6. 一難去ってまた一難 ~ラッシュ戦~
「ぬぅっ!?」
「じいちゃん!?」
戦闘開始からしばしが経った。
敵の数は倒しても倒しても減らず、終ぞリビングスカルの振るう腕の骨がギリギリ躱しきれず、苦痛の声を漏らすジェノ。その光景に、ジャックは悲痛な声を上げた。
「くそ、【跳躍】【剣盾】――うわぁ!?」
大剣を振り回すジャックは、どちらかと言うと移動が遅く、反応が鈍い。しかし、そこを補助するのが新しく覚えたアビリティの【跳躍】【剣盾】であり、これらを組み合わせることで発動するスキル【カバームーブ】だ。
効果は、目視範囲内の敵の攻撃の前へ飛び込む特殊行動を行う。
ジャックは【カバームーブ】を使うことで、離れた場所にいつジェノを庇いに向かったのだ――が、【カバームーブ】の動きは全自動で行われる。結果、飛び込んだ時の体勢が敵に背中を向けていたのである。
ジャックは、ジェノを庇うために攻撃に割り込んだものの、無防備に攻撃を受けてしまった。
「ジャック!ええい、【自然魔法(風)】【魔力操作】!」
既に接近戦を余儀なくされている状態で、ジェノは手慣れた動きでアビリティをARウィンドウから選択する。
無事、続けての攻撃を受けることなくリビングスカルを一体吹き飛ばすことに成功した。ジェノが危険に陥った光景に、マルティが悲鳴を上げる。
「おじいちゃん、大丈夫!?」
「無事じゃあ!まだ回復アイテムもある!」
水薬を飲みながら、ジェノはジャックに近づく。
「ご、ごめん、じいちゃん。俺……」
その様子に、怒られると思ったのか声が震えるジャック。しかし、ジェノはその肩に手を置いて、優しく笑顔を向けた。
「肩に力が入っておるぞ。気を楽にしろ。
最初にも言ったが、役割を完全に果たす必要はないのじゃ。失敗したら声を出せ。後は俺とマルティがやる」
戦闘が始まる前に行った戦略の相談では、ジェノから「声かけ」を提案していた。
しかし、それにジャックは渋い顔をしていたのだ。現に今も、ジャックの視界から漏らした敵がいたのに、敵が来ている事を声を出さず、ジャックは追いつくことができなかった。結果、ジェノが危機に陥った。
「ジャックよ。ミスを言うのは、任せる、ということじゃ。一人で何でもできるわけでもないし、これは協力プレイゲームじゃぞ?
他の人のフォローは醍醐味じゃ。任せろ。
例い、受け漏らしても俺が何とかする。マルティも何とかしてくれる。それでもできなかったら、お前が間に合うじゃろ。うん?」
ジェノの諭すような言葉に、ジャックは頷いた。既に、潤んだ瞳は乾いている。
その表情に、ジェノはうむ、と頷いた。
「よし、行ってこい!頼りにしとるぞ!」
笑顔で応えて敵に向かうジャック。その背を見送るジェノの前にARウィンドウが開いた。個人チャット――マルティからだった。
『ジャックくん、大丈夫?』
ジェノに、それを答えるタイプ速度はない。文字で返さず、マルティに親指を立てて答えた。その様子に、マルティはほっ、と緊張の糸を解いたようだった。
「ジャック!仕留めるのではなく吹き飛ばして距離を稼げ!動き回るんじゃ!
