第六話 事前勉強は大事ですけど、ちょっとくらいサボりたいですよね?
「お母様、行ってきまーす!」
「はい、気を付けて行ってらっしゃーい」
挨拶もそこそこに、荷物を背負って外に出る。
すると、それを待ち構えていたらしい黒狼が、私に飛びかかってきました。
「わぷっ! オウガ、そんなにはしゃがないの~」
「ハッ、ハッ」
キャンプ先で拾った黒狼には、オウガって名前を付けました。王の牙で、オウガ。ふふっ、我ながらかっこいい名前です。どやぁ。
まあ、ルル君には安直すぎるとか言われましたけどね。全く、分かってないんですからルル君は。
ともあれ、連れ帰った当初こそ首輪を付けていてもかなり驚かれましたが、元々黒狼は狩りの相棒として使役されることもある魔物だったこともあって、3年も経った今では結構な人気者になってます。体が大きくて私がお出かけする時によくオウガに乗っていたので、人目に触れる機会が多かったのも理由の一つでしょうね。
べ、別に歩くのをサボってるわけじゃないですよ? 今でも筋トレやランニングは欠かさずやってますし! ただ移動の時まで自分で歩いてると時間がかかりすぎるだけで……!
あ、そうそう、最近ようやく腕立てや腹筋が2、3回出来るようになりました! 4年越しでやっとです! ふふふ、私もようやく成長の兆しが見えてきましたよ!
それをルル君に言ったら、何とも言えない物凄く温かい目で見られましたけどね……
ともあれ、今日はそんなルル君と一緒に魔法や剣術の自主トレをする約束です。早く行かないと怒られちゃう。
「オウガ、今日もよろしくね」
「ガウッ」
乗りやすいように伏せてくれたオウガに跨ると、そのまま颯爽と駆け出していく。
慣れないうちは何度も振り落とされそうになりましたが、最近では流れる風景を眺めたり、吹きつける風を感じたりする余裕も出来て結構楽しいです。
フォンタニエの街並みは、一言で言うなら草原の中にある街、と言った感じです。主要な道路や家の周りは石で舗装されていますけど、それでも全体的に緑が目立ち、ところどころ畑が出来ています。
ただ、それも街の外周部の話で、中心に行けばそれに比例して整備が進み、徐々に緑よりも家やお店の割合が大きくなっていき、中央部にそびえたつ王城の雄姿が目に入るようになります。小さい頃は知る由もありませんでしたが、この街は結構な大きさがあったみたいです。
自分の家の周りは人も少ないのでオウガが全力疾走しても問題ありませんでしたが、この辺りまでくるとさすがに危ないので、道行く馬車に混じってのんびり歩いて貰います。
お店から漂うご飯の匂いが気になるのか、オウガは忙しなく鼻をヒクつかせ、時折私のほうをちらちらと伺い見てきますが、その度に苦笑を浮かべ断腸の想いで首を横に振っていく。私だって食べてみたいですけど、でもお金がないから仕方ないんです。オウガがあからさまに落ち込んだ様子で歩みを再開させるので、上に乗ったまま首元を優しく撫でてあげます。
ごめんねオウガ、帰ったらお母様に美味しいお肉用意してもらうから。
そんな風に、様々な誘惑に駆られながら進むこと30分。ようやく目的地であるルル君の家に到着します。
ルル君の家は、街の外周部にある私の家とは違い庭などはないですけれど、代わりに背が高くて作りも立派です。なんでも、ルル君はそこそこ大きな商会の息子なんだとか。
「ルールくーん! あっそびーましょー!」
正確には訓練ですけど、私達にとっては似たようなものです。
やがて、ドアを開けて出て来たルル君は、私を見てなんとも複雑な表情を浮かべました。どうしたんでしょう?
「リリィ、その服は……」
「え? 服?」
言われて、改めて自分の服装を見る。
薄い青を基調とした膝上10㎝丈くらいのワンピースで、ところどころ白いラインの入ったこの服は少なくともカッコよさとは無縁ですけど、手持ちの服の中ではかなり動きやすい部類なので結構気に入っています。
あんまり男っぽい服だと渋い顔をするお兄様も喜んでくれたので、変ということはないと思いますけど……
「何かおかしいですか?」
「いや、少なくとも訓練するような服装じゃなくない? というか……その服でオウガに乗ったらその……色々見えそうで……」
最後のほうはよく聞こえませんでしたけど、うーん……確かに訓練向きの服装かと言われれば首を傾げますけど、でも動きやすさはピカイチなんですよね。だからやっぱりこれでいいかな?
