2. 世は情け ~パーティメンバー~
「おおー。やっとるのう!」
戦っているモンスターの内、特に目を引くのはコウモリウサギだ。あの、ジェノの初日の食事のタネである。
ヒプノシア伝統のモンスターであるコウモリウサギは、大の大人なら両手で抱えられるほどの灰色のうさぎの姿をしている。背中に黒い、コウモリ状の模様が描かれているのが特徴だろうか。
ドロップ品には作品ごとにブレはあるものの、基本的には回復アイテムを落とす。この世界であれば、水薬か、あるいは肉?肉であれば、【料理】アビリティのレベルを上げられるので、ジェノにとっては是非とも期待したいところだ。
他に目につくのは何匹もの群れが一個の敵となる『ソルジャーバッタ』や、今朝の串焼きであるイノシシイヌの下位互換である『ウリボウイヌ』といったところだ。
前者は下級装備の素材となる甲殻を落とし、後者はコウモリウサギと同じく食材系のアイテムを落とす敵だ。狙うのであればウリボウイヌとなるだろう。
この辺りではいずれもノンアクティブエネミー――こちらから攻撃しなければ向かってこないようで、こそこそ動かなくても勝手に戦闘になることはないようだった。
すいすい、と目的地へと向かう。
「む……」
ふと目をやると、周りがパーティ戦闘をしているにもかかわらず、一人モンスターと戦っている男性プレイヤーがいた。
装備は両刃の剣に金属の鎧。両刃の剣はおおよそ彼の身長と同じくらいで幅広。間違いなく両手剣の類であろう。金属の鎧は、俗にフルプレートと呼ばれるような全身鎧ではなく、胸部・関節を守る軽鎧だ。
「こんにゃろぉ!」
雄たけびを上げながらがむしゃらに剣を振り回すものの、コウモリウサギに一撃も当てることができていない。むしろ、剣を振り下ろした隙に体当たりを受けてはダメージを蓄積しているような形だ。
実は、コウモリウサギは弱い敵ではない。ヒプノシアシリーズにおいて、街道を外れて森や山に足を踏み入れるとエンカウントするワンランク上の敵で、もしゲームを開始したばかりの初戦で二匹とエンカウントしたならば、逃げる一択なのだ。
エンカウント率や見た目から油断を誘う、割とガチな敵であり、決して初心者が舐めていい相手ではない。見た目に騙されたのか、ヒプノシア・オンラインでは最初からパーティ戦闘できるので難易度が昔より上なのか、そのプレイヤーはソロプレイにもかかわらず戦闘をすることになっているようだ。
しかし、がむしゃらに両手剣を振り回しているが、ラッキーヒットは見込めないようで、だんだんと息を切らせていく。
ジェノは、そのプレイヤーに声をかけることにした。
「おーい!手助けは必要かのう!?」
「うおお、助かる!」
すかさずジェノとマルティの眼前にパーティ申請のウィンドウが開く。二人はすかさずパーティに参加すると、そのプレイヤー――ジャックの元に向かった。
道中、ジェノはジャックの行動に首をひねった。
(むぅ……よもやパーティを組むことになるとは)
ヒプノシア・オンラインでは、既にプレイヤーが戦闘をしている敵に攻撃するためには、戦闘中のプレイヤーの了承が必要である。既に撃破圏内にはいった敵のとどめだけを行って、ドロップアイテムを掻っ攫っていく行為、俗に「横殴り」と揶揄される行為は制限されているのだ。
そのため、ジェノはジャックに声をかけたのだ。「ひょっとしたらドロップアイテムを持っていってしまうかもしれませんよ」と言うつもりで。
まさかパーティ申請が来るとは思っていなかったが。
ヒプノシア・オンラインの経験値方式は、ダメージ割合に依存する。例えば経験値10の敵がいたとして、先に五割のダメージを与えていたとしよう。その後、戦闘に乱入が発生した場合、先に戦闘をしていたほうには既に与えていたダメージ分として経験値の総数の半分5点が先に入る。その後、乱入者と残りの経験値を分け合い、四捨五入の補正が入って各々に3点が入る、といった形になるのだ。
そして乱入者がパーティに参加した場合は、それまで先に戦闘をしていたプレイヤーのダメージ分の経験値も、乱入者のほうに追加される。つまり、先の状態であれば各々に5点経験値が入ることになるのである。
つまり横殴りによる援護は、経験値こそほとんど取得できるが、ドロップアイテムが持っていかれるかもしれない危険性がある。一方のパーティ参加による援護は経験値は減るが、ドロップアイテムは確保できるということだ。
