番外編 ある日の学園祭 前編
総合評価1000pt超えました! ありがとうございます!
記念というわけではないですが、宣言通り番外編です。ちょっと感想で要望があったネタに手を出してみようと思い書きました。
時系列的には、事故に遭わず、そのまま文化祭が実行されていたら、と言った感じです。
「うぅ、とうとうこの日が来てしまった……」
僕、照月 蒼は今、人生最大のピンチを迎えていた。
具体的には、去年の文化祭の出し物だった白雪姫の演劇で、なぜか白雪姫役に大抜擢された上に、誰が王子様役をやるかでクラスの全員(男子女子両方)が熾烈な争いを繰り広げた末、いつの間にか白雪姫が特大ハーレム(逆ハーレム?)を築き上げる話に大改変された時と同じくらいピンチだ。
あの時は大変だったなぁ……主にキスシーンが。まさか観客まで乗り込んでくるとは……
「さあ蒼ちゃん、とうとう本番だよ!」
そんな僕の内心なんて露知らず、クラスメイトにして僕がこんな心境になってる原因の1人である、高坂 茜ちゃんがとってもいい笑顔で僕に話しかけてくる。
うん、可愛いなぁ、惚れちゃいそうだよ……こんな状況じゃなければね!
「うん、そうだね茜ちゃん。けどその前に1つ聞いていい?」
「うん? 何かな?」
「……なんで僕しかこの服着てないの?」
そう言って、僕は腰からふわりと広がる黒と白のミニスカートの裾を摘まんで、抗議の視線を向ける。
僕は男だし、当然女装趣味なんてない。にも関わらず、こんなフリフリのロリゴスメイド服なんていうとんでもない服装をさせられているのには、当然訳がある。
「だって、私達の出し物は『蒼ちゃんのラブリーメイド喫茶』だよ? 蒼ちゃん以外が給仕しても仕方ないじゃん!」
「おかしい、その理屈は絶対におかしい!」
そう、今日は(僕以外のみんなが)待ちに待った文化祭当日。
僕の必死の抵抗にも関わらず、ついに出し物が変更されることなく、むしろ悪化して執り行われることになった今回の企画は、なんと給仕全て僕がやることになっている。うん、僕を過労死させるつもりなんだろうか、このクラスメイト達は。
まあ、その分人員整理や料理を作ったりする人数はかなり多めだし、一度に入店できる人数も結構制限されてるんだけど……まだ始まってもいないのに、既に校内は僕らの出し物の噂で持ち切りで、どこの遊園地のアトラクションかってくらい長蛇の列が出来てるんだとか。
うん、今年の文化祭の出し物トップはうちのクラスでほぼ確定だねー、うわー、うれしいなー。あはは……はぁ……
「まあまあ、うちの開店時間は先生が強権を振るって短めにしてくれたから、そんなに蒼ちゃんの負担にはならないはずだよ!」
「先生いっつも事なかれ主義なのに、なんでこんな時に限ってそんな強気の交渉術を披露してるの!?」
僕の味方は!? と思うものの、残念なことにクラスどころか学校中探しても居なさそうだ。とほほ。
「というわけで蒼ちゃん、レッツゴー!」
「わわっ、ちょっとー!?」
茜ちゃんに押し出されて、更衣室代わりに使ってた教室から出る。
履きなれない、ヒールが若干高めの靴でバランスを崩しそうになるけど、何とか持ち直して顔を上げれば、廊下で待ち構えていたたくさんの生徒達の視線が一斉に突き刺さる。
「うおぉぉーーーー!!」
「蒼ちゃんがメイドだ、ゴスロリメイドだぁぁぁーーー!!」
「きゃーーー!! 可愛いーーー!!」
「蒼ちゃん、俺だー! 結婚してくれぇーー!!」
「何言ってんのよあんた、蒼ちゃんは私のお嫁さんになるのよ!!」
「いやちょっと待て、お嫁さんも何もお前女子じゃねーか!」
「蒼ちゃんは蒼ちゃんだからいいのよ!」
「意味が分からん!! けど何となく言いたいことは分かる!!」
「でしょう!?」
僕が外に出た途端、みんなの興奮がピークに達して、口々に僕を褒めたり告白(?)したり、何だか手が付けられない状態になってきた。
うん、これ、このまま開店して大丈夫かなぁ……?
