第八話 ルルの憂鬱
入学試験後半、ルル君視点で書いてみました。
「どうですか、宣言通り試験官の人を倒しましたよ! 私だってやれば出来るんです!」
「いや、あれを倒したって言うのは可哀想だからやめてあげようよ」
まな板同然の胸を張ってどや顔を決めるリリィだけど、あれは褒めちゃダメなやつだ。下手に褒めて味をしめられると、次は僕が被害者になりかねない。
まあ、リリィの場合搦め手を使うような知恵も演技力もないから、狙ってやられる心配はないんだけどね。
「むー、だったらルル君は可哀想じゃない方法で試験官の人に勝ってみせてください! もし負けたら入学初日は私の制服を着て登校して貰いますからね!」
「えぇ!?」
予想外の要求に、思わずたじろぐ。
リリィの体はかなり小柄だけど、僕は僕でそれより気持ち背が高いくらいでほとんど差がないから、着ること自体は出来る。けど、リリィの制服ということは当然女物なわけで。
「嫌だよ! 僕男だよ!?」
「だから罰ゲームになるんじゃないですか。それに、ルル君なら似合うと思いますよ?」
全力で否定するも、リリィは完全にどこ吹く風だ。嫌味じゃなく本気で似合うと思ってる節があるだけになお性質が悪い。
いつも思うけど、リリィって僕のこと女友達の一種だと思ってるんじゃ……
「ちなみに僕が試験官に勝ったら?」
「ルル君の言うことなんでも一つ聞いてあげますよ」
なんてことないようにしれっと言うけれど、それ女の子が男に言っちゃいけないセリフだと思う。
……よし、試しに聞いてみよう。
「じゃあ、僕とお風呂入ってくれる?」
「うん、いいよ」
はい即答頂きました。うん、これ完全に僕のこと男として見てないよね!?
確かにどっちかというと女の子よりの顔立ちだけどこう……出来ればもう少し男として見られたいというかね……
「次、ルルーシュ・ランターン」
そんなことを考えている間に、リリィに股間を潰されて白目剥いていた先生の退去が済んだのか、さっきとは別の人の声で僕の名が呼ばれた。
「ルル君、頑張ってね」
「……まあ、ほどほどにやってくるよ」
この勝敗に賭けを持ち込んでいるにも関わらず、リリィは僕の応援をしてくれる。
そこは素直に嬉しいけれど、やっぱり負けた時の罰ゲームを思うと複雑だ。
「先に言っておくが、勝ち負けは評価に関わらない。あのようなことをしても意味はないからそのつもりで」
僕が試験官の先生と対峙すると、真っ先にそう釘を刺された。
いや、女の子のリリィはともかく、男の僕はそんな自分まで痛くなりそうなことしませんからね? 元凶であるリリィと一緒に居たからそう思われるのも仕方ないのかもしれないけど。
……とはいえ、リリィとの約束があるから勝ちには行かないといけないんだよね。いや、あそこは狙わないけど。
「分かってますよ」
下手なことを言うと墓穴を掘りそうだったのでそれだけ言うと、僕は背中に背負っていた、幅広で尺も長い、大きな木剣を抜き放ち腰だめに構える。
5歳の時に大人用の木剣で慣らしたせいか、成長すると重量が物足りなくなってきたから新しく作って貰った物なんだけど、小柄な僕が使うと身長に匹敵する長さになって、いつも一緒にいるリリィでさえ初めて見た時は「本当にそれ振れるの?」と心配そうにしていたくらいだ。当然、初めて僕を見る試験官の先生はこれを見て訝しげな表情を浮かべている。
この様子なら、行けそうかな?