「まあ、大丈夫ですよ。さあ、早く行きましょう!」
「う、うん」
まだまだ同年代の子に比べたらかなり小柄とはいえ、ここ3年で私もルル君も身長が伸びて、さすがにオウガに2人乗りは出来なくなったので、みんなで一緒に歩いて近くの公園へと向かいます。
家の近所にあるのは公園というよりはただの広場って感じだけど、ここのはれっきとした公園です。まあ、前世みたいな遊具はないので、近所のと違ってお花畑と休憩用のベンチがあることを除けば大差ないんですけどね。
「さあ、行きますよルル君!」
「うん、いいよ」
そんな場所で、私とルル君は対峙しています。オウガは訓練中はやることがないので、近くの草むらで日向ぼっこするようです。
いつもの長大な木剣を構えるルル君に対して、私はようやく自由に振り回せるようになった子供用の小さな木剣を手に駆け込んでいく。
振り回せるようになったのはごく最近ですが、お父様から教わった剣の型は頑張ってイメージトレーニングしてきましたから、何の問題もありません。木剣を振りかぶり、正面から振り下ろす。
「えいっ!!」
掛け声と共に繰り出した、必殺の一撃。それは狙い違わずルル君の肩口めがけて伸びていき――
「よっと」
あっさり躱されました。
「ひゃわあ!?」
せめて受け止められるくらいされるだろうと思っていた私は、そのまま勢い余って地面にダイブ。
うぅ、痛い……
「あはは……やっぱりリリィは剣より魔法の練習したほうがいいんじゃない?」
心配そうなルル君の声を聞いて、私はがばっと体を起こす。
そして、もう一度木剣を正面に構えてルル君へ向き直ります。
「ダメです! 絶対剣も強くなるんです! 学園に入学したら、どのみち避けて通れない道ですし!」
私とルル君は今8歳で、来年度にはフォンタニエ王立学園への入学が決まっています。そして、王立学園では、勉学以外に魔法と剣技が重要な評価項目になっていますから、才能がないからと剣技を疎かには出来ません。
後、剣が強いほうがカッコイイし。あとカッコイイし!
「いやリリィ、それを言うなら勉強のほうも避けては通れな……」
「ルル君覚悟ーーー!!」
「うわぁ!?」
余計なことを喋るお口にはお仕置きです!
別に、私が勉強苦手だとか、面倒だから剣を言い訳に逃げてるとか、そんなことはないったらないです! ただお父様の娘としては剣技が下手っぴなままではいられないだけなんですー!
「全くもうリリィは……今日の訓練が終わったらちゃんと勉強するんだよ? 入学試験で酷い点数取ったらそれこそお父さんたちに怒られるでしょ?」
「うぐぐ……」
急に斬りかかった私の剣をあっさりいなしながら窘めるように言うルル君に、思わずうなり声を上げてしまう。
数学とか、そういう計算系なら問題ないんですけど、この国の歴史だとか言語の文法だとか、そういう勉強になってくると全くついていけなくて参ってます。特に自然科学方面なんて、魔法で起こる現象と混同されててむしろ前世の知識が足を引っ張ると言いますか。
うぅ、体だけじゃなくて頭の出来もそんなに良くないって、神様、私前世で何か悪いことしました……? ぐすん。
「じゃ、じゃあルル君! 私がルル君から一本取ったら、お勉強は無しということでどうですか!!」
「えぇ!? ……いや、まぁ、いいけど」
「えっ、いいの?」
ほとんど冗談半分で言ったんですけど、まさか了承されるとは思わなくてついぽかーんと口を開けてしまいます。
「いやだって……流石にリリィに剣で負ける気はしないし……」
「…………」
控えめに、けれどもハッキリ言いきったルル君に、少しばかりカチンと来る。
一旦距離を置いた私は、改めて木剣を片手で持って半身一歩前に踏み出すような形でルル君に突きつけ……ようとして、さすがにきつかったので両手で持ち直して突きつけ直します。
「ふ、ふふふ……ルル君、言ってくれましたね。いいでしょう、そこまで言うなら見せてあげます、私の真の力を!!」
「えっ、えぇ?」
なんだかルル君が困惑した声を上げてますが、知ったことではありません。
お前は私を怒らせた!!
「ハイクを詠め。カイシャクしてやるーー!!」
木剣を思いっきり振りかぶり、私はルル君に向かって突撃しました。
「あ、リリィ、そこ違うよ。今の国王様の名前はフォルリネス・メル・ストランド。アーブラウ様は第一王子の名前だよ」
「は、はい……」
結局、剣の勝負ではボッコボコに負けちゃいました。うん、都合よく真の力になんて目覚めるわけがないですよね、知ってましたよほんとですよだからそんな目で見ないでくださいうわーん!
と、心の中で誰とも知らない相手に叫びながら、耳は一応ルル君の言葉を拾い、ノートを取っていきます。
ルル君に適度に叩きのめされた後、私達はルル君の家に来て、約束通りお勉強することになりました。
元々、私の家の近所でなくルル君の家の近所で剣術の訓練をしたのも、本当はこの勉強会のために本がたくさんあるルル君の家が都合が良かったからという事情があったので、どちらにしても逃れられない運命でした。
ちなみに、オウガは大きくて家の中に入れないので、家の隣にあるランターン商会というルル君家のお店に番犬代わりに置いてきました。黒狼がこの辺りだと珍しいからか、居ると若干お客さんの入りが良いとかでオウガのご飯も貰えて一石二鳥です。
ともあれ、そうして私は気兼ねなくルル君にお勉強を教わっているわけですけど……ちょっと、王族って人数多すぎません? 第何王子までいるんですか、ていうかここまで覚える必要ほんとにあるんですか?
