第八十七話 ルルの狂乱③
外でヒルダやマリアベルが騒ぎを起こしてくれているうちに、僕とモニカで洞窟の中に突入した。
釣られて飛び出した人達ばかりでもないだろうと思って、ある程度警戒しながら進んでいるんだけど……本当に、人っ子一人見当たらない。
「まさか本当にあれだけで全員釣り出せるなんて……」
「流石に罠じゃないですか? ……罠だと思いたいです」
あまりにも順調過ぎる道を進んでいるからか、モニカが段々疑心暗鬼になっていってる。
……まあ、気持ちは分かる。正直僕も、どうしてこんなにあっさり進めるのか、疑問でしょうがないし。
「罠って言っても、騎士団相手ならともかく、僕らを相手にハメる必要があるのか疑問なんだよね。こんな子供相手に……」
「その騎士団を軽く吹っ飛ばした人が来ると思えば、罠の一つや二つ、仕掛けていてもおかしくないと思いますけど」
「待って、吹っ飛ばしたのリリィだから。僕何もしてない」
「でも、出来るでしょう? ルルーシュさんなら」
「流石に団長クラスは無理だから……特に、カロッゾさんとか」
魔眼魔法をフルで使えば、確かに騎士団の一個小隊くらいは1人でどうにかなる気はする。
けど、リリィのお父さん、カロッゾ・アースランドは絶対に無理だ。
本当、なんで魔法も使わずにガチで目にも止まらない速さで動けるかな? 一応、僕の方は強化魔法使ってるんだけど?
「あれはもはや人間じゃないのでノーカンですよ」
「しれっと酷い事言うね。リリィが泣くよ?」
家族に溺愛されてるリリィだけど、リリィ本人も家族のことは大好きみたいだし。
「むしろリリアナさんなら、『人間の限界すら超えたお父様カッコイイです!』って喜ぶんじゃないでしょうか?」
「……まあ、確かに」
無駄に上手い声真似でそう言われると、確かにそんな気もしてくる。
リリィの感性って、どこかズレてるからなぁ……まあ、それがまた可愛くはあるんだけどさ。
「そんなズレたリリアナさんに惚れたせいで、日々振り回されてるルルーシュさんとしては、その辺りどう思いますか?」
「人の心読まないでくれる?」
そうツッコミを入れてみるも、「やっぱり図星でしたか。ふふふ」なんて笑うばかりで、取り合って貰えない。くそう。
「……まあ、リリィに惚れた身なのはそうだけどさ。だからこそ、罠かどうかなんて関係ない、何が待ち構えていても、打ち破ってリリィを取り戻すだけだ」
仕方ないから、大人しく素直に内心を吐露すると、モニカは面食らったように目を丸くする。
それを見て、少しは意趣返し出来たかと笑みを浮かべると、モニカはパタパタと自らの手で顔を扇いだ。
「あー、お熱いことで。まあ、精々手伝わせて貰うとしますよ」
「ありがとう、モニカ」
お礼を言うと、モニカは「あー、そういうのはいらないです、早く行きましょう」と赤くなった顔で言い捨て、足を早めた。
うん、モニカ相手にはむしろ、羞恥を捨ててハッキリ言う方が効果的らしい。覚えておこう。
「そんなことより、そろそろ反応が近いのではないですか?」
「ああ、うん」
リリィの居場所を知るための(厳密には違うけど)魔道具が、もうすぐそこに巨大な魔力反応を捉えてる。
それに従い、無人の廊下を駆け抜けた僕らは、突き当りの扉を蹴破るようにして開ける。
「っ……ここは……?」
辿り着いたのは、何もない殺風景な部屋だった。
真っ白な壁には、一面に魔法陣が描かれ、黒い魔力が脈打つようにうねっている様は、否応なく危機感を募らせる。
そして、そんな部屋の中央で、こちらに背を向けて佇む、一人の女の子。
「リリィ!!」
その姿を見つけて、すぐに声をかけながら駆け寄ろうとするも、リリィの後ろからもう一人、見覚えのある少年が歩み出て来たことで、その歩みは止められた。
「フレア……」
「よ、やっぱり来たみたいだな」
初めて会った時は、それなりに敬語混じりの口調だったけど、今は大分砕けた喋り方になってる。多分、こっちが素なんだろう。
それにしたって、そんな気楽な態度で接し合う仲じゃないだろうに。
「……何をするつもりか知らないけど、リリィを返して貰うよ」
「断る、と言ったら?」
「力づくで取り戻す!!」
剣を抜き、僕は全力で身体強化の魔法を施しながら、フレアに向かって斬りかかる。
最速最短、全力の一撃を振り下ろそうと飛び掛かった僕に対し、フレアは全く構える様子もない。
一体何のつもりだ、と警戒心を募らせるけど、その時、それまで微動だにしなかったリリィが振り向いて、フラリと一歩踏み出した。
僕とフレアの間に。
「っ!?」
咄嗟に剣の矛先を逸らし、リリィの真横にある地面を砕く。
そうして無防備を晒してしまった僕の腹を、フレアは思い切り蹴り上げた。
「ぐぁ!?」
吹き飛ばされ、無様に転がる僕を見て、フレアがくつくつと笑いだす。
くそ、油断した……こうなることも、考えてたはずなのに……!