「始め!」
審判の人の声を聞くと同時に、僕は一直線に駆け出す。
リリィと同じ動きで、構えもそれを意図した物だったから当然警戒していただろうけど、1メートル近いサイズの木剣を持ってあの子の倍以上の速度で迫られるのはやっぱり予想外だったのか、先生の動きは明らかに出遅れていた。
僕は敢えて、なんとか防御しようとしている木剣目掛けて下から掬い上げるように木剣を叩きつける。
「ぐぅ……!?」
不安定な姿勢で、重量差のある剣を受け止めたせいで先生の木剣が弾かれ、完全に無防備な姿を晒す。
僕は振り抜いた勢いのままに体を独楽みたいに回転させ、先生が体勢を立て直すより早く木剣をピタっと先生の首元に突きつけた。
「はい、これで僕の勝ちでよろしいでしょうか?」
しばし会場に流れる沈黙。その後に、リリィの時とは違って大きな歓声が巻き起こった。
リリィにはああ言ったけど、やっぱり先生達みたいな格上を相手に勝つには、油断している最初の一撃で決めるのが一番良いのは事実なんだよね。リリィはその斜め上を行ったわけだけど。
「ああ、見事だった。私の負けだよ」
試験官の先生と握手を交わし、元居た場所に戻る。
すると、なぜか不満そうにぷくーっと頬を膨らませたリリィが待っていた。
「ちょっとルル君、今の私と同じ戦法じゃないですか! あれがいいなら私だってちゃんと勝った扱いにしてくださいよー!」
あれと今のを同じだと申すかこの子は。いや、相手の油断に付け込んで先手必勝を狙うあたりは確かに同じだけどさ。
「だってリリィ、途中でずっこけただけじゃない」
「ちちち違いますよ! 狙ったんです、あれは!」
必死に言い張ってるけど、思いっきり目を泳がせながら言われても全く説得力がない。
リリィは嘘吐いてもすぐ顔に出るんだよね……それこそ初対面の人でも見破れるレベルで。
「はいはい、それじゃあ僕で最後だったみたいだし、魔法試験の会場行こうか」
「ちょっとルル君、なんで無視するんですか! うぅ、分かってますよあれは偶然ですよでもいいじゃないですか剣だけの試合で勝ったの初めてなんですからちょっとくらい浮かれても! うわーーん!!」
「ああうん、分かってるって、リリィはよく頑張ったよ。ほら、飴玉いる?」
「いります」
リリィはすぐに泣くけど、その分泣き止むのもすごく早い。具体的には飴玉さえあげればすぐに泣き止む。
おかげで一緒にいる僕としては楽でいいけど、なんだかお菓子に釣られてホイホイ知らない人についていきそうで、それだけは不安だなぁ……
「ん~、おいしいです~!」
そんな僕の心境など露知らず、飴玉にご満悦の表情を浮かべるリリィに苦笑しつつも、まあ今はいいかと頭を撫でて次の会場へ向かった。
「こうなれば最後の手段です、いっちょド派手な魔法で一気に評価を上げてやります!」
「やめて、リリィが張り切りすぎると大抵ロクなことにならないんだから、無難な魔法にして!」
魔法試験の会場は、体育館とコの字に並んだ校舎で出来た中央の広場。主に学園内で開催される大会や決闘の舞台として使われる場所だった。
そこに着くや否やリリィは、これまでの筆記、剣技での評価が悪い現状をどうにかすべく、練習を重ねてきた大規模魔法をぶっ放すと言い始めた。
もちろん、そのつもりで練習してきたのは知ってるけど……
「大丈夫です、大体4回に1回くらいはちゃんと発動しますし、昨日ちょうど3連続で失敗しましたから!」
「その数字のどこに大丈夫だと思える要素が!?」
普通は失敗しても、魔力が霧散するだけで何も起きない。けど、リリィの場合はなぜか魔法は発動した上で制御だけ失敗して暴発することが多い。たぶん、多すぎる魔力量がそうさせるんだろうけど、大規模魔法でそれをやらかすとちょっと大変なことになる。具体的には、いつぞやの『クリエイトウォーター』による森の洪水よりもすごい感じに。
「とにかく、大規模なのは禁止! 分かった!?」
「はーい……」
強く言いつけると、リリィはとぼとぼと中央に向かい、貸出の杖を受け取って的の案山子に向けて魔法の準備に入る。
リリィの番が回ってくるまでに何人もの子供が魔法を使ったけど、どの子も下級の『ファイアボール』や『アイスショット』などしか使えず、威力も精度もリリィには遠く及ばなかった。普通にやっても、十分最高評価が貰えるはずだ。
そもそも、リリィは杖を使って魔法を使うのはこれが初めてだ。杖があると威力が何割か向上するんだし、普段の調子で大規模魔法なんて使われたらどんなことになるか分かったものじゃない。
「煉獄より来たれ氷結の息吹。」
しかし、リリィが紡ぎ出した詠唱を聞いて、僕はすぐに察した。
ダメだこの子、全く自重する気ない!!
