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第六十三話 ルルの困惑②

タイトルの通りルル君視点です。

 リリィが洞窟を飛び出してしばらくの間は、単純に自己嫌悪と羞恥心で動けなかった。

 それが終わった後も、リリィもあれで実は顔を合わせるのが恥ずかしくて出てこないだけかと思って、気にしてなかった。


 けれど流石に、何時間も戻って来ないとなれば心配にもなる。


「こっちでいいの? オウガ」


「ガウ」


 そういうわけで、恐らく迷子になってるだろうリリィの捜索のため、そのペットであるオウガの鼻を頼りに足取りを追っていた。

 普通のペットなら、例え犬だろうと狼だろうと、森の中で正確に追跡するなんて真似は不可能だろうけど、この狼は魔物。それも、黒狼が進化した暗黒狼……っぽい何かだ。リリィの追跡が出来るか聞いてみたら、二つ返事で頷かれた。


 人の言葉が分かるのかとか、そもそもこれは本当に暗黒狼なんだろうかとか、色々と疑問は尽きないけど、この程度のことを一々気にしてたらリリィと付き合っていられない。

 いくら魔物が実力主義だからってそうそう人間には従わないはずだとか、ただ普通に世話をしてるだけなのになんで新種っぽいやつに進化してるんだとか、そんなことは気にしたら負けだ。うん。


「それに、どっちかというとあっちの方が謎だし」


 空を見上げれば、一緒に捜索してくれてるリリィの第二のペット、ミニドラゴンのドランがいる。

 元は体長5m近い赤竜だったのが、どういうわけか白くなってる上、肩乗りサイズまで縮んでる、もはや本当に生物なのか疑わしくなってくるくらいの七変化を経たあれは、本当に何なんだか。

 ぶっちゃけ、あの子を王都の学術院に持っていくだけで、当分はお金に困らなくなるんじゃないかとさえ思う。まあ僕は当然として、リリィもやらないだろうけど。


「ガウガウ」


「えっ、何?」


 そんなことを考えていたら、オウガに突然咆えられた。

 もしや、ペット仲間を売り渡したらどうなるかを考えていたのを見抜いて怒られたんじゃ、なんて一瞬思ったりしたけどそうでもないようで、僕に早く来いとでも言うかのように、服の裾を引っ張り始める。


「リリィが近くにいるの?」


「ガウ」


 こくり、と頷くオウガを信じて、一緒に森の中を進んでいく。

 するとやがて、明らかに自然物とは異なる、人工のテントが立ち並ぶキャンプ地に辿り着いた。


「ここは……!」


 間違いない、つい2日前にも遭遇した、チェバーレ帝国の工作員達の仮拠点だ。こんな場所にリリィが居るんだとしたら、その理由は1つしかない。


 この間のスラムの一件と言い、この国にちょっかいをかけてくるのは別に好きにすればいいけど……リリィを巻き込んで、あまつさえ拉致までしようっていうなら……容赦しない。


「下手に関わっても面倒だから、見なかったことにして帰ろうと思ってたけど……やっぱり、潰すか」


 剣の柄に手をかけて、自然とそんな言葉が口から零れる。

 無意識のうちに漏れ出た魔力が視界の端でスパークし、身体中から力が溢れる。

 後はただ、この剣を振るえばここにいる連中くらい、すぐに血祭りにあげて……


 そう思い、駆けだそうとした矢先、テントの一角から莫大な魔力が吹き荒れる。


「この魔力……リリィ!」


 吹き荒れる魔力は、すぐに本当の意味での竜巻に変わって周辺を薙ぎ払い、それから逃げるように何人かの黒ずくめの連中が飛び出してくるけど、今はそんなことはどうでもいい。

