それ"に手が触れるや否や、視界の360°から複数のアイコンが出現した。

 見覚えのあるそのアイコンの動きに、丸満はメニュー項目の出し方に合点がいった。


「これは……ARグラスと同じか!」


 ARグラスは、15年前から実用化された携帯端末である。機能としては、フューチャーフォン、スマートフォンと変遷してきた携帯電話ツールをAR技術で実装したものだ。

 目の前にARモニターと呼ばれる眼鏡がくるような端末で、耳につけて使う携帯端末だ。

 デザインは、普通のメガネだったり、目の前を完全に覆うバイザー型だったり、大型のヘルメット型のものだったりと機能によって様々な物がある。高性能品となると逆にコンパクトなサイズになっており、モノクル型だったり、コンタクトレンズ型などというものもある。

 入力方式は、ARで視界に表示されたアイコンに触れると様々な操作ができるというもの。もちろん、現実的にアイコンが目の前に浮き出てきているわけではない。AR技術により、ユーザーの視界にのみ浮かび上がるような形になる。

 丸満は虚空でスワイプを繰り返し、なんとか視界の端からヘルプウィンドウを取り出すことができた。

 

「……たぶん、この歯車マークじゃよな。歯車アイコンと言えば設定ヘルプと決まっておる」


 果たして、そのアイコンをタップしてみれば、期待通りの項目が視界に並んだ。


「使い古されたアイコンというのも、こういう時にはわかりやすくていいのう」


 早速、問い合わせ項目からGMコールを選択し、反応を待った。

 返答は早かった。

 

「ユーザーヘルプAIです。どうされましたか?」


 ヘルプのウィンドウから、機械的な女性の音声が聞こえてきた。丸満は、端的に報告をする。


「アバターが明らかに元の体から逸脱している。どうすればいい?」


「お調べします。……確認しました。

 DC機のスキャンの正常終了を確認しました。データの祖語は確認されません。

 DC機のソフトウェアのチェックを正常に完了しました。動作に問題は確認されません

 ヒプノシア・オンラインのソフトウェアのチェックを正常に完了しました。動作に問題は確認されません」


 なんとまぁ、AIはこれが正常と言うのか。丸満は、渋い顔をして言い募る。


「しかし、実際に見た目が全然違うんだぞ?」


「データ上の不備は確認できませんでした。AIでは対処不能です。管理者へ連絡しますので、しばらくお待ちください」


 ぬぅ。また待たされるか。早くゲームを開始したかったのだが、無理を通してテスターから排除されてはもったいない。仕方なく、腕を組んで連絡を待つことにした。


(しかし、まさか今日はログインだけで終わりはしないよな?まさかテスト自体ができなくなる……?

 ああ!不安だ!こんな気持ちで待たねばならんのか!?)


 そんな不安に悶々としていると、ウィンドウから待機音が流れて――。


「おお、これはヒプノシア・ファンタジーのフィールドマップのBGMじゃないか!

 この短いループ。懐かしいのう!」


 意外に楽しんで待つことができるようだった。

 


 BGMが5ループほど流れて、唐突にBGMが途切れた。


「こちら、ヒプノシア・オンラインヘルプセンターです。今回の対応を担当させていただきます、前田と申します。よろしくお願いいたします」


 AIの機械音声とは違う、男性の声が聞こえてきた。

 しかも新しく開いたウィンドウには、いかにも冴えない風体のメガネの男性の顔が映っている。丸満は、これはテレビ電話の通話だな、と年相応の認識に至った。


「うむ、よろしく頼む」


「この度は、AIで検知できないバグの報告ということでご連絡いただきまして、ありがとうございます。また、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。

 まずは、現状の確認をさせていただきたく存じます」


「うむ。ヒプノシア・オンラインでは、使えるアバターは現実準拠のものだと聞いているが」


「左様でございます」


「それは承知していたのだが、実際に出てきたアバターがこれでな」


 丸満はそう言うと、ウィンドウに出てきた青年型のアバターを見せる。それを見て、前田という男も眉をひそめた。


「ははぁ……これは確かに。調べさせていただきますので、少々お待ちください」


 男はそういうと、手元で何か捜査しては視線をさまよわせた。別のモニターを見ているのだろう。

 これで何とかなるのか?と丸満が期待を込めて待っていたが、しばらくすると、前田は眉に皺を寄せて、申し訳なさそうに言った。


「……咲森様、申し訳ございません。資格では私の方でもアバターが異常であることは判断できるのですが、機材のほうでは全くエラーが出ておりません。

 そのため、現状なぜ正常に見えているのかの判断がつきかねております」


 嫌な予感がする。


「……つまり?」


「機材の全検査が必要だと考えます。しかし、替えの機体にアバターデータを用意する時間がありませんし、アバターを用意するにも、咲森様のデータで何故不具合が発生するのかの確認と修正をしないといけません。

 ですので、今回のテストはこれにて終了とさせていただきたく」


 その言葉に、丸満は慌てた。


(――やっぱりか!冗談ではない!この日をどれだけ楽しみにしていたと!!)


