第六十七話 操られてたらしいです!
本当に話すことだけが目的だったのか、女王様と会った後、私は普通に釈放されました。
私を拘束したままにして、下手に強硬手段に出られるとどうなるか分からないのと、それだったら監視を付けて目的をちゃんと探った方が良いと考えたとか、そんな説明をなされましたけど、その前の言葉が衝撃的過ぎて、私の頭には入って来ませんでした。
そんな状態で家に帰った私は、夏休み最終日ではありましたけど、結局宿題をする気分にも慣れず悶々とした夜を過ごし、明けた翌日。
案の定、宿題に全く手を付けてなかった私は先生に呼び出され、お説教をされることになりました。
「リリアナ、私も教師の端くれとして、学ぶことの重要性は知っている。だからこそ、お前が宿題を忘れてくる可能性は十分あると考えていた」
「はい」
「だが、流石に宿題を一から十まで全部真っ白なまま登校してくるとは流石に予想外だったぞ? ん?」
「はい」
「お前がバカなのは知っているが、それにしたって分からないところはルルーシュやモニカに聞くとか、やりようはあったろう、なぜしなかった?」
「はい」
「……リリアナ、1+1は?」
「はい」
「………………」
ただ、私の頭の中は、女王様に言われた言葉でいっぱいだったので、全くお説教の言葉は耳に入って来ませんでした。
ルル君が私を操ってるなんて……そんなこと……
「はあ……まあいい、あいつらにも伝えておくから、ちゃんと1週間以内に終わらせるように、分かったな?」
聞こえていなさそうだが、という呟きは、案の定私には届くことなく、そのまま生徒指導室を後にした私は、廊下を歩きながら溜息を零します。
「はあ……これからどんな顔して会えばいいんでしょうか……」
「リリィ!」
「っ!?」
とぼとぼと、所在なく歩いていた私の前から、ルル君が駆け寄ってきます。
その姿を見るなり、私は顔に熱が籠ってくるのを感じつつ、サッと顔を逸らしました。
「昨日、大丈夫だった? ごめんね、迎えに行ってあげられなくて」
「い、いえっ、私なら大丈夫ですから……」
ルル君が私に近づいて、私の顔を覗き込むように回り込んできます。
その藍色の瞳と目が合うと、ドキンッ! と胸が高鳴るのを感じて、また慌てて背を向けて、目を合わせないようにします。
「リリィ、どうしたの?」
「なんでもないですっ!」
「いやでも、顔赤いよ? 風邪でも引いたの?」
「ほんとに大丈夫ですからっ! そ、それより、早く行かないと始業式始まっちゃいますよ、私、先に行きますね、それじゃあ!」
「あっ、ちょっと!」
ルル君から逃げるように、私はすぐにその場を駆け出します。
ドキドキと鳴り止まない胸の鼓動を抑えながら、私は一目散に教室へと向かいました。
「ぼー……」
始業式が終わり、帰る前のホームルームで先生が何かを話してる間も、私の頭の中ではずっと、女王様の言葉が繰り返し繰り返し、反芻されます。
――お主は、ルルーシュ・ランターンに操られておる。
そんなこと、ないです。
――ならば、なぜお主は彼奴をそこまで信じられる? 根拠もなく、魔法も剣技もお主の両親の方がまだまだ優れているはず。それなのに、なぜ?
理由なんて、ないです。
――それこそが、操られておるという証。彼奴が持つ、魔眼によるものじゃ。
魔眼……?
――そう。その瞳に映した物全てを操り、服従させるという最凶の魔法。それがあれば、相手を意のままに操り、自らを盲信し、好意を抱くように仕向けるなど容易いことじゃ。お主も、覚えがあるのではないか? 目を合わせた途端、意識が遠くなったりするようなことが。
それは……あります、けど……でも、ルル君は絶対にそんなことしないです。
――信じたい気持ちは分かるが、状況からして……
違うんです。ルル君が私を操るなんて絶対ないです。だって……だって……
「私を操って自分を好きにさせるって、それって裏を返せば私が好きってことじゃないですかーーーー!!!」
うがーーー!! っと叫び、頭を掻きむしりながら、私は勢いよく机に突っ伏します。
いやだって、自分を好きにさせるんですよ? 単に操るだけなら他にも色々あるはずなのに、態々好きにさせるってことはつまりそういうことじゃないですか! いやいや、ないですないです、ルル君が私を好きとか、そんなことないったらないんです。だってルル君は小さいし可愛いし綺麗だし、見た目は女の子みたいですけど、でも実際はすっごく強くてカッコよくて、気付けばいつも傍に居て支えてくれて、私の我儘にも文句言いながらも付き合ってくれる優しい男の子で……って違う! なんで途中からルル君を褒めちぎる文面になってるんですか!? はっ、これもまさかルル君に操られた結果……ってちがーーうっ!!
