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10. かくして少年は老人となる ~報告と帰還~

 チュートリアル依頼の完了報告にヨロ館へと戻った。早速、受付カウンターに訓練所でもらったメダルを提出する。


「今日だけで終わらせてくるなんて思わなかったわ。てっきり、明日くらいまではかかるとばっかり」


 受付は、今回もアダだった。ジェノが依頼書とカードを提出すると、ちゃんと依頼が完了していることを確認して、驚いた表情でそう言った。

 彼女が驚いたのは、やはり魔法使いであることが原因だった。というのも本来、魔法使いは後衛の職業だ。前衛がいてこそ、十全な性能を発揮する。

 しかし、ジェノはこの世界に来たばかりで一人だった。前衛職の訓練を主目的としたこの街の訓練所では、パーティができるまでは依頼をこなせないと考えていたのだ。


「てっきり、全然勝てなくて、装備の工面もできなくなって、ヨロズの脱退なんて考えちゃうかもって心配してたのよ」


 驚きつつもクスクスと笑いながらそういうアダは、本気で言っているわけではないのだろう。むしろ、実際にそう言った未来の可能性が高かったのは、クエストを終えたジェノがよくわかっている。

 とはいえ、やはり侮られていたことに関しては少々気分が悪い。


「そのつもりで、よく俺を見送ったもんじゃの」

 

 クリアできる見込みがなかった、と言外に言われたことに腹を立て、ジロリ、とアダを睨むジェノ。彼が拗ねていることを見通して、アダは苦笑で答える。

 

「ごめんなさい。でも、その時はヨロが責任をもって、仮メンバーへの補助を手伝うつもりだったのよ」

 

 さすがにこなせない依頼は渡さない、と言うアダ。

 実際、システム的にもチュートリアル的な依頼で停滞することを良しとしていない。救済策として、ヨロのサポートが受けられるようにはなっていたのだ。

 また、チュートリアル依頼がこなせないのであれば、こなせるようになるまでのアフターフォローもしていた。既に正規のヨロズとなっているメンバーの監査の元、簡単なミッションをこなして経験を積ませるようになっていたのである。

 これは、元々ヨロの基本指針として、年齢種族問わず広くメンバーを募集しているためだ。ジェノの場合は、それでもなお年齢が規定を下回っていたので最初に少々のごたごたはあった。

 もっとも、ヨロの運営側はヨロズ個人らとは積極的に関わることができないので、当の仮メンバー自身が依頼しないといけないのだが。

 また、依頼である以上は当然依頼料が発生する。仮メンバーがこなす必須項目である、チュートリアル依頼の成功報酬が減る代わり、救済策として用意されているというわけだ。

 もちろん、チュートリアル依頼が終わるまでの間は他の依頼は受けられないため、ヨロズとしての収入が発生しない。宿泊施設や食事なども、ヨロに完全依存の生活を余儀なくなされてしまう。一方、このサポート依頼を受けたヨロズは、ヨロへの貢献の度合が非常に高くなる。また、ヨロの管理側への一歩を踏み出す通例の依頼となっている。

 アダが、そう言ったサポートを受けずに訓練所に向かったジェノはチュートリアル依頼を達成できない、と判断した部分は、他にもあった。それは彼の装備の構成にある。

 ジェノの装備は、初期所持金で買える"威力特化"の装備だ。防御は二の次、魔法の一の太刀で仕留める構成である。当然、完全後衛向けの装備構成だ。

 結果は、実際ジェノが自分で決めた"禁じ手"を解禁するまでは、アダの想定通りに、そもそも戦いにならなかったわけだが。

 そもそも、こんな攻撃特化の魔法使いがレベル1でソロの戦闘を行うわけがない。だから、チュートリアル依頼を受けた時にあんなに心配そうな表情をしていたわけだ。

 そう言った説明を受けたジェノは、ヨロ館を出た時のアダとネスの表情を思い出しては納得した。その一方で、ジェノは二人の心配をよそに、無事チュートリアルを終わらせてきた。だからアダは、その結果に驚いていたのだ。