「もうみんな、蒼ちゃんが困ってるでしょ! 蒼ちゃんの寵愛を受けたいなら、お行儀よく整列して順番を待つように! 守らない子は……」
「ま、守らない子は……?」
「1か月間蒼ちゃんの半径50m以内に入ること禁止!!」
「「「「えぇぇーーーーー!!?」」」」
半径50m以内に入らないって、学校生活送る上ではほぼ不可能な気がするんだけどなー、って思ったんだけど、ここに集まった人達にそこまで思い至った人はいないみたいで、みんな一様に世界の終わりを垣間見たかのような絶望の表情を浮かべてる。
いやうん、おかしくない? 僕に近づけないっていうだけでなんでそんな顔になっちゃうの?
「分かったらみんな、静かに仲良く待っててね! 茜ちゃんとの約束だゾ☆」
「きめぇ」
「そこは蒼ちゃんとの約束がよかったな……」
「うん、だよねー」
「おっとこれは失敬、茜ちゃん失敗! てへぺろ♪」
全力でわざとらしいぶりっ子を演じる茜ちゃんを、みんな揃って全否定する。
酷い言われようだけど、みんなが笑ってるのを見て満足気に頷いた茜ちゃんは、「それじゃあみんな、もうちょっとだけ待っててねー」と言って、僕の方に戻ってきた。
「さあ、張り切っていくよ、蒼ちゃん!」
「う、うん」
茜ちゃんに手を引かれ、メイド喫茶の会場になる教室へと入っていく。
中には既に、何人かの男子と女子が集まって、メイド喫茶で出す料理を作ってた。とは言っても、所詮は学園祭だから、軽く切った食パンにレタスやらハムやらを挟んだサンドイッチに、市販のホットケーキくらいだけど。
「照月! 高坂! こっちは準備出来てるぜ!」
「メニューもバッチリ! いつでも行けるわ!」
こっちに向かってサムズアップしながら、早速とばかりにお客さんが入って来たら渡す予定のメニュー一覧を僕に預けてくれる。
そう言えば、メニューはまだ見たことなかったっけ、と思って、パラりと中を確認してみると……
・蒼ちゃん特製愛情サンドイッチ
・蒼ちゃんのラブアートホットケーキ
・蒼ちゃんのラブリードリンク
「ブーーーーーッ」
いやちょっと待って、このメニューおかしい!! 特製も何も、僕、調理どころか食材の買い出しすらしてないし!! あと、ラブアートって何!? 僕そんなの出来ないよ!? 最後もなんか、取り合えず僕の名前を付けておこうみたいなノリになってない!? もはや何の飲み物かすら書いてないじゃん!!
「それじゃあ蒼ちゃん、早速お客さんを迎えるわね!」
「えっ、いやっ、ちょっと!?」
「大丈夫だ、照月の対応マニュアルは既にここに書いてある。そう難しいことじゃない。というかむしろ、お前の場合は失敗したら失敗したで美味しいと思うやつがいるから、完璧じゃない方がむしろ良い」
「待ってそれおかしくない!?」
僕が止める間もなく、ざっとマニュアルに目を通した頃には教室の扉が再び開け放たれて、お客さんである生徒が入って来る。
一応、一般の人達も居るはずなんだけど……流石に、校外にまで僕のことは伝わってないのか、入って来るのはうちの学校の生徒ばっかりだった。
けどそんなことより……いやちょっとほんとに待って、何このマニュアル、本当にこれ実行しなきゃダメなの!?
「あ、蒼ちゃんだ、本物の蒼ちゃんだ……! はあはあ」
「琴音! ちょっとイケナイ顔になってるから落ち着いて! それ以上したら私達、出禁になっちゃうわ!」
「はっ、そうだった、いけないいけない、あまりにも蒼ちゃんが美味しそうで、つい……」
「あ、あはは……お帰りなさいませ、お嬢様」
「きゃーー!! ねえ聞いた? 蒼ちゃんが私のことお嬢様って、お帰りなさいませって言ってくれたよ! 私もう死んでもいいかも」
「落ち着いて! まだ私達蒼ちゃんに何のご奉仕も受けてないわ、そこまで堪能するまで死なないで!」
「あのお嬢様方、お帰りになられた後も死なないでくださいませ……」
なんだか早速危ないことを口走ってる女子を2人、即席のメイドっぽい口調でなんとかテーブルへと案内する。
この喫茶店ではテーブルが4つあるけど、同時に埋めると僕が処理しきれないからってことで、僕が注文を受け次第次のお客さんを招き入れることになってる。
その分、待ち時間が倍増するんだけど、さっきの茜ちゃんの脅しが効いたのか、文句を言う人は誰もいなかった。
うん、何この、こういう時だけ発揮される無駄な団結力。普段から発揮してくれてもいいんだよ?
