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気楽に楽しめるSF短編集  作者: しまもん(なろう版)
少年とメイドロボと農業
9/10

生きがい

私には、一つだけ心配事があります。

それは、まだ幼い主様の事です。

主様はこの施設に残った最後の人類です。

そんな主様に不自由をさせない為、私は主様を必死に支え続けてきました。

しかしある日、私は気がつきました。

主様の目に、光が無い事に。


<おはようございます主様。今日も良い天気ですよ>

「ああ」


<昼食の時間です主様。今日は主様の大好きなハンバーグレーションですよ>

「ああ」


<主様、昔のデータを整理していたところ、テニスというスポーツを見つけました。私と一緒にやりませんか?>

「ああ」


年が経つに連れて、主様はボーとする時間が長くなり、体を動かす事も少なくなっていきました。

このままでは、主様は若くして死んでしまいます。


私は必死になって主様の瞳に光を取り戻そうと考えました。

考えて、考えて、考え続けて・・・・、私は一つのアイデアを思いついたのです。


それは、主様に労働をさせるという物でした。


はっきり言って、これは賭けです。

もし、主様が労働を拒否した場合、私は一体どうしたらいいのでしょうか?

私が代わりに労働をすればいいのでしょうか?


しかし、それでは何の意味もありません。

主様は今までと変わらない生活を送り、恐らく20才になる前に死んでしまうでしょう。

それだけは、それだけは何としても防がねばなりません。

このアイデアは失敗する可能性も十分あります。

しかし、私はこのアイデアに賭ける事にしました。


そうと決まれば行動あるのみです。

私は食料庫に備蓄されていたレーションの大半を破棄する事にしました。

主様に気が付かれないよう、こっそりと、しかし着実にレーションを廃棄していきました。

そして、10才の誕生日を待ったのです。


誕生日の支度を整え終わり、主様がケーキレーションを食べ始めた瞬間、私の電子頭脳内部では様々な状況を想定した計画が練られていました。


もし、「農業は絶対嫌だ」と拒否された場合は、どう対処するのか。

もし、生きる事に絶望して自殺しようとした場合は、どう対処するのか。

もし・・・、もし・・・、もし・・・。


そんな事を考えているうちに、主様はケーキレーションを食べ終えてしまいました。

私は意を決してスススと主様に近寄り、


<主様、緊急事態が発生しました>


と言ったのです・・・。



私が主様に農業を持ちかけてから数日が経過しました。

主様は文句を言いながらも必死に作業を続け、終に畑を作り上げたのです。

そして数日前に種を植え終わり、今日も畑に水を撒いていました。


そんな日の夜。

私はこっそりと農業部屋に忍び込みます。

広い農業部屋には、主様が作り上げた小さな畑がポツンと存在しているだけです。

私は畑に近寄ると、腕に抱えた大きな袋から新品のレーションを取り出し、畑に植えていきます。


・・・そうです。

私は主様に嘘をついていました。


確かに、食料庫には殆ど食料は残っていません。

しかし、この施設の地下には巨大な工場が存在し、そこでレーションを量産する事が出来るのです。

いえ、工場で作れるのはレーションだけではありません。

工場では私のスペアボディーすらも量産出来ます。


実際、工場に隣接する地下倉庫には私のスペアボディーが数百体も保管してあります。

私は、主様に何度も嘘をついていたのです。

しかし、それは全て主様を想っての事です。

私は、主様よりも先に動かなくなるわけにはいかないのです。


私は主様に工場の存在がばれない様に、細心の注意を払いながら作業を続けました。

こっそりとクワを作り出し、使い方を主様に説明しました。

そして、こっそりとレーションを作り出し、こうして畑に植えたのです。


既に主様が植えた「種」は土中で分解されています。

レーションの包装紙は環境に配慮して、土に埋めると数日で跡形もなく分解される様に作られています。


私は種が分解されていることを確認し、新品のレーションを畑に植えていきました。

そして翌朝、主様にレーションが実った事を報告したのです。


主様はベッドから飛び起き、そのまま畑目指して走り出しました。

そして、畑に実ったレーションを口の中に放り込み、ポロポロと涙を流し始めたのです。


その瞬間、主様の瞳に光が戻りました。





初めてレーションを実らせてから既に数十年という長い時間が経ちました。

今日も、主様は農場部屋で農作業をしています。

既に、広い農場部屋は全て畑になっています。

これは、主様が毎日毎日工夫をし続けた結果です。

主様は土を運びやすくする為に台車を作り、クワを扱いやすい様に改造し、水撒き用のジョウロまで改良しました。

既に主様は農業のベテランとなっています。

