第六十二話 私は魔王じゃないですよ?
「ドールトーンさ~ん! 私おトイレ行きたいです~!」
夜のキャンプ地に、私の叫びが響き渡ります。
ルル君と二人、森で迷子になった私達は、うっかりこの森の原住民さんと出くわしてしまい、帰るためには原住民さん達と話を付ける必要が出て来てしまいました。
そこで、自分から縛られて、原住民さん達の住居であるここまで連れて来て貰ったまでは良かったんですけど、困ったことにトイレに行きたくなってしまいました。
普通ならそれこそ、森の中で誰に見られるわけでもないですし、その辺でしちゃえばいいんですけど、今は手足が縛られて身動きが取れません。なので、これを解いて貰わないといけないんですけど……
「うー、全然反応がないですね」
このまま放置されると色々と、私の尊厳的なものがピンチなんですけど、どうしましょう?
うーん、いざとなれば、魔法を使って外まで出るっていうのもアリですけど、それをするとせっかくここに来た意味がないんですよね、私達は無害ですって言いに来たのに。
「あ、でも、よく考えてみたら私、ここに居ろともなんとも言われてないんでした」
そうと決まれば、早くこの場所のおトイレがどこか探してみましょうか。
「それっ、ごろごろ~っと!」
地面をごろごろ転がりながら、テントの出入り口を目指して進んでいきます。
さすがに地面の上なだけあって、転がると時折石が刺さって地味に痛いですけど、それ以上にこれは……
「……目、目が回ります~……」
体ごと回転するのをやめても、視界はいつまでもぐーるぐーると回り続けて、もはや自分がどこに向かって進んでいるのかもさっぱり分かりません。
「……何してるんだ?」
「ふぇ?」
そんな私を見下ろして、困惑顔のドルトンさん。
いつの間にやら戻ってきてたみたいですね。
「ドルトンさん、ちょうどよかったです。目が回っちゃったので助けてください」
「何をどうしたら縛られたまま目を回すことに……」
「いえ、外出ようとしたらこうなってしまいまして」
「おいお前らー! もっと縄持ってこい、厳重に縛るんだ!!」
「ええぇ!?」
なんでそうなるんですか!? という私の訴えが通じることなく、両手両足縛られてミノムシみたいになったまま、私はテントの天井に吊るされるハメになりました。
うぅ、まだ余裕はあるとは言え、トイレが近いのにこの仕打ちはあんまりです!
「あの~、私おトイレ行きたいんですけど~……」
「嘘付け。そう言ってまた逃げるつもりだろう」
「本当なんですって~!」
一度逃げ出そうとしたからか、全然信じてくれません。
う~、こうなったら、やっぱりなんとか説得して、ストランド王国を毛嫌いするのをやめてもらうしかないですね。コソコソ隠れて悪さをする必要がなくなれば、私をこうして捕まえておく必要もなくなるんですし!
「分かりました、それなら代わりに、ストランド王国への悪戯はやめてください!」
「何が代わりだ!? やめるわけないだろうが!」
「だって、やめないときっと良くないことになりますよ? いくらなんでも、あなた達じゃ勝てないと思いますし」
「なに!? 俺達がお前らの国に負けるだと!? バカにしてるのか!!」
「いえ、バカにしてるわけじゃないですけど、普通そうじゃないですか?」
いくらなんでも、原住民さん達が王国1つを超える戦力なんて持ってるわけないですから。
そう思ったんですけど、ドルトンさんから見るとそうは思わなかったらしくて、眉間がぴくぴくと痙攣してすっごい怒ってるのが伝わってきます。
「このっ、田舎者のストランド王国が調子に乗りやがって……!!」
「いえ、少なくともあなた達の住んでるところよりは都会だと思いますが……」
だってここ、森の中ですし。ストランド王国じゃ田舎って呼ばれてる私の家の周りだって、ちゃんと他にも家がポツポツありますから、ここよりは都会だと思うんですよ。
「このっ……子供だと思って優しくしてやれば調子に乗りやがって、少し痛い目みないと分からねえか!?」
そう言って、拳を振り上げるドルトンさん。
うーん、特に調子に乗ったつもりはなかったんですけど、実はこの集落(?)に、ストランド王国も驚くようなオーバーテクノロジーが使われてるとか……? でも、特にそんな感じもしないですし、うーん?