 なんとかテスト終了を撤回しようと、男の言葉を遮るように丸満は提案した。


「ま、待て!アバターの見た目に問題があるのなら、そこを修正すればいいだけではないのか?身体能力はゲーム内のデータ準拠なんだろう?」


「そうすると、変更後の外見データと咲森様のリアルのデータに齟齬が出る可能性がありますし、何より今回のソフトにアバターデータを編集する機能自体がありませんので」


「ぐっ、ぐぬぬ……」


 むっ、そうだ!丸満は、もはやなりふり構わず思いついた提案を口にした。


「――では、デバッグがてらに、このままゲームの進めるのではいかんのか?」


「は!?」


 これには、前田も一瞬ぽかんと口を開かせて絶句する。一方の丸満は、これだ!と自分の提案をごり押しする。


「もともとデバッグのためにきておるんじゃ!バグのまま進めた場合のデータも必要じゃろ!?」


 強気に攻める丸満だが、


(……ううっ。これ完全にクレーマーじゃな)


 と、内心はドキドキしていたりする。しかし、ここは畳みかけるしかない。


「そもそも、アバターデータを操作する機能がない、ということはいずれは実装する機能なんじゃろ?」


「……まぁ確かにそれはそうですが。ですが、それは今回のテストで確認する部分ではないですし、咲森様の体に問題が」


「はんッ!その辺はテスター契約の時に署名済みじゃろ?テストに関して身体に影響が出た場合、にのう」


 自棄になっているのか勝ち誇ったように言葉を続けていく。どうしたものか、と前田はおろおろと画面の端に視線を彷徨わせて、


「うっ……わ、私では判断が付きかねます。上司に確認してまいりますので、申し訳ございませんが今しばらくお待ちください」


 と、上司に判断を仰ぐことにしたようだった。丸満は、勝った、と顎を上げてふてぶてしく言い放つ。


「おう、ええぞ」


「では、失礼いたします」


 前田がそういうとウィンドウを閉じたようで、再び「お待ちください」の文字だけのウィンドウから待機BGMが流れ出した。

 途端に四つん這いに崩れ落ちる丸満。いくらなんでも、先ほどまでの自分の態度に嫌気がさしたらしい。


「ううむ、済まない若人よ。決してお前の対応が悪かっただけではないよ?頑固爺のわがままに付き合わされただけなんじゃよ」


 画面の向こうに見えなくなった前田に、丸満は人知れず謝罪の念を送るのだった。

 かくして5分ほどが経った。返ってきた前田君は、どうにも落ち着かない、というか困惑した様子だった。


「お、お待たせしました。上層チームと相談しましたところ、咲森様の申し出をありがたく受けるとのことです」


(なんと!言ってみるもんじゃな!ゴネ得じゃ!

 いや……うーん、しかし完全に老害ではないか?)


 この、自分で言っておいて結果に悩むめんどくさい系老人は、今年で米寿である。


(まぁ、受けてくれるなら何も文句はないんじゃが、な!)


「では、このままゲームを進める感じでいいんじゃな」


「はい、ご不便をおかけしてしまうと思いますが、よろしくお願いいたします。しかし、このままプレイするにあたって、いくつか追加の条件が発生しておりますので、説明させていただきます」


 前田の説明では、追加された条件は3つあった。

 まず、ゲームをプレイするサーバーは年齢別で分かれているが、丸満が参加するのはアバターの外見に合わせた青年年齢サーバーの一つになること。ちなみに、該当サーバーの参加プレイヤー平均年齢は18~29歳だ。

 次に、バグキャラ―この場合はデバッグ用のキャラになるのか?――が使用されている事を、老年プレイヤーが操っていることも含めて、GMから他のプレイヤーに情報公開されること。

 最後に、現実の身体に影響が見られた場合、即座にテストを終了させること。


(最初の二つは混乱を避けるために仕方がないことじゃろう。爺婆のメンツに一人だけ若者がいる

いうのは周りもやりにくいじゃろ。しかも中身が爺。

 うむ、少なくとも俺なら対応に困る)


 丸満は、そう理解を示す。

 最後の条件も、致し方ないところだ。そもそも国家主導のプロジェクトだし、ゲームもさることながら医療機械の治験でもあるのだから。

 万が一を避けるためには安全第一を心がけるのは当然である。


「あい、分かった。無理言ってすまんかったな」


「いえ……ありがとうございます。では、ヒプノシア・オンラインをよろしくお願いいたします」


 前田はそう言ってウィンドウを閉じた。


(ふぅ、一時はどうなることかと思ったが。無事、ゲームを始められそうじゃな)


 とりあえず希望が通ったことでひと段落した丸満は、改めて懐かしい姿を見せる自分のアバターに向き直った。

 提示されたアバターは、まだそのままゲームを開始させることはできない。装備も、アビリティも設定されていないのだから。

 そういうわけで、さっそく準備に取り掛かる。


「さて、ではアバターを完成させるとしようか」


続きは明日投稿予定です。

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