農業スタート
それは、俺の10才の誕生日を祝うパーティーが終わった直後の事だった。
何の前触れも無く、スススとメイドロボが俺に近寄り、
<主様、緊急事態が発生しました>
と言い出したのだ。
俺は口の周りをケーキレーションでベトベトにしたまま、メイドロボに問いかける。
「何だよ?」
<この施設に残されている食料ですが、1年後には底をつきます>
「・・・は?」
<端的に申し上げますと、何も対策をしなかった場合、主様は1年後に餓死する事になります>
「待って。なんで今言うの?」
<申し訳ありません。この様な緊急事態を伝える場合、最低でも相手の年齢が10歳以上でないといけないという決まりがあります。その為、今日まで伝えることが出来ませんでした>
「それは・・・、じゃあ、俺の餓死は決定しているの?」
<いえ、もちろん解決方法はあります>
「?」
<主様が食料を量産すればいいのです>
「いきなりそんな事を言われても・・・・」
<いいえ、大丈夫です。私には全てのデータが残されています。主様でも簡単に食料を量産する方法があります>
「どんな?」
<簡単です。主様が農業をすればいいのです>
俺は物心ついた頃から、この巨大な施設で生活してきた。
俺は両親の顔も覚えていないし、何故自分がここに居るのかも分からない。
この施設には俺しか人間は残っていないのだ。
そんな俺が10才まで生きてこられたのは理由がある。
何故か俺の側には、常に一体のメイドロボが居るのだ。
俺は常に彼女を頼り、彼女の力を借りて生活してきた。
そんな俺達が暮らしている施設内部には、俺と彼女しか動くものは居ない。
いや、内部だけではないな。
施設外部にも動くものはいない。
施設外部には荒廃した大地が地平線の彼方まで広がっているだけだ。
時折、突風が土ぼこりを巻き上げるしか見所の無い景色が延々と続いている。
そんな施設内部で、俺は何不自由無く生活してきた。
食べたい時に食べ、飲みたい時に飲み、遊びたいときに遊び、寝たいときに寝てきた。
おかげで俺の体は肉食動物が涎を垂れ流すであろうレベルで太っている。
そんな、今まで何の苦労も無く育ってきた俺に、彼女は強烈な現実を突きつけてきたのだ。
<農業をしなければ、主様は1年後に餓死しますよ>
「ちょっと待ってよ! 何で俺がそんなことしなくちゃいけないの? 代わりにお前がやればいいじゃないか!」
<それは危険です。何故なら、私はいつ故障して停止してしまうのか分かりません。私が主様よりも先に動かなくなった場合を想定して、主様が農業を覚える必要があります>
「・・・そんな事・・・言ったって・・・」
<大丈夫です。まだ食料そのものは1年は持ちます。食料が尽きるまでに、農業を覚えれば良いのです。私も手伝います。さあ、主様。農業を始めましょう>
「・・・わかったよ・・・」
そして翌日からメイドロボを講師とした農業がスタートする事となった。
俺はメイドロボが用意した作業服に着替え、彼女の説明を聞いた。
彼女の説明によると、まず、外の荒野から土を回収して床一面に土を敷き、畑を作る必要があるらしいのだが・・・。
「は? 俺が外から土を持ってくるの?」
<はい>
「いやいやいやいや。それ位お前がやれよ」
<主様。私はいつ機能が停止してもおかしくありません。主様がこれから生きていく為には、農業の全てを主様が行わなくてはならないのです>
「・・・・いやいやいやいや! お前! 自分が何を行っているのか理解しているのか?! だってお前! こんな広い部屋に土を敷き詰めるなんて! 無理だろ!!」
俺はメイドロボが農業用に用意した部屋を見渡す。
そこは奥行きだけでも50メートルはある巨大な部屋だ。
<大丈夫です。この部屋の全てに土を盛る必要はありません。極論を言ってしまえば、主様が食べる分の食料が生産出来ればいいのです。精々必要な面積は・・・これ位です>
と言うと、メイドロボは床にチョークで線を引き、
<さあ主様。頑張りましょう>
と、とても素晴らしい笑顔を俺に向けてきた。
それから1時間後、俺は重い土が入った袋をズリズリと引きずっていた。
必死の形相で袋を引っ張る俺の直ぐ後ろを、とても爽やかな笑顔をしたメイドロボがついて来るのだ。
そんな彼女に向けて、俺は叫んだ。
「なあ! 少しは手伝ったらどうだ!?」
<主様、これは主様に必要な事なのです。もし、ここで私が手伝ってしまえば、主様は私無しでは農業をする事が出来なくなってしまいます。そうなりますと、私が機能停止した場合、主様は餓死してしまう可能性があります>
「うん! それは理解したよ!! でもさ! 目の前で10才の子供が息を切らせて重い袋を引っ張っているんだ! 何かする事があるんじゃないのかな!?」
<フレーフレー主様。頑張れ頑張れ主様>
「糞が!!」
俺は全身から汗を噴出しながら、必死の思いで農業部屋に土を運び続けた。
そんな俺に対して、彼女は後ろからニコニコと素晴らしい笑顔を送り続けたのだ。
結局、必要量の土を床に敷き詰めるのに一週間もかかってしまった。
