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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

○と△。歪な二人。

拷問フェチの彼女。

作者:たいさん
 


「○○君っ見てみて~蛙の"皮剥ぎ"だよ。」




 拷問、それは被害者の自由を奪った上で肉体的、精神的に痛め付けることにより、加害者の要求に従わせることである。
現在は国連によって定められた拷問禁止条約により世界的に禁止されている。



だから聞こえないことにする。

"皮剥ぎ"という拷問用語を嬉しそうに話す彼女の声を。

隣の席には彼女の笑顔と醜い蛙。



━━━━━━━どうしてこうなった














 ◇◇◇









朝起きると静寂が待っている。
それはとうの昔から知っていた。
自分以外がいない家で目覚めるのは何回目だろう。
過去との対峙は避けている。
両親は死んでいるのか、生きているのか
それさえもわからない。
しかし少女にはどちらでもよかった。
あったら殺そうというくらいには憎んでいるから











 ◇◇◇


 今年で十六歳になる俺は地元の高校には進学せずに、県外にあるボクシング部が有名な私立高校に入学することになった。
 中学から始めたボクシングが思ったより自分に合っていたのか三年生になる頃にはU-15大会でも結果を残せるほどになった。そこでうちに来てはどうか、という話を貰ったのである。

 高校までの道のりを初めて歩く。今日は入学式だ。周りにはこれぞ新入生といった制服をきっちり着込んだ学生が大量に歩いている。勿論そのなかに自分も含まれていることは知っている。鏡を見たときには笑ってしまった。中学ではあんなに着崩していたのに。

 万感の思いを込めて空を見上げる。桜が咲いていれば見事な並木なのにこの土地の気候のせいなのかほとんどが葉桜になっていた。残念な気もするがこれはこれでと思い直す。せっかくの門出に水を差したくはない。俺は新天地である高校に歩を進めていった。






 張り切りすぎて早く着いてしまったようだ。
 入学式が始まるのは9:00だが時計を見ると7:45を指している。大量の新入生と思っていたのは朝練に出ている先輩だったようだ。
 知り合いもいないし、することもないので辺りを歩いてみることにした。

(それにしてもでかいな)


 自分が通うことになる校舎を見上げる。建ってからそれなりになるのだが、壁は綺麗に塗装され清潔感漂っている。一学年三〇〇人というマンモス校だけあって一目では見渡せないほどの規模だ。
 
(時間もあるし、校舎の周りを回ってみよう。)


 校舎はコの字型で中庭は綺麗に整備されていた。さすがに噴水みたいな大それたものはないが、センスの良さげな石のオブジェが異様な存在感をはなっていた。
 その時、視界の端に何やら黒い人影のようなものが見えた。校舎の隅の隅、普段なら誰も近づかない様な暗がりでなにかしているようだ。


「にゃあぁ~」


「ちょっとこっちに来ましょうねー。そうそう偉いですよー。そう、あとちょっとだけ………」


「にぎゃあぁ~」


「じっとしててねー。もう終わるから………」
 

女の子が猫と戯れていた。


 新品のようにきれいな制服から察するに彼女は新入生だろう。入学式前にほっこりする光景を見れて嬉しくなった俺は彼女に話しかけてみることにした。


「おはようございます。迷い猫ですか?」


 そう言いながら彼女の手元にいる白猫を覗き見る。首輪がついているので飼い猫だろう。彼女の手は優しく猫の首を締め上げ、両端にフォークのように鋭利になっている金属の棒を首輪に固定しようとしていた…………あれ?



「「・・・・・・・・・。」 」



 俺は何か見てはいけないものを見てしまったのではないだろうか。想像していたものとは程遠い光景を目の当たりにして、情報の処理が追い付かない。


「「・・・・・・・・・。」」


 また無言で見つめ合う。この気まずい空気を何とかしなくては。彼女が猫に何をしようとしていたのかはわからないので、話題を逸らすことにする。



「あ、あの、俺は今日この高校に入学するんですが、君も新入生ですか?」


「・・・・・・・・・。」


「俺は今日初めてこの校舎を見たんですよ。試験の日と海外遠征が重なってしまって、面接試験だけなんですが俺の中学に来てくれたんです。だから今日初めて見て、でかいなあって…………」


「・・・・・・・・・。」


 無言の圧力がすごい。こんな中で会話を続けられるほど俺のコミュ力は高くない。今回のことは見なかったことにして退散しよう。


「じゃあ俺はこれで…………」


「…………ちょっと待って、ねえ見たんでしょう?」


「白くて可愛い猫だったね。」


「そうじゃなくて、ねえ見たんでしょう?」


「な、何のことかな?」


「とぼけてもダメよ。これ、見たんでしょ?」


 そう言って彼女は先程猫の首輪に着けようとしていた両端がフォークのようになっている金属の棒を見せてきた。にらんでくる彼女が怖い。なんとか誤魔化さなくては


「ああ、そのフォークのことか。それ手作り?良くできてるけどもうちょっと先端を尖らせてもいいんじゃないかな。」


 二股のフォークの一部が少し拙いので知ったかぶった様子でそう言ってみた。この場を凌げればなんとかなるだろう。すると少女は驚いた顔をして


「これがなんだか知ってるの?」
 

何なのかなんてわからないけどここは乗っかるべきなのだろう。


「多少はね。」


「おかしいって思わなかった?」


「別に思わなかったよ。人がそれぞれ何をしようと、何を好きになろうと勝手だろう。」


 これは口から出任せな訳ではない。日頃から思っていることだ。生まれつき目付きが悪かったため、何かする度に似合わないとか調子に乗っているとか言ってくる輩が大勢いた。自分のすることを周りから強制されるのは辛いものがある。俺の言葉に何か思ったのだろうか。少女は思案顔だ。


「君ってもしかして、何かを殴るのに抵抗がなかったり、フォークを使ったことがあったりする?」


 少女はひどく真面目な顔をして聞いてくる。殴るのに抵抗があるといっていてはボクシングなんかできないし、フォークなんて日本人なら誰でも使ったことがあるだろう。


「まあ、そうかな。」


 そう答えると、彼女は喜色を浮かべてこう言った。


「同士がいるなんて夢にも思わなかったよ!!この学校でも私だけかと思ってたから。君って何でも平気な感じ?見るからに強そうだもんね!!」


 同士とはどういうことだろう。目を見開いて興奮する彼女に少し恐怖を覚えると同時に、ここは早く逃げた方がいいと本能が告げてくる。


「あっもうすぐ待ち合わせの時間だ。ごめんね、もう行かなきゃ。」

そう言って立ち去ろうとするも「まって」と呼び止められる。


「連絡先交換しようよ。滅多にないよこんなこと。」


「ごめん、スマホ家に忘れたから。」


「なら、名前教えてよ。」


「○○です。」


 手短に名前を伝えその場を去る。スマホをブレザーの右ポケットに入れてありもしない待ち合わせに急ぐ。後ろから彼女が手を振りながら

「私は△△だよーー。また会おうね!」

と言ってくる。マンモス校には個性的な人がたくさんいるとは聞いていたけどこれほどとは。彼女とはもう会いたくないなあと思いながら後ろに向かって「またね。」と手を振る。
入学式の前からどっと疲れてしまった。



