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4. これが所謂 男の料理 ~小休止~

お待たせしました。平日のお供にどうぞ。

 ものの30分ほどで目的の数を揃えることができた一行は、続けてジェノの依頼目的を達成するべく墓地の奥へと向かった。

 

「しっかし腹減ったな……」


 道中、疲労を隠しもしないジャックがぽつりとつぶやいた。今日は訓練場の時と違って昼食をとっていない。その言葉を聞いて、そういえば、とジェノはふと自分のステータスを見てみれば、【空腹】状態になっていた。

 ヒプノシア・オンラインでは、その生活リズムをゲーム内時間に即した形で、現実と酷似した状態にしている。例えば、一日寝なければ【疲労】や【寝不足】のバッドステータスが付与し、食事をとらなければ【渇水(かっすい)】や【空腹】といったバッドステータスが付く。

 これは、NPC達に合わせた設定だ。ヒプノシアの大地に住むNPCは、そのすべてが"生きて"いる。この地に降り立ったプレイヤーたちもまた、ヒプノシアの大地に"生きて"ほしい、という運営の希望らしい。

 実際、この設定はジェノにとって非常に喜ばしいものだった。そもそも、現実でできないことがができる環境だからと言って、現実でできる事を排除する理由にはならないのだ。

 そういうわけで、早めの祝勝会として遅めの昼食、あるいは早めの夕食をとることになった。

 材料は、墓地への道中に狩ったモンスターの食材と野草だ。料理をするのは、メンバーで唯一【料理】アビリティを持つジェノだ。


「とはいえ、全くレベル上げておらんからの。多少の不味さは勘弁しておくれよ」


 予防線を張っておくものの、どうも腹ペコの子供たちは意にも介してない模様だった。責任重大だな、と年甲斐もなく緊張するものの、久々に人に料理をふるまうことにワクワクとした感情を覚える。

 前もって買っていた野宿グッズから調理器具を取り出す。

 まずは、コウモリウサギの肉だ。そして作るのは、昨日食べたコウモリウサギの串焼きである。他の食べ物と違い、完成形を見ているのは出来上がりに安心感があった。

 これが、イノシシイヌのモツ焼きとなれば、内臓の処理が必要になる。流石にそんな知識はないため、コウモリウサギの肉を選んだのであった。

 ドロップ品として切り分けることなくアイテムボックスに混入していたその肉は、インベントリ――俗に言うアイテムボックス機能から取り出してみれば綺麗にブロック肉として精肉されていた。まずはこれを一口大に切り分けよう。


「……固ッ!?」


 食べた時と同じような感想が漏れる。全部がスジ肉か、というくらいに刃が通らない。

 しかし、最初に取り出した出刃包丁ではなく、野営一式セットに入っていたのこぎり状の包丁(アイテム名は『野獣肉包丁』だった)でゴリゴリ切り分けることができた。なお、切った感想は、生肉ではなく冷凍肉の感覚であった。


「こいつは串が通らんぞい……?どうするんじゃ」


 悩んだ挙句、ふと思い出した。昨日の店主が串に刺した肉は、既に赤みが抜けて熱が通っていたように思える。

 試しに、一旦鍋で煮ることにする。水と火は、飲み水で購入していた分があったし、野営道具の中に『火種』があった。ぶつ切りの肉を水に入れるや否や、ごぼごぼと大量の灰汁が湧き出てきた。


「むおお!?それは想定外じゃ!」


 慌てて、吹きこぼれないようにお玉で灰汁を掬っては、そのあたりに捨てていく。

 ものの5分もしないうちに灰汁は収まり、灰か濃い茶色の肉が出来上がった。試しに取り出して串に刺してみると、すんなりと突き刺さる。


「うーん、しもうた。下味はいつ付けるべきじゃったんじゃろ?」


 やってしまったことは仕方がない、と茹った肉を取り出して、野草を刻んで作った調味料をまんべんなくつけて揉み込んでいく。使う野草の中には、依頼に使わない彼岸百合の十分咲きの花弁も含まれている。


「あちち……よし、これでいいじゃろう。多分」


 そして焼きに入る。テレビなどでよく見る海外のキャンプのように、たき火を囲むように串を刺して焼きに入る。

 ジュージュー、パチパチ、香ばしい音を立てて肉の油がはじけ、たき火が火の粉を散らす。肉の焼ける匂いに、思わずジャックが喉を鳴らすのも致し方ないことだったろう。

 耐え難い香りに包まれてしばらく後、串の様子を見ていたジェノがGoサインを出す。


「……うむ、もういいじゃろう。召し上がれ」


「うっひょー!イッタダッキマース!」


「あっ」


 お預けを食らっていた犬のように、ひったくるような勢いで串を一本手に取ると、ジャックは思いっきりかみついた。


「アツイィ!?」


 思いっきり火傷して叫び声を上げるジャックの姿に、ジェノとマルティは顔を見合わせて苦笑するのだった。

 

