#3 しゃーしゃーゆうしゃー
「じゃあ、左回りで!」
鷲峰の言葉で、次に黒髪の男が自己紹介を始めた。
「名前は、吉田ユウジ。
本町高校に通っていた。
よろしく」
簡潔だが、意外としっかりした自己紹介だった。
吉田吉田吉田。
はい、覚えた。
人生で3人目の吉田だ。
……それにしても、本町高校か。
また、知らない高校の名前だ。
東京から来ているのは、俺だけなのだろうか。
東京の高校の名前を全て知っているわけではないので、断言はできないけど。
────彼にはまだ聞いてないことがあった。
ふと思い出して、吉田の方をビシッと指差してから疑問を投げかけた。
「そうだ、吉田の固有魔法ってなに?」
「教えない」
有無を言わせぬ即答。
「えー、僕の固有魔法、教え損じゃん!」
鷲峰が不平を言う。
「じゃあ、コイツはどうなるんだよ」
鷲峰に便乗する間もなく、吉田はこちら側を指差してきた。
おい、人に向かって指を差すなよ、失礼だろ。
「ほら、自分の固有魔法もわかったら教えるから……」
そう返しても、吉田は腕組みをして無言のままだ。
明らかに納得していない。
鷲峰は人を信じやすいが、吉田はなかなか疑い深い。
外見の印象だけでなく、性格面でもこの2人は正反対だな。
それでも気になるものは気になってしまうので、質問を変えることにした。
「じゃあさ、今から3つの質問をするから、それにイエスかノーか、半分かで答えるのはどう?」
やっぱり、固有魔法がどういうものか好奇心が唆られる。
そもそも、女神や僧侶の口振りからして、こういったものが使える人はこの世界でも少なそうだしな。
できるだけ、情報を集めておきたい。
捉えようによっては、固有魔法はプライベートな情報かもしれないが、俺たちは勇者だ。
お互いの実力を知る、という大義名分がある。
命懸けの戦闘が起こったとして、仲間の力量を知らないというのは、かなり心許ない。
「……わかった」
吉田は悩んだようだが、結局は質問への回答を了解してくれた。
質問は俺、鷲峰、俺の順番だ。
返答が真実かどうかは、彼の良心に任せるしかない。
まずは1問目。
「吉田の固有魔法は、なんかの概念を操るやつ?」
「ノー」
1問目の答えはすぐ帰ってきた。
ということは、鷲峰とは別タイプの固有魔法か。
……我ながら、質問が悪かったな。
全然核心に近づけてない気がする。
「吉田くんは、自分の固有魔法を強いと思う?」
2問目は鷲峰からの質問だ。
少し時間を置いてから、吉田はそれに答えた。
「……半分だな」
まさかの、半分。
こういう適当な選択肢にはノってこないイメージがあったので意外だ。
「半分って、強かったり弱かったりするっていうこと!?」
鷲峰が吉田の方に身を乗り出していく。
「まあ、そんな感じだ」
そう言って、吉田は笑みを見せた。
まだ会って間もないので仕方ないのかもしれないが、彼が笑うところを初めて見た。
口角を無理やり吊り上げているような、引きつった、日ごろ笑い慣れていないような笑み。
彼にも彼なりの事情が、元の世界ではあったのかも知れない。
3問目。
再び俺からの質問だ。
一緒に旅をすることにでもなれば、否が応でも吉田の固有魔法を知ることになるが、それはそれ、これはこれだ。
こういうクイズはなかなかに燃える。
「……吉田くんの固有魔法は、人に対してなんかするやつ?」
また、はちゃめちゃに漠然とした質問になってしまった。
「半分」
今度の受け答えは早かった。
これも半分か。
情報をまとめる。
吉田の固有魔法は概念を操作するものではなく、強かったり弱かったりして、人に対して半分くらいなんかするやつ。
なんじゃそりゃ。
「こりゃわからんわ……」
俺は机に突っ伏した。
すぐ横には、芋の形に綺麗にくり抜かれた穴が空いたままだ。
それを指でグルグルなぞった。
「まあ、そのうちわかることだしな」
と、吉田は言った。
一理ある。
「ステータス・オープン」をできなかったり、まったく吉田の固有魔法を当てることができなかったり、この世界では悔しい思いをすることが多い。
コップに口をつけて、水を飲み干す。
少し、苦いように感じた。
「ステータス・オープン!