「・・・やっと終わった・・・、農業というのは本当に大変なんだな・・・」
<何を言うのですか主様。農業は始まったばかりです。現在の進捗状況は全体の10%程度です>
「・・・は?・・・こんな事があと9回も続くの?」
<はい。頑張りましょう>
「・・・マジか・・・」
そんな絶望顔の俺を放置し、メイドロボはどこからか農具を持って来る。
<主様、これがクワという物です。これを使って今後の農作業を行います>
「お前・・・、いい加減にしろよ? 俺だって馬鹿じゃないんだ!! そんな原始的な道具じゃなくて! もっとハイテクな農具があるんじゃないのか!?」
<はい。もちろんございます>
「ならそっちを寄越せよ!」
<主様、残念ながらハイテク農具というのは故障する可能性があります。しかし、こういった原始的な農具は故障が少なく、更にはメンテナンスも簡単です。もし、私が機能停止した後でも、主様一人で修理が可能となっております>
「おま・・・、そこまでこだわるのか・・・」
<全ては主様の為です。さあ、農業を再開しましょう>
こうして、俺はメイドロボにやり方を教わりながら、農業を再開するしかなかった。
まず最初に、新品同様のクワを手に取ったメイドロボが、
<主様、クワの使い方はこうです>
と言って、少しだけ畑を耕してみせる。
「・・・ん? よく見えなかった。もう一回やり方を見せてくれ」
<駄目です>
「なんでだよ? よく分からない状態で使うよりも、理解してから使ったほうが効率がいいだろう?」
<先ほどの発言の声色を分析した結果、主様は嘘をついていました>
「なっ! う、嘘とかついてないし!」
<いいえ、分析の結果、先ほどの発言は嘘である可能性が98%でした。主様は、少しでも私に作業をさせて楽をしようとしましたね?>
「・・・くっ・・・!」
<もう10年も付き合いがあるんです。声色だけでも嘘か本当かの判断は出来ます。さあ主様、クワを使って畑を耕してください>
「・・・本当に全部俺にやらせようというのか? 本気の本気か?」
<ええ、もちろんです。本気の本気です。さあ、主様>
そう言うと、メイドロボはとても素敵な笑顔を顔に貼り付けながら、俺にクワを差し出してきた。
俺は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、彼女からクワを受け取るしかなかった。
それから数時間、俺は必死にクワを振り続けた。
何度も何度も重いクワを持ち上げ、振り下ろし続けたのだ。
その努力の甲斐もあり、ただ土を盛っただけの床に小さな畑らしき物が完成する。
だが、作業終了時には俺の体力は限界に達していた。
「・・・もう・・・動けない・・・」
<お疲れ様です、主様。畑は形になりつつあります。この調子なら2日後には畑が完成する筈です>
「・・・いや・・・、まずお前は俺の両手を見てみろよ・・・」
<はい。掌に大量のマメがありますね>
「そうだろう? これを見ても、お前は手伝うつもりは無いと言うのか?」
<大変心苦しいのですが、全ては主様の為です。応援しています。では、今すぐ薬と絆創膏を持ってきますね>
メイドロボはそう言うと、パタパタとスカートを揺らしながら医務室に向かって歩き出す。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、俺は呟いた。
「・・・心苦しいって・・・・、お前・・・、・・・すごい生き生きしてんじゃん・・・」
それから二日間、俺は畑を耕し続けた。
掌に大量のマメを量産し、体中に傷を作り出し、何度も何度もくじけそうになりながらも、俺はクワを振るって畑を作り上げたのだ。
そして。
「やっと・・・・、終わりか・・・」
<お疲れ様です主様。これで畑は完成しました>
「本当に疲れたよ!! 誰かさんが手伝ってくれないからさ!!」
<主様、これは主様に必要な事なのです。もし私が機能停止したら>
「はいはい分かってますよ!! 俺のためなんだろ?! もうその話は聞き飽きたわ!!」
<そうですか、分かりました。では明日から畑に種を植えることにしましょう>
「・・・・ちなみに聞きたいんだが・・・・、あとどれくらい作業をすればいいんだ?」
<ご安心ください主様。肉体労働は種を植えておしまいです。後は水を畑に撒く程度です>
「本当か? 本当に本当か? もう肉体労働は無いんだな??」
<はい。もちろんです。あとは種をまき、食料が実るのを待つだけです>
「くぅぅぅぅぅぅぅっ~~!! やったああああああああああ!! これで俺は自由だああああ!!」
<主様は元から自由ですよ?>
「うるさいよ! 気分だよ気分! やった! やった! これで! これで辛い肉体労働から開放されるんだああああああ!!」
俺は、その場でピョンピョンと飛び跳ねながら喜んだ。
俺は信じていた。
心の底から信じていた。
これで重労働から開放されるのだと!
・・・だが、その時の俺は理解していなかったのだ。
農業の本当の恐ろしさはここから始まるという事を、俺は全く理解していなかった・・・。