 【コウモリウサギの串焼き】 (重量1 / 食べ物)

   制作者: ジェノ=ベーゼ

   品質 : 中

   説明 : 使用者のHP回復(10% + 2%)

        コウモリウサギの肉を彼岸百合と偽檸檬の硝子双葉と共に焼き上げた一品。

 

 出来上がったものに【鑑定眼】をかけた結果がこれだ。HPの回復量がもともとの物に加えて2%程回復量が上がっている。実質的には本来の性能より20%強化なのだから、驚異的とも言っていいだろう。

 店売りの物よりも、プレイヤーが作成したもののほうが効果が高いらしいことは事前に知ってはいたが、ジェノはここまであからさまに上の性能になるとは思っていなかった。

 しかし、味のほうは、というと。


(ふむ……効果が上でも、味は屋台のほうが美味い気がする。筋の処理も甘い。こんなにあからさまに筋張っていなかった。もっと満遍なく均一の肉質じゃった。

 肉汁も、あの時ほど豊富にあふれるものではない……)

 味と効果が一致しない、不思議な状態に首をひねるジェノ。

 効果も含めて、あるいは、調味料の関係かもしれない。一人の時にでもいろいろ試してみようか、と今後に思いを馳せるジェノ。

 一方マルティとジャックは、初めて食べる携帯食以外のゲーム内の食べ物に舌鼓を打っていた。


「ゲームの中で食うものがこんなにウマいなんてなぁ!こりゃあ、携帯食より弁当買ったほうがいいか?」


「でも、お弁当は日持ちしないからね。」


 そうなのだ。プレイヤーが携帯食を主に持ち歩くのは、消費期限の問題がある。消費期限に関しては完全なマスクデータであり、店売りの物は店主に聞かなければわからないし、プレイヤーが作ったものはもはや不明だ。

 【空腹】系統のバッドステータス解消のために持ち歩くのは弁当よりも携帯食がいい、というのはヨロ館のチュートリアルで習うことの一つでもある。プレイヤーの持つインベントリは、消費期限を止める効果がないのである。

 無論、ドロップアイテムにも関係しており、名前に生肉系統であればやがて腐ってしまう。アイテムをインベントリから出さない限り、臭いなどが出るわけではないので、いざ腐った食べ物をインベントリに入れているからと言ってプレイヤーが悪臭を放つわけではない。とはいえ、いざその時となれば気分はよくないであろう。ちなみに、携帯食はゲーム内時間で1か月ほどの消費期限があると言われている。

 一方、携帯食にもデメリットがある。それは、バッドステータスと味だ。

 携帯食は、【渇水】の進行を進めてしまうのである。もし【渇水】の可能性が大きいときに水もなく非常食を食べた場合、【渇水】のバッドステータスがついてしまうのである。

 また味は薄く、甘みのない乾パンのようなものとも、小麦粉とも揶揄されている。「小麦の味がする」ではなく「小麦粉を食べた」という感想である。そのためプレイヤー間では、携帯食を使用する時、それ用のジュースを用意しておくのがデフォルトになっている。

 また、まだレベルの低い現状では「食べ物による回復量がコストパフォーマンスに合っていない」というのがアイテム効果だけで判断されている。食べ物の回復量は割合でしかないための弊害である。

 しかし、今はクローズドβテストである。そこまで極端に長い冒険に出ることもないだろう。とマルティとジャックは、今後の食事に店売りでも普通の食べ物を用意することを決めるのだった。

 食事も終わり、後片付けの最中にジャックは上機嫌でジェノに感謝の意を述べた。


「じいちゃん、マジ美味かったぜ!ごちそうさま!」


「ほっほ、お粗末様、じゃ。そんなに気に入ってくれたら作った甲斐もあるというもんじゃなぁ」


「おじいちゃんの料理、おいしかったよ。また食べたい!」


 マルティからも称賛され、ジェノはその相貌を嬉しそうに崩した。

 

 串焼きのおかげで腹持ちもHPも全回復した一行は先へと進む。

 ジェノの依頼目標は、墓地のどこかにある魔物避けの装置の起動だ。それがどこにあるのかは、既にジェノが開いた墓地のマップの未到達地域にポイントしてあった。後はモンスターを退けながら目的のポイントに向かうだけだ。

 既にジャックはクリアしたも同然の気分なのか、気楽に雑談している。


「しっかし、魔物避けの装置ってどうやって動かすんだろうな!

