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番外編 眠れる美女は男の娘? 後編

 さてさて、久しぶりにゆっくりと学校の中を見て回ることが出来た僕ではあったけど、当然のように演劇をやる会場にやって来たら……というより、彼が見えなくなった途端、人の波に飲み込まれた。比喩でも何でもなく、本当にそうとしか言えない勢いで。

 それをどうにかこうにか宥めて抑えて、やっとの思いでその場が落ち着いた頃には、既に開演時間間近になっていた。


「あ、いけない、もう始まっちゃう!」


「行きましょう、そして早く白雪姫になった蒼ちゃんと……! ぐへへ」


 何だか少しばかり不穏な笑い声が聞こえた気がしたけど、時間がないのは本当だから、きっと空耳だったんだと自分に言い聞かせながら、体育館の中へと入っていく。

 ああ、ついにこの時間がやって来てしまった……男の僕がお姫様役って、なんて罰ゲーム?

 そう思いながら、もはや諦めの境地に至った僕は、なぜか女子達に囲まれて白雪姫の衣装に着替えさせられつつ、まるで処刑台に送られる前の罪人のような心持ちで、その時を待つ。


『では、次のクラスです。〇年×組、《白雪姫》です。どうぞ――』


 進行役の人が告げると同時、舞台の幕が上がる。

 真っ暗な中、ナレーション役の子が、それはそれは綺麗な声で台本を読み上げ始めた。


『あるところに、美しい一人の魔女がおりました。彼女は自らの容姿に絶対の自信を持っており、今日もまた、いつものように魔法の鏡へと問いかけました』


 それと同時に照明が魔女役の子と、その正面に置かれた大きな姿見を照らし出す。

 その子……最初にシンデレラの役をやりたがり、僕を虐めたいとかって危険なことを口走っていた女子は、意外と素晴らしい演技力で、いかにも高慢そうな態度で朗々とセリフを紡ぎ出す。


「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」


 それはあなたです、と言われることを微塵も疑っていない、自信に満ちた表情。しかし、それはすぐに崩れ去る。


『それは白雪姫です』


「なんですって……?」


 魔女にとって予想外の名に、その美しい――演じてるのが学生だから、どっちかというと可愛らしい――顔を怒りに歪ませる。

 そして、鏡に向かって確認するように更なる言葉を投げかける。


「それは本当なの?」


『はい、間違いありません』


 これまた名演技としか言いようがない、機械的で淡々とした言葉に、魔女は苛立たしげに舌打ちする。


「ならば、その姿を映し出しなさい、私がこの眼で真実かどうか確かめてあげるわ」


『分かりました』


 魔女の指示に、魔法の鏡が了承すると同時に、脇で待機していた僕がライトアップされる。

 今この場は、あくまで魔女が僕の……もとい、白雪姫の存在を認知するシーンだから、特に何も演技する必要はなく、ただ椅子に座ってるだけだ。

 ……だと言うのに、なぜか会場から湧き起こる歓声や感嘆の声。うん、おかしくない?


『彼女が白雪姫です。どうです、美しいでしょう? この世のものとは思えない、まさに天上の美であると言えましょう!』


 魔法の鏡が、そう言って僕を褒めちぎる。

 いや、ちょっと待って、あなた直前までものっすごい機械的な受け答えしかしてなかったよね? なんで今この時だけそんなに熱の籠ったセリフ吐いてるの? 台本になかったよねそれ?