 ◇◇◇



入学式は滞りなく行われた。
理事長や来賓は中学と変わらず長くてどうでもいい話しかしない。どうして偉くなると話は長くなっていくんだろう。自分があの場に立ったらどうするだろうか。一言で終わらせてやる。一生懸命噛みながら祝辞を読む禿げ頭を眺めながら、俺は睡魔と闘っていた。朝にあんなことがあったせいか、すごく体が重い。

・・・・・・・・もうダメだ

 本業のボクシングではここ一年は負けなしだが、相手は俺を昏倒させるくらい強かったのだ。しかも心地よく。意識が遠のいていくことことを感じながら、体を椅子に沈めていく…………最後の一瞬禿げ頭と目が合ったのは気のせいだろう。




















「・・・・お・・て・・・・お・き・・・・」



 何か聞こえるような気がする。でも俺はまだ寝たいんだ。二度寝させてくれ。あ、今日の朝飯当番俺だった。めんどくさいけど家族で決めたことだ。単身赴任で年中父がいないうちで、俺たち男三人兄弟を育てるのは母の負担が大きすぎる。そこで毎日日替わりでそれぞれ家事を分担して行うことにしたんだ。



「起きて~。起きてくださ~い○○君。」



 母にしては若くて張りのある声だ。あのおばさんは俺のことを「あんた」と呼ぶのでこの声は母ではない。
 急に夢から覚めた気分で慌てて飛び起きる。眠気などぶっ飛んでしまい視界は驚くほど明瞭だ。

予想通り俺の前には少女がいた。



「入学式から爆睡とか初めて見たよ。凄いね君。」


 彼女はコロコロと笑いながらそう言った。結構長い間寝てしまったようだ。慌てて周りを見渡すがあれだけいた新入生は跡形もなく消えていた。広い体育館には彼女と自分しかいなかった。


「みんなはもう行っちゃったけど慌てなくていいよ。クラスのホームルームが始まるまで三十分あるから。」


 彼女が起こしてくれていなかったらどうなっていたのだろう。想像するだけで恐ろしい。



「あっあの、起こしてくれてありがとう。」


「別にいいけど、すごい目立ってたよ。校歌でも立たずにずっと寝てるんだもん。寝言言ってたし。真後ろから見てたけど、笑いこらえるので必死だったよ。」


「えっ何て言ってた?」


「それは秘密だよ~。そんなに気にするんなら、パイプ椅子じゃなくて中国の拷問椅子にすればいいんじゃない?自分の体重でゆっくりゆっくり苦しんでくから、寝る暇なんてないよ。でも君の体固そうだからプラスチックとか、偽刃だと痛くないかもね~。」


「???」



 何でもないことのように拷問椅子を薦めてくる彼女。そもそも拷問椅子ってなんだ?朝の猫の件もあるし、やっぱり彼女は変わっているのかもしれない。
 肩まである髪を揺らしながら彼女が「もうすぐ行こっか。」と誘ってくる。
 まだ高校生になったという実感はないが、クラスに行ったら変わるだろうか。
 

「もうっ!遅いよ!!」


跳ねるように歩く彼女に俺は慌てて駆け寄った。








 ◇◇◇


 この高校は文武両道を目指す校風で知られている。しかしその意味は他の高校とは若干異なる。普通は生徒一人一人が勉強と部活の両立ができる環境を整えるという意味で使うのだろうが、この学校は勉強ができる者は勉強を、部活ができる者は部活をといった風にどちらかに特化した生徒を集め、学校全体として見たときにどちらの分野でも県内屈指の実績を残そうと言うのだ。言わずもがな俺は部活側のカリキュラムを履行することになる。だから、勉強の特進クラスと部活の特進クラスは別棟になるのだけれど、目の前をいく少女は迷わずに俺のクラスに進んでいった。もしかして同じクラスなのか…?



「もしかして君は俺と同じクラスなの?」


「うん。そうだよ。それも○○君と似た感じで、格闘技をやってるんだ。ボクシングもやってるけどここには空手で推薦とったよ。」


 へぇ意外だ。服の上からでも分かるが彼女の体は決して太くない。というより触れば折れるのではないかというくらい細い。



「ん?俺、君に何の競技してるか言ったっけ?」


「いや、聞いてないけど。筋肉のつきかたから大体わかるし、そもそも○○君って結構有名だよ。"ギロチン"って渾名でボクシングファンとか経験者とかには知らない人はいないって感じだと思うけど。」



「えっなにそれ……"ギロチン"?」



「○○君がダウン取る時ってだいたい左アッパーと右のうち下ろしのコンビーネーションでしょ。それが処刑道具のギロチンみたいに見えたからついたみたいだよ。」


 まさか自分にそんな物騒な渾名がついていたなんて知らなかった。ギロチンって確かマリーアントワネットを殺すときに使ったんじゃなかったっけ。うろ覚えだけど。



「中学の時、ギロチンっていう名前が気になって試合を見に行ったことがあるんだ。まあ、私たちの専門は拷問だけどね。でもリング上と普段の君ってすごいギャップがあるから最初は気づかなかったよ~。」


 中学の頃の自分を知られているというのはなかなか気恥ずかしい。彼女の目に自分はどう映ったのだろう。それともう一つわかったのだが、彼女は拷問が専門だということだ。衝撃的ではあるが今までの発言から薄々察していた。問題は彼女が「私たち」と言ったことだ。この場には二人しかいない。つまり、彼女は俺も拷問好きだと思っているのだろう。
 面倒くさいことになったと、頭を抱える俺の前で彼女がくるっと反転した。


「よしっ着いたよ。私たちのクラスっ!!」











 ◇◇◇



 入学して一週間経った。
 最初はどうなるかと思った高校生活だが、今のところなんとかなっている。想像していたものとはずいぶん違うけど。

 入学式の後自分達のクラスに入った俺たちは予め学校から指定されていた席に着いた。なんとなく予想はついていたけど、隣の席は彼女だった。


 俺はボクシング部に入部した。中学ではジム通いだったが、強豪校だけあって設備も充実している。練習は苦しいが、着実に自分の糧になっていると実感している。いい高校に入ったものだ。
彼女の方も空手部でどうにかやっているらしい。

 朝練が終わるのが空手部の方が早いのでいつもは彼女が教室で出迎えてくれるのだが、今日はどうしてか遅い。体調でも崩したんだろうか。


 ガラガラと引き戸が勢いよく開く


「おはようっ○○君、昨日のテレビ見た?」


 おはようと返事をしながら、テレビ番組について考える。恐らく昨日、N⚫Kの10分程の番組で拷問器具が取り上げられたことを言っているのだろう。なぜそれを俺が知っているかは言及しないでほしい。彼女の影響力が強いだけだ。


