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第八十九話 ルルの狂乱④

 リリィが眠りにつき、倒れ込む体をそっと抱き留める。

 静かに寝息を立てる姿を見て、僕はようやく一息吐いた。

 そんな僕を、フレアはパチパチと白々しい拍手と共に褒め称える。


「いやー、まさかこうもあっけなく終わるとは思ってなかったよ。ちゃんと洗脳出来てたと思ったんだけどね」


 まさかあんな変なことになるとは思ってなかったなぁ、なんて頭を掻いてみせるフレアに、僕は問答無用で剣を向けた。


「せっかちだな、少しくらい雑談に付き合ってくれてもいいじゃないか」


「黙れ、リリィを攫った挙句、こんな場所で無理矢理戦わせるような真似をして……」


「いや、さっきの感じからすると、割と本人もノリノリでやって」


 ガズンッ!! と音を立てて、僕の剣が壁にめり込む。


「ただで済むと思うなよ」


 フレアの言い訳を無視してそう言葉を紡げば、彼はやれやれと肩を竦める。

 その態度にイラついて、剣の刃を傾けて首筋に添えるけど、それでも飄々とした態度を崩さない。


「元々、そんなつもりはないさ。それに、目的も達したしね」


「何……?」


 流石に不審に思っていると、フレアはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべる。

 それと同時に、腕の中で眠るリリィが、「うぅ……」と苦しそうに呻き始めた。


「リリィ? ぐっ、今度は何を……!」


「ああ、心配するな、別に命を取ろうってわけじゃない。ただ……」


 リリィの体から、魔力が滲み出る。

 その直後、まるで堤防が決壊したかのように……


「魔力を、貰うだけだ」


 一気に、溢れ出た。


「あ……あぁぁぁぁ!!!」


「リリィ!!」


 悲鳴を上げるリリィに慌てて魔眼を使い、魔力を制御しようとするけど、その勢いはすさまじくて、ほとんど濁流を身一つで止めようとするに等しかった。

 止めることが全く敵わないまま、泉のように溢れる魔力はそのまま部屋の壁に次々と吸い込まれ、全体が眩く輝き始める。


「お前、リリィに何をした!!」


「言っただろう、魔力を貰うだけだと。魔王復活に必要なんでね」


「ふざけ……!」


「ルルーシュさん、落ち着いてください。ここは一旦逃げましょう!」


 思わず叫び返そうとする僕を、モニカが押しとどめる。

 確かに、今は口論してる場合じゃない。


「くそっ、分かった!」


 とにかくまず、リリィをこの部屋の魔法陣から引き離さないと。

 モニカの言葉に頷きながら、苦しみ続けるリリィを抱えて出口を目指すけど、それより先に、フレアが周り込んできた。


「もう帰るのか? せっかくだから最後まで見ていけよ」


 そう告げると共に、フレアの足元から無数の鎖が伸び、僕の方に殺到する。

 映像でも見た、コイツの魔法だ。


「っ、邪魔だ!!」


 剣で鎖を切り払い、そのまま踏み込んでフレアに向けて突き出す。

 それをフレアは、自身の周りに張り巡らせた防御魔法で防いでみせた。


「感謝してるんだぞ? 俺一人の力じゃ、リリィの体から完全に魔力を抜きだすことは難しかったからな。俺がリリィを操ってお前とぶつけ合わせれば、それを止めるために魔眼魔法に頼ると思ってた。お前の魔眼魔法で抵抗が緩んだ瞬間なら、俺の魔法もしっかりと奥まで届くと踏んだんだが、予想以上だったよ。本当、お前って信用されてんのな」


「……ッ!! モニカ、リリィをお願い!」


「分かりました」


 一旦下がって、モニカにリリィを預ける。

 そして今度は両手を使い、魔法で身体能力を強化しながら、全力で剣を叩きつけた。


 魔法、特に精神干渉系のタイプに対する抵抗力は、受ける側の精神状態に左右される。

 確かに、リリィは僕からの干渉はほとんど抵抗しないし、それが分かってたからこそ魔眼魔法を使って無力化した。

 でも、まさかそれを最初から利用するつもりだったなんて……! 本当に、迂闊な自分を殺したくなる。

 気が緩んだ瞬間が、一番精神干渉を受けやすいのは僕自身だって分かっていたはずなのに!