ちなみに戦闘参加だけでもドロップアイテムに関しては、アイテムの量もレアリティもダメージ量で左右されない。
しかし、ここは最初の町の近辺だ。ドロップアイテムも大したことがない。で、あれば大事なのは経験値だろうとジェノは当たりをつけていた。そこでパーティに誘われたので、驚いたということだ。
さて、一人で苦戦するコウモリウサギも、3対1ではものの数ではない。マルティの矢がコウモリウサギの移動を阻害し、ジェノの風魔法が直撃したことで吹き飛び大きな隙を作る。
「うおお、くらえぇ!」
そこにジャックが大きく振りかぶった大剣の一撃。哀れ、コウモリウサギは爆発四散するのだった。
「いやー、助かったぜ。ウサギがこんなに強いなんて思わなかった」
戦い終わって、ジャックがジェノとマルティに、にこやかに話しかけてきた。短めの茶髪に、少し筋肉質で身長が高い。ジェノは大きく見上げるような形で話さざるを得ないので、おそらく190はあるのではないだろうか。
三人は自己紹介を交わした。
「ジャックだ。まだレベルは1。さっきのが初めてのモンスター戦だ」
「マルティだよ。今はおじいちゃん……ここのジェノさんと一緒に依頼に向かってる途中だったの」
「紹介に預かったジェノじゃよ。この見た目じゃが、年寄りユーザーじゃ。見た目が現実と違うアバターのテストをしておる」
ジェノの自己紹介で、ジャックが目を輝かせた。
「うっは!噂の!?」
明らかに初見の反応に、ジェノは首をひねった。
「ん?昨日訓練所には行ってなかったのか?」
「俺が話を聞いた時には、訓練所は終わってたんだ。話を聞いて向かいはしたけど帰った後だった」
なるほどのう、とジェノは納得していると、マルティがジェノに話しかけた。
「おじいちゃん、彼、どうかな?」
どうやら、ジャックをパーティで足りていない前衛として誘ってみようと言っているようだ。確かに都合がいい、とジェノは勧誘を試みてみることにした。
「時に、ジャックくんは何か依頼をやっている途中かの?」
「モンスター狩りはしてるけど、どこかに行くようなものは受けてないなぁ。とりあえずレベル上げてアビリティ覚えたくて」
「ふむ……では、このままパーティを組んで付き合ってもらえたりしないかのう?見ての通り、俺らでは前衛がいなくての」
「もちろんいいぜ!俺も一人でモンスター狩るのは厳しいってわかったしな。
今からパーティ募集に街に戻るのも面倒だったし!」
これ幸い、とジェノがパーティの継続を申し出てみると、ジャックは快く了承してくれたのだった。
「仲間作りが面倒とは、これはまたわかりやすい脳筋プレイじゃのう」
ジャックのあけすけな態度に、ジェノは、からからと笑った。
「どういえば、ドロップはどうなっておるかの」
ふと思い出して、ジェノはマルティに尋ねた。ドロップ――ドロップアイテムとは、モンスターを倒した際に手に入るアイテム群の総称である。これらは、もちろんモンスターごとに手に入るアイテムが異なる。
マルティはインベントリを確認して、アイテムの増減を調べた。
「あー、私は『低級HP水薬』だね。後はお金」
「ふむ……おっ、俺には『コウモリウサギの肉』が入っておるな。ドロップチャンスは全員にあるから、ジャックにもなにか入っておるはずじゃぞ」
言われてインベントリを確認したのだろう。ジャックはあれこれと操作をしてインベントリの中を確認し。
「うあ、俺、金しか増えてない。素材だったか。水薬、補給したかったな」
と、項垂れた。その様子に、ジャックがパーティ昨日のデメリットについて知らないのだとジェノは納得した。
一方、ジェノに『コウモリウサギの肉』がドロップしていたことで、マルティは首をひねった。
「おじいちゃん、『換金機能』はONにしてないの?やり方わかる?」
マルティがジェノに尋ねた『換金機能』とは、モンスターの素材を手に入れた時に自動的に売却を行い、Gに変換してくれるゲーム的なオプションである。
「むぅ、それくらいは知っておるよ。俺はわざとOFFにしているんじゃよ」
「あ、そうなんだ。
でも、なんで?」
「俺は【料理】を持っているからな」
それを聞いたジャックは、眉をひそめた。
「【料理】……って、じいちゃん、モンスター食うの?マジで?」
そんなジャックの言葉に、ジェノは聞き捨てならん、と反応する。
「何を言うか。ネージャッカの街にもモンスターの素材を使った料理はたくさんあるぞ。
と、いうかこの世界ではモンスターは食用肉みたいなもんじゃ」
「えっ、そうなの?」