「見たよ。まあまあだったね。」


「『まあまあ』なんてもんじゃなかったよ、あれは!!処刑と拷問が同一視されてたし!拷問の良いところは殺さずに相手を最大限苦しめることにあるのに!!」



 彼女は不満そうだ。クラスの中で多くの時間、彼女と一緒に過ごしてきて分かったのだが、彼女は「拷問」についてはかなりこだわりがあるらしい。彼女の中では「拷問」と「死」は結び付けてはいけないのだろう。理由はわからないけど。


「でも、収穫はあったのだよ、○○君っ。」


 そういうと彼女は俺の机の上に、手のひら大の人形を置いた。ロシア人形のマトリョーシカだ。愛くるしい絵が描かれているはずのそれは彼女の手によって、銀色に塗装され惨たらしくアレンジされていた。


「……ずいぶん迫力のあるマトリョーシカだね。」


「可愛いでしょっ自信作なんです。」


 えっへんと無い胸を張る彼女に隠れてため息をつく。マトリョーシカに幸運を…


「外見もいいけど、一番こだわったのは中身なんだよ。」


「とくと見るがいいっ」と言いながら彼女はおもむろに、マトリョーシカ(仮)の胴体の後ろを開いた。開閉式のようだ。

  普通マトリョーシカの中からはマトリョーシカが出てくるんじゃないのか。 果たして常識の通じない彼女お手製の人形の内側には






━━━━━━びっしりと釘が打ち込まれていた。



これはマトリョーシカじゃない。外面の銀色塗装、内側の大量の釘、導きだされる答えはただ一つ……


「……鉄の処女……?」


「正解だよ!!昨日の番組のとりを飾ってたでしょ。それで部屋を見渡したら、ちょうど良さそうな人形があったから作ってみたんだ。有名な拷問器具だけど、使われたかどうかは怪しいって言うね。」


「試し撃ちもできるよ」とおそろしいことを言いながらマトリョーシカ改め鉄の処女の扉部分をぱかぱかする彼女。だいたいあのサイズで何をいれるというのか。


「……蛙とか……」


 自分で言ったのに想像しただけで恐ろしい。というよりあれを人に施そうなんて常軌を逸している。


「えっなに?蛙?蛙と言えば今度の理科の授業はその蛙の解剖実験らしいよ。」


「これは皮剥ぎのいい機会だね、○○君っ。」と輝く笑顔を向けてくる彼女に声を大にして言いたい。俺は拷問好きじゃないんだよ!!皮剥ぎってなに?


「あっ○○君、後ろに蛙が!!」



ぎゃああああーーーーーー

















 ◇◇◇


 窓の外には太陽。雲一つない空から圧倒的な熱量をもって地球と対峙している。日本の夏ってこんなに暑かったっけ。校庭にはひとつの影もなく、アスファルトには陽炎が揺らめいていた。


 入学して三ヶ月経った今も彼女とはクラスのほとんどの時間を共にしている。俺は中学でも愛想がないのと、口数が少ないのとで友達と呼べる存在がいなかった。友達ではなく同士だったとしても毎日誰かと話せるという環境を与えてくれる彼女に、俺は感謝していた。拷問はいらないけど……



「暑いねっ○○君!!」



 今日も彼女は元気だ。



「そうだね、●●県なんて四十度超えが一週間続いてるらしい。」

「うちの高校はエアコン完備だから、まだ大丈夫だけど外部はヤバイね~。これぞ拷問だね。」

 他人事の様に言えるのは俺たちが室内にあるトレーニングジムを活用しているからだ。コーチや部長が気を使ってくれて、ボクシングを含めた格闘技系の部活は合同の体幹トレーニングを行っている。


「室内で涼んでるのもいいけど、今週の日曜日はオフだから、海なんかに行くのも良いかもね。」


 俺は水泳には自信がある。ボクシングを始めるまでは水泳を三歳の頃から十年やってきたんだ。そのお陰で実用的な筋肉や、肩甲骨の柔らかさが手に入ったので、水泳には感謝している。泳ぐのは今でも好きだ。


「えっ?誘ってくれてるの?」


彼女が少し慌てながら聞いてきた。


「えっ?えっ?」


 今度はこっちが慌てる番だ。別に誘おうと思って言ったわけではなくて海に行きたいなー、ぐらいの感じだったんだけど……
 俺の何とも言えない表情を見て察したのだろう。


「あっごめんっ!!早とちりしちゃった。」


 顔だけでなく耳まで赤くして謝ってくる彼女。普段は拷問についてのことばっかり口にしているので、こんなに大人しいのは初めてだ。そんな姿を見られてラッキーだと思う反面、俺は絶好の機会をみすみす逃そうとしていることを自覚した。


「い、いや全然、誘おうとしたんだよ。」


「……ほんと?」


 一言目でどもってしまったのが悪かったのだろう。ジト目を向けてくる。ここは取り繕っても仕方ない。


「人を遊びに誘うのが初めてなんだよ。慣れてないからどうすればいいのか、わかんなくって。」


 俺の弁明に納得したのか、彼女は笑みを浮かべている。もしかしてオーケーなのか?


「ダメだよ。」


「なっなんで……?」


「紛らわしいことを言って私を困らせたからです。もう一回最初から、どうぞ!!」


 照れ隠しからか、叫ぶようにして言ってくる彼女に、俺は真面目な顔をして言った。







━━━最初ってどこから?














 結局あのあと二回ほど真剣に誘ったのち、彼女はオーケーしてくれた。家族以外と遊びに行ったことがない俺はどうしていいかわからなかったが、海に行ったらなんとかなるだろう。そんな考えで待ち合わせ場所である駅に向かった。


 厳しい部活動のせいで三十分前行動が体に染み込んでしまっている俺は、今日も無意識に三十分前に駅に到着してしまった。

(さすがに早すぎたか)

 これじゃあ、今日のことを楽しみにしすぎたやつみたいじゃないか。実際昨日の夜はあんまり寝られなかったけど。


(って、いた!!)