 その怒りのままに魔力を注ぎ、体が砕けそうなほど力を込めていけば、みるみるうちにフレアの防御魔法に亀裂が入っていく。

 それでも、フレアは動じない。むしろ、笑みすら浮かべてみせる。


「必要な魔力は手に入って、儀式場は作動した。後は……」


「うるさい!! いいから、早くリリィを解放しろ!!」


 こうしている間も、後ろからはリリィの苦しむ声が聞こえてくる。

 これ以上、モタモタしてはいられない。


「っ……我が身を喰らい燃え上がる紅き業火よ、勝利の栄光を我が手にっ、『ライジング』!!」


 最上級強化魔法、『ライジング』。リリィの父親が得意とする魔法を使い、一気に身体能力を強化した僕の剣は、ついに防御魔法を叩き割った。

 パリィン! と甲高い音が鳴ると同時に、勢いよく振り下ろされた刃がフレアの体を切り裂く。

 鮮血が舞い、勝ったと確信した瞬間……。


「……これで……がふっ……魔王は、復活する」


 そうフレアが呟き、リリィから抜け出ていた魔力の奔流がようやく収まる。

 同時に、部屋中の壁に張り巡らされた魔法陣が、一際強く閃光を放った。


「ぐっ……!」


 あまりの眩しさに目を瞑り、それでも足りずに腕で庇う。

 その間も、部屋の中は光で満たされ、やがてそれが僕に切り裂かれたフレアの下へと集約していく。


「く、ククク……ハハハ……!」


 光が収まる頃、その中心から笑い声が響く。

 眩んだまま傷む目を無理矢理開けると、そこには全身からどす黒い魔力を溢れさせ、狂ったように笑みを浮かべるフレアの姿があった。


「ようやく……ようやくこの時が来た。依り代に宿り、復活するこの時を!」


 その狂暴に歪んだ表情といい、禍々しい魔力といい、全身から叩きつけられる威圧感といい、先ほどまでとまるで別人のようだ。

 言葉通り、本当に魔王が復活してしまったのか……だとしても、今はそんなことより。


「モニカ、リリィは大丈夫なの!?」


 いつもなら、普通にしていても無意識に魔力をダダ漏れにしているはずのリリィから、今は何も感じない。

 まさか、と最悪の予想が頭を過ぎるけど、それは杞憂だったらしい。


「……ひとまず、生きてはいるようです。意識は失ったままですが、呼吸はしていますから。ただ……ここまで完全に魔力を感じないというのは、少し正常とは言い難いですね」


 たとえ使い果たしても、生きているのなら少しくらいは感じるものですが、とモニカは言う。

 生きていてくれたことは嬉しいけど、異常事態には違いないらしい。僕は思わず、ギリッと歯を食いしばる。


「……む? なんだお前達は」


 そこで、ようやく僕達の存在に気付いたかのように、フレアはこちらに目を向ける。

 その態度にまた怒りが湧くけど、それ以上に、やっぱり今の彼はフレアとは違うのかと、警戒心が募った。


「ああ、我が“種”か。復活を果たした今、もう必要のないものだが……ふむ」


 種というのは、魔眼魔法のことだろうか?

 その言い回しに内心で首を傾げていると、彼……魔王は、「まあ、いい」と1人何か納得したように呟き、そして。


「ひとまず、消しておくか」


 突然、その全身から立ち昇る魔力を、掌に凝縮させ始めた。

 途方もない魔力に、慌てて魔眼魔法を使うけど、全く効果がない。


「無駄だ、それは我が魔法。我に通じるとでも思ったか?」


 フレアの体を持つ彼は、不敵に笑いながらも魔力を集め、掌の中に漆黒の球体を作り出す。

 もはや、その魔力量だけでも、解き放たれればかなりやばい。


「観念するがいい。そして……死ね」


 最後にそう告げて、魔王はその球体を僕に向けて撃ち放った。

 回避しないと、と本能が激しく警鐘を鳴らすけど、それ以外の部分、理性と感情が全力でそれを阻んだ。

 僕があれを防がないと、後ろにいるリリィが死ぬ。


「こ……のぉぉぉぉ!!!」


 剣を構え、『ライジング』の出力を全開まで引き上げる。

 あまりの急激な強化に体が悲鳴を上げ、痛みが走るけど、それすら構わず自ら球体目掛け突っ込んでいく。


「ルルーシュさん!?」


 モニカの驚いたような声が、後ろから響く。

 それに構うことなく、僕は全力で剣を球体へと叩きつけた。


「ぐっ……うぅ……!」


 膨大な魔力の塊は、全力を傾けても容易には刃を通さない。

 徐々に後ろへと押しやられる僕を見て、魔王はニヤリと笑みを浮かべ……。


「万物よ、滅せよ。『破滅の闇デストラクトダークネス


 パチン、とその指が打ち鳴らされると同時に。

 球体が弾け、僕は魔力の渦の中に飲み込まれていった。

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