「それじゃあそれじゃあ、蒼ちゃん特製愛情サンドイッチ2つと、蒼ちゃんのラブアートホットケーキ2つと、蒼ちゃんのラブリードリンク2つください!!」
「……あの、お嬢様。当店の料理をどちらも食べるのは、少々量が辛いと思うのですが……」
「大丈夫! 蒼ちゃんの愛情が籠った料理なら、どれだけあっても全部食べれるから! ね!」
「うん、問題ないから、お願い!」
「えーっと……かしこまりました、少々お待ちください、お嬢様……」
力強く頷き合う2人の女子に、もはや何も言うまい、と思った僕は大人しく注文を伝え、それを受け取って戻っていく。
「こちら、あ……蒼ちゃん特製、愛情サンドイッチと……蒼ちゃんの、ラブリードリンク、です……」
料理名が余りにも恥ずかしくて、顔が赤くなってるのを自覚しながら伝えると、「恥ずかしがってる蒼ちゃんも可愛い!!」と黄色い悲鳴が上がる。
うぅ、恥ずかしい……けど、次にやらなきゃいけないことに比べれば、それでもマシだって言うのが悲しい。でも、やらなきゃ……
「そ、それから……蒼ちゃんのラブアートホットケーキは、僕自身が愛情いっぱい込めて、最後の味付けをさせていただきますねっ」
僕がそう言うと、2人の女子だけじゃなく、教室の入り口で待っていた他の生徒達や、なぜか僕にそう言うように自分で指示したはずのクラスメイト達までもが歓声を上げ、騒ぎだす。
やめて、余計恥ずかしくなるから! 僕これ以上の羞恥プレイ耐えられないから!!
「で、では行きます……」
もうこれ以上はダメ、無心だ、無心になるんだ!
そう自分に言い聞かせながら、シロップでホットケーキの上に大きくハートマークを描いていく。
「おいしくなーれ♪ おいしくなーれ♪」
……うん、やっぱ無理、死ぬほど恥ずかしい。
うぅ、やっぱりこういうのは女子がやるべきだと思うんだよ、何でみんな男子の僕にやらせたがるんだ、こんなの絶対おかしいよ!!
「はい、僕の愛情籠ったホットケーキ、召し上がれ♪」
なんて心の中で絶叫しながらも、何とか表面上は取り繕ってマニュアルに書かれていたセリフを言い切った。
よし、やった、やったぞ……僕はやったんだ……!
「ふわーー!! 蒼ちゃんの愛情ホットケーキ、いただきます!!」
「大事に、栄養も愛情も余すところなくたっぷり味わって食べるね!! いただきます!!」
「えっと、ほどほどにお楽しみくださいませ……」
そう言って礼をし、僕は離れる。
この後も、しばらく2人はホットケーキやらサンドイッチやらを楽しむだろうけど、僕の仕事はこれで終わりだ。僕はこのメイド喫茶のメインパーソナリティーだから、1組に対して給仕は1度までしかやっちゃいけない決まりにしたらしいし。
そういうわけで、精神のHPをガリガリと削り取るような、恐るべき羞恥プレイを何とか乗り切った僕はほっと一息吐く……
「では次の方どうぞー」
「おっしゃあ! 蒼ちゃーん! 俺にも愛情籠ったホットケーキをくれーー!!」
「………………」
……暇もなく、再び次の羞恥プレイがやって来た。
うん……僕、これ、文化祭が終わるまで生きてられるのかな……
割と本気で、精神的な命の危機を覚えた僕だった。
思った以上に蒼ちゃん編長くなったのでここで一旦切ります。
おかしい、転生して美少女化したはずなのに、リリィになる前の方が大人気だぞこいつ……(困惑