 とにかく、リリィのところへ急ごうと、剣の柄から手を離し、魔力の発生源へと一気に駆ける。


「居た!」


 魔法に乗じて逃げ出したのか、テントの奥、木々の間に隠れるようにしてしゃがみ込んでるリリィを見つけ、一にも二にもなくそこへ飛び出す。


「リリィ! やっと見つけた、よかっ……た……?」


 けど、リリィの姿を見た瞬間、安堵の言葉は途中で途切れる。

 リリィが木々の間でしゃがみ込んでるのは、てっきりあの連中から身を隠すためだと思ってた。

 けど、実際には違った。いや、身を隠すためっていうのは合ってるんだけど、それは決して身の安全とかそういう理由じゃなくて。


「あっ……」


 膝に押し上げられ捲られたスカート。足首のところまで降ろされた白い下着。じょろろ……と音を立てながら地面に向けて噴き出る黄色い液体。

 一応、飛び出た方向が良かったお陰で大事なところは足に隠れて見えないけど、そんなのはこの状況で何の慰めにもならない。


「え、えっと……迎えに来た、よ……?」


 こんな時に限って錆びついたみたいにちっとも回ってくれない頭を恨めしく思いながら、なんとか再起動した僕の口は、ひとまず無難にここへ来た目的を告げてくれた。

 けど、リリィの方は呆然としたまま、しばらく僕の方を見つめた後……


「き……」


「き?」


「きゃああああああ!!!」


「っ!!?」


 いきなり、爆発にでも巻き込まれたかのような衝撃と共に、莫大な魔力がリリィから噴き出す。

 指向性も無ければ属性すらない、ただただ魔力を放出するだけのこんな行為、普通なら周囲に何の影響もないはずなんだけど、リリィの化け物染みた魔力量でやられると、もはやそれだけでちょっとした災害だ。

 いつもなら何やってるんだって怒るところだけど、今回ばかりは僕が原因だって分かってるだけに下手なことは言えない。


「ちょっ、待って、リリィ、ごめんっ、ごめんって!! の、覗くつもりはなかったんだ、だから落ち着いて!」


「の、覗っ、わ、私の、み、みみ、見られ、見られた……! ルル君に、見られ、あう、うぅぅ!!」


 とりあえず謝ってみたけれど、リリィの方は完全にパニックを起こしてるのか、全く落ち着いてくれる様子はない。

 ていうかうん、パニックを起こすにしてもせめて下着くらい穿いてからにしてよ! 見えるから、色々見えちゃうから!!


「見てない! 何も見えてないから!! だから、ね? 一旦深呼吸しよう深呼吸!!」


「し、ししし、深呼吸、深呼吸……すぅーー……」


 見てないって言われて少しは落ち着いたのか、リリィは大人しく僕の言うことを聞いて、大きく息を吸い始める。

 よ、よし、これでなんとか……って、あれ? リリィが息を吸うのに合わせて回りの魔力まで一気にリリィの口に集まってる!?


「ちょ、ちょっと待った、リリィストップ!!」


「はぁーーーっ」


 普通に考えると、リリィの小さな口からじゃ、精々蝋燭の火を吹き消すくらいの息しか出せないけど、それもあくまで普通ならだ。今のリリィはパニックを起こして大量の魔力を撒き散らす、生きる災害状態。となれば当然、その吐く息も普通じゃないわけで。


 吸い込んだ魔力に、“息”っていう風の属性が付与されたことで、リリィの口からは台風もかくやという暴風が吹き出した。


「うおわっ!?


「きゃあ!?」


 暴風に煽られ、僕の体が宙を舞う。

 幸いというべきか、噴き出た直後にその勢いに押されたリリィの体がひっくり返ったことで、その驚きからか魔力が散って、すぐに暴風からただの吐息に戻ったから、彼方まで飛ばされるようなこともなく、なんとか体勢を立て直して、無事着地することが出来た。

 けど、リリィの方はそう器用な真似は出来るはずもなく。


「いたたた……うん?」


 パニックになったままだったせいで、下着を穿き直すこともないままひっくり返った結果、僕の方に足を拡げる形で、あられもない姿を晒すリリィ。

 あまりの光景に、思わずガン見してしまったのは、男なら仕方ないと思う。


「み、見ないでくださいぃぃーーー!!」


 けど、リリィにそんな僕の事情は関係ないわけで。

 形も色も、質量だって伴ってないはずの魔力を掴み取って、なんと僕に向けて投げつけてきた。


「いや待って、今のはリリィの自爆だと思うんだけど!? ていうか見られたくないなら、そんな常識外れな攻撃する前にパンツ穿こうよ!!」


「うるさいうるさいうるさい!! ルル君のバカッ、エッチーーー!!」


 ただの魔力の塊が地面を抉り、木々を薙ぎ倒し、辺りの地形を変えていく。

 直撃したら人なんて木っ端みじんになりそうな威力に冷や汗をかきつつ、それでも一応は当たらないようにしてくれてるのか、特に危ないこともなく余裕を持って避け続ける。

 ……代わりに、森が大変なことになってるけど。これはもう、いつものことだから諦めよう。


「なんで避けるんですか!? いいから大人しく粛清されてください!!」


「いや、これ喰らったら僕死んじゃうから!?」


 配慮なんて欠片も無かったよ! 単にリリィがノーコンなだけだった!!