 引っ掛かっていたことに決着がつき、正式メンバーのカードを手に入れたジェノ。


「さて、では早速狩りに行くとしようかの」


 そう言って依頼掲示板へ向かおうとしたジェノを、アダが慌てて止める。

 

「待って!ジェノさん、今日はもう街の外には出られませんよ?」


「なぬ?」

 

 モンスターの脅威が跋扈するこの世界では、視界が制限される夜間は街の門を閉じて対応する。つまり、街の外には出られないのだ。夜間に街の外に出るには、少なくとも星2以上のランクが必要とのことなので、ジェノが外に出られるのは明日になるのだ。


「そうか……しかし、明日には出られるのじゃろ?

 今のうちに、街の外でこなせる依頼にどんなものがあるか調べておくくらいはいいじゃろう?」


「そう……そうね。でも、受領から達成までの期限が決められた依頼もあるから。受けるのも明日にした方がいいと思うわ」


「なるほど確かに。ご助言痛み入る」


「まぁ、明日受ける依頼の目安くらいにしかならないけど、よく吟味してね」


「それで十分ですな。では失礼」


 依頼掲示板で依頼を吟味するジェノの元に、今度は突然やってきたネスから物言いが入る。「そんな装備で大丈夫か」と。

 正直、「大丈夫だ、問題ない」とは言えない戦果を先ほど出してきたわけなので、渋面になるジェノ。とはいえ「一番いい装備を頼む」というには懐が寂しい。

 しかし、ジェノがネスへ「金がない」と正直に答えると。


「じゃあ、この依頼を受けてくれたら、装備を前報酬で支給しちゃうんだけど」


 そう言ってネスが提示してきた依頼は、街の北にある墓地の掃除だった。

 

 【ネージャッカ旧共同墓地探索】

   報酬: 3000 G

   ネージャッカの旧共同墓地は、墓守不在のためモンスターの巣窟になっているらしい。

   住人の墓参りのため、モンスター避けの魔道具を起動させよう。

     魔道具の起動 [未達成]

 

 NPCのヨロズも中々引き受けない、死蔵の依頼らしい。

 ネージャッカ旧共同墓地は、街から20Kmほど北に向かった先にある。管理されていない墓地ということで、アンデッド系のモンスターが良く出没するらしい。

 報酬は、同じレベル帯の依頼に比べていいほうらしいが、拘束時間や遭遇するモンスターのレベルから、割に合わないので敬遠されているのだとか。何せ、移動距離もさることながら、日が暮れようものならアンデッドの活動が活発になってしまい、下手をするとなすすべもなく返り討ちに合ってしまうのだとか。

 一方で以来の達成条件がモンスター殲滅の必要もないため、目的さえ達成して生きて帰ってくれば問題ない。戦闘を無理に行わなくていいところが、ジェノにぴったりだ。


「しかし、装備の支給とは随分と太っ腹じゃが、よいのか?」


「ええ。初心者のヨロズへのサポートを兼ねた依頼になっているのよ」


 いろいろと詳しい話を聞いた上で、難易度的に問題ないと判断するジェノ。さらに依頼の達成期日もないことから、この依頼を受ける事にした。


「ふむふむ、これなら俺にもできそうだの。じゃあ引き受けるとするぞ」


「ありがとう~!じゃあ、貸し出す装備、持ってくるわね」


 ネスは嬉しそうにそういうと、倉庫に行ってくるからまた談話室で待っててほしい、と言って席を離れた。ジェノの見た目的に不要なトラブルを避けるため、めったに使われない談話室は、ジェノ関係の何やかんやでは解放されているらしい。いいのだろうか?