「ええ……これは、確かに美しい……! 私なんて、彼女の前には足元にも及ばないわ!!」


 そして魔女もまた、あっさりと白雪姫の方が上だと認めてしまう。

 うん、早速の原作ブレイクにツッコミたいところだけど、これは台本通りだから何も言えない。いや、台本と違ってたところで、このシーンの僕はただ座ってるだけだから、最初から何も言えないんだけど。


「ハアハア……そ、その子を、その子をどうか我が物に!! 魔法の鏡よ、どうか!!」


『できません、私の力はただ、この世界で最も美しい娘を映し出すことだけです。というかこの子は私のです誰にも渡しません』


「きいぃぃ!! ただの鏡の癖に生意気なぁぁぁ!!」


『ただの鏡ではありません、魔法の鏡です』


 ぎゃあぎゃあと、口喧嘩を始める魔女と魔法の鏡の図。

 というかうん、本当になんでただの鏡が僕に対して独占欲発揮してるの? あと魔女ってそんなにヒステリック起こすようなキャラだっけ?


「はあ、ふぅ……よし、決めたわ」


 やがて、一通り叫んで満足したらしい魔女は、僕の方を向いて、ニタリと笑みを浮かべる。


「この娘は何が何でも我が手中に収めてみせる! 誰にも渡さない、生涯私の手元で愛でて可愛がって撫で回して甘やかすの! く、くふふふ……くははははは!!」


 狂ったように笑いながら、とんでもないことを叫び出し、血走った眼で僕の方に駆け寄ってくる魔女。

 うん、台本通りのセリフ……よりもちょっと過激とは言え、概ね台本通りだし、何度もリハーサルでやったところだから事前に知ってた部分だけど、でもやっぱり怖い、凄く怖い!

 そして、第一幕が終わり、照明が一旦落ちる。

 最後の瞬間、魔女役の子が僕の前に設置された防護用兼仕切り用の壁に激突して、潰れたカエルみたいな声を上げるんだけど、それは幸いにして、観客の人に見られることはなかった。

 ……と、思いたい。




 そこからはもう、原作なんて遥か彼方に投げ捨てたストーリーが始まった。

 まず、狂笑を上げて僕に突撃してきた魔女は、第二幕でいきなり白雪姫(僕)にプロポーズしてきた。唐突過ぎてわけがわからないよ。

 それはこの劇の白雪姫にとってもそうだったようで、このプロポーズは当然断られることになる。

 ただ、フラれた魔女はそのショックからヤンデレが爆発。今生で一緒になれないのならと、白雪姫との心中を企むように。なにそれ怖い。


 あの手この手で白雪姫を殺そうとする魔女に対し、逃げ回る白雪姫。演技のはずだけど、ハアハア言いながら追いかけてくる魔女役の子が本気で怖くて、僕自身途中で演技することも忘れて全力で逃げ回っていた。


 魔女の追撃から逃げ回る最中、色んな人と出会っては一目惚れされ(!?)、助けられながらなんとか生き延びる白雪姫。やがて、とある猟師の男にこれまた一目惚れされ、森の中へと落ち延びることに。これ、さりげなく駆け落ちしようとしてない?

 ともあれ、そこで出会ったのが、7人の小人。小人と言いつつみんな僕より背が高いけど、そこは気にしたら負けだ。


「小人たちよ、どうか我らを、邪悪なる魔女より匿って欲しい!」


「おお、なんと可憐なお嬢さんであることか! 是非とも我が妻として迎え、邪悪なる魔女から守って……」


「ちょっと待て、抜け駆けは許さんぞ」


「そうだぞお前、ここは俺が妻として迎えるべきだ」


「いいや俺だ」


「違う俺だ」


「ええい待て、ここは最初に彼女を助けた俺が……!」


 なぜだか出会い頭に白雪姫を巡って喧嘩を始めたけども。あと猟師さんはシーン的にはここでフェードアウトだから、粘らないでいいから。何をアドリブでとんでもないこと口走ってるのさ!?