ステータス……オープン……
ステータス・オープン?」
ソファーで横になりながら、裏声になったり棒読みをしたり、様々な声で「ステータス・オープン」と言ってみた。
だが、まったくそれらしきものが出てくる気配はなかった。
昼飯を終えて、3人全員が手持ち無沙汰になった。
客間らしき部屋に案内されてからは、ごろ寝をしたり、窓から外の景色を眺めたり、各自がそれぞれに好きなことをしている。
僧侶や騎士からは、なんの連絡もされることがなかった。
吉田はジッと、外の様子を伺っていた。
何か、考え事でもしているのだろうか。
先程、三人で外の景色を見た。
端的に言って、異世界の景色はイメージしていたファンタジー世界そのものだった。
赤い瓦の建物が続く神殿周辺。
さらに奥に視線を向けると、ボロボロの建物が密集しているのが見えた。
スラム街だろうか。
遠くには街を取り囲む高い壁がある。
それよりさらに遠くの巨大な山々には、雪が積もっているのが見えた。
最初は大はしゃぎしたものだが、俺と鷲峰は異世界の光景にさっそく飽きつつあった。
「次は鼻をつまみながら言ってみたら?」
ちょうど、ごろ寝をしていた鷲峰から、そんな茶々を入れられた。
クソゥと思いながら、鼻をつまんで「ステータス・オープン」と言った。
微妙に甲高い、宇宙人のモノマネをしているような声が出た。
それを見て、鷲峰は快活にケラケラと笑う。
俺と一緒に転移してきたスマートフォン、学校の指定バックなどは既に回収されたので、今は制服しか持ち合わせているものがない。
それは他の2人もきっと同じなのだろう。
何も持ち合わせていない現状が、余計に暇さに拍車をかけていた。
スッポンポンで転移されてこなかっただけマシか、と楽観的に捉えておくことにしよう。
……それはそれで、ターミ◯ーターみたいでカッコ良かったかもしれないけど。
「というかさ、ステータス・オープンって、固有魔法のほかにどんなことが書いてんの?」
「んー、自分の名前とか、HPやMP、その他にも使える魔法とかが書かれてるっぽいよ」
何気ない俺の疑問に、鷲峰が答えた。
HPとMP。
体力と魔力残量、みたいなものか?
元いた世界のゲームでは、そういった設定が多かった気がする。
「じゃ、ちょっと見てみるね。
ステータス・オープン」
俺とは違って、やはり鷲峰はステータスとやらが目に見えているらしく、空中で指を上下左右に動かしていた。
こちらからすれば、投げやりなパントマイムを見ている気分だ。
彼の動きを見た限り、操作自体はタッチパネルに似ているようだ。
「名前と……今のレベルだ。
まだレベル1だね。
それと、HPが150最大の、今は満タンで150。
MPが300最大の、今は286……」
MPが少し減っているのは、昼飯の時に固有魔法を発動したからか。
火魔法がレベル1、土魔法がレベル1、水魔法がレベル1、風魔法がレベル1。
あまりに淡々と鷲峰が読み上げていくので、とんでもない個人情報を彼に語らせてしまっているのではと、むしろ俺の方が不安になってきた。
「それと、投影魔法がレベル1。
あ、剣術って項目まである。
技能って書いてあるから、スキル、かな?
これもまだレベル1だけど。
あとは……」
「ちょちょ、なんとなくステータスについては理解できたから」
胸がざわついてきたので、鷲峰の自己開示にストップをかけた。
「そっちが頼んできたのに」とでも言いたげな眼差しを向けてきたが、なんとか止まってくれた。
「────俺はHPが最大100、MPが400。
同じ勇者でも、数字に違いはあるみたいだな」
ここになって、ずっと外を眺めていたはずの吉田が、急にステータス合戦に参戦してきた。
あれだけ、さっきは自分の情報をさらけ出すことに慎重だったのに。
HPとMPくらいなら大丈夫だと考えたのだろうか。
「他のステータスは、ほとんど鷲峰と変わらないみたいだな」
「ということは、俺も固有魔法以外は2人と同じくらいのステータスだってことかぁ」
そうだといいな。
心の中で、自分の台詞にそう付け加えた。
正直、自分だけステータス・オープンできない時点で、ちょっと自信を失いつつあった。
俺だけ能力値が低い、なんてことも十分にあり得ることだ。
形容し難い不安が、静かに腹の底でわだかまりつつあった。