第七十話 決断の時です!
「さあ、来ましたよリリアナさん!」
「あ、あのマリアベルさん? 本当にするんですか?」
学園内における私達の教室、その前をずっと走る廊下の角で、私とマリアベルさんはひそひそと声を交わしています。
視線の先には、家のトラブルが片付いて、ようやく登校してきたらしいルル君の姿が見えていて、私としては今すぐにでも回れ右して逃げ出したいくらい何ですけど、マリアベルさん曰くそれじゃあダメなんだそうです。
「何を言ってるんですか! ここで頑張らないとリリアナさん、一生後悔しますよ! 考えてみてください、ルルーシュさんがモニカさんと手を繋いで、ニコニコ笑顔を浮かべながら買い物なんてしちゃって、美味しいレストランでお互いあーんなんてしちゃったりして、最後は綺麗な星空の下でちゅーとか……」
「あの、マリアベルさん、なぜルルーシュさんの仮想の相手が私なんですか……? 後、リリアナさんが泣き出しちゃってるのでそれくらいにしてあげてください」
「あれ? リリアナさん!? すみません、今のは例えばの話で、別にモニカさんとルルーシュさんがお似合いだとかそういう話ではなくてですね……!」
「びえぇ……」
うぅ、なんでこんなに涙が止まらないんですか! モニカさんとルル君、別にお似合いじゃないですか、美男美女、絵になるカップルで、私なんて……私なんて……うぅぅ。
「大丈夫ですリリアナさん、今からでも挽回できます、しっかりと自分の恋心を自覚して、ルルーシュさんの関心をモニカさんから取り戻しましょう!」
「あの、ですからマリアベルさん? 私とルルーシュさんはそういう関係では……」
「うぅ、分かりました、マリアベルさんの言う通りです、恋だのなんだのはひとまず置いておくにしても、ルル君は私のです! モニカさんには渡しません!」
「あの、ですから……というかリリアナさん、さっきから思ってましたけど、もはや自覚するとかいう段階超えてませんか? そこまで想ってるなら後は告白するかどうかだけなんじゃ……」
「その意気です! 細かいことはこの恋愛マイスターなマリアベルにお任せください!」
「あのー……」
私とマリアベルさんが話し込んでる横で、モニカさんが何やら所在なさげに手を彷徨わせてますが、今の私の頭の中はマリアベルさんの言葉でいっぱいいっぱいなので、細かい話は後にしてください!
「いいですか、リリアナさん自身が恋心を自覚するとともにルルーシュさんの気を引くためには、それ相応のイベントが必要です。まず、曲がり角で男の子と女の子がぶつかり合って恋に落ちるというのは定番です、だから、まずはそれを踏襲して、ここを通ったルルーシュさんに体当たりしてください!」
「あの、マリアベルさん? それ恋愛小説の読み過ぎでは……」
「なるほど、分かりました! 流石マリアベルさん、頼りになります!」
「えぇ……」
モニカさんが何やら困惑した声を上げてますが、もうルル君はすぐそこです、躊躇ってる暇なんかありません!
「それじゃあ、マリアベルさん、行ってきます!」
「ご武運を!」
マリアベルさんに向けてびしっ! と胸に拳を当て騎士の礼を取ると、同じようなポーズを返してくれ、それを合図に私は潜んでいた廊下の角から飛び出して、すぐそこまで迫ったルル君目掛け飛び掛かりました。ルル君、覚悟ー!
「おっと」
「あふんっ!?」
けど、飛び掛かると同時にルル君にあっさり躱され、私は廊下に顔面ダイブするハメに。うぅ、痛いです……
「リリィ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……というかなんで躱すんですかルル君!」
「いやだって、不意打ちされたら誰だって躱すでしょ?」
「ふぇ、不意打ち?」
打ち付けた鼻を擦りながら文句を言うと、ルル君の口からは予想外の言葉が飛び出してきました。
「アースランド流は確かに不意打ちを禁じてないし、負けず嫌いなリリィがどうしても勝ちたくてこんなタイミングで仕掛けるのは分かるけど、校舎内だと他の人に迷惑だからまた後でね?」
「い、いえ、そうではなく……!」
「ほら、リリィ、鼻血出てるよ」
「むぐっ」
なんだか若干勘違いされてるみたいだったので、それを修正しようと口を開きかけますが、それより早くルル君に鼻をハンカチで拭われ、それと並行して魔法で簡単に治療してくれました。鼻血を止めるくらいなら、光属性魔法の適正が低いルル君でも出来るみたいです。
ルル君の手から注がれた魔力が私の体に入ってきて、その優しい感覚に包まれると、何だか心まで温かく……
「これでよしっと」
けれど、ただの鼻血を治すのにそんなに時間なんてかかるわけもなく、あっという間にルル君の手は私を離れていきました。
「あっ……」
それを見て、思わず名残惜しい気持ちが湧いて声が漏れちゃったので慌てて口を塞ぎましたけど、ルル君には気付かれてませんよね?
「リリィ、ほら」
と、そんなことを考えている私に向け、何の躊躇もなく手を差し伸べてくれるルル君。
ちょうど、もう少し触れてて欲しいなんて思いが過ぎった直後だったこともあって、私は自分の顔に熱が籠っていくのを感じます。
「あ、う……あ、ありがとうございます……」
手を繋ぐくらい、今まで何度もやってるのに、どうしても気恥ずかしさから目を背けながら、恐る恐るその手を握り、立ち上がります。
うぅ、ルル君が直視できません……私のこの状態、いつまで続くんでしょうか。
「ほらモニカさん、やりました! やっぱり私の言った方法で間違いはなかったです!」
「マリアベルさん、あれはいつも通りの光景だと思うんですけど……」
そんな私の後ろから、未だに廊下の角に隠れて(?)様子を伺う2人の声が聞こえてきて、思ったよりも早く冷静になれました。
うん、これひょっとして、私がどうこうというより、マリアベルさんが見たかったシーンをやらされただけなんじゃないでしょうか?