「あ、あのー、今は喧嘩する時ではないと思います……」


 台本的にもシーン的にも、ここで争う流れはないから。だから落ち着こう。

 そんな、演技1割本音9割の言葉を投げかけて、何とか喧嘩を仲裁するアドリブを披露するハメになりながら、それでも一応は大筋に影響なく物語は進む。


 7人の小人(あとなぜか猟師)と一緒に森の中で過ごす白雪姫の下に、やがて物売りに化けた魔女がやってきて、白雪姫に毒リンゴを食べさせる。

 特に警戒することなく毒リンゴを食べた白雪姫はその場に崩れ落ち、それを見た魔女は歓喜の笑みを浮かべ、その場で命を絶つ……


「ハアハア、やっとあおいちゃ……白雪姫が私のモノに、ぐふ、ぐふふふ……!」


 ……はずなんだけど、怖い、怖すぎる! ちょっと魔女の演技に嵌り過ぎだよ!? ていうかこれ、演技だよね? 演技なんだよね!?


「何をしているこの魔女があああ!!」


「ごっふぅ!?」


 そこへ、仕事から戻ってきた小人の1人が飛び蹴りをかま……って、飛び蹴り!? ちょっと待って何してんの!? そんな過激な行動台本にないよ!?


「ぐふっ、お、おのれ小人め、私と蒼ちゃ、じゃなかった、白雪姫との逢瀬を邪魔するなんて……!」


 逢瀬じゃないし、毒殺だし! ってツッコミたいのは山々なんだけど、何分白雪姫は一応現在毒殺されてるわけだから何も言えない。

 ていうか、飛び蹴りされて思いっきり吹っ飛んでたけど、大丈夫なの? いや、演技する余裕があるあたり大丈夫そうではあるけども。


「何が邪魔だ、我らが女神、愛しのエンジェル白雪姫にこのような……! 許せん!」


「息をしていない……! 貴様、白雪姫に何をしたんだ!」


 口々に魔女へ怒りの声を上げる小人達。それを受けて、魔女はその口角を持ち上げニヤリと笑みを浮かべる。


「ふふふふ、白雪姫に与えたのは、誓いの毒リンゴ……! それを解毒するには、白雪姫を無限の愛で満たす必要がある……そう、真に白雪姫を愛している、私のキスが必要なのよ!!」


 ババン! と効果音が付きそうな……というか、付けながら、そんなことをのたまう魔女。

 うん、端的に言ってわけがわからないよ。


「何ィ!? だったらここは俺がキスしないとな、何せ、白雪姫を一番に愛してるのは俺だからな!」


「待て、何を抜け駆けしようとしているんだ! その役目は俺にこそ相応しい!」


「いいや俺だ!」


「違う俺だ!」


「小人にその役目は似合わない! ここは優秀な猟師たるこの俺が……」


「「「「まだいたのかよお前!!」」」」


 漫才みたいなやり取りをアドリブでこなしながら、魔女そっちのけで段々ヒートアップしていく小人達(+α)。

 そんなカオスな状況の中、突如として会場に声が響き渡る。


「待てい!!」


「何奴!?」


 照明が落ち、ただ一か所が照らし出される。

 そこに立つのは、白馬(に似せて作られた段ボール)に乗った、王子様。

 クラスの中でも一番顔立ちが整っている彼は、ゆっくりと小人や魔女のいるところまでやってきて、口を開く。


「お前達、何を争っている。そのような美しき姫の前で、無粋であるぞ」


「これは、王子様……! しかし、白雪姫はこの通り、魔女の毒で……」


「事情は聞いていた。しかし、愛こそが彼女の眠りを覚ますというのなら、俺に良い考えがある」


「良い考えだと?」


 キラリと光る白い歯を見せながら、イケメン王子は小人達を、そして飛び蹴りのダメージのためか、微妙に足が震えている魔女をも見渡し、満面の笑顔と共に口を開く。


「ここにいる皆で愛を囁けばよい。愛に貴賤はない、ここにいる皆が、それぞれの思いを胸に白雪姫を愛している。ならば、そこに優劣をつけるべきではない。身分も人数も時間も、そして性別さえも関係ない。そうは思わんかね?」


 まるで観客へと語り掛けるように、とんでもないことをほざく王子様。

 なんじゃそりゃと突っ込みたいのは山々だけど、なぜか小人達はおろか、会場にいる人々までもが「そうだ」「その通りだ!」とか、物凄い同意の言葉を上げてるからどうしようもない。