「いいじゃないですか、女の子の大事なところ見れたんですから、冥土の土産としては十分です!!」


「いっつも断ってるのに一緒にお風呂入ろうって言ってる子のセリフ!?」


 確かに眼福ではあったけども、本当に冥土の土産にされたら困る。そんな反骨精神から、思わず口をついて出た言葉だったけど、この場で言うのは流石に失敗だった。

 僕の言葉を聞くなり、ただでさえ赤くなっていたリリィの顔から、ぼふっ! と湯気が出そうなくらい……というより、実際に魔力がそんな感じに噴き出しながら、更に紅く染まっていく。


「う~~~っ、ルル君のバカーーー!!」


「ちょっ!?」


 リリィの感情に合わせて赤く灯った魔力が炎となり、僕に迫る。

 これは喰らったらほんとに洒落にならない!?


「『散れ』!」


 咄嗟に魔眼を使って、炎を小さな無数の火の粉に変えてばらけさせ、周りへと逸らす。

 お陰で僕は無傷だったけど、周辺に撒き散らされた火の粉が燻ってて、危うく山火事になるところだった。


「リリィ、火事になったらどうするのさ!!」


「その時はすぐに森ごと洪水にして消してあげますから問題ありません!!」


「本当にそれが出来るから性質が悪い!?」


 リリィの言う通り、あのふざけた魔力をそのまま使えば、森を海に変えることだって出来るんじゃないかと思えてくるから困る。

 まあ、その場合実際に出来るのは海というより、巨大な水溜まりだろうけど。


「と、とにかく落ち着いて!! このままだと本格的に地図が書き換わるから!!」


「だったら大人しく一発殴られてください! そしたらやめてあげます!!」


「無茶言わないで!? その一発でも受けたら僕、許すも許さないもなく消滅するから!! ミンチより酷いことになるから!!」


 今も炎が雨霰と降り注いで、一発地面に落ちるごとに火柱が上がってる。

 あの中に取り込まれた人間が生きていられるわけがない。僕はもう何を隠し立てする余裕もなく、魔眼魔法をフル活用して炎を避ける。


「~~~っ、だったら!!」


「なっ!?」


 突然、リリィの手から太陽が現れたかと錯覚するほどの光が放たれて、僕の視界を白一色に染め上げる。

 僕の魔眼魔法は、この眼で視た魔力を操作できる魔法であって、視界を潰されると役に立たない。

 まさかこの弱点にもう気付いて!? と思いながら、なんとかリリィの次なる攻撃を防ごうと、感覚を研ぎ澄まし――


「えいっ!」


「あだっ」


 魔力にばかり意識が向いていたせいで、突然魔力を霧散させて直接チョップを繰り出してきたリリィの攻撃を防げず、頭を抑えるハメになった。

 もっとも、リリィの筋力は低いから、頭を抑えたのも反射的なもので、ほとんど痛くなかったけど。


「仕方ないので、今回のところはこれで許してあげます!」


「え? あ、ああ、ありがとうリリィ」


 いきなり正気に戻ったリリィに困惑しながらも、僕は取り合えずお礼を言っておく。

 そんな僕に、リリィは「やれやれ」なんて言いながら、やっと下着を穿き直した。……その点に関しては、僕のほうが「やれやれ」なんだけど。


「けど、もし次やったら、ルル君にはちゃんと責任取って貰いますからね!」


「へっ、責任?」


 びしっ! と僕に向けて指を突きつけてくるリリィの言葉に、思わず素っ頓狂な声を返す。

 えっ、責任? 責任ってつまり、そういうこと?


「分かりましたか!」


「あ、はい」


 ぐるぐると思考が周り続けて一向に纏まらないままリリィに詰め寄られ、思わず反射的に頷き返す。

 そんな僕に、リリィは満足気に頷くと、くるりと踵を返す。


「よろしい。それじゃあルル君、帰りましょうか」


 そう言って、リリィはさっきまでの狂乱ぶりが嘘のように、にこやかに笑った。

 リリィに限って、さっきまでのが全部演技だなんてことはないと思うけど、なんだか狐につままれたような、狸に化かされたような微妙な気分になりつつも、それでもリリィにされたなら、そう腹も立たない。


 これが惚れた弱みってやつかな……なんて思いつつ、けれどもリリィにやられっぱなしって言うのは、なんとなく気に入らない。

 だから、ちょっとした仕返しも兼ねて、僕はいつもの調子で溜息を吐きながら、前を行くリリィに一言。


「リリィ、そっち帰る方向と逆」


「あれ?」


 相変わらず、最後まで締まらないリリィだった。

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