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ベルガモット  作者: 鈴森
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 私の暮らす町は、海に面した静かなところだった。暮らすための施設や店は不足していなかったけれど、それでも“ド”がつくほどの田舎だった。最寄駅がある市街地までは車で二十分は掛かったし、バスは一時間に一本しか来なかった。中高生にとってはバス代も安くなく、交通手段はだいたいが自転車であった。車で二十分の距離を、一時間半掛けて行くこともざらにあった。娯楽といえばゲームセンターくらいしかなかったし、大きな映画館やショッピングモールのある栄えた町までは、そこからさらに各駅停車で二時間近く掛かるのだった。


*


 中学三年生の頃、私は将来、公務員として働くことを決めて高校を受験した。周りの大人からは「今の時期から進路をよく考えていて立派ね」なんてことをよく言われたが、そんな大層なものではなかった。その頃の私には、仕事にしたいと思えるほど没頭できるものがなかったのだ。趣味がなかったというわけではない。絵を描くことも、本を読むことも、歌うことも好きだった。でも、私の周りには、私よりも絵が描ける子がいて、文章を書ける子がいて、歌が上手い子がいた。音楽を聴くことも好きだったけれど、作曲してみようとか、これから楽器を始めてみようとか、そんなことを思うほど積極的ではなかった。成績はいつも上位だったけれど、試験なんて暗記でやり過ごしていたようなもので、いくら満点をもらっても、本当の意味で頭は良くなかった。だから、もっと勉強したいというような向上心も持ち合わせていなかった。


 近場にあると言える高校は三つあり、一つは主に大学進学を目的とした生徒が通う県立の進学校。もう一つは就職を目的とした生徒が通う実業校。そして、進路の目的ごとにコース分けされた私立校。どれも市街地にあり、ほとんどの人はこの三つのどこかを選ぶのだった。この頃は、成績が上位なら進学校、就職したければ実業校を受け、成績下位の者や滑り止めとして受けるのが私立校というのが一般的であった。親も、特に今したいことがなければ、とりあえず大学に行って、それからゆっくり決めたらいいと、進学校に行くことが当たり前であるかのように、よく私に話していた。けれども、私は釈然としなかった。もし大学へ行って、それでもしたいことが見つからなかったら?高卒でも就けるところに就職することになったら、それまでの四年間は?


 捻くれていた。いつも最悪のことを想像して、それを避けるように、消去法で物事を選択してきた。進路選択もそうだった。好きなことを仕事にはできない。それなら休みの日に好きなことができるようにしたい。お金の充実と時間の確保、おのずと導き出されるのは安定した公務員だった。


*


 私立高校の入試は、県立高校の入試に先立って行われた。合格発表も二月のうちにあり、合格通知を受けた私は、とりあえず説明会に参加することにした。そこで、公務員の現役合格を目標にしているコースがあると知り、私はその日のうちに入学を決め、県立高校の願書は提出さえしなかった。


 入学後、私は少し変わった部活に入部した。部活と言えるのかはわからないが、授業とは別に、公務員試験のための学習をする塾のようなものである。土曜日はもちろん、ゴールデンウイークもお盆休みも返上して、ほぼ毎日学校へ通っていた。夏休みや冬休みは、顧問の先生の車で一時間掛けて、専門学校の無料講座に参加したりしていた。今思えば異様な気もするが、三年も続くと、慣れてしまったのか麻痺してしまったのか、何もおかしいと思うこともなく、当たり前に過ごしていたのだった。


 高校二年の後半になってくると、模試を受ける回数が増え、試験日が刻一刻と迫りつつあるのを実感するようになった。何度もしていくと、点数が取れるところと取れないところがはっきりしてくる。私の選択していた高校のコースは、「普通科」といった進学のためのコースではないため、そういった人たちが当たり前に学習する内容がまるっきり抜けているのだった。英語や理科や数学は、ほとんど勘だった。だが、一点がものを言うようになると、その科目も無視できなくなってくる。顧問の先生だけではとても対策できないということになり、ある時から、それぞれの科目担当の先生から、放課後に補習してもらうことになった。


*


 私と彼が出会ったのは、三年前の春。私はまだ十七歳で、その日は高校生活最後の始業式の日だった。正直、初めて見た時の印象なんて覚えてはいない。印象が薄かったというわけではない。単に興味がなかったのだと思う。私にとっては、()()()()のうちの一人でしかなかった。

 始業式から一週間くらい経ったある日の放課後、課題をしていた私のところへ、顧問が人を連れてきた。始業式の日、前に立っていた、()()()()だった。


 「伊藤先生に、数学の補習を頼もうと思ってる。」


 顧問はそう言った。“伊藤先生”と呼ばれた彼は、曲がった背骨からさらに首だけ折るようにしながら


 「よろしく。」


と、会釈した。

  


はじめまして。

ゆっくり書いていきたいと思います。

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