第八十五話 何だかまた捕まっちゃったらしいです
「……あれ?」
気が付いた時、私は見知らぬベッドの上にいました。
見覚えのない天井に首を傾げ、寝る前のことを思い出そうとしますが……何だか頭がぼーっとして、上手く思い出せません。
「うーん……?」
「お、気が付いた?」
「ふぇ?」
首を傾げる私の耳に、不意に声が聞こえてきて、そちらに振り向きます。
するとそこには、心配そうに私の顔を覗き込む、フレア君の姿がありました。
「っ!」
反射的に飛び起きて、距離を取ります。
そうです、思い出しました、私、フレア君に魔法で縛られて、そのまま意識を……!
「大丈夫だよ、そう手荒なことはしないから」
「思いっきり手荒なことされた覚えあるんですが! ていうか、私また縛られてますし!」
距離を取った私の腕には、鎖で繋がれた手枷が付けられていました。
見渡す限り白い部屋の中は、ベッドや机、椅子と言った基本的な家具があるだけで、窓すらなく、あとは一つだけ、出入り口となる扉が付いているくらいです。
そんなに広い部屋でもなく、鎖も結構長いので、この部屋を動き回る上では不自由しなさそうですけど、このままだと出ることは出来なさそうです。
「それはまあ、目的のためには君が必要だしね。逃げられたら困るんだ」
「えーっと……魔王復活とか言ってましたっけ?」
「そうそう、気絶するところだったのによく覚えてたね」
偉い偉い、と手を叩いて褒めるフレア君ですけど、流石にこんな状況じゃまるで嬉しくありません。
というか、ちょっと馬鹿にしてますよね? 私でもちょっとカチンと来ましたよ?
「もうっ、いいです、私は帰りますから!」
「どうやって?」
「そんなの、力づくでに決まってます!」
面白そうに問いかけてくるフレア君に対し、私は堂々とそう宣言して、魔力を練り上げます。
大方、魔力封じ系の仕掛けでもしてあるんでしょうけど、伊達にルル君に魔力バカだなんだと言われてません、無理矢理でもぶち抜いてやります!
「降り注げ、星天! 『流星雨』!!」
身体中から湧き上がる魔力を解放し、白の魔法陣に注ぎ込む。
溢れる光の奔流が、私の手枷や壁を打ち砕こうと飛び出して――突然、部屋全体に魔法陣が浮かび、そのまま、吸収されていきました。
「……はい?」
えっ? なんですかこれ? 魔法自体は何の抵抗もなく発動したのに、魔法自体が消えちゃいましたよ?
そんな風に困惑する私を、フレア君はくつくつと笑いながら眺めていました。
その態度にムッとしながら睨むと、フレア君は「悪い悪い」と言いつつも全く反省した様子もなく、ひらひらと手を振ります。
「この建物自体が、特殊な儀式場になってる。俺の魔法を使って、君の魔力を吸い出すためのね」
「フレア君の魔法?」
「魔眼魔法」
その名を聞いて目を丸くすると、フレア君はまた愉快そうに表情を緩めます。
それって、女王様にも気を付けろって言われた、ルル君の魔法ですよね? どうしてそれをフレア君が?
「どうしてって顔してるけど、そこまでおかしな話じゃないよ。この魔法は、かつて封印された魔王が、その身を復活させるための器を見出して授ける力だ。魔王崇拝者に利用されないために、一般人にはほぼ知られてないけど、程度の違いはあれそれなりにいるんだよ、魔眼持ちは」
魔眼魔法とまで呼べるほどの存在は、早々いないけどね。
そう告げるフレア君の表情は、どこか寂しそうでした。
気になりますけど、でも、今はそれ以上に気になることがあります。
「……その器であるフレア君が、本当の魔王になって復活するために、私が必要っていうことですか?」
「ご明察。器に魔王を呼び込むために必要な供物は、一流の魔法使い千人分の魔力。それを、命と引き換えに捧げてようやく呼び出せる」
「せ……!?」
途方もない対価に、私は言葉も忘れて絶句してしまいます。
千人の命って、そんな……
「無茶苦茶ですよ! そんな、千人も犠牲にする儀式なんて、絶対ダメです!」
驚きから復帰するなり、私は大声でそう叫びます。
魔王がどんな存在なのか、私は知りません。童話くらいでしか聞いたことありませんし、そういうのって大体脚色されてますから、実は良い人だったりなんてこともあるのかもしれません。
でも、どんな人だったとしても、そんな犠牲を払ってまで復活させていい人なんていません! 絶対間違ってます!
