第七十五話 ルルの困惑③
久しぶりのルル君視点です。
「どうしてこうなった」
昨日、リリィとデートした。
今までも一緒に出掛けることはあったけど、それは大体がリリィの男修行(?)に付き合うっていうよく分からない目的だったし、ある意味初めて幼馴染の男女らしいお出かけをしたわけで、当然のように舞い上がる気持ちもあった。僕以上に照れまくり、顔を赤くし、ちょっと抱き寄せるだけで面白いくらい狼狽するリリィの姿は新鮮で、ついつい意地悪したくなるくらい滅茶苦茶可愛かった。出来ればもう一回したい。
けど、それ以上の問題も発覚した。僕の魔眼魔法が、ついにリリィに知られてしまった。
僕自身、最後まで隠し通せるとは思っていなかったし、そもそも本気で隠すつもりならリリィの前で使うこと自体、愚策も良いところだ。それでもリリィ相手なら、たとえ力そのものを見られたとしても、ただ他人の魔法を操る魔法だと説明すれば、それで納得するだろうっていう打算があったのも確かだ。たったそれだけでも、尋常じゃない力なのは間違いないんだから。
問題は、リリィが魔眼魔法っていう単語そのものを知っていたこと。これはお伽噺の中でしか出てこない伝説の魔法で、その中であってさえ魔王の特殊能力として語られ、魔法だなんて一言も書かれてはいない。いや、魔王にしか習得できない魔法だっていう時点で、特殊能力と大差ないか。
ともあれ、そんな魔眼魔法のことをリリィが知っていたってことは、誰かからそれを教えられたっていうことだ。リリィの両親からっていう線もないではないけど、タイミングからして女王が情報の出所であることは間違いない。
そして、リリィが最初、それを聞いて僕を避けていたってことは、恐らく他人すら意のままに操り、その思考すら捻じ曲げられるこの魔法の真の力まで知られたと見て間違いない。僕がリリィにこれまで仕掛けた魔眼魔法は、精神安定のために魔力の流れを整えたり、そこから発展して睡眠誘導したりした程度で、思考を操るような真似はしていない。でも、そんなことを信じろと言われても難しいことは想像に難くない。それくらい、これは危険な魔法なんだから当然だ。
だから、下手な言い訳を重ねるつもりもなく、糾弾されても仕方ないと思って、リリィにも魔眼魔法をかけたことがあると答えた。それが……
「どうして、こうなった……!」
「あら、ずっと望んでいたことでしょう?」
「そうだけどそうじゃない。ていうか誰のせいだ」
僕がジロリと目を向けた先に居たのは、やたらと胸の大きい僕らの同級生、モニカだ。
くすくすと可笑しそうに笑う彼女の言いたいことは、残念なことに分かってしまう。
デートの日、僕はリリィに、いわば「お前を操ったことがある」と宣言したに等しい。まともな人間なら、そんな奴に近づこうとはしないだろう。なのにリリィは、何をまかり間違ったか、前にも増して僕にくっ付いてくるようになった。「私、操られてルル君が好きになっちゃったみたいなので、本当に好きになるまで一緒に居ます!」とのこと。これ、僕告白されてるの? それともされてないの? 誰か教えて。
「素直に押し倒してしまえばいいのではないですか? 幸い今なら合意の上です、リリアナさんのご両親も納得されるでしょう」
「どこの世界に、自分の娘が操られた状態で襲われて黙ってる親がいるのさ」
「操っていないのでしょう?」
「そうだけど、当のリリィですら信じてないのに、信じるわけないじゃないか」
「リリアナさんなら言えば信じると思いますけどね」
「いやそうだけどさ……」
そもそも、「ルル君が悪いことに力を使うわけがない」って言いながら、僕に操られてるって思いこんでる辺り矛盾してるよね。自分が僕に操られるのは悪い事じゃないの? いやいや、そんなバカな……
「はあ、リリィがバカなのは今に始まったことじゃないけど、今回ばかりは訳が分からない」
「だとしても、私が愚痴を言われる謂れはないのですけれど」
「君が女王に情報を流したせいでこうなってるんだ、これくらい許してよ」
「ふふっ、何の事でしょう?」
教室での、あわあわとした弱気な態度は鳴りを潜め、どこか小悪魔的な妖艶さを醸し出すモニカの態度に、僕は再び溜息を吐く。
全く、あまり意味はなかったとは言え、こんなことならちゃんと口止め料でも払っておくんだったかな……
「ルルくーん!!」
「リ、リリィ!?」
そんな風に考えていたところへ声がして、慌ててそちらに振り向けば、こちらに向かって走ってくるリリィの姿が見えた。
「ど、どうしてここに?」
今いる場所は、学園の校舎の裏、普段誰も寄り付かない場所だ。何のヒントもなく、リリィがこんなところに来れるはずがない。
「ルル君がいる場所くらいすぐ分かります」
「いやなんで!?」
「ルル君ですから」
「さっぱり意味が分からないんだけど!?」
うちの幼馴染はいつからエスパーになったんだ。特定人物だけ探査する魔法なんてまだこの世界にはないんだぞ!