「大地を覆う永久の牢獄となりて、愚かなる咎人達に終わりなき絶望を。」
案山子を中心に、巨大な青い魔法陣が出現する。
『クリエイトウォーター』なんて比較にならない複雑な紋様を刻んだそれは、これから発動される魔法の規模を如実に表わしていた。
「現界せよ、凍獄!」
大規模水属性魔法発動の前兆として、周囲の気温が急激に下がり始める。
周りの先生や受験生の子供達も、これがどういう魔法なのか察したのか、大慌てで魔法障壁を張ったり、あるいはその不穏な空気を感じて距離を置いたりと慌ただしくなっていく。
まあ、僕は詠唱が始まった時点でとっくに退避してるんだけど。
「『極寒地獄』--!!」
広場の中心に、氷の華が咲き誇る。
案山子どころか周囲30メートル近くを巻き込んで出現したそれがこの魔法の額面通りの効果……なんだけど、やっぱりというか、被害はそれだけにとどまらなかった。
魔法の余波で周囲の空気まで凍り付いてダイヤモンドダストが発生し、それによって気圧差が生じ突風となり、局地的な吹雪が起こった。
リリィの望んだ通り、確かにド派手だ。けど、文字通りの極寒地獄は春先のやや薄めの服装だった人達にとっては少々酷だったようで、あちこちであまりの寒さに凍えている人が多数。怪我人はいないので大惨事かと言うと微妙なところだけど、試験で使うには少し行き過ぎな魔法だったことは間違いない。
一通り場が落ち着いたところで、僕は未だに杖を構えた格好のまま固まっているリリィのところへ向かった。
「リリィ~、大規模魔法はダメって言ったよね? 何堂々と使っちゃってるのかな?」
ひとまず説教の一つもしてやらねばと、声をかける。
けれど、リリィは何の反応も示さず、よく見れば小刻みに震えていた。
……いや、まさか。
「ルル君……さ、寒い……た、たすけてぇ……」
どうやら、自分の魔法の効果範囲にいたせいで凍えてしまったらしい。よく考えてみたら、離れたところで見ていた人すら震えてるんだから、一番近いところにいたリリィが影響を受けるのは当たり前だよね。
……自分の魔法で自分が一番ダメージを受けるって、バカかこの子は。いや、元からバカなんだけど。
「やれやれ……もう、顔が涙と鼻水で酷いことになってるよ? ほら、ハンカチ」
「ありがと……んっ、ずびー」
ハンカチで顔を拭ってあげた後、チーンっと鼻をかませてあげる。全く、可愛い顔が台無しだ。
怒ろうと思ってたのに、この顔を見てたら毒気が抜かれちゃったよ。
「はぁ……これに懲りたら、もう危ない魔法は使わないでよ?」
「はい……すみませんでした……」
シュンと項垂れるリリィの頭を撫でて、そのまま抱き上げる。
「ひゃわっ」
「凍えちゃって動けないんでしょ? 早く体温めないとまた風邪引くよ」
所謂お姫様抱っこの体勢でしっかり抱いて、そのまま医務室に向かって歩き出す。
これまでの経験上、十中八九風邪引くだろうから、早めに風邪薬は飲んでおいたほうがいいしね。
「ありがとうルル君……」
そう言って、リリィは安心したように体を預けてくれる。
結局、リリィの介抱のためにその後の魔法試験は受けられなかったけど、そうでもしないとリリィと同じクラスになれなそうだったし、ちょうどよかったかな。
本当、バカで後先考えなくて、そのくせ行動力だけはあって……ほっとけないんだから、リリィは。
どっちが主人公だっけ(´・ω・`)
※極寒地獄の効果範囲について指摘があったため、少々修正しました