そう思ってちらりとそちらを見ると、マリアベルさんが唐突に、何やら奇怪なダンスを始めました。
え、ええと……もしかして、何かをジェスチャーで伝えようとしてます?
「あの2人は何してるんだろ……」
「さ、さあ? なんでしょうね、あははは……」
まさか、ルル君とくっ付くために協力して貰ってるなんて言えませんし、適当に誤魔化します。
けど、肝心のマリアベルさんの方は気付いてないのか、ジェスチャーに必死ですし……ああもうっ。
「ルル君すみません、先に教室の中入っててください、私はちょっと用事を思い出したので!」
「え? ああ、うん」
ルル君の背中を押して教室に押し込むと、私はそのままダッシュでマリアベルさんの下に向かいます。
「マリアベルさんなんですか、伝えたいことがあるのは分かりますけどもうちょっとルル君にバレないようにしてください!」
「そんなことはどうでもいいです! それよりリリアナさん、何でもっとぐいぐい行かないんですか? ルルーシュさんの方から手を繋いでくれたんですよ、チャンスじゃないですか!」
「いやいやいやいや、ぐいぐいとか無理ですから、というか私、モニカさんに盗られたくないだけで、別に私自身がそ、そういう関係になりたいわけじゃないですから!」
「あの、ですから私、別にルルーシュさんとそういう関係では……」
「そんなこと言って、この前もルル君のお家に遊びに来てたじゃないですか! 実は人には言えない仲だったりするんじゃないですか?」
モニカさんの反論に、ほとんど反射的に私はそう言い返してしまいます。
冷静に考えると、単にお買い物に来てただけだって夏休みの時ちゃんと言ってましたし、少し混乱し過ぎてたかもしれません。
ただ、それに対する反応はちょっと予想外でしたが。
「…………そんなことありませんよ?」
なぜかちょっとだけ間を開けて、笑顔と言う名の無表情で言葉を返すモニカさん。
あれ? あれれ……?
「も、モニカさんもしかして、本当にルル君と……?」
「い、いえ、違いますよ? ただちょっと秘密の取引があっただけと言いますか……」
「何ですかそれ気になります! 私の知らないところでルル君と何をしてたんですかモニカさん!」
わーわーと騒ぎながら問い詰めますが、モニカさんはそれ以上口を割ってくれません。ぐぬぬ。
「よう、こんなところで何話し込んでるんだ?」
「あ、ヒルダさん」
私達3人で賑やかな(?)会話を楽しんでいると、後ろから唐突にヒルダさんが割り込んで来ました。
せっかく来たので、これ幸いとモニカさんの尋問(?)に巻き込むことにしましょう。
「聞いてくださいヒルダさん、モニカさんがルル君と秘密の関係を構築してたらしいんです!」
「いえですから、秘密は秘密でもリリアナさんの考えてるようなのじゃないですって」
「ほー、そりゃまた……これはうかうかしてられないなぁリリィ」
「全くです……ってヒルダさんは何でそんなに楽しそうなんですかー!」
にやにやと意味深な笑みを浮かべるヒルダさんに、私は全力で抗議の声を上げます。
けど、そんな私に対してヒルダさんは悪びれもせずに言い放ちます。
「だって面白そうだし」
「むぐぐ……」
こうも言い切られると、逆に反論の言葉が出て来ません。そんな私に更なる追い打ちをかけるように、ヒルダさんは言葉を重ねます。
「ていうかリリィは昨日からずっと何をそんなに悩んでんだ? らしくないな、お前ならいつも後先考えず正面突破だろ」
「ヒルダさんは人の事なんだと思ってるんですか!?」
「バカ」
「むきーっ!」
「まあそう怒るなよ、オレは褒めてるんだぞ?」
「どこがですか!?」
バカって言われて褒めてるなんて思う人は、美人に罵られたいドMだけですよ! そして私にそんな趣味はありません!
……いや、ご褒美ではあっても褒められてるとまでは思わないですよね、うん、やっぱり誰もいませんそんな人!
「あれこれ悩まずに、感じるがままに突っ走るってのも中々凄い事だと思うぞ? リリィ、本当は分かってるんだろ? 自分の気持ちくらいさ」
「うっ、それは……」
ヒルダさんに真っ直ぐ問いかけられて、私は口ごもります。
うぅ、確かに今感じてる気持ちは私だって自覚しないでもないですけど……でも……
「本当の気持ちかどうかなんて、ぶつかってみなきゃわかんねーんだしさ、まずはお前らしく素直にやってみたらどうだ?」
「………………」
そう言われ、私は改めて、落ち着いて自分の心と向き合ってみます。
操られてるのかどうか、今はまだ全く判断は付きません、けど……
「分かりました」
確かにヒルダさんの言う通りです、うじうじ悩むなんて私らしくありませんでした、今感じてるこの心が偽物だったとしても、どうせやるなら全力で当たって砕けろです!
「私、ルル君に告白します!」
「おおっ、流石リリアナさんです! ではでは、私の方からとっておきのシチュエーションをご用意します!」
「あ、はい……」
拳をぐっと握り締めて決意の声を上げると、マリアベルさんがどこぞのセールスマンみたいに売り込みをかけてきました。
そこはかとなく嫌な予感がするのは……私だけですかね……?