 ジェノを見かけて談話室に入ってきたアダにも確認を取ったが、本当だったようなので遠慮なく談話室へと向かう。ネスの装備の前借の件は、ぎりぎり職権乱用ではないらしい。もともとは、装備が破損して買い替える余裕のないヨロズにふるまうルールなのだとか。

 ただ、好きなものを選べ、というのは看過できない、と一つ目を据わらせるアダ。ネスにはご愁傷様ではあるが、自業自得なので祈るしかできない。

 かくしてホクホク顔で装備をもって談話室にやってきたネスは、早々に頭にたんこぶを増やすことになった。


 

 そして一時間がたった。

 ネスの選んだ装備は、困ったことにアダのセンスに合わなかったらしい。一方で、アダの装備のコーディネートもネスの歓声に触れることがなかった。かくして、哀れジェノは、齢88にして若い娘さんたちの着せ替え人形にされてしまったのだった。

 まぁ、ね。年老いたりとはいえ男なので。うら若きお嬢さん達に囲まれていればちょっぴりいい気分になったりならなかったりもしたのだが。

 と、まんざらでもない感想を抱いたや否や。

 

 不意に。背筋――というより首の根元か。背骨に沿って電流が走った。

 

 ゾクリ、という悪寒ではない。明らかに何かしらの"強い視線"。そして、それはとても覚えがあるものだった。精神がそれを理解した瞬間。


(違うんじゃよ!浮気とかそんなんじゃなくて、孫が服を選んでくれてるような!子供の微笑ましい親愛にうれしくなっただけなんじゃよ!)


 すかさず半ば反射的に、ジェノは脳内で謝り倒した。

 心の中で叫んで謝る!言い訳がましいその台詞でも、折り合いがついてくれたのか。感じていた"視線"は無事なくなったのだった。

 ほう、と安心のため息を吐いてジェノはひとりごちた。


(……よもや、ゲームの世界まであいつの嫉妬を思い出すとはなぁ……くわばらくわばら)


「……だから……!?ジェノくん?どうしたのか?」


「え……?あらやだ、顔真っ青よ!?」


「え?あ、いや、お構いなく」


 突然青い顔で鳥肌を立てたジェノに、アダとネスが心配するというハプニングがあったものの、さすがに時間をかけすぎて疲れさせてしまったのかと自己完結したようだった。

 ジェノも意図しないところから、無事に装備が整った。というか、想定しているより上等な気がする。

 魔力で防御力を高めたローブなど、本当に支給品だろうか?と不安にはなるものの、特にデメリットはないので得も言われぬ不安をスルーすることにした。さらば、8000Gの内の1000G装備ローブ。こんなことならため込んで飯に使えばよかった、という反省は後の祭りである。

 ちなみに、初期装備のローブは差し替えた装備の支払金額のための下取りとして査定・回収されている。念のため、不足分のお金がいかほどかかるかと聞いてみれば、イレギュラーなヨロズ登録や、それに伴う拘束時間のお詫びとして、依頼報酬から差し引かれることなく相殺するので、装備は受け取ってもらえたらよい、とのことだった。

 金欠なジェノは、ありがたくその申し出を受け取ることにしたのだ。

 

 装備も整い、ヨロ館から出てうん、と背伸びをするジェノ。すっかり肩が凝ってしまったようだ。

 

「元気なお嬢さん方だ。まぁ、若いもんはそれでよい」


 今では自分も若い者に入る体をしているのだが、そんなことには気づいていない。夕食はどうしようか、と考え込むジェノだったが。ここで唐突にARウィンドウが開く。

 

<規定時刻になりました。起床シークエンスに入ります>


 おお、もうそんな時間か。ジェノはしみじみとそう思った。

 一日目のテストは、現実時間に即した8時間――つまり、睡眠時間だけのログインの予定だったのだ。中々に濃い8時間を過ごしたものだ、と今日一日を振り返る。

 これから朝、昼に渡って二日目の日中は、この日得たデータを元に運営が調査、修正を行う時間となる。

 明日はどんな楽しみが待っているのかと期待する半面、午前中からは当然、身体検査だ。そのあれこれにふと気落ちしながら、ジェノは視界からログアウトボタンを引っ張り出す。

 

「さらばヒプノシア。また明日」


 かくして、βテストの一日目はこれにて終了となった。

ご拝読ありがとうございます。

ようやく一日目が終わりましたが、まだまだお付き合いいただければ幸いです。


次回の更新は来週頭になります。

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