「……リリィ」
「…………」
顔を上げれば、そこにはフレアを庇うようにして立つ、リリィの姿があった。
けれど、その瞳からは意志の光が失われ、僕を見ても何の反応も示さない。
「なるほど……どうやら、自由意志を奪われてるようですね。これも魔眼魔法によるものでしょうか」
「ご明察。よく知ってるね」
「ええ、それはもう」
僕が睨みつける横で、モニカとフレアが確認の言葉を交わし合う。
やっぱりか、と思いながら起き上がると、フレアは得意気に語り始める。
「さすがに人格全部書き換えるような、高度な洗脳をする時間はなかったけど、好悪の感情を逆転させるくらいは施した。今の彼女には、君達は敵にしか見えてないだろうね」
「くっ……! リリィ、しっかりして! リリィ!」
声をかけると、リリィの体がびくりと震え、ゆっくりと顔を上げる。
光が失われた虚ろな瞳が僕を捉え、小さく揺れる。
「ルル君……そんな優しそうな声をかけないでください、吐き気がします」
「リリィ……」
好悪の感情を逆転されてると言われていても、リリィにそんなことを言われると、それだけで泣きそうになる。
そんな僕を、リリィは更に追い詰めようと口を開く。
「ああ、そうやって情けない顔して、本当にイライラします。もっと、もっとこう……!」
リリィは瞳だけでなく全身を震わせ、その怒りを露わにする。
そして、未だに生気の戻らない瞳をくわっ! と見開くと――
「私を全力で罵倒してくださぁぁぁぁい!!!」
そう、叫んだ。
「………………………………は?」
果たしてその呟きは、僕の口から漏れた物だったのか。
僕だけでなくモニカも、そしてなぜかフレアまでもが、呆然とした表情で立ち尽くしている。
「なんですかなんですか! そんな捨てられた子犬みたいな顔はらしくないです! もっといつもみたいに、私をバカにしたような目で見下しながら、『こんなことも出来ないの? この愚図が』とかなんとか言って私のこと踏んづけるくらいしてくださいよ! ほら、ほら!」
「い、いつも……? ルルーシュさん、流石にそれはちょっと……」
「いや待って、おかしい、そんなこと今まで一度だってしたことないし言ったことないから!?」
リリィの謎の発言によって、モニカどころかフレアまで僕のことを生ゴミか何かを見るかのような絶対零度の視線を向けてくる。
くそっ、まさかこんな精神攻撃を仕掛けてくるなんて!!
「大体、今のリリィはフレアに洗脳されてるんだよ!? つまりあれはフレアの趣味ってことでしょ!!」
「……確かに、そういう考え方も出来ますか。なんて下衆な……」
「ちょっと待て、ただ好悪を反転させただけだって言っただろ!? 流石に俺も女子を甚振って悦ぶような趣味は持ってねえ!!」
「敵の言葉なんて信用できるか!!」
「クソッ、まさかこんなところでそのセリフを使われるとは!?」
謂れのない中傷を逃れるため、フレアに全責任を押し付ける。
けれど、フレアも負けてはいなかった。
「大体、反転してこうなったんだから、お前らが普段逆のプレイでもしてるんじゃないのか!? お前実は女子に罵られて喜ぶような趣味持ってんだろ!!」
「そんな趣味あってたまるか!!」
「でもさっきルルーシュさん、『いつも僕のことを振り回してくれるリリィ愛してる』って言ってましたよね?」
「うわぁ……」
「ちょっと待ってモニカ、君どっちの味方!? あとその言い方だと微妙にニュアンスが間違ってるし!!」
いつも振り回されてるけど好きだって言っただけで、振り回されるのが好きだなんて言ってない!!
ああもうっ!!
「くそっ、リリィをこんなド変態にした上に僕まで変態扱いしやがって……お前は絶対この手でぶった斬る! 覚悟しろフレア!!」
「冤罪だっつってんだろ! まあいい、予定外だが予定通りだ、リリィ、やれ」
「はい! さあルル君、思う存分私を甚振ってください!!」
改めて剣を構え直した僕の前に、ハイライトが消えたまま変態発言を飛ばすリリィが立ちはだかる。
くそっ、ここはリリィと僕の名誉のためにも、全力で押し通る!
覚悟を決め、僕は床を踏み砕く勢いで飛び出したのだった。
……どうしてこうなった?(作者心からの叫び