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9. 正に一発逆転ホームラン ~仮免許卒業~

 早、6戦目。もはや観戦者も見ていられない、とばかりに数が減り。今は見ているのは心配そうな表情を隠していないマイティの他数人だけだ。


「今日はこれで終いじゃ。全力で頼む」


 気の毒そうな顔でジェノを見ていた試験官は、その言葉を聞いて「わかった」と顔を引き締めた。完膚なきまでに終わらせてくれそうだ。


「……始め!」


 審判の声と共に全力で飛びかかる試験官。既に、模造剣は振りかぶられ、目指すはジェノの脳天。思わずマルティが悲壮な光景を想像し、顔を背けた。

 しかし、勝負は一撃では終わらなかった。


 カン、と甲高い音が鳴った。


「なにっ」


 ジェノは、バックステップをして直撃を避け、その剣を杖で受けたのだ。完全に逃げ切ることができないものの、その剣の先ギリギリを受けきる。


「ぐ、ぬぅ!」


 しかし、そもそもの膂力が違う。威力を殺せず、受け止めた部分を起点にジェノはコマのように吹き飛ばされる。しかし直撃ではないためか、吹き飛ばされたのも場外を免れている。

 それで距離が稼げた。舞台ギリギリで足を止め、ARアイコンからショートカットを起動する。

 

 「【自然魔法(風)】(風よ)【魔力操作】(在れ)!」


 ジェノは風の球を作る。が、手のひらに生まれた球は試験官に投げつけず、軽く上に放るだけ。

 攻撃ではない。何を狙っているのか?と、試験官が訝しむ。

 思わず警戒し、二手目が躊躇われる。。それは、追撃もまた最短でダッシュして一撃の予定だった足をわずかに止めた。

 その隙に、ジェノは素早くARアイコンからスキルウィンドウを開き、【魔力操作】をタップする。ショートカットが判るまで散々やった行為だ。既にどこに項目があるかも体が覚えていた。

 何より、体が若い。現実の体であればもたついたであろうその動きも、滑らかに操作できる。肩も痛くならない。

 

【魔力操作】(在れ)!」


 アビリティの発動と共に、その杖を大きく振りかぶる。足を開き、重心を落とす。それは、試験官の止めの一撃と同じ構え。

 何をする気か、と驚く。そこは試験官と離れすぎていて、杖の攻撃間合いではない。では、その範囲に何があるのか。試験官は、ジェノの杖がブレたところで視界に入ってきたものに目を見開く。

 それは先ほどジェノが真上に放り投げた風の球。

 

「どっっせいぇい!」


 杖が風の球に叩きつけられる。物体に衝突すれば解放されるはずの爆風は発生せず、風の球が手で投げるよりも圧倒的なスピードで試験官に迫る。

 

「く、だが!」


 試験官は、回避が困難と一瞬で判断し防御を選ぶ。バックラーシールドを掲げ、風の球を受け流す。真正面から受け止めるのではなく、少しの角度をつけて直撃を避けようとした。

 しかし。


 ドゥ、と爆風が巻き起こる。


「……えっ?」

 

 盾の着弾と同時に爆風が巻き起こり、試験官の腕が大きく跳ね上がる。

 そこに駆け込んでくるジェノ。その利き手は腰まで引き絞られ、手のひらを試験官に向けている。

 体を守るべき盾は風の魔法で打ち上げられている。正中線が無防備にさらけ出されていた。

 

【自然魔法(風)】(風よ)【魔力操作】(在れ)!」

 

 ジェノがそう言うや否や、掌底を試験官に叩き込んだ。身長差と角度から、上手く横隔膜のあたりにヒット。同時に超至近距離で風の球が発生する。

 瞬間、弾けた爆風はジェノと試験官の両方を吹き飛ばす。ジェノはうまく受け身を取って舞台に残ることができたが、試験官はダメージの影響で体が動かないのか、ゴロゴロと転がっては、遂に舞台から転げ落ちた。

 マルティも既に背けた顔を戻し、舞台のジェノの姿に目を向けていた。

 試験官は地にあおむけに倒れ、うめき声を上げている。どう見ても戦闘不能だ。

 

 

 何が起こったのか。それでは、この戦いをもう一度見てみよう。

 

 まず、最初の試験官の攻撃を防いだ件。今までの戦いで、試験官がとどめの一撃が[ダッシュ → 剣を肩に担いでの左からの一撃]というルーチンで組まれているのを把握していた。

 攻撃箇所が丸わかりであれば、防ぐのは容易。あえて攻撃を誘導し、剣の先を杖で受け止めたのだ。

 すべては、次の動作につなぐために。

 そしてジェノは風の球を作った。ショートカットアイコンによる魔法の発動のため、【投擲】の効果は付与していない。しかしながら、今まで通りアビリティなしで投げても当てられない。そこで、バッティングの要領で、発射速度を上げてみようと試したのだ。

 結果は成功。しかし、それでもなお試験官の目視、対応できない速度ではなかった。

 だが、ここで試験官はミスをする。

 試験官は、ジェノが杖で風の球を打ったことで、盾で防御できると思ったのだ。しかし、ジェノの魔法は"物理的な何かに当たると"爆発する。ジェノは誤爆を防ぐため、杖に【魔力操作】で魔力の膜を作ることでバットとして使ったのである。風の球を球状にしているのが【魔力操作】の効果なのだから、上手くいくと確信があったのだ。