マルティ!数より質を頼む!ジャックを抜けた敵を狙うんじゃ!可能な限り頭を狙え!難しかったら体でいい!」
次々と襲い掛かるモンスターを相手に、ジェノの指示が飛ぶ。ジェノの指示は曖昧な部分こそあれど、ある程度の方針の伝達を目的としている。これまでの戦いで、マルティもジャックもパーティプレイに慣れてきていた。
そのため、二倍以上の戦力で同時に襲い来るモンスターの群れに対応できていた。
「【跳躍】【剣盾】――からの、【大剣術】【回転】!」
ほんの十分ほど前まで、新しく覚えたアビリティとスキルに振りまわれていたジャックも、今では立派にその大剣で攻撃を受け止めている。更には、攻撃を受けた反動を利用しての一回転しての一撃。
これにより、ジャックの行動範囲から溢れた敵を吹き飛ばし、一か所に固めることができているのだった。
吹き飛ばされた敵は、体勢を崩しているのでしばらく動きが止まる。縦横無尽にジャックが駆けまわり、敵を一か所に固め続けることができるのだ。
「【自然魔術(風)】【魔力操作(分割)】【投擲(誘導)】!」
ジャックが使っているのは、先ほど追加で使えるようになった【自然魔術(風)】の火属性魔法だった。
熱風と言うには、生み出された風の球が既に着火しているので立派な火球になっているのだが。見た目にも威力がありそうな魔法だが、やはり火属性はアンデッドに効果的なのか、風の球の時よりさらに一回り小さな火球は、リビングスカルすら一撃で屠っていた。
「ごめん、抜かれた!」
ジェックの声がした方向にジェノが振り向けば、二体のリビングスカルの攻撃を抑え込んでいるジャックの姿。その隙を縫って、一体のリビングスカルがジェノの元へと向かっていた。
いくら手慣れたと言っても、敵の数はジェノたちの3倍以上だ。データ上はほぼ互角でも、実際の相対する数が違う。歴戦の戦士と言うわけではないジャック一人では、荷が勝ちすぎたのである。
しかし、ジャックはもう一人で何とかしようとはしなかった。ミスしたと声を出し、状況を周りに伝える。
次の瞬間、その側頭部に矢が直撃し、ジェノに向かっていたリビングスカルは、哀れ明後日の方向へと吹き飛ばされた。マルティの【スパイラルアロー】だ。ジェノが視線を向ければ、マルティはウィンクと共に親指を立てて答えた。
「フォローは任せて!おじいちゃんには近づけさせないよ!」
何とも頼もしい。そしてジャックもまた、成長の見える戦いぶりを見せていた。吹き飛ばされたリビングスカルの元へ飛び込むと、再び【スウィング】で他のリビングスカル達と纏めてしまう。
その状況判断の素早さは、コウモリウサギ一匹に苦戦してた姿から想像もできない、劇的な成長が見られる雄姿であった。
最後に、先ほど鍔競り合いの体で抑え込んでいたリビングスカルを吹き飛ばし、一まとめにして隙を作る。
「じいちゃん、任せた!」
「応よ!
【自然魔術(風)】【魔力操作(分割)】【投擲(誘導)】!」
ジャックの声に従って、ジェノの作り出した風の弾丸は狙い違わず、リビングスカルたちの頭蓋を打ち抜く。その結末を確認せずすることもなく、既にジャックは新手のリビングスカルへと向かっている。ジェノの力を信頼している証だった。
「おら!!【咆哮】【注目】」
更に、敵に止めを刺し続けることで増援の攻撃目標になりやすくなってしまったジェノから、ヘイトコントロールのスキルを持って眼前以外の敵の攻撃をも引き受ける。
ジェノへ向かう敵をとどめているのは、ジャックだけではない。
「おじいちゃん!こっちも来てる!」
「あいよ!」
マルティがメインで抑えるのはレイスミストだ。ちなみに、ジェノの鑑定で分かったパラメータは以下である。
【レイスミスト・コンビ】(アンデッド)
HP: <鑑定不能>
HP: <鑑定不能>
レイスミストの集団。2体のレイスミストが前衛と後衛を担当して行動する。その行動を統括する魂は一つである。
リビングスカルとは集団の数が少ないものの、物理攻撃のほぼ無効化という耐性と、遠距離可能な立ち位置の敵がいるのは、ジャックとは相性が悪かった。
一方、マルティの新しく覚えたアビリティがここで活躍する。マルティの放った矢が、回転ではなく仄かに光り輝いているのだ。これにより、矢が当たったレイスミストがマヒしたように動きを止めるのである。