 俺の視線の先には、白のワンピースに編み込みの茶色のサンダルという涼しげな格好の彼女がいた。制服で見慣れているためか、私服姿は別人のようだ。


ふと、風が吹いた。
潮の香りがした気がした。


彼女の髪を弄びながら風は去っていった。乱れてしまった髪を直そうと顔を上げた彼女とばっちり目があう。


「「・・・・・・・・・。」」


 人でごった返す駅前で僕と彼女の間にだけ静寂が走った。
ちょっと前にもこんなことがあったなあと思う。あれは初めて会ったときだ。あのときは気まずさを感じていて、話すのを躊躇ったが、今は逆にすぐさま話しかけたいくらいだ。


「早いねっ○○君。私楽しみで早く来すぎちゃった。」


照れたように笑う彼女に、生まれて初めて胸の痛みを感じた。動悸がすごい。なんだこれ……


「俺もだよ。」


どうにか一言だけ絞り出す。クラスで話すときはこんなことは一度もなかった。友達と初めて遊ぶからなのだろうか。


「それじゃあ、行こっか。」


 今日も僕を引っ張って、彼女は跳ねるように前を行く。いつかは横でゆっくり歩きたいなんて思っている。声に出す勇気はない。




潮の香りを含んだ風がビル風となって吹き抜けていった







 ◇◇◇
 

 電車に揺られること三十分、歩くこと数分、俺たちは海に着いていた。今日の風は穏やかで波はほとんど荒れていない。海の青さを改めて気づかされた。

 俺たち二人以外にも海水浴客は大量にいた。みんな一様にテントを張っている。あ、やばい。水泳道具以外持ってきていない。
 それを伝えようと彼女を見るが、彼女は親子連れを目で追っていた。普段は見せないようなどこか翳りを帯びた瞳だ。


「どうかしたの?」


 さっきから黙りこんでいる彼女に声をかける。海水浴に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。


「いや、なんでもないよ」


 頭を二回ぶんぶんと振った彼女の顔にはいつもと同じ笑顔が浮かんでいた。


「ここまで来たら、楽しまなきゃ損っ損!!突撃じゃ~!!」


「あっちょっと待って!!」


 ワンピースのまま海に突っ込んでいく彼女を追いかける。それが濡れたら何で家に帰るんだ。








 二人して水着に着替える。ボクシングをしているお陰で贅肉はない。人様に見られても恥ずかしくないはずなのだが、先ほどから何故か視線を感じる。何かおかしいところでもあるだろうか……水着がダサいとか……


「お待たせしましたっ」


 一人で不安になっていた俺の目の前には水着姿の彼女がいた。彼女を見た瞬間感じていた小さな不安はいっぺんに吹き飛んだ。

 細いながらも健康的な肢体はいつもより少しだけ露出が増していた。ワンピースタイプの水着ではあるが、そこら辺の女性が下着と遜色ないほどの水着を身に付けているのより断然綺麗だと思った。

「………かわいい……。」


 ぼそっと独り言がもれてしまった。こぼれたって感じだ。俺は慌てて自分の口をふさいだ。


「どうしたの○○君?吐きそうなの?」


「いや、全然、大丈夫。」


「ふーん………」


 彼女の反応がいつもより冷たい。どうしてだろう、と彼女を見る。すると彼女は水着の裾を二回引っ張った。褒めろってことかな?でも、さっきのこともあるし自分が何を口走るかわかったもんじゃない。慎重にいかないと。



「水着似合ってるよ。それにとても綺麗………な色だ。」


「ありがとう、でも今度からは自分で気づいてくれたらな~なんて。」


「うっ、ごめん」


「いいよっそれより○○君っ泳ごうよ!!」


 競争だ~と言って彼女は走り始めた。勝負事は何事も全力で。例え彼女が相手でも、自分を曲げるつもりはない。俺は結構なスピードで遠ざかる後ろ姿を追いかけた。














 ◇◇◇


「ウフフフ、あの牛女ども、このブレスト・リッパーでぎったんぎったんにしてやる。」


 海の家で昼食をとっているのだが、目の前の彼女の様子が明らかにおかしい。手には火バサミを改造したようなものが握られている。両端がクワガタのように二股で丸みを帯びている"それ"は清純そうな彼女の雰囲気を台無しにするほど嫌な気を放っていた。


「ずいぶん荒れて、どうしたんだ?」


「聞いてよ!!○○君っ!酷いんだよ、さっきのね、おばさんたちがね、あのね、・・・・・・・・・・・・・・」


 相当怒っているのか、若干幼い口調になった彼女が言った内容を要約するとこうだ。


 俺が今いる海の家に入るために行列に並んでいるときに、彼女はショップの方に行って、水着を見ていたらしい。そのとき、お世辞にも胸が大きいと言えない彼女を数人の女性客がからかったようなのだ。聞く限りでは、そこまで酷いことを言われてはいないのだが、人は自分の気にすることを指摘されるのに弱い。しかも女性客たちは立派なものをお持ちだったようだ。それも彼女の怒りに拍車をかけているのだろう。


「ねぇ酷いでしょ。あいつらに報いを……」


「なにするつもりっ!!」


「何ってこの器具使ってあいつらのご立派なそれを引きちぎるんだよ。これは中世ドイツで使用された拷問器具でね。使う前に熱するか冷やすかしてから固定してグイッとやるんだよ。」


なにそれ怖い。そんな恐ろしいことを絶対に彼女にさせるわけにはいかない。今の彼女なら本当にやりかねないだろう。
俺は彼女を必死に褒めて、おだてて、なだめた。
一週間分の精神的疲労が蓄積された。


海にくるのは計画的に。今日学んだことだった。













 ◇◇◇

 気づけば入学から一年、俺たちは二年生になっていた。相も変わらず幸運なことに彼女と同じクラス、隣の席になった。
 一年も経つと、人は順応してしていくものである。毎日四苦八苦していた勉強も部活も慣れてしまった。登校時間も大体わかってきて、早く来すぎることや遅刻ギリギリなんてことも無くなった。


慣れたと言えばこれもだろう。



「○○君っ!!拷問一発ギャグいきます。異端者のフォーク!!」


 彼女は俺の目の前で勢いよく二本のフォークを顎の下と首に押し付けている。この光景にももう慣れた。信じられないことに俺の生活には拷問の二文字が当たり前のように存在している。


「ハイハイ。」


「反応薄いよ、○○君~。」


「いや、異端者のフォークははっきり言ってマンネリ気味だよ。」

「仕方ないよ~。一個考えるのでも結構時間かかるんだよ。そんなこと言うんだったら○○君がやってみてよ。」


 ある時、ものボケの要領で拷問でネタをやってみたところ彼女に大ウケし、日常的にまねをするようになったのだ。


「うーん……いいよ。」


「ほんと?じゃあ、面白いの期待するね。」


 期待しないでよ、と言いながら俺は彼女の前に片足立ちになってひざまづく。やるなら全力で。羞恥心はどこかに捨てた。


「ずっと好きでした。結婚してください。」


 そう言って彼女に手を出すように伝える。彼女は赤くなりながら、「えっ」とか「まさか」とか言っているがスルーする。


彼女はしばらく逡巡した後そっと手を出した。


俺は指輪をつけるような動作で手をとった。


━━━━━━彼女の小さくて可愛らしい()()








「親指締め器!!」








 痛くない程度に彼女の指を締め上げる。親指締め器は結構ポピュラーな拷問器具だ。鉄の穴に指を入れて締め上げ最終的に骨を砕くというやつだ。拷問の初期段階とも言える。


「・・・・・・・・・。」


渾身のギャグに彼女は無反応だ。俯いていて静かに震えている。


「・・・・・て・・え・」


 彼女が何かこぼしている。小さ過ぎてよく聞こえない。


「━━━最底っーーーーーー!!!」


「ごふっ」


 彼女は空手で鍛えられた蹴りを俺の腹にいれながら、走り去っていった。俺は何かを間違えた。







 