「おいリリィ、一人で何騒いでるんだ? もうホームルーム終わったぞ?」
「あ……ヒルダさん……」
私が一人悶々と苦悩しているところへ突然声を掛けられて、顔を上げると、そこには少しだけ癖のある赤い髪を短く切った、勝ち気そうな女の子。私とルル君共通の友達である、ヒルダさんがいました。
「いえ、それがその……」
「夏休みの間に、ルルーシュと何かあったのか?」
「な、なんっ!? ルル君となんて、にゃ、にゃにも、にゃにもあるわけにゃいじゃにゃいですかにゃ!?」
「何で猫言葉になってるんだよ……ていうか、動揺し過ぎ、ちょっと落ち着け」
呆れたような溜息を吐かれ、私はひとまず深呼吸して気分を落ち着けます。
ひっひっふー、ひっひっふー、よし、落ち着きました。
「今の反応で大方確信したけど、まあなんだ、許してやれよ、ルルーシュも出来心だったんだよ」
「出来心? なんの話ですか?」
「え? いや、リリィはリリィでアレだったけど、ルルーシュはルルーシュで、「やっぱりあの時見ちゃったこと怒ってるのかな……」とか言いながら落ち込んでたから、てっきりルルーシュのやつがリリィの裸でも覗き見たのかと」
「の、覗きっ!?」
その言葉で思い出されたのは、森の中で、私がおしっこするところをバッチリとルル君に目撃されたあの時の光景。
ルル君、あの状況で、私がしてるところを思いっきりガン見して……わーわーっ! もうダメです、これは思い出したらダメな記憶です! もう封印です、封・印!!
「ああ、やっぱりか。まあルルーシュがリリィを覗こうとしたのは男として仕方ないんだよ、許してやれって」
「だから違います!! あとそのことは今必死に忘れようとしてますから忘れてください!! 悩んでたのは別のことです!!」
「あ、そうなの? じゃあ何を悩んでたのさ」
「いや、その、何って……」
一人納得顔で頷くヒルダさんの誤解を解こうと、思わず口走ってしまったことで、ヒルダさんが不思議そうに問いかけてきます。
まあ確かに、私って普段悩みとかそういうのと無縁そうな立ち振る舞いをしてますからね、悩んでるのがよっぽど珍しいんでしょう……って、誰がお気楽天然少女ですか!
「その……ヒルダさんって、ルル君ことどう思ってますか?」
とにかく、私はルル君が誰かを操るような真似をしていないっていう確証が欲しくて、ヒルダさんにそう尋ねます。
操られると、無条件に相手を好きになっちゃうらしいですし、私と同じくらいルル君と近しいヒルダさんがそうなってなければ、それは十分証拠になりえるはずです!
そう思って、聞いてみたんですけど……ヒルダさんは、なぜか私の言葉を聞いて、これ見よがしにニヤニヤと悪戯っ子のような笑みを浮かべました。
「そうかそうか、ようやくリリィもそんな年頃になったのか。いやぁ、良かった良かった、リリィ、めっちゃ鈍いから、もうずっとあの状態のままかと思ってたよ」
「ふぇ? あの、ヒルダさん? いきなりどうしたんですか?」
突然隣に座って、私の肩に手を回してぽんぽんと叩きながら、うんうんと何度も頷くヒルダさんに、私は困惑しっぱなしです。
ていうか、そんな年頃って、私とヒルダさん同い年ですよ?
「皆まで言うな、分かってるって。ようするに、リリィもついにルルーシュの奴に惚れたんだろ?」
「はい? ……はいぃぃぃぃ!!?」
ヒルダさんの言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまいます。
いや、えっ? 私がルル君を好き? ないない、ないですって!!
「わ、わわわ、私はおおお男ですよ? そそそ、そんなこと、あるわけ、なななないじゃ、ないですか!!」
「いや、リリィ女だろ。ていうか、そんだけどもりながら否定出来ると思ってるのもある意味すごいな……」
喜びの表情から一転、呆れたように溜息を吐くヒルダさん。
いやいや、でもそんなことないですって、あるわけないですって!
「だ、第一、ルル君だって私なんか、す、好きになるわけないじゃないですか! こんな、バカでガサツで適当で軟弱で我儘ばっかりで猪突猛進な私なんて!!」
「自分がバカだって自覚あったんだ……ていうか、リリィ、気付いてなかったのか?」
「な、何がですか!」
「ルルーシュ、リリィのこと好きだぞ? ずっと前から」
「は、はいぃぃぃぃ!!?」
今更何言ってんの、みたいな顔で頬杖を付くヒルダさんの肩を掴むと、私は思わずそのまま前後に揺さぶっていました。
「女王様に続いて、ヒルダさんまでそんな適当なこと言うんですか! 私は騙されませんよ!」
「リリィ、落ち着けって。ていうか、そんなことで嘘付いてどうするんだよ、むしろオレとしては、さっさとくっ付いてくれた方がやきもきしないで済むから助かるくらいなんだけど……」
がくがくと揺さぶられながらも、こともなげにそう言ってのけるヒルダさんに、私はぐぬぬと二の句が継げなくなります。
いえ、別に前からずっと好きだったっていうのを認めたわけじゃないんですけど!
「よし、それじゃあリリィもようやくその気になったみたいだし、さっさと告白してこい!」
「いや、だからその流れはおかしいですって! そ、それに、私のこの気持ちだって、本物かどうか分かりませんし……」
ルル君に操られてるかもしれないから、なんて言えず、そう口ごもる私に、ヒルダさんはじれったそうに頭を掻きむしりました。
「ああもう、分かった! そこまで言うなら、オレが両方バッチリ自覚させてやる! ついて来い!」
「いやあの、ヒルダさん? どこへ行くんですか?」
「んなもん決まってるだろ」
私の手を引きながら、強引にヒルダさんが歩き出します。
それに足を取られそうになりながら、何とか体勢を立て直しつつ顔を上げれば、そこにはヒルダさんの、玩具を前にした子供のような、楽しそうな笑顔がありました。
「ルルーシュの家だよ」
シリアスになるかと思った? 残念! ギャグだよ!
え? 知ってたって? (´・ω・`)ソンナー