 そんな便利なものがあれば、お参りする人に持たせりゃいいだけなんじゃねぇのかなぁ」


「さて、のう。持ち歩けないくらいでっかいのか、そもそも貴重なのか。効果が出るまでに時間がかかるという可能性もあるのう」


「なるほどなー」


「さてはお主、空返事しとるな?」


 まるでコントのようなやり取りに、クスクス笑いを漏らすマルティ。少なくとも、彼らの間で緊張の空気はなく、弛緩しきっていた。道中でもリビングスカルやレイスミストと遭遇するが、もはや手慣れたものでジャックが足止めしたものをジェノが風の球で蹴散らしていた。

 一方のマルティは、レベルアップで覚えたアビリティやスキルの試し撃ちをしている。マルティもまた、アビリティ3つによるスキルが使えるようになり、いろいろと組み合わせを試しているようだ。

 

 そして、目的の場所に達する。

 そびえ立つ"それ"を見上げて、ぽつりとジェノが感想を漏らした。


「……これは持ち歩けないのう」


「……うん」


 ほかの二人も、思った以上のサイズに口をポカンと開いて呆けている。

 二階建てのアパートくらいのサイズの石碑。それが、目的地だったのだ。


「さて、どうやって動かしたものかな、と」


 見たところ、ただの石碑だ。魔道具という目星をつけても、到底道具の様には見えない。

 わからないときは依頼目標の確認だ。ジェノはARウィンドウを開いて、受けている依頼の内容を再確認した。

 この場所に来るまでは、雑然と「装置を動かせ」としか書いてなかった依頼内容だったが、目的地に到着すれば目的が変わるのではないか、と当たりをつけてみたのだ。

 果たして、それは正しかった。

 

 【ネージャッカ旧共同墓地探索】

   報酬: 3000 G

   ネージャッカの旧共同墓地は、墓守不在のためモンスターの巣窟になっているらしい。

   住人の墓参りのため、モンスター避けの魔道具を起動させよう。

     魔道具の起動 [未達成]

      ・ 魔道具に魔力を込めよう [0 / 100]【未達成】

      ・ 装置を起動しよう 【未達成】

      ・ 装置が起動するまで装置を守ろう 【未達成】

 

「おうふ」


 目標が増えていた。増えていたが、明らかに最後に不穏な文言が並んでいた。「装置を()()()」?

 戦闘はほぼ回避できたはずでは?と内容をタップしてみると、追加のウィンドウが開く。

 

<3人以上のPTで攻略する場合>


 と表示された。これは、ネスの落ち度だろう。もしくは、ジェノが3人以上のパーティで参加すると思っていなかったのか。

 とりあえず帰ったら文句をアダ経由で言うとして、想定外の事態であるとパーティメンバーに是非を問う。


「ぬぅ……間違いなくボス戦のようなものがあるのう。どうする?みんな」


 さすがに勝手に話を進めるのは迷惑をかけるかと、二人に確認を取ると。


「水臭いぜじいちゃん!ボス戦ならレベルアップのチャンスじゃねぇか!」


「そうだよ!それに、私の依頼も手伝ってもらっちゃったし、今度は私がお手伝いする番だね」


 と、快く協力を承諾してくれた。やる気に満ちている二人に、ジェノは嬉しくて相貌を崩すのだった。


「あいや、助かる。では、よろしく頼むぞ二人とも」


 夕暮れまでの時間も間もなくだ。本来であれば日を改めるべきなのだろうが、まさかレベル1で受領した依頼がそこまで難しいわけでもあるまい。そう思った三人は、このまま依頼のクリアを目指すことにした。

 何より、日を改めた場合、後日ジェノが続けて一緒にプレイできるかの保証がなかったのだ。バグキャラユーザーであるジェノが、果たして問題なく今後もゲームを続けられるのか?

 その点を言わずとも理解していたジェノたちは、この三人で依頼をクリアしたくなったのだった。

 ジェノが依頼内容の「魔道具に魔力を込めよう」の部分をタップすると、こちらも新しくウィンドウが開いた。

 

<石碑の根元に宝玉があります。これに触れることで魔力を込めることができます。

 注意:宝玉に触れ、【魔力操作】を使用することで魔力が消費されます。【魔力操作】がない場合は魔力を込めることはできません>


 魔法使い向けの依頼だったのか、とジェノはこの依頼が死蔵だった理由を垣間見た気がした。

 それはともかく、さっそく石碑の根元に埋まった宝玉に【魔力操作】で魔力を込める。すると、ジェノの手元と宝玉が淡く輝きだす


「ほわぁ。きれい」


 その光景に、マルティがのほほんと感想を述べた。

 ほんの30秒ほどでジェノと宝玉を包む光が途絶えた。宝玉に魔力が入らなくなったのか、とジェノが依頼リストを確認すると、詳細の「魔道具に魔力を込めよう」の部分が【達成済】に変わっていた。

 くすんでいた宝珠の内側には、青い輝きが淡く揺らめいている。宝玉は少し緩く収まっており、押し込むことができそうであった。おそらく、装置の起動はこの宝玉を押し込む事で行われるのだろう。

 そして、そこから始まるボス戦だ。一旦、宝珠への作業を止めて戦闘に備えることにした。

ご拝読ありがとうございます。

続きは明日の更新予定です。

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