 

 それからしばらく、彼女は口を聞いてくれなかった。失ってから気づくものもあると聞くが今の状況がまさにそれだった。彼女との会話がないだけで俺の日常はどこかくすんだものになってしまった。中学までは一人でも平気だったのに……どうにかして彼女との関係を修復しなければ、そのうち俺は狂ってしまうんじゃないだろうか。



「あのさ、反省してるから、また俺と話してくれないか。」

「君を傷つけてしまったのなら謝る。ごめん。だから、こっち向いてくれませんか。」

「無視だけはやめて」



俺に背を向けて振り返らない彼女に声をかける。


 今日も駄目みたいだと思ったそのとき、彼女はゆっくり振り返った。


「……謝らなくていいよ。でもその『君』って呼ぶのやめてほしいな。」


久しぶりに彼女の声を聞けた。


「どういうこと?」


「別に怒ってるわけじゃないよ。ただ整理がつかなくて。だから、○○君が私のことをちゃんと名前で呼んでくれるんだったら許してあげる。」


「えっ?」


「ほら、早くっ!」


「それだけでいいの?」


「だって○○君、出会って一年経つのにまだ一回も名前で呼んでくれたことがないんだよ。私は最初から名前で呼んでるのに。今更だけどなんか他人行儀で私のことを友達って思ってないのかなって。」


「そんなことないよ。」


 彼女の中の俺はいつの間にか 同士から友達になっていたらしい。俺にとっては、とても好ましい変化だ。


「じゃあ、なんて君のことを呼べばいいんだ?」


「ほら、また『君』っていう。言ったじゃん△△だって。」


「・・・・△△さん。」


「・・・・・・・・・。」


「・・・△△。」

 
 ぼそっと告げると、彼女の顔には輝くような笑顔が浮かぶ。名前を呼ばれるだけでそんなに嬉しいものなのだろうか。


「○○っ!」


「・・・・・っ!!」


 彼女が照れながら初めて俺のことを呼び捨てた。いつの間にか耳を真っ赤にしている彼女を見ると、こっちまで恥ずかしくなってくる。体が熱い。顔の熱をなんとか誤魔化すために、カッターシャツの襟を振るが、何の効果もない。どくどくと激しく脈打つ心臓が痛い。しかしそんな息苦しさの中に幸福を見出だす自分がいた。



 間違いない。いつの間にか俺は、このちょっと変わった少女に明確な恋心を抱いていたんだ。



(俺は彼女が好きなのか)



自覚した瞬間、なにか腑に落ちた感じがする。


「なんか、変な感じだね。」とにやにやしている彼女に俺は微笑み返した。















 ◇◇◇










固定電話が鳴っている。

《プルルルル、プルルルル、プルルルル》

初期設定から変えていない着信音は酷く機械的だ。

《プルルルル、プルルルル、プルルル》

穏やかな日常に水を差すように

着信音は鳴り続ける。

コードを引っこ抜き、無理矢理止める。

今さら何ができるんだ













 ◇◇◇


 めまぐるしくも穏やかに時は流れている。俺と彼女は相変わらず隣の席だ。窓の外から蝉の声が聞こえる。じりじりと照りつける太陽、高校二度目の夏がやって来た。ボクシング部の中で俺は着実に力を伸ばし、このまま行けばインターハイでもいい順位につけるだろうと言われている。高校に入ってから身長が伸び、課題だった左ジャブで優位にたてるようになったのが大きいだろう。
 ボクシングでは進展があったものの、彼女との関係は平行線だ。だからと言って不満があるわけではない。この優しい時間がずっと続けばいい。それだけでいい。



「おっはよう、○○っ!!」


 挨拶と同時に彼女は俺の腕をドスドスと殴ってくる。それはもう何回も何回も…… 痛い。


「おはよう△△。なにやってるの?」


「凌遅。」


 凌遅。またの名を『千の切り傷による死』という。中国の清の時代まで行われたと言われる「処刑」の一種だ。生きている人間の皮膚や肉を削ぎ落とし、長い時間をかけて死にいたらしめる、処刑の中でも特に残酷なものだ。しかし「拷問」と「処刑」を混同しない彼女にとってこれはおかしな事態だ。凌遅は五代十国時代に処刑の方法として法制化されていたのだ。何故こんなことを知っているのかは言及しないでほしい。彼女を理解したいだけだ。


 いまだに殴ってきている彼女の小さな拳を捕まえて瞳を覗きこむ。


「朝っぱらからどうしたの?ってか痛いわ。」


「んーっなんとなく?」


 そう言って笑う彼女。いつもと変わらずコロコロとした笑いかたは俺が恋い焦がれて仕方のないものだ。
 しかし、俺は見てしまった。覗きこんだ瞳には深い翳が差していた。最近の彼女はどこか様子がおかしい。どこがと言われると困ってしまうが、時折迷い猫のようにふらふらと頼りない印象を受けるのだ。


「大丈夫?」

「えっなにが?」


今日もかわされてしまった。













 プルルルル、プルルルル


国語の時間中にいきなり、クラスに併設してある電話が鳴った。

ビクッと隣の彼女が大袈裟なくらいに震えた。

(どうしたんだ?)

 いきなり鳴ったとはいえ授業中であるし、そこまで音は気にならなかった。クラスを見渡しても彼女のような反応をしている者は一人もいなかった。
 国語教師が受話器をとり、何やら話している。「はい。はい。」と返事をする度に礼をする中年の国語教師。
「わかりました。」と言って受話器を戻す。電話は終わったようだ。


「△△さん。校長室でご両親がお待ちのようですよ。」


 ガタンっと立ち上がる彼女。目を見開き尋常ではない様子だ。彼女は自分のことを話したがらなかった。だから俺は彼女の家族構成も知らない。親しくなったのにどこか遠い彼女に近づきたいがために俺は色々やってきたのだ。


「先生、早退します。」


 荷物をまとめ、早足で帰っていく彼女。普段の穏やかな彼女ではない。鋭利な雰囲気の後ろ姿は別人のようだった。










 いくら彼女と親しかろうと、様子がおかしかろうと、家族というプライベートに介入するのなんて論外だ。しかし、空席となった彼女の席を見ていると言いようのない不安が込み上げてくる。最後に見えた彼女の横顔。別人みたいな横顔。



「先生・・・腹が痛いんで、トイレに行っていいですか。」



 教科書の音読中に話しかけられて、一瞬顔をしかめるが「どうぞ。」と言ってくれる。焦って足がもたつく。怪訝そうな中年教師を傍目に俺は見えない彼女の背を追いかけた。









教室を出た瞬間から、廊下とかは関係なく全力で走った。もしかしたら、彼女に追い付けるかもしれない。彼女の両親が待っているのは応接室だったよな。
応接室は俺たちのクラスとは別棟の一階にある。脇目も降らず、ただ一心に走った。
応接室についたが彼女の姿はどこにもなかった。やっぱり迷わずにすぐ追いかけるべきだった。なにか手はないのか……
あっそうだ、スマホの位置情報!!