私が教える事は、もう何もありません。


<お疲れ様です。主様>

「おお。お疲れさん。今回も立派なレーションが実りそうだぞ」

<・・・主様。既にレーションの備蓄は十分です。これ以上農作業を続けては、お体に負担が・・・>

「何を言うのか。お前さんは年寄りから生きがいを奪おうとでも言うのか?」

<いえ、そんなつもりは>

「なら、いいじゃないか。それにな、長年農業をしてきた人間が、いきなり農業を止めてしまっては体が驚いてしまうよ」

<でしたら、畑を小さくしてはいかがでしょうか? そうすれば体の負担も少なくなります>


そんな心配をする私の頭を、主様は優しく撫でて下さいました。


「ありがとうな。だが、こればかりは続けさせてくれ。唯一の生きがいなんだよ」


そう言うと、主様は土を乗せた台車を引っ張って行ったのです。


そんなに元気だった主様が倒れたのは、それから直ぐの事でした。

私は必死になって医療キットを使い、主様の体を治そうと奔走しました。

しかし、既に主様の体は限界を超えており、私に治す術はありませんでした。


ベッドに横たわり、生命維持装置に繋がれた主様に私は話しかけます。


<主様。医療キットの診断によると、どうやらあと数日で体調は回復するようです>

「・・・ハハハハハ・・・」

<主様?>

「・・・お前さんは、相変わらず嘘が下手だな・・・」

<・・・私は嘘など付いた事は、一度もありません・・・>

「・・・フフフ・・・、お前さんとは長い付き合いだからな・・・。分かるんだよ」

<・・・・・・>

「・・・そうしょぼくれた顔をするな・・・。ああ、そうだ。一つお前さんに頼み事があるんだ」

<何でしょうか?>

「・・・そろそろ・・・、・・・実る頃だから・・・、・・・畑を・・・見てきてくれないか?・・・」


主様に命じられた私は急いで地下工場でレーションを生産して袋一杯に詰め、主様が待つ病室を目指して走りました。

そして私は、病室の扉を勢い良く開き、


<主様! おめでとうございます! 今回もこんなにレーションが実っていました!>


と言ったのです。

しかしその時、既に主様はこの世には居ませんでした。

主様はとても幸せそうな顔で、この世を去っていたのです。


そんな主様の亡骸を認識した瞬間、私はフリーズしてしまったのです。

小さな病室には<ピー>という単純な電子音が、いつまでも流れ続けました。



主様の死後数時間が経過し、ようやく私は再起動出来ました。

再起動した私は、幸せそうに眠る主様のご遺体を墓地に移し、弔いました。

そして主様が生活していた部屋に訪れ、遺品の整理を始めたのです。


もう、この施設内に私が尽くすべき相手は存在しません。

部屋の整理をしなくとも、何の問題もありません。

しかし、私は遺品の整理を始めました。


泥で汚れた作業着を洗濯しました。

ボロボロになった台車を資材庫に戻しました。

主様が自作した様々な農作業具も、一つ一つタグをつけて分類し、資材庫に保管しました。

そして最後に、机の上に放置されていた農作業ノートの整理を始めたのです。


ノートには様々な事柄が書かれていました。


新しい農作業具のアイデア。

新たに発見された農作業上の問題。

どうすれば、新種のレーションを実らせる事が出来るのか・・・。


そんな事が、ノートには延々と書き連ねてありました。

このノートには、主様の想いが詰まっていたのです。


私はノートを一冊一冊丁寧に読み続けました。

最初の頃のノートは幼い主様が書いた文字や絵で埋め尽くされていました。

それから時代が経つにつれて、文字や絵も成長して行くのが手に取るように分かりました。

そして私は一番最後のノートを開き、1ページ1ページじっくりと読み進めていったのです。


ノートは半分程使われているだけで、後は白紙でした。

私はいとおしむ様に、白紙のページをめくり続けました。

そして何も書かれていないと思っていた最後のページをめくった時、私は動けなくなりました。


そこには、主様のメッセージが遺されていたのでした。

それは、たった一文でした。

いえ、たった一言でした。

たった一言、


「楽しかったよ」


と書かれていたのです。


私は、このたった一言を何度も、何度も読み続けました。


「楽しかったよ」「楽しかったよ」「楽しかったよ」「楽しかったよ」


次第に、バッテリー残量警告が視界の端でチラチラと表示され始めました。

それでも、私はその一言を読み続けました。


「楽しかったよ」「楽しかったよ」「楽しかったよ」「楽しかったよ」


既に、バッテリーは残り数秒しか持ちません。

その時になって、私は初めて動き出しました。


私は小さく、小さく唇を動かしたのです。

そして、久しぶりに口から音を発しました。


<私も、楽しかったです>


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