弟子との出会い
ホテルの部屋に戻ると、少し酒を飲んでほろ酔い気味の師匠が珍しく真剣な顔で少年に話しかける。
「さて、ここからとても重要な話をする。絶対に聞き逃さないように」
そんな、久しぶりに真剣な顔をした師匠を見て、少年も気を引き締めた。
「一体なんですか?」
「まあ、とても簡潔に言うなら、この街での遊び方を君に伝授します」
「はぁ・・・? 遊び方ですか?」
師匠の言葉を聞き、少年は呆けた顔をした。
「おっと、たかが遊びと思っているな? これはな? ハンターとしての人生を左右するレベルで重大な問題なんだぞ? そもそも私達ハンターっていうのは刹那的な人生を送っているんだ。それは分かるな?」
「はい。なんとなくですが」
「うん、今はなんとなくで良いよ。でだ。君にはしっかりと私からハンターに必要な技術を学んで欲しい。その為にも、君には「死んでたまるか!」と心の中で叫べる位の生きる希望が必要なんだよ」
「成る程」
そして師匠は、真面目な顔で言った。
「はい、ここから本題。君、まだ童貞だろ? 今夜中に男になって来い」
師匠の言葉に、少年は一瞬固まる。
「・・・はい?」
「大丈夫だ! 変な店は紹介しないから! 信用できる店だけ紹介するから! 金も多めに渡すし! 何かあったら私の名前を出して良いから!」
「え? え? え? ちょっと待ってくださいよ! 何が何やら!」
「大丈夫! 店の位置が記された地図データは渡すし! もうタクシーも呼んであるから! 何も心配いらないから!」
「え? いや! あの! 何で師匠はそんなに急いでいるんですか!? 何かあるんですか?!」
「あるに決まっているだろう!! 久しぶりの街だぞ! 私だって夜通し遊ぶに決まっているだろう!」
「ええええ! なら一緒に行きましょうよ! 一人は怖いです!」
「無理だ無理! 君に紹介するのは男向けの店! 私が行くのは女向けの店! だから無理!」
「ええええええ!! 聞いてませんよそんな事!」
「こんな事恥ずかしくて昼間に言えるか!! 今は酔っているから言えるんだ! ああっ! そろそろ行かないと! 金はテーブルの上に置いといたから! じゃあ! また明日!!」
そこまで言うと、師匠はドタバタと部屋を飛び出していく。
少年が急いで部屋の窓から外を見ると、工房から借りた小型車を走らせて夜の街に消えていく師匠の後ろ姿が一瞬見えただけだった。
「お待ちしておりました」
きちんとした身なりのボーイに挨拶され、少年はガチガチに緊張しながらコクコクと頷いた。
「そう緊張なさらないでください。きちんと紹介状も頂いています。ご安心ください」
ボーイは優しそうに微笑み、少年を落ち着かせる。
「あ、あの、師匠にですね、ここに行けって言われてですね」
「はい、伺っております」
「そ、それでですね、僕はこういった店は初めてでですね」
「はい、それも伺っております」
「もう何が何やらわからないんですよ!!」
「ご安心ください。きちんと説明したします。少々お待ちください」
そういうとボーイはいくつかの女の子の写真が貼り付けられたボードを持って現れ、
「では、単刀直入にお伺いいたします。お客様はどの子が好みでしょうか?」
と言うのだった。
・・・それから少しして、少年は立派な男になった。
そして装備の整備が終わるまでの一週間、二人のハンターは夜の街で遊び続けるのだった・・・。
「・・・」
「うん。上出来上出来。流石だな」
「・・・」
「仕方ないだろ? 久しぶりの街なんだ。男の匂いだって体に染み付くさ」
「・・・」
「そんなに邪険にしないでくれよ。そうだ! 君も夜の街で遊べば良いんじゃないかな! まだ未使用なんだろ?」
「絶対に嫌」
「そこまで否定するなよ。まあ、結婚するまで処女を守るって考えは凄いと思うけどさ」
「・・・」
「分かった分かった。これからはもっと体を洗ってからここに来るよ。それで勘弁してくれ」
「・・・」
「はいはい。ちゃんと払いますよ。えっといくらだっけ?」
「・・・」
「1000万か~。やっぱりパワードスーツの人工筋肉が全滅してたか~。まあ、それ位するわな」
「・・・」
「え? バギーもそんなに壊れていたのか? よく気が付いたな」
「・・・」
「うん、分かった。今回もありがとうな」
「・・・」
「じゃあ、青玉が溜まったらまた来るよ」
「お世話になりました! また来ます!」
「・・・」
二人のハンターは整備されたばかりのバギーに乗り込むと、砂煙をあげながら走り去る。
そんなバギーに対して、若い女性整備士はヒラヒラと手を振り続けた。
そしてバギーの姿が見えなくなると、彼女は薄暗い工房に戻り、鉄製の扉に鍵をかけるのだった。
バギーはボロボロになった高速道路を疾走する。