果たして画面には、縮小された地図の上を滑走する青い点があった。

(まだ、五キロも離れてない。いける。)


毎日ボクシングで鍛えているため体力なら自信がある。彼女がどこに行くのかわからないので、バスなどの交通機関は使えない。タクシーという手もあるが、手持ちが少ないので、リスクが高い。


(走るしかない)


車を走って追いかけるなんて無謀だと思うが、焦った頭だとこれが最善のように思えた。そうこうしているうちにも、点は遠ざかっていく。俺は言い様のない不安に彼女の無事を祈るばかりだった。












◼️◼️◼️





目の前には口角をあげている二人の人間。
笑みという体なのだろうが、能面のように固い表情は気味が悪い。過去がフラッシュバックしそうになる。額からは嫌な汗がにじんできた。急ではあったがこの日のために準備してきたのだ。
教室を出る前に彼は私を心配そうに見ていた。いつも否定され続けていた自分を初めて肯定してくれた人。少し離れたくらいで不安になるくらい、私は彼に依存しているようだ。


「△△ちゃんもうすぐつきますよ。」


赤い口紅を付けた女が助手席から振り返る。長い黒髪と真っ白な肌に吐き気を覚える。


「久しぶりの我が家だな。」


「ええ、そうね。」


運転手の男は、低い声を楽しそうに響かせた。黒髪をワックスで固めている。上下紺色のスーツで決めているが、どれだけ外面を取り繕っても消せない汚なさが男からは出ていた。



「よし、着いた」と白のワゴンを庭に駐車し、ドアを開ける二人。「やっぱり外の空気ははいいわね」と女が伸びをする。


さあ、入ろうか。鍵をくれ。


男がこっちに目を向けた。





◼️◼️◼️



家に入ると、二人は変わってしまった内装を見て発狂する。


「私のバックがない。」「俺の時計がない。」「私の靴がない。」「俺の革靴も」「ベッドも」「机も」「壁の絵も」「ネックレスも」「ない」「ない」「ない」「ない」



憎悪の瞳で二人は私を睨んでいる。欲望に忠実な二人に嘆息する。



(あと少し)




ようやく落ち着いて来たのか二人はダイニングのウッドチェアに座り、私に対面に座るように指示する。ここは逆らわずに座る。先手は取らせて貰おう。できるだけ逆撫でするように……


「どうしたんですか。お二人とも。いきなり学校にまで訪れてきて、今日まで貴方たちはどっかで野垂れ死んでいるのかと思っていました。」


そう言って私は二人を見る。この人たちはイラつくと、手で膝や腿をバンバン叩くという癖があるからわかりやすい。
女はピクリともしなかったが、男はもうすでに手に力を込めて小刻みに震えている。


「△△ちゃん、あまり大人をからかうものではありませんよ。実の親なら尚更ね。」


余裕を見せつけるかのように、説教を垂れる女。こいつを見ているとどうやっても昔を思い出す。ここで挫けては駄目だ。もう一押しだ。


「親ですか。どこにいるんでしょう?」



そう言ってわざとらしく左右を見渡す。おまけに首を傾げながらサムズアップ。



「いい加減にしろ!!さっきから聞いていれば、生意気ばかり言いやがって。調子に乗るなよ。」



(よしっ)



「調子になど乗っていません。ただ、貴方たちが尊敬に値しないというだけです。ここは私のうちです。部外者である貴方たちは今すぐ出ていってください。」


お世辞にも煽り文句がうまいと言えない私だが、プライドと着ているスーツだけは高い男には効果的だった。男がゆっくりと椅子から立ち上がり、拳を握り締める。大人の男ということで力では不利だが、私はいずれ来る今日の日のために体を鍛えてきた。男の拳は今の自分にとっては酷く緩慢に見えるだろう。

正当防衛を得るためには男に先に動いてもらうしかない。これが最後の煽りだ。右ポケットに忍ばせている折り畳み式のナイフを握り締める。


「そもそも貴方みたいな薄汚れた輩、生まれたときから親とは思っていません。あんたはただのグズだ。さっさと出ていけ!!」


「ああ?黙ってりゃあ、調子にのりやがって。てめぇどうしても昔みてぇにされてぇらしいな。」



殺す。と言いながら男が突っ込んでくる。やっぱりちゃんと見える。手順を確認する。男の力んだテレフォンパンチをかわしたあと足をかけて転がし、ナイフで腱を切るつもりだ。綺麗にやり過ぎると、疑われるので振り回していたら当たったっていうくらいにしよう。



(・・・・・っ!?)



なのに体が動かない。視界がぼやける。目前に迫る男の顔が昔の男と重なってくる。
それは恐怖の対象。



(何でっ!?)



今日のために準備してきたはずだった。残酷な行為にも耐えられるように知識も得たし、それを実行するための身体能力も精神力も空手を通して培ったはずだ。なのに!!



(苦しいっ!!息ができない!!)



視界は霞み息も吸えない。コヒューコヒューと過呼吸を繰り返す。動悸は彼を前にしているときのように激しい。少女はパニック障害を再発させていた。




顔をあげると男の拳





ゴッ





軽い少女の肢体は宙を舞った。叩きつけられた床は酷く冷たい。そんな自分を睥睨してくる両親。自分は失敗したんだと飛びそうな意識の中で少女は思った。また自分はこいつらによってよって虐げられるんだろう。


(いやだっいやだっいやだっ)


息ができず、苦しい頭のなかに穏やかで優しい情景が浮かんでくる。振り子を見ればユダの揺りかご、蛇口の水は水拷問、帽子がきつかったらヘッドクラッシャー。何でも拷問に結び付ける、とち狂った自分の前にはいつも優しく微笑んでいる彼の姿があった。あの日々を失いたくはない!!



(助けて……○○っ)








飛んでいく意識の中で最後に少女が思い浮かべたのは見慣れていない優しい彼の後ろ姿だった。








◇◇◇


俺の前には二階建ての一軒家があった。高校からおよそ三〇キロメートルの場所にあるそれは、赤いレンガの壁のモダンな家だった。彼女の居場所を指し示す青い点はずっとこの場に留まっている。額から噴き出す汗を拭う。肺に空気を送り込もうと息づかいは荒くなる。

(タオル持って来とけばなあ。)

ここまで来てはなんたが全部俺の杞憂の可能性だってある。初対面の人に汗だく姿では会えないだろう。ポケットのハンカチでは心許ないが、無いよりましだ。俺はもう一度一軒家を見上げた。特に不審な様子はない。壁も汚れは目立っていないし、生活感もある。教室での彼女の様子は両親の登場に驚いただけなのだろうか。

(いいや、ここまで来たんだったら訪ねよう。)

嫌な予感というのは馬鹿にしてはいけない。俺はそう決意してインターホンを鳴らした。









◼️◼️◼️


視界はぼやけている。
全身が軋むように悲鳴をあげている。
血が出ていないので刃物は使われていないらしいが右ポケットの中の重みは消えていた。



ピンポーン、ピンポーン



(・・・・・っ!!)


