街へ
太陽が地平線から顔を出し始めた頃、二人はバギーに乗っていた。
バギーはボロボロになった高速道路を疾走する。
すると、前方に高い壁で覆われた街が見えてきた。
少年はバギーから身を乗り出し、
「あれが街ですか!?」
と大声を出す。
バギーを運転中の師匠は興奮する少年を横目で見ながら、
「そうだよ! ああ! コラコラ!! 身を乗り出すと危ないから体を戻すんだ!」
と言うと、興奮している少年の背中を片手で掴んで彼を車内に戻した。
そんなやりとりを何度か繰り返しながら、バギーは街の周辺に広がるスラムにたどり着いく。
スラムには貧しそうな身なりの人々が暮らしており、時折バギーにチラチラと視線を送る。
「あんまりジロジロ見ないほうが良い。あいつらは何とかして街に入ろうとしているんだ。因縁をつけてバギーに乗り込んでくるかもしれない」
小さな声で少年に注意した師匠は、スラムの住民を轢かない様にスピードを落とし、慎重にハンドルを操作しながらバギーを走らせ続ける。
それから少しして、バギーは街とスラムを仕切るゲートにたどり着いた。
すると師匠は窓から身を乗り出し、
「おーい! 私だー! 開けてくれー!」
と大声を出す。
その直後、ゲートの脇にある小さな鉄製の扉が開き、武装した男達がゾロゾロと現れた。
男達はバギーを取り囲み、銃口をスラムの住民達に向ける。
「よう。久しぶりだな」
男達の中でも一番体格の優れた大男が、師匠に声をかけた。
「久しぶり団長。元気にしてた?」
「もちろんだともさ。毎日鍛えてるよ」
師匠に団長と呼ばれた男は、太い腕を彼女に見せる。
「相変わらず凄い筋肉だね~。そこまで筋肉があれば、素手でも戦闘ロボットを倒せるんじゃないの?」
「ハハハ。それが出来たら俺は英雄だな」
師匠の言葉に、団長はケラケラと笑う。
「ああ、そうだ。この子は私の弟子だ。これからちょくちょく来るだろうから顔を覚えておいてくれ」
「お? ついにお前にも弟子が出来たのか。時間の流れっては早いもんだな」
そして団長はバギーの助手席に座る少年を見ると、
「おう坊主。よろしくな」
と言って、ニカッと笑った。
特にトラブルもなく、バギーは男達に護衛されながらゲートを通ることが出来た。
バギーが街に入り、男達がゲートの脇にある小屋に戻ると、少年は師匠にたずねる。
「こんなに簡単に通れるものなんですか?」
「そりゃあ、私はこの街のインフラを支えているハンターの一人だからね。顔パスなんだよ」
「師匠はすごいですね」
「私だけじゃないさ、他のハンター達も基本的に顔パスだよ。ちなみに、もう君も顔パスが出来るようにしたから、暇が出来れば気軽に街に遊びに来れば良いよ」
「やった! ありがとうございます師匠!」
「ふふふ」
それから師匠はバギーを小さなホテルの駐車場に泊め、フロントで顔なじみのホテルオーナーに挨拶をした。
「久しぶり。またやっかいになるよ」
「おお、あんたか。久しぶりだな。・・・っお! その顔を見るに、今回も大猟の様だな」
「もちろんさ。そうでなければ街には来ないよ」
「そんな事言わずに、ちょくちょく遊びに来てくれよ。そして、うちのホテルに金を落としてくれよ」
「ははは。まあ、考えておくさ」
「ところで、その子は誰だ? お前の子供か?」
「馬鹿言うなよ。街の外で暮らしていては子作りの相手なんて居ないさ。この子は私の弟子だよ。これからちょくちょく街に来るだろうから、覚えておいてくれ」
「そうか~。あんたにもついに弟子が出来たのか。なんだか感慨深いな。それじゃあ坊主、これからよろしくな」
「はい! よろしくお願いします!」
「ははは、中々素直そうじゃないか」
ホテルオーナーはケラケラと笑うと、
「ちなみに、ベッドが二つある部屋と一つしかない部屋があるが、どっちがいい?」
とニヤニヤした顔で師匠に訊ねるのだった。
「じゃあ私はこっちのベッドを使うから、君はそっちのベッドを使うと良い」
師匠は借りた部屋に荷物を降ろすと、少年に指示を出した。
「では、これから街に出るわけだけど、一つ注意する事がある」
「なんでしょうか師匠」