その原因は【鎮魂歌】だ。使えないのも癪なので、試しに【弓術】と組み合わせてみたところ、矢にアンデッド特攻の効果が付与されていたのである。発動自体も、歌にもならない口笛を3音階吹くだけで発動した。
これにより、マルティの矢でもレイスミストの足止めが可能となったのであった。
「【自然魔術(風)】【魔力操作(分割)】【投擲(誘導)】!」
MPという概念があるかはわからないものの、一度使用したショートカット魔法は、しばらくグレーアウトして選択できなくなっていた。ジャックのまとめたリビングスカルに風魔法を使っていたので、ここは火魔法で蹴散らす。
こうやって風の球と火の玉を使い分けることで、ジェノも無数の敵とも渡り合えていた。
ジャックが吹き飛ばしたモンスターを優先的に狙う。
ジャックの漏らしはマルティがアシストすることで、ジェノに攻撃が向くことはない。
ジェノたちのパーティは、完璧なローテーションが組めていた。
不意に、ジェノの前にARウィンドウが開いた。
「ぬ……?<一定量のモンスターの討伐が完了しました>、じゃと?」
記載された内容に、ジェノはその目を見開いた。すぐにパーティメンバーに連絡する。
「依頼が進行した!魔道具に向かうから、フォローを頼む!」
返事はすぐに帰ってきた。
「任せろ!」
「大丈夫です!」
安心できる面子である。ジェノはニヤリと笑うと踵を返し、魔道具の元へ向かった。魔道具を起動するための宝珠の輝きが、明らかに戦闘前と比べて光が強い。
これが、トリガーを満たした状態なのだろう。
「もう一度押し込めばいいのかの……?」
カンにしたがって、再び宝玉を押し込む。瞬間。
「むおっ!?」
宝珠から波動が放たれ、ジェノの全身を透過していく。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
背のほうからマルティとジャックの困惑した叫びが聞こえた。おそらくジェノと同じく、唐突に体を透過した波動に気持ち悪さを感じたのだろう。
その声に振り向いてみれば。
「うおぉ……こりゃ圧巻じゃ」
波動は目に見えずとも、確かにその存在をアピールしていた。具体的に言えば、波動が通り抜けると同時にアンデッドたちの体が崩壊し、チリとなって風に消えていくのだ。
物量で押してきた敵がまとめて飛び散る様は、何ともスカッとする光景であった。
「おわ……ったぁあ~~!」
「っしゃーー!」
戦いの終わりを理解して、マルティが疲労を隠さずへたり込む。逆にジャックはガッツポーズをして虚空に雄たけびを上げた。かと思えば、大の字のまま地面にあおむけに倒れ込む。
「ふい~。お疲れさまじゃ、皆の衆」
ジェノもまた、笑顔で地面に腰を落とし、笑顔で二人をねぎらった。
「あ~……疲れた!楽しかった!ははは!
あ、じいちゃん!またご飯作ってよ!ちょっといいお肉でさ!」
「ぬぅ……俺も疲れてるんじゃが」
ジャックの屈託ない要望に、眉を下げるジェノだったが、ふとマルティも期待するような顔を向けていることに気付くと「やれやれ」と腰を上げた。
「しょーがないのう!ちょっといいお肉つかっちゃうぞぃ?」
「「ひゃっほー!」」
ジェノの奮発を聞いて、感嘆の声を上げる二人であった。
無事ジェノの依頼も終えたことで、ジェノたちはネージャッカの街への帰路についていた。
街に帰るころには、ログイン時間もぎりぎりになるだろう。今日の冒険の終わりが近づいていることに、マルティは少し寂しそうにしていた。
そんな様子を見かねてか、ジャックが空元気のように声を出した。
「明日も一緒にプレイできりゃいいな!すっげえ楽しかった!」
「ほー。そうかい」
不意に、聞き慣れない声が聞こえた。その声に、びくり、とジャックの体が震える。
「レベル上げして来いって言ってたのに、どこほっつき歩いてたんだてめぇ」
ジェノたちを遮るように、そう言って怒気を隠しもせずに、わらわらと5人ほどの面々が姿を現すのだった。
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