誰かが家に来たようだ。誰でもいいから自分に気づいて。
少女の手足は縛られていて身動きがとれない。自ら助けは呼びにいけない。口もテープで塞がれていた。このチャンスを逃したら自分はもう終わりだろう。


(なにか、なにか、ないのっ!!)









◇◇◇


「はーい、ちょっと待ってください。」と言いながら女性が出てくる。髪は長く真っ赤な唇が特徴的だ。肌は病的に白い。顔には笑顔のような何かを浮かべている。口角はあがっているものの、硬質な瞳はこちらを射抜かんばかりに冷たい。この人は異質だ。


「どちら様でしょう?」


女性が問いかけてくる。まずい。なにも考えていなかった。


「はい、俺は※※※高校の○○といいます。こちらは△△さんのご自宅でしょうか?」

「ええ、そうですが。どうかしましたか?」

「今日彼女が早退したので様子を見に来たんです。」

「あら、△△ちゃんのお友達?」

「はい。彼女に会えますか。」

「ごめんね。今さっき家を出ていっちゃって、今いないのよ。」

(・・・・・っ!?)

そうですか。と言ってスマホを盗み見る。青い点は動いていない。目の前の女性は嘘をついている。彼女はこの家の中にいる!!


「それじゃあ」と言って、彼女はドアを閉めようとする。させない。ドアに靴を挟んで阻止する。俺は家の中に向かって叫んだ。


「△△っー!!いるんだろ!!返事してくれ!!」


「なんなんですか、貴方!!」


女性が金切り声を出して制止してくるが聞かない。彼女の安否を確かめるまで退くわけにはいかない。
すると家の奥から激しい物音が聞こえてきた。ガンガンダンダンと何度も何度も、強く。彼女だ!!


「あなたっ!!変な男がっ!!きゃあっ」


女性を振り払って家の中に押し入る。物音は二階から聞こえた。返事がないということは……考えるのはあとだ。断続的に物音は続いている。ここだ!!階段から一番遠い角部屋の前で俺は止まった。ドアノブを捻るが開かない。鍵が掛かっている。ドアを蹴破るしかないないみたいだ。振りをつけてドアを蹴る。三回目で鍵が壊れ、ドアは軋んだ音を響かせながら、ゆっくりと開く。


俺は愕然として声がでなかった。


六畳ほどの広さの部屋にはベッドやテーブル、カーペットといった家具が一切排斥されている。壁も天井も床も全て白く、ここの空間だけが現実から切り離されているみたいだ。小窓が一つだけあるが、鉄格子がされている。




━━━彼女は手足を縛られ転がされていた。



口にはガムテープが貼られていて苦しそうだ。顔も殴られたのだろう。痛々しく腫れ上がっていた。



「△△っ!!」


すぐさま彼女に駆け寄った。肩を持って優しく抱き起こすが、それだけでも彼女は呻き声をあげる。制服が捲れ上がり背中や腹部が露出していた。大きな青アザが点在しているがそれだけじゃない。もう古傷のようになっているものの、裂傷や火傷、骨折の痕が真っ白な彼女の肌の上で目立っていた。どうやったらこんなことになるのだろう。それこそ拷問でもしなければ……

俺は怒りを覚えながらも彼女の紐をほどく。

(んーっんーっ!!)

口のテープを外すのを忘れてしまっていた。彼女になるべく痛みを感じさせないように慎重に外す。


「○○っ!!」


彼女が泣き笑いのような表情で俺を見てくる。肩幅が狭く、小さな彼女を抱きしめたい衝動に駆られるが、この家を後にしてからだ。この家は危険すぎる。彼女の紐をほどこうとするが固くて無理そうだ。やむを得ない。彼女には悪いがこのまま担いでいくことにする。彼女の背中と膝裏に腕を通す。驚いたような表情で見上げてくる彼女に笑いかけようとしたとき、背筋に嫌なものが走った。咄嗟に彼女を庇う。


(あがあああっ)


猛烈な痛みが背中を走る。恐らくなにかでひっ掻かれた。背中から血が溢れているのを感じる。じわじわとカッターシャツを侵食し、背中に貼り付かせる。

(なんなんだっ!!)

彼女を後ろに庇いながら振り向くと、そこには短い棒の先に沢山の鞭のようなカギ爪を付けたものを握りしめた男の姿があった。


「おい、てめえは誰だ。この部屋で何してる?」


男が問いかけてくる。男が持っているものには見覚えがあった。拷問器具の九尾の猫鞭だろう。殺傷能力は低いが、喰らうと肉がズタズタになる痛みを経験することになる。彼女にだけは絶対に当てさせない。


「あんたこそ、彼女をこんな部屋に閉じ込めて何してんだよ。ふざけんじゃねえぞ。」


「あ?、てめえには関係ないだろ。それは俺の娘だ。何をやっても構わないだろう?」


そう言いながら男は鞭を振り回す。狭い室内でやられると困る。俺は男の攻めの間隙を縫って、パンチを叩き込む。威勢はよかったが、やはり素人だ。振りが大きいぶん隙も大きい。男は一撃では倒れなかったが二発目に顎を撃ち抜くと真後ろに倒れて昏倒した。

「大丈夫?○○っ!!」

「心配ないよ、事情はわからないけど、この家からはさっさと出た方がいい。急ぐよ。」


そう言いながら彼女を抱え直す。こんな状況ではあるが彼女とここまで密着したことがない俺には難度の高いミッションだ。彼女は照れているのか俺の胸に顔を押しあてている。

走りだそうとした瞬間、背中に鋭い痛みが走る。結構深くやられている。彼女には心配ないと言ったがこの体勢でいられるのはもう僅かだ。

部屋を出て、廊下を突き抜け階段を降りる。玄関までリビングルームを経由するので、注意が必要だ。もう一人いる。しかし、慎重に行っている暇はない。俺は駆け抜けることに決めた。

(あと少しだ!!)

死力を振り絞り前に行く。警察に連絡するのは後だ。今は目の前のことに集中しろ。背中の傷のせいで尋常ではないほどの冷や汗が出ているが気にしない。最後の角を曲がり、玄関に到達しようとしたその時だ。


「待ちなさい!!」


怒気を露にして女が走ってくる。手には長い刀が握られていた。女は中段に構えて横に薙ぎ払った。ギリギリでかわせたが斬られた壁はスパンと綺麗に裂けていた。


(模造刀じゃない、真剣だ!!それに鋭いっ!!)


これには命の危機を感じた。女は剣道経験者かなにかだ。太刀筋が鋭い。彼女を抱えたままの俺では分が悪い。策はない。かわして押し通る、それしかない。

女が二発目をはなってくる。さっきと同じの横の薙ぎ払い。狭い場所では有効だがそれはもう見た!!逆に俺から近寄った。

(抜ける!!)