「君は暫くの間、私が紹介した店以外は絶対に利用してはいけない。まあ理由は分かると思うが、この街の治安はあまり良くないのさ。中には君を人質にして私から金を取ろうと考える馬鹿者も居るだろう・・・、いや、絶対に居る」
師匠は窓を開け放ち、街を見ながら話し続けた。
「一応、この街にも警察は居るんだが・・・、あまり役には立たない。もし、危険な目にあったら、あそこにある建物を目指して走るんだ」
そういうと、師匠は遠くにあるビルを指差す。
「あそこは何ですか?」
「あそこはハンター組合の本部だよ。あそこに駆け込めば、大抵のトラブルから守ってくれる。あとでこの街の地図データを渡すから、しっかり組合本部の場所を覚えておくんだ」
「はい。わかりました」
「うん、良い返事だ。ではそろそろ街に出かけようか。色々としなくちゃいけない事もあるけど、美味しいものも食べたいしね」
「やったあああ!!」
それから、二人は街に出る準備を整え、バギーに乗ってホテルを出た。
「まだまだ君の事が心配だから、バギーを降りている間は私の手をしっかり握るんだよ」
そう言うと師匠はバギーを操って大通りを進み、武器屋や日用雑貨屋を訪れては目的の品物を購入していく。
対ロボット用の銃弾1発5000円を200発購入して100万円。
ロボットを探す為に縄張りに設置するセンサー類は合計50万円。
その他に食料や衣料品といった日用雑貨に燃料といった類が合計30万円。
あれよあれよ言う間に、師匠の財布から大金が消えていく。
「な? 経費がかかる仕事なんだよ」
師匠はため息を吐きながら品物を購入しつつ、店主達に少年を紹介していく。
少年を紹介された店主達は、
「頑張れよ坊主! しっかり稼いで! うちの店に金を落としてくれよな!」
と言って、ガハハと笑うのだった。
「よし、とりあえず午前中に回るべき場所は全部回れたから、お昼にしようか?」
「ご飯ですか!」
「そうそう。この街にいる間はレーションじゃないぞ? ちゃんと調理された料理を食べることが出来るんだ」
「やった! 何を食べますか師匠!」
「そうだな・・・、久しぶりのまともな食事だしな・・・、とりあえず、新鮮な肉料理でも食べるか」
「大賛成です!」
久しぶりに食べるまともな食事に大騒ぎする二人はそのまま大通りをバギーで進み、通り沿いにあったレストランで存分に食事を楽しんだ。
少年はまるで「親の仇!」とばかりに分厚い肉にかじり付き、口の回りをソースでベトベトにしながら思う存分食べまくる。
一方で師匠はナイフとフォークを上手に使かって肉を小さく切り分け、己の口の中に切り分けた肉を静かに運び、幸せそうに微笑むのだった。
二人で十分に食事を楽しんだ後、師匠はレストランを出ると小さな工房の前にバギーを停めた。
そしてバギーから降りた彼女が鉄製のドアを強めにノックし、
「居るのは分かっているんだ! 扉を開けてくれ!」
と大声を出すと、鉄製の扉が開き、中から白い肌をした若い女性が現れる。
女性はところどころ黒く汚れたドレスの様な服を着ており、ほの暗い視線を師匠に向けた。
「やっぱり居たか。久しぶりだな。今日も色々と整備してもらいに来たぞ」
「・・・」
「そうだな、パワードスーツにライフルといったいつも通りの品と・・・、ああ、あと珍しいヒートソードもあるぞ。ほら、これだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「やっぱり分かるか。それはこの子の父親が作った品なんだが、私には整備出来ないんだ。頼むよ」
「・・・・・・」
「いや、残念ながら手遅れだったよ」
「・・・」
「ん、紹介が遅れたな、この子は私の弟子だ。これからよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします!!」
「・・・」
師匠から説明を受けた女性は、二人を工房に招き入れる。
女性が大きな作業台の上を片付けている間に、少年は師匠に尋ねた。
「・・・随分と、物静かな方なんですね」
「おお、君は彼女を「物静か」と評価出来るのか。私は彼女を初めて見た時、(終に私も幽霊を見る事が出来たか)と思ったものだぞ」
「流石にそれは・・・」