エンジンは軽快な音色を奏で、まるでしっかり舗装された道を進んでいるかのごとくバギーは走り続ける。
そんな調子の良いバギーを操りながら、
「おお。なんだか調子がすごく良いぞ。やっぱりあいつが言っていた通り整備してもらって正解だったな」
と師匠はケラケラと笑う。
そんな師匠に少年は一つ質問をした。
「師匠、一つ聞きたい事があるんです」
「ん~? 何だ~?」
「はい。師匠は何で僕を弟子にしたんですか?」
「質問の意図が分からないな?」
「実は、スラムの住人や街中に居たストリートチルドレンの中には、明らかに僕よりも体格の優れた子達が居たんです。何で師匠はそういった子を弟子にしなかったのか不思議に思ったんです」
「ああ、そういう事か。なーに、理由は単純だよ。君が天涯孤独だったから私は君を弟子にしたんだよ」
「どういう意味ですか?」
少年の問いに、師匠はハンドルを握りながら答える。
「ハンターっていうのは厳しい仕事だ。いつロボット達に殺されるかもわからないし、例え死んでも誰も埋葬してくれない。そのまま廃墟の中で朽ち果てるだけだ。そんな仕事を好き好んでやる奴は滅多に居ない。居るとしたら、それ以外に生きる術が無い奴位だ」
「そうかもしれませんね」
「でだ。スラムとか街に住んでいる奴って言うのは基本的に仲間が居るんだ。連中は仲間と支えあって生きている。そんな連中から弟子をとっても、ハンター生活に耐えられなくなったら元の生活に戻ってしまう。そうなったら私は大損だ。せっかく色々教えても見返りが無い」
「ああ、確かに」
少年は徐々に理解し始めた。
「その点、君は天涯孤独だ。ハンター以外に逃げ場が無い。だからこそ、私は君を弟子にしたんだ。まあ、他にも色々と理由はあるが、大体そんな感じだ」
「そういう事ですか」
「随分現実的な答えが返ってきてがっかりしたか? もっとかっこいい理由・・・、例えば、「君の潜在能力を私は見抜いていた!」とか。そういう理由の方が良かったか?」
「いえ。むしろそんなフワフワした理由よりも、しっかりと地に足をつけた理由の方が気楽です」
「お。なかなか分かっているじゃないか。じゃあこれからもしっかり弟子として働いてくれよ? そうすれば、また街で遊べるからな!」
「任せてください! あの街にはお気の入りの子が居るんです! あの子に会う為に稼ぎまくってやりますよ!」
「ははは!! 君も生きる希望を得たか!! ははは!!」
賑やかな二人を乗せたバギーは廃都市を疾走する。
また翌日から、彼らの日常が始まるのだ。
数年後。
「センサーに反応・・・、A2地点に何体か居るな」
最初の頃は簡易式パワードスーツを着ていた少年も、今では戦闘用パワードスーツを使いこなす青年ハンターとなっていた。
彼は腰に父親の遺したヒートソードを装着し、足にはいくつもの小型ヒートナイフを装備している。
センサーからの情報に従って廃ビルを縫うように疾走する青年は、少し先にある広場に何体もの戦闘ロボットが居る事を目視で確認する。
ロボット達の正確な位置を確認した青年はそのまま広場に飛び降り、一番近くに居た戦闘ロボットの頭部をヒートソードで両断した。
いきなり現れた青年に戦闘ロボット達は一瞬驚きはしたが、直ぐに彼らは反撃を開始する。
だが、青年の動きはロボットの数段上を行っていたのだ。
青年を串刺しにしようとロボット達が鋼鉄の腕を伸ばそうとしたが、伸ばしかけた彼らの腕は一瞬で切断されて宙を舞った。
まだ銃に弾が残っている戦闘ロボット達が一斉に青年を狙って射撃を開始したが、既にそこに青年の姿は無かった。
ロボット達はキョロキョロと青年の姿を探し始めたが、どこからともなく飛んできたヒートナイフが彼らの頭部を貫く。
バチバチと火花を飛ばしながらロボット達はその場に崩れ落ち、彼らは永遠にその機能を停止するのだった。
戦闘そのものは短時間で終了し、青年は周囲に獲物が居ないかを調べる。
だが、どのセンサーにもロボット達の反応は無く、目視でも動いているロボットを発見できなかった。
青年は周囲に獲物が居ない事を確認し、
「よし。今日はこの辺までにしておこうか」
と誰に話すわけでもなく、ポツリと呟いた。
「お疲れさん。そっちは何体くらい居たの?」
「全部で12体居ました。もちろん、青玉も12個全部回収してきましたよ」
「おお、すごいじゃないか。自己ベスト更新かな?」
「そうですね。また稼いでやりましたよ」
青年は青玉の入った小箱を師匠に見せる。
師匠は小さな虫眼鏡で青玉を調べ、
「うん。全く問題ないな。上出来上出来」
と青年を褒めた。
既に青年は一人前のハンターとして活動しており、師匠が持っている縄張りの半分を分け与えられている。