通路を塞いでいた女の横を抜こうとするが、刀はまだやってこない。

(っ!?)

嵌められたんだ。と気づいたときにはもう遅い。彼女だけは守らなくては



グガアアァァァァア



脳裏を漂白するような痛みに襲われる。ぼとりと何かが落ちる音。フローリングが赤く染まっている。





━━俺の右腕だと気づくのに時間はかからなかった。





「●●●●●●●●●」


目の前の女は満足そうな笑みを溢して何かを言ってくる。床に落ちた俺の腕を踏み潰す。ぐちゃりぐちゃりとミンチ肉をこねくり回すように何度も何度も。右腕から滝のように血が流れ出ている。命も一緒に外に出ているのではないかと思えるほどの喪失感だ。もうなにも聞こえない。ただ、左手の重みが俺を現実に引き戻してくれる。

痛みが引いていく。脳が麻痺でもしたんだろうか。


「●●●●●●●●●」


俺にとどめを刺そうともせずに愉悦に浸っている女の腹を蹴り飛ばす。彼女を左手で抱え、走ろうとするが左によろけてしまう。右腕の喪失に加え彼女を抱えているのだ。バランスが保てないがそんなことは関係ない。

玄関を飛び出し、助けを求める。視界はチカチカと火花が散っている。


「ーーーーっーーーーっ」


声が出ていないのか、耳が聞こえていないのか
彼女も声をあげてくれているようだ。


「●●●●●●●●●?」


前方から人影が近づいてくる。巡回中の警察官だ。
助かったと安堵した瞬間に痛みが返ってくる。


「●●●●●っ!!●●●●●っ!!」


彼女がしきりに何か言ってくる中、俺は意識を手放した。彼女を助けられたんだという満足感と共に。














拷問好きの彼女を見たのはこれが最期だった。


















目を覚ますと彼女は何処にもいなかった。彼女がいた痕跡は跡形もなく消えていた。


俺は右腕と共に彼女を失った。


上がりかけのボクシング人生と共に彼女との優しい日常はあっけなく幕を下ろした。

















これは拷問好きの彼女と、振り回された男の話。





















◇◇◇


「パパおかえりなさい!!」


仕事を終え、帰宅すると娘が出迎えてくれる。
高校卒業後、体育系の大学に進学した俺は大手のスポーツメーカーに就職することができた。プロボクサーになることは叶わなかったが今は裏方として選手を支えている。

駆け寄ってくる娘を抱き上げる。欠けていたはずの右腕には本物と見間違う程の義手が存在していた。


「おかえりなさい、あなた。」


義手越しに妻を見る。こちらを見て微笑む彼女お手製のこれは、最近新調したものだ。職場に名刺と共に義手を持ってきた彼女に驚いたのはもう7年前の話だ。


「ごはんなにが良い?」


時計は6:00を指していた。






◇◇◇



晩ごはんができるまで娘と遊ぶことにした。
最初は一緒におままごとやお人形遊びに興じていたのだが、粘土を取り出すと今年で五歳になる娘は没頭してしまい、俺は蚊帳の外だ。

ソファに体を沈める。一日の疲れが娘とのふれあいで癒されていくのを感じた。

右腕の義手を翳してみる。高校二年の夏、全てが覆った日。あれ以来俺の日常から「拷問」の二文字は消えていた。病院で目が覚めたのは気を失って三日後だった。俺の背中の傷や切り落とされた右腕からあの家でのことは殺人未遂事件として処理された。憔悴していた俺は裁判などの面倒事はすべて周りの大人に任せて自室に閉じこもってしまった。全てがどうでもよくなっていた・・・・・・

嫌なことを思い出してしまった。過去に囚われても良いことはない。俺には今妻と娘という守るべき存在がいる。その事実だけで良い。




「できたよ、パパ!!見て!!」



何かを一生懸命作っていたお姫様は俺を呼んだ。彼女の小さな背中越しに粘土で作った作品を見る。弱冠五歳が作ったとは思えないほどリアルな牛が、粘土版の上に鎮座していた。



「うわっ!!上手だ!!これは"おうし"さんかな~?」



「うんっ!!ファラリスの"雄牛"!!」



「あら、おうし違いか~。」



(・・・・・・・っ!?)



返答してから驚愕する。えっ??
ファラリスの雄牛とは史上最も嗜虐的な拷問器具の名称だ。真鍮製の雄牛の中を空洞にして火にくべたあと中に人をいれてじっくり焼き殺すという代物だ。使用時に牛の鳴き声のような音がするのだとか。

普通の親なら叱るところなのだろう。どこでそんなこと知ったの。何でそんなもの作るの。ダメでしょう、と。しかし俺はできなかった。「拷問」が日常に登場したことで蓋をしていたあのときの懐かしい記憶が次々と溢れてくるからだ。


「パパ泣いてるの?」


思い出に翻弄され、いつの間にか涙が出ていたようだ。


「いや、泣いてないよ。それよりこの作品、パパにくれないかな?」


えーっと渋る彼女だったがお菓子なんでも一つ買ってあげる約束の前に陥落した。



「ごはんできたよ~!!」



妻の声が聞こえた。










◇◇◇



「おはよう」と妻に挨拶する。テレビ画面の左上には5:30の文字。今日は朝から会議があるのでいつもより三十分早い。テーブルにはもう既に朝食が並んでいた。


「こんな朝早くからごめんね。」


謝るが妻は不満そうだ。


「こういうときに欲しいのは、ごめんなさいじゃないよ?」


「ああ、ごめん。朝早くからありがとう。」


「もうっまた『ごめん』って言ってるよ?」


妻はコロコロと笑う。夫婦で決めたルールだ。気まずさを隠すために俺は味噌汁を啜る。美味しい。




十五分ほどで朝食を食べ終えた。着替えや髪のセットは済んでいるのでもう家を出るだけなのだが俺はどうしても彼女に見せたいものがあった。中々席を立とうとしない俺を見て彼女が聞いてくる。


「どうしたの?仕事行かなくていいの?」


「見せたいものがあって。」


俺は娘の作った粘土製の"雄牛"さんをテーブルに乗せる。



「なあにこれ?牛かなっ?」


「あの娘が作ったんだよ。」


「えええ?上手!!」


妻は「私たちの子供は天才ね!!」と大興奮だ、しかし伝えたいのはそれだけではない。


「これな、ファラリスの雄牛らしいよ。」


「・・・・・っ!!」


固まってしまう妻。


「えっ?何であの娘が……」


「血は争えないってことかな。」


「あなたっ!!」


顔を赤くした彼女は俺を家から追い出そうとぽかぽかと猫パンチを放ってくる。


………猫……?


随分と懐かしい記憶が流れ込んでくる。それは始まりの記憶。君は覚えているだろうか。

「いってきます、△△」



そして俺は拷問好きだった彼女にこう言ったんだ。




「迷い猫ですか?」



























































































































これは俺が恋した少女との思い出の話。






感想、評価していただけると嬉しいです。

次回は他の短編か彼女視点になると思います。

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