「まあまあ、細かいことはいいんですよ、そんなことよりホームルーム始まりますよ? 早く行きましょう」
「あっ、ちょっ」
リリィは駆け寄った勢いのまま僕の腕にしがみつき、そのまま引っ張っていく。
あんまり強く抱きしめるものだから、僕の腕が思いっきり胸に当たってるんだけど、幸いと言うべきか、絶壁だからそこまで良い感触じゃないし、問題ない。ないったらない。
「あ、モニカさんもいたんですか。一緒に行きますか?」
「あ、いえ、私はもう少し後から行きます、先生に用事があるので……」
「そうですか? じゃあ先に行ってます、また後で!」
「ええ、また後で」
リリィを見るなり、普段の気弱な少女の皮を被り直したモニカは、僕を見て一瞬だけニヤリと笑みを浮かべた。
こ、コイツ、明らかにこの状況を楽しんでやがる……後で覚えてろよ……
「ほら、ルル君!」
「わ、分かったから、引っ張らないでって!」
リリィに引きずられ、僕は教室へ向かって連行される。
その途中、なんとか体勢を立て直して、引っ張られないようリリィの隣に並んであるくようにしたんだけど、リリィは一向に僕の腕から離れようとしない。
「ねえリリィ、歩きにくいんだけど……」
「私もですから大丈夫です」
「いや今の言葉のどこら辺に大丈夫なポイントが? 他のみんなから物凄い目で見られてて針のむしろだから、出来れば離れてくれると……」
「いやです」
「えー……」
周りから集まる嫉妬ややっかみの視線に出来るだけ気付かないフリをしつつ、リリィに何とかそう提案するも、一瞬で却下される。
ていうか、リリィだって恥ずかしがってるじゃん、耳真っ赤じゃん、そんなになるくらいならやめておこうよ!
「あ、リリィ、ルルーシュ。おはよ」
「あ、ヒルダさん、おはようございます」
そうこうしているうちに、教室に辿り着いた。
待ち構えていた……わけじゃないだろうけど、タイミング良くヒルダが出迎えてくれ、僕の腕にしがみついたリリィを見て、ニヤリとモニカと同じような笑みを浮かべる。
「その様子だと上手く行ったのか、よかったなリリィ」
「いいえ、まだですよ?」
「へ?」
「これはルル君とそうなるための準備みたいなものです、だからまだ付き合ってません」
腕組んで、もはやそうなることが確定事項みたいに言ってる時点で否定になってないけど、言葉尻だけ捉えると僕がフラれたみたいになってる不思議。本当、これはどう受け取ったらいいんだ?
「あー、うん、まあ頑張れ」
「はい、頑張ります!」
ヒルダも分かったのか分かってないのか、軽い調子でそう答えて、席へと戻っていく。
僕とリリィもまた、いつまでも立ったままでいてもしょうがないから、さっさと席に着くことに。
「リリィ、君の席はあっち」
「席替えとかダメでしょうか?」
「ダメに決まってるでしょ」
「むぅ……仕方ないです、それじゃあルル君、また後で」
「うん」
リリィがようやく離れ、自分の席へと向かっていくのを見送ると、なんだかドッと疲れが押し寄せてきた。さりとてリリィに今まで以上に好意(?)を向けられるのも悪い気はしないから、何とも複雑な気分だ。
「はあ、これから先が思いやられる……」
こっちの気も知らないで、リリィが好き勝手に振る舞うのはいつものことだ。けれど、魔眼魔法なんて面倒な力を持ってしまった僕としては、それを知りながらも利用しようとも、さりとて怖がることもなく、いつも通り……とは若干違う気もするけど、それでも極々自然に傍に居て、いつもの笑顔を向けてくれるのは、僕自身思っていた以上にほっとしていた。
「僕もまだまだだな……」
たとえ僕がどうなったとして、リリィだけは守りたい。それが、その想いこそが、僕の心が魔王の物じゃないと信じられる唯一の根源だ。だからこそ、たとえ嫌われても守るつもりでいたって言うのに……やっぱり、出来れば一緒に居たいと思うのは、僕も同じってことか。
まあ、こんな風にベタベタされるのは、流石に困るんだけどね。主に僕の理性が耐えられないっていう意味で。
「はーいお前ら、ホームルーム始めるぞー」
先生が教室に入ってきた、そう気だるそうに口を開く。
それを半ば聞き流しながら、僕は無意識のうちにリリィのほうに視線を向ける。
そんな状態だったからこそ、続く言葉を何の心構えもなく聞くハメになってしまった。
「早速だが、お前らに連絡事項だ。来月、1年生は修学旅行ってことで、山岳都市ナインベルへ行くことになった。温泉宿で有名な町で、実際私らが泊まるのもその1つになってる。ともあれ、各々準備しておくようにー」
「……はい?」
リリィとの関係が、いまいちハッキリしない今の状況で、修学旅行と言う名の温泉旅行。
トラブルの匂いしかしてこないその唐突なイベントに、僕はしばし、固まってしまった。
デートの次は旅行だ! 温泉だ! 混浴だ!(違