「ああ。俺もそう思うよ」
「大体……え?」
何とかやめさせようと声を張り上げたところで、あっさりと肯定され、私は目を白黒させます。
そんな様子が可笑しいのか、またもフレア君は笑いだしました。
「そりゃあね、俺たちの力なんて所詮、一宗教団体相応でしかない。どれだけ地道に活動したって、一流レベルの魔法使い千人なんて集めようがないんだよ」
「な、なるほど……」
フレア君もそれを厭う良心が残ってるのかと思いきや、割と現実的な問題で諦めただけだったということに肩を落とします。
「だけどリリィ、君なら、その千人分を優に超す魔力を一人で賄える。犠牲を出さずに魔王を復活できるんだ、素晴らしいじゃないか」
「ええ……私、そんなに魔力あるんですか……」
フレア君の言い分から、私を欲しがった理由は概ね察してましたし、私の魔力が人より多いことは前々から分かってましたけど、一流の魔法使い千人分を私一人って……そりゃあ、魔封じの魔道具も封じきれない筈ですよね、あれ、あくまで個人向けですもん。
「ああ。そういうわけだから、協力してくれるよね?」
「はい、分かりました! ……って、なるわけないじゃないですか! 結局フレア君達は、魔王を復活させてどうしようっていうんですか!?」
何だかさも当たり前みたいな流れで振って来ましたけど、流されませんからね!? そもそも、魔王を復活なんてやらなければいいんですから!
「どう、か……どうするんだろうね? 知らないんだよね、実のところ」
「はい!? フレア君は知らないのに協力してるんですか!?」
「そうだよ。けどまあ、魔王の力ってワクワクするよね、それを手に入れるっていうのが、目的といえば目的かな」
「そんな適当な……」
飄々と告げるフレア君に、思わず声を荒げる私ですけど、その横顔がやけに寂しげで、私は言葉に詰まりました。
「……そういえば、魔王の器に魔王を呼び込むって言ってましたよね。それをしたら、器の方はどうなるんですか?」
そういうのって大抵、器の方は乗っ取られて、全部魔王の意志で染まっちゃうとかだと思うんですけど、まさかフレア君も……
そう考えて睨む私に対し、フレア君は興味なさげに肩を竦めました。
「さあ?」
「真面目に聞いてるんですけど!」
「だって、誰も知らないからね」
「っ! だったら、どうして……」
そんな、自分がどうなるかも分からない儀式に、付き合う必要なんてどこにもない。
そう思ったんですけど、フレア君は私を一瞥すると、小さく溜息を吐きます。
「君はどうだか知らないけど、俺にはこれしかないからね」
「えっ……」
それってどういう意味ですか、と尋ねようとして、それよりも早くフレア君は立ち上がり、私の方を真っ直ぐ見つめて来ます。
「さっきも言った通り、ぱっと見は分からないだろうけど、この部屋の中には俺の魔法が織り込まれた魔法陣が敷き詰められてる。魔法は全て吸収するし、少しずつ君に暗示をかけて洗脳していく。抵抗せずに協力してくれれば、洗脳まではせずに済むんだけど、それでも気は変わらない?」
「っ……何度言われても、変わりません! たとえ魔法が使えなく立って、待ってれば必ずルル君が助けに来てくれますから!」
洗脳という言葉に、少しだけビクつく私ですけど、そんな些細な恐怖心は振り払って断言すると、フレア君は少しだけ、眩しい物を見るかのように目を細めました。
「来ない方がお互いのためだと思うけどね。まあ、それならそれでいいさ」
「あっ、ちょっと!」
フレア君は踵を返し、部屋の扉まで歩いていきます。
それをすぐに追いかける私ですが、途中で鎖の長さが限界に達し、足を止めざるを得ませんでした。
「一応、食事はちゃんと運ぶから、それじゃあ」
「待ってください、最後にせめて……」
バタン、と扉が閉じられ、部屋の中を静寂が包みます。
そんな状況で、私は扉に向けて、せめてこれだけは届けとばかりに声を張り上げました。
「……トイレをどうすればいいかだけでも教えてくださいよぉーーー!!」
前回、別件で捕まった時の失敗体験を思い出して飛び出た私の言葉は、何とか届いたようで。
すぐに戻ってきたフレア君に、スッと差し出されたバケツを見て、私は即座にその顔面に正拳突きを喰らわせました。
シリアスな空気に耐えられずオチを付けてしまった(ぉぃ