そんな風に内心文句を言いつつも、学校の勉強なんてそんなものだとも分かっているので素直に頭の中に入れていきます。明日には忘れているかもしれませんが、そこは私の記憶力に期待……出来ないなぁ……
「よし、じゃあ名前覚えるのはこれくらいにして……そろそろ魔法の勉強する?」
「はい! します!」
知恵熱を出しつつあった頭がその一言で一気にリフレッシュされ、元気になります。
魔法はこの世界における唯一の特技ですからね! 細かい理屈を覚えるのは苦手ですけど、やっぱりそれでもこれまでの勉強に比べたらやる気も出ます!
「あはは……それじゃあ……」
というわけで、2人でそれまでと別の本を開きますが、入学試験で出るような内容は既にお母様に教わっているので、やるのは軽い復習になりますね。
例えば、魔法は全て6つの属性にそれぞれ分類されること。
私が小さい頃、怪我した時にお母様がかけてくれた治癒魔法も光属性に分類されますし、定番の強化魔法なんかも炎属性に分類されます。また、素早く動くための加速魔法は風属性です。
そして、私が得意な属性は地、水、光の3つなので、加速とか攻撃力強化とか、体のハンデを補うような魔法は苦手であまり使えません。
全く使えないわけじゃないんですけど、長ったらしい詠唱の果てにほんのちょっとの持続時間しか保てないので、とても使えたものじゃないんですよね。ほんと、なにかのイジメですか、これ?
ちなみに、ルル君の得意属性は火と風と闇です。あんなに力強いのに、まだ強化しようって言うんですから全くチートですよチート。その代わり、魔力量はそんなに多くないので遠距離攻撃を行うような派手な魔法は苦手らしいですけど。
ついでに言うと、得意な属性の種類も数も人によってまちまちで、私やルル君は3つずつですけど、お父様やお兄様は炎属性くらいしか使えず、逆にお母様は全属性ほとんど抵抗なく使いこなせるんだとか。流石は王国最高の魔導師ですよね。
最初、私に魔法を教える時に炎の魔法を使わせるつもりだったのも、お父様とお母様が共通して使えるのが炎だったからだとか。
私、本当にお父様の子供なんでしょうかね? 段々不安になってきましたよ。
「けど、この辺りは本当に復習ですね、あまり勉強する意味もなさそうです」
ふぅ、と息を吐きながら、凝り固まった体を伸ばしていく。
いくら魔法に興味津々でも、やっぱり既に知っていることを読み返すのは退屈ですね。
「じゃあ、今度はストランド王国の歴史の勉強する?」
「そ、それはちょっと……」
むしろ私としては、勉強会自体をこの辺りで終わりにしたいです。何か手は……あっ、そうだ!
「ルル君、入学試験では確か、各人好きな魔法を一つ使ってその精度や規模を見て評価されるんでしたよね?」
「うん、そうだよ」
「だったら、それに向けていっちょド派手な大規模魔法の練習しましょう! それがいいです! さあルル君行きましょう!」
「えぇ!? いや、ちょっと、リリィ、いくらなんでも僕らに大規模魔法は無理じゃない!? いや、もしかしたらリリィは出来るのかもしれないけど僕には無理だって!」
私の咄嗟の思いつきに、ルル君は面白いくらい狼狽しています。
その両肩にポン、と手を置いて、慈愛に満ちた目で私は言いました。
「ルル君……諦めたら、そこで試合終了ですよ」
「あ、うん、そうだね……って、何をちょっといい感じの言葉で誤魔化そうとしてるのさ! リリィがただ勉強したくないだけでしょ!?」
「そそそそんなことないですよ何を言ってるんですかルル君!?」
くっ、偉大なる先生のセリフでも篭絡されないなんて! しかも私の狙いまでもを看破してくるとは……!
「いいから、そんなバカなこと言ってないで勉強するよリリィ!」
「うわーーーん!! ルル君がイジメるーーー!!」
そんな私の泣き落としに屈することもなく、結局その日は夜までたっぷり勉強することになりました。
その後、遅くなったので最終的にルル君の家に泊まっていくことになりました。さすがに8歳なので一緒のお布団で寝るとかそんなことはありませんけどね。
ただ、そのことを知ったお兄様が家で騒いだりしたそうですが……それを私が知るのは、ずっと後になってからのことです。
いえむしろ、ずっと知らないままでもよかったかも……?
ちなみに作者はテストの10分前に詰め込む人間でした。
良い子は真似しちゃダメよ(´・ω・`)