 だが、問題は最後にもう一つだけあった。威力である。

 同じレベル帯であれば【スパイラルアロー】の半分程度の威力しか出ないのである。試験官が務まるレベルの剣士に、一撃で戦闘不能にするには火力が足りな過ぎた。また、もう一度ノックで風の球を打ち出しても、直線しか飛ばせない以上最初の奇策が限界の戦略だ。

 故に、ジェノが最も取りたくなかった戦法を取らざるを得なかった。すなわち、超接近戦からの魔法の行使である。

 掌底の型は、過去健康のためにやっていた太極拳から模倣した。アビリティもなければ現実世界でやったこともない格闘戦。参考にできるのはそれくらいだったからだ。

 結果、クリティカルヒットじみた形で戦闘不能に追いやることができたので万々歳である。 

 ジェノは杖一本を肩に担いで、釈然としない顔をしている。やがて打ち上げられた試験官の模造剣がカランカランと音を立てて地面に落ちて音を鳴らした。


「……おい、試合はまだ続けるのか?」


 呆気に取られているのマルティや、事後だけを見て呆然としている他のプレイヤーだけではなかったようだ。審判役の職員も茫然としていたので、ジェノは審判に声をかけた。


「そ、そこまで!」


 試験官がどう見ても戦闘不能に追い込まれていることを確認したので、職員はようやく戦闘終了を宣言した。


「はー、やれやれ。やっとチュートリアルが終わったわい」


 そんなジェノの感想で、遂にジェノが試験官を突破したことが実感として周囲に伝搬していく。そして。

 

「……やったぁぁ!!」


 そんなマルティの歓声と共に、ジェノを見守っていた他のプレイヤーたちもまた諸手を挙げて声を上げた。

 

 

「これでよし。あとは、ヨロの受付カウンターに行ってくれ。それで依頼完了になる」


 模擬戦が終わった後、訓練場の入り口にいた兵士の一人に書類を渡された。

 ARウィンドウの方でも、受けている依頼一覧を見てみればチェックリストが消えて、クエスト内容が「依頼達成!報告しよう」となっていた。


「すごいよおじいちゃん!かっこよかった!」


 やんややんや、とほかのプレイヤーに称賛されているが、一際目を輝かせているのがマルティだ。すっかり初対面の時の緊張もなくなっている。やはり、しばらく一緒にレベルアップをしていたからか、ジェノの苦戦に対して思い入れもひとしおだったようだ。

 

「う、ううむ。依頼はクリアできたが、やはり魔法使いとしてはクールに行きたかったのう。

 ありゃあ、完全に前衛職、格闘家的な戦い方ではないか?」


一方、倒し方に納得がいっていないジェノ。彼は、格闘ゲームをやれば必ず必殺技で決着をつけたい派の人間なのだ。

 

「うーん、でも格闘する魔法使いって結構メジャーじゃない?女の子向けの魔法少女とか多いよね」


「マジか」

 

 一時期から増えだした傾向である。ついぞ、ジェノには触れる機会のないコンセプトであり、ときどき見かけては「邪道では?」ともやっていたりする。まさか一般化までしているとは思っていなかったのだ。


「ううむ。しかし、俺はやっぱり遠距離から大火力の魔法使いのスタイルがやりたいんじゃよな」


「わかる」


 ジェノのため息交じりの愚痴に、何人かの周りのプレイヤーも、うんうん、と頷いた。その様子に、マルティは「そういうものなの?」と首をかしげる。

 

「魔法はパワーだよな」「前衛が稼いでくれた時間を使って大魔法ドーンはロマン」「大火力って男の子だよな」


 意外にジェノと同じ考えの者は多かったらしく、各々が適当に思いのたけを話し出す。それに関して、ジェノもまた解る部分があるのか、うむ、と頷くのだった。

 ふと思いついたものがあり、ジェノは訓練所の職員に話しかける。

 

「のう、一つ聞きたいことがあるんじゃが」


「うん?なんだろうか」


「魔法のアビリティを覚えたい場合は、魔法使いに師事すればいいと聞いたんじゃが、この近辺で師事できそうな人はいるかのう?」

 

「この辺に住んでる魔法使いかい?うーん、魔法使いのヨロズもこの街には今いないしなぁ」


 記憶を探るように考え込む職員。しかし、プレイヤーの期待はどうやら実を結ばなかったらしい。

 

「うーん、済まない。ちょっとわからないな。

 ヨロの方に行けば、少しは話が聞けるかもしれない。一番近くても、王都魔術学園までいかないと私にはわからないな」

 

 その答えに、ため息を隠さないプレイヤーが多かったのも仕方がない話ではあっただろう。


「居ない者は仕方ないの。俺はレベルを上げてみるとしよう」


 と、プレイヤーの一人が声を上げた。


「もし教えてもらえそうなら、俺はじいちゃんを師匠にするぜ!」


「ああっ!そんな手があるのか!?」


 ふいに、プレイヤーの目がジェノへと向く。思わず、その圧力に気圧されて冷汗が流れた気がした。

 

「ま、まだひよっこじゃからな!まぁ、何かわかったらフレンドメールでも送るわい」


 あっ、とマルティが思ったがもう遅い。

 もみくちゃにされた後、訓練所から出た時にはジェノのフレンドは3桁の大台になっていた。

 ついでにヨロズのカードには『ヨロズ』と記載されており無事仮免許が取れていた。


次回の更新は週明けになるかもしれません。

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