「ふふふ。ちなみに、彼女は私が知る限りではこの街で一番良い腕の整備士だよ。大体の物はここで整備してもらえる」
「え? そんなにすごいんですか?」
「そうさ。ここら辺の街には彼女以上の整備士は居ないんじゃないのかな?」
「へ~~」
そんな雑談をしているとテーブルの上は片付いたようで、女性整備士はジトーとした視線を二人に向けた。
「そう急かすなよ。ほら、これが整備して欲しい品だよ。」
「・・・・・・」
「バギーはまだ大丈夫だ。どこも壊れていない」
「・・・・・・・・・」
「そうか? そんなに気にならないんだが・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「まあ、そこまで君が言うならそうなんだろうな。分かった。バギーも整備してくれ。代車ある?」
「・・・」
すると女性整備士は工房の外に止めてある一台の小型車を指差した。
「了解。ほいよ、これがバギーのキーだ」
「・・・」
「ちなみに、どれくらいで整備できそう?」
「・・・」
「わかった。余裕をみて一週間後に来るよ。じゃあ後は任せた」
師匠は無言で頷く女性整備士から小型車の鍵を受け取り、暇そうにしていた少年に話しかけた。
「さて、残す用事は後一つだけだ」
「青玉ですか?」
「その通り。この位の時間が一番人が少なくて早く済むんだ」
「どこに行くんですか?」
「組合本部さ。そこで獲物を買い取ってもらうんだ。さーて、今夜は久しぶりに豪遊するか~~」
「お供します!!」
二人を乗せた小型車は軽快なエンジン音を響かせて大通りを進んでいく。
暫く走った小型車が組合本部に到着すると、師匠はさっさと車を駐車場に停めた。
そして正面玄関の大きな扉を開いて中に入り、空いている窓口に近寄ると担当者に青玉が詰まった小箱を見せる。
「久しぶり。今回も青玉を持って来たよ」
「お久しぶりです。うわー、こんなに沢山! 本当に助かります! では査定しますね」
「任せたよ。私達はあの椅子で待っているから。ああ、そうだ。この子は私の弟子だから、よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします!」
「あらあら、始めまして。こちらこそよろしくね。素直そうな子じゃないですか」
「そうさ。それにな? まだ1週間しか仕事を教えていないのに、もう青玉回収が出来るようになったんだよ」
「あらあら、それは将来有望そうですね。坊や、がんばってね」
窓口担当のおばさんは師匠が渡した青玉の詰まった小箱を丁寧に受け取ると、中にある青玉の数と質を確認する作業を始める。
そんな査定が終わるまでの時間を利用して、師匠はロビーに居た他のハンター達に少年を紹介していった。
少年を紹介されたハンター達は色々な反応を示したが、彼らの反応は総じて好意的な物で、中には少年に飴玉をプレゼントする初老のハンターまで居た位だ。
「よし、これで後は勝手に噂が広まるだろう。これで君の紹介も終わりだな」
師匠がそんな事を呟いている間に査定は終わったらしく、呼出し番号が壁に掲げられた大型ディスプレイに表示された。
「今回の査定額はこんな感じです」
「おお、なんだかいつもより多い気がする」
「ふふふ。お弟子さんが入ったわけですし、今回はご祝儀という事で。今後もよろしくお願いします」
「やったな! これで夕飯は豪華になるぞ!」
「はい! 楽しみです!」
師匠は渡された大半の金をその場で銀行口座に移し、財布に入る程度の金だけ受け取った。
「さあ、もう用事は全て済んだから、後は装備の整備が終わるまで用事は無い! 心行くまで街で遊ぼうか!!」
「やったああ!! 師匠!! 大好きです!!」
「はははは。君は現金な奴だな~」
師匠はケラケラと笑いながら、少年の頭をグリグリと撫で回す。
そんな様子を周りのハンター達は感慨深そうな顔をしながら見ていた。
そしてその夜、二人は豪勢な夕飯を心行くまで楽しんだ。
豪華な夕飯を食べ終えた二人がホテルに戻って来ると、ロビーでホテルのオーナーが、
「なんだ、やっぱり外で食事をしたのか。うちのホテルの飯だって美味いんだぞ?頼むから金を落としてくれよ~」
と悔しそうに愚痴を呟くのだった。