ジェノの言葉に驚くマルティとジャック。どうやら、二人は食事こそすれど、その材料が何かという所までは考えが行ってなかったようだ。
ちなみに二人とも、昨日のテストで口に入れたのは『ヨロ食堂のおすすめ盛り合わせ』であった。無論、鑑定でもしなければ何の材料を使っているかは一目にはわからない。
ジェノらが与り知らぬことではあるが、クラフト系の仕様についてはは中年以上サーバーでテストされており、そちらでクラフト作業の実施が推奨されている。理由としては、ユーザー層のゲームに対する遊び方の観点の違いだ。
青年サーバーでは戦闘による爽快感のデータを収集しているのだ。というのも、他のオンラインゲームのプレイ傾向から、年齢の若いユーザーは戦闘に対する感覚のフィードバックが鋭敏であり、重要視する第一項目である、と調査結果が出ているのである。
そこで、キャラメイクの際にクラフト系のアビリティの表示優先順位が下がっていたのである。結果、運営の想定通り、クラフト系のアビリティを取るユーザーは、ほとんどいない結果となった。それは、クラフト系のアビリティには、能力のボーナスが付かないのである。
キャラメイクの際に表示される大量のアビリティを検索する際、青年ユーザーのプレイヤー達は、主にアビリティを取得することによる身体能力の補正に目が行っていたのである。
一方、過去のヒプノシアにもわずかながら、素材からアイテムを作るシステムが存在していた。そのため、ジェノはピンポイントで【料理】アビリティを身に着けたのであった。
それはさておき、ジェノがほしがっているのでマルティとジャックは『換金機能』をOFFにして戦闘を行うことにした。
これに関してジェノから、ドロップ品の素材は自分が手に入れた分だけで十分だ、とは言ったものの、二人は「何が必要になるかわからない」と機能をOFFにしたのであった。
道中、インベントリに順調にモンスターの素材が溜まっていく光景に、ジャックがふと疑問の声を上げた。
「……そういや、なんで水薬が出たり肉が出たりするんだ?」
機能上の問題はともかく、設定上の話はマルティにはわからない。マルティが困ったような表情で予測を立てていると、ジェノが自信ありげに口を出した。
この辺りの説明は、歴代のヒプノシアの経験者であるジェノの独壇場だったのだ。
「この世界のドロップアイテムは、二種類に分けられるの。消費アイテムと、素材じゃ。
消費アイテムは、モンスターの持つ魔力が結晶化したものと考えられているのじゃ。倒され、生命活動を停止したことでモンスターの体に残存している魔力が、その死体を媒介に消費アイテムの形を象って具現化する、ということらしい。
これにより、モンスターが現実に存在する生物に似た外見をしていても、モンスターという別個の存在である、という証左になっているらしいぞい」
「へぇー!考えられてるんだね」
ちゃんと設定があったのか、と関心の声を上げるマルティ。ジェノは、そんな彼女の反応を微笑ましい顔で見るものの。
「……まぁ、野生生物が店売りのアイテムを落とすのはおかしい、という意見を鑑みた上での仕様らしいがの。昔から雑誌でインタビューで会社から答えた内容、っていう有名な話なんじゃよ」
と、ぼそりと内情を漏らす。
「なんだそりゃ!こじつけかよ」
思ったよりもしょうもない理由付けに、ジャックから思わず笑いがこぼれた。
「それとモンスターの素材の方は、魔力が消費アイテムとして具現化できず、魔力を伴ったモンスターの体の一部になることでドロップされるものと言われておる。
動物系のモンスターであれば爪、毛皮、肉といったものになるのう。素材は基本的に換金アイテムであり、普通のRPGでいえば、敵を倒すことで手に入るゲーム内通貨という意味合いになるのう」
素材は、魔力を含むアイテムなのだ。つまり、『換金機能』とは、先ほどの消費アイテムと同じ仕組みにでモンスターの体の一部になった魔力が、ヨロズメンバーカードの中に入り、通貨用魔力に変換されるのである。
それにより、まさしく敵を倒してお金が手に入るようなシステムにすることができるのだ。
「おじいちゃん、良く知ってるねぇ」
「まぁ、昔取った杵柄というやつじゃよ」
「いやいや、そんな細かいところ覚えてるだけでもすげぇよ」
ゲームのプレイとは関係ない所ではあるものの、ジェノの披露する豆知識に一喜一憂する若い二人であった。
ご拝読ありがとうございます。
次回更新は明日の予定です。