縄張りを借りている青年は手に入れた青玉を街で換金すると、その内の何割かを上納金として師匠に払っているのだ。
最近では師匠の稼ぎよりも青年の稼ぎの方が良く、
「君は本当にハンターに向いているよ」
と師匠に褒められるほどだった。
「よし、そろそろ良いかな」
「何が良いんですか師匠?」
「うん。まあ君も完全に独り立ちした様だし、そろそろ私も引退しようかなって思っているのさ」
「え? 師匠はハンターを辞めてしまうんですか?」
「そりゃあね。金も十分たまったし、そろそろ年齢的に子供を産めるギリギリだ。これからは街でのんびり生活するさ」
「そういう事ですか・・・」
「ははは、そうしょんぼりするな。私は街のどこかに家でも買ってそこで暮らすから、時々遊びに来ると良いさ」
「・・・師匠が居なくなると、この拠点も寂しくなりますね」
「大丈夫さ。直ぐに騒がしくなる」
「どういう意味ですか?」
「ま、そういう時代だからさ。そのうち分かるよ」
師匠は意味深な事を呟くと、ニシシッと笑った。
そんな師匠に青年は頭を下げる。
「おいおい、いきなりどうしたよ」
「いえ、師匠には本当にお世話になりました」
「君は律儀だな~。良いんだよ別に。君から貰った金のおかげで随分貯金も出来たし、私も助けられていたのさ」
青年は頭を下げたまま、語り続ける。
「・・・師匠に拾ってもらわなかったら、俺は両親と共に高速道路で死んでいました」
「ああ、そんな事もあったね」
「街での遊び方も教えてもらいました」
「懐かしいな~」
「女の子との付き合い方も教わりました」
「あれは中々楽しかったよ。デートの練習で恋人役をやったりしたのは人生初体験だった」
師匠は当時の事を思い出し、ケラケラと笑う。
「この世界での生き方の全てを、師匠に教わりました」
「君は大げさだな~」
「本当に、感謝しています。ありがとうございました。師匠」
「・・・うん・・・、君も頑張ってね。しっかり稼いで! 将来は私の家よりも大きな家を買って! そこで綺麗な奥さんと暮らすんだ! 楽しみにしているぞ!」
「はい! 稼ぎまくってやりますよ!! 師匠よりもずっとね!!」
「はははははははは! 期待しているよ!! ははははは!」
二人のベテランハンターは、廃ビルの一室で高らかに笑い続ける。
そして数日後、拠点には青年だけが残った。
今日も、青年は廃都市を飛び回っている。
街の工房で女性技術者に整備してもらったばかりのパワードスーツは快調に作動している。
縄張りに張り巡らせた各種センサーからの情報を頼りに、青年は獲物を探し回る。
すると、とあるセンサーから獲物の位置情報が飛び込んできた。
それは、数体のロボット達が一方方向を目指して走っているという情報だった。
(これはチャンスだ。後ろから接近して切り刻んでやる)
青年はロボット達の居る場所目指して廃都市を跳ぶ。
青年が現場に到着した時、ロボット達は廃都市の中央通りを走っていた。
彼らは後ろから迫る青年に気が付くこともなく、ただ全力で前へ前へと走っている。
今、彼らは「敵」を追いかけている最中だったのだ。
何体もの戦闘ロボット達が走っている先に、一人の少女が居た。
全身傷だらけになりながらも、必死に街の方向を目指して走っている少女が居たのだ。
その光景を見た瞬間、青年は己の体が軽くなった気がした。
そして、気が付いたら戦闘ロボット達の最後尾に居たロボット数体の頭部が宙に舞っていたのだ。
それはまさに、青年にとって自己ベストと言って良い動きだった。
まるで水が流れるかの様に、青年は戦闘ロボット達を切り刻む。
そして最後の一体が己に迫る青年の気配に気が付いて後ろを振り返った時には、既にロボットの頭部にヒートソードが食い込んでいたのだった。
戦闘が終了し、青年は周囲を警戒して他にロボットが居ないかを調べる。
そんな青年を、少女は震えながら見上げていた。
周囲に獲物が居ない事を確認すると、青年は優しそうな声で言った。
「君、安心するんだ。もう大丈夫だから」
青年に声をかけられた少女は、ただただ呆然と青年を見上げ続ける。
未だに何が起こったのか理解していない少女に、青年は語りかけた。
「君の仲間はどこにいるんだい?」
青年の問いに、ボロボロになった服を着ている少女は泣きそうな顔でフルフルと首を横に振って答えた。
その様子を見て、青年は少女に何が起こったのかを理解する。
「この先に街はあるけれど、君一人では生きていけないだろう。どうだい? 俺と一緒にハンターをやらないか? 生活は厳しいけれど、生きていく事は出来る」
そんな青年の問いかけに、少女はコクコクと必死に頷く。
それを見た青年は、まるで勝利宣言でもするかの様に、少女に対して言い放った。
「よし。今から君は俺の弟子だ。今後、俺の事は師匠と呼ぶように!」