「さあ、皆の力で、眠れる姫を死の淵から呼び戻そうではないか!」


「「「うおおおおお!!!」」」


 その呼びかけに答えるように、会場にいる人達が雄叫びを上げる。そして、あろうことか立ち上がり、檀上に登り始め……って。


「ちょっ、えぇ!?」


 まさかの事態に、僕はもう演技も忘れてその場で起き上がってしまう。

 いやだって、こんな流れ聞いてないんだけど!? なんで観客の人達まで押し寄せて来てるの!?


「蒼ちゃん、いいえ、白雪姫ぇ! あなたは私のキスで目覚めさせてあげるわあああ!!」


「俺もだ! 白雪姫ぇ! 俺の愛を受け止めてくれぇ!!」


「ひいいいい!!?」


 しかも観客に合わせて、舞台裏で待機していた他のクラスメイトまで迫ってきた。

 待っておかしい、いや、言われてみればクラス全員キス出来るようにって言ってたのに、小人と王子と魔女とあと数人しか登場人物いないからおかしいとは思ってたけど! まさかこの流れ、ここにいる全員グルか!? ヤバイヤバイ、このままだとキス以前に僕が物理的に圧し潰される!! けど、逃げ場なんてどこにもないし……!


「おい、こっちだ」


「えっ、ひゃっ!?」


 そんな危機感を覚えつつも何が出来るわけでもなく、そのまま圧し潰されるかと思われたその瞬間、人波をかき分けて伸びて来た腕に手を取られ、強引に引っ張られてその場から助け出される。

 あまりにも多すぎた人波によって、僕が中心から抜け出たことにみんなが気付くのが一瞬遅れ、そうしてるうちに僕を連れだした誰かは、僕の体を包み込んで周りから隠し、そのまま綺麗に会場から抜け出てしまった。鮮やかな手際に、声も出ない。


「……ここまで来ればいいだろ」


「あっ……」


 そうして外に出て、ようやく僕を助け出してくれた人物の顔を見ることが出来た。

 不良っぽい見た目と違い、親切にも僕と一緒に文化祭を回ってくれた彼こそが、僕を助け出してくれた張本人だったらしい。


「えっと、ありがとう、助けてくれて……」


 劇はまだ終わってないのに抜け出して大丈夫か、ちょっと不安にもなるけれど、あの混沌とした状況でエンディングなんて迎えられるはずもないし、まあ、大丈夫だろう、多分。


「ふん、別に助けたわけじゃねーよ、ただ……」


「ただ?」


「……また一緒に文化祭回るっつってたからな。そうなる前に怪我でもされたらたまったもんじゃねえって、それだけだ」


 そっぽを向いたまま、ぶっきらぼうにそう言い放つ彼の姿に、僕は思わず吹き出してしまう。


「何笑ってんだよ」


「ごめんごめん。けど、僕との約束、覚えててくれたんだね」


 まあ、厳密には一方的に告げただけで、約束の体も成してなかったんだけど。それでも、まさか昨日の今日どころか、さっきの今で実行に移してくれるなんて思ってなかったし、素直に嬉しい。


「だから、ありがとう」


 だからこそそう笑顔で言うと、彼はまたもふいっとそっぽを向く。

 その表情は直接伺い知ることは出来ないけど、横から見える分だと照れて赤くなってるように見えた。


「ふふっ、それじゃあ、文化祭の続き、楽しもう!」


「あっ、おい、引っ張るな! ったく……」


 彼の手を引き、その場から駆け出す。

 なお、僕がまだ、白雪姫の衣装を着たままだということに気付く頃には、演劇の内容が「白雪姫」ではなく「美女と野獣」だったんじゃないかという噂がまことしやかに囁かれることになっていたらしいけど、それを知るのは随分と後になってからだった。

ダメだこの学校早くなんとかしないと

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