そんな風に考えこんでいる私に向かって、ドルトンさんの拳が飛んできます。
あっ、危ない。
「いでえええええ!!?」
私目掛け迫ってきた拳が、直前で透明な壁に阻まれて止められて、ドルトンさんは痛めた拳をもう片方の手で抱えながら、その場をゴロゴロと転がっていきます。
うーん、さっきの私もこんな感じだったんでしょうか? こんなことしてたらそれはまあ、目も回りますよね。
「お、お前、なんで魔法が……」
「えっ? それはだって、私一応魔法使い志望ですし? ていうか、一度戦いになった時も、私が魔法使ってたんですけど、報告受けてないんですか?」
『プロテクション』で防壁張ったり、『フラッシュ』で目くらまししたり、前者はともかく後者は結構派手だと思うんですけど。
あれでしょうか、見た目は派手でも効果が地味ですから、何かの魔道具だと思われたとかですか?
「違うっ、そうじゃない!! なぜその状態で魔法が使えるのかと聞いているんだ!!」
「えっ、なんでって……普通使えません?」
魔法は、魔力さえあれば発動できますからね。別に、手足が封じられてようと、何なら目隠しや猿轡があったって使えないことはないです。流石にそこまで来ると、制御とか、手加減とか、諸々に影響がないとは言いませんけど。
「そういうことじゃ……!! ああもういい! お前らぁ! 縄がちゃんと機能してないぞ!! ちゃんと厳重に、もっと色々使って封じ込めろ!!」
「あれ?」
おかしいですね、普通に会話してるだけなのに、解放して貰うどころかどんどん拘束が厳重になっていくんですけど。
そんな私の疑問などお構いなく、ドルトンさんの呼びかけに応えてやってきた人達が、既にミノムシ状態の私を、その上から更に鎖で縛ってテントの四隅に固定し、周囲に何やら人形みたいなものを設置したかと思えば、それを基点に魔法陣を描いた上、最後に私の胸のあたりにぺたっと、お札みたいなのを貼りつけてきました。
……えーっと。
「あの、ドルトンさん、私を妖怪か何かと勘違いしてませんか?」
もはや途中から、拘束じゃなくて何か宗教めいた封印になってきてるんですけど。私、別に妖怪でも悪魔でもないですよ?
「これで流石に大丈夫だろう……」
けど、なんだか私の声は届いてないのか、満足気に額を拭うだけで答えてくれませんでした。
あの、一仕事終えたぜ、みたいな感じになってますけど、この拘束(?)をしたのドルトンさんじゃなくてその部下の人達ですよね? なんでドルトンさんが「やってやったぜ!」みたいな顔してるんですか?
「ていうか、そろそろ本当におトイレ限界なんですけど、少しでいいので離してくれませんか? 本当に」
やばいです、バカなやり取りしてる間に、本当に限界になって来ました。これ以上我慢すると、もういつ決壊するか分からないです。
「そんなこと言って、また緩めたら魔法で逃げ出すつもりだろう! その手には乗らんぞ!」
「いえ、別に今でも魔法は使えますけど」
「えっ」
「えっ」
……使えますよね?
「『ライト』」
とりあえず魔力を練って、簡単な光魔法を使ってみると、確かにちょっと水道管が詰まったような、変な感じがしますね。前にカレル君がくれた魔封じの縄や、お母様から貰った魔封じのペンダントと同じ類の魔道具でしょうか? まあ、これくらいなら別に魔法の制御がしやすくなるくらいで、大して問題ないですけど。
「ばっ、バカな……これほど厳重な封印を施して、なおも魔法が使える人間などいるはずが……はっ、まさかお前が、魔王の後継者か!?」
「誰が魔王ですか、誰が」
全く酷い話です、私はただの9歳の女の子ですよ。ちょっと前世の記憶が残ってて、男の子らしく、カッコよくありたいって思ってるだけの。
「くっ、まさかこんなところで出くわすとは……!! 俺の命運もここまでか……!?」
「ドルトンさんも大概人の話を聞いてくれませんよね」
私もよくルル君に言われますけど、私以上じゃないですか? この人。
「だがタダでは死なんぞ!! お前達、今すぐ撤退だ、本国へ逃げ帰れぇ!!」
「あれ、本国? 本国なんてのもあるんですか?」
まあ、よくよく考えたらここの人達、ずっと男の人しか見てないですし、女子供は別の場所にいるって考えた方が自然でしょうか?
そんなことを考えている間に、ドルトンさんも含め、外に居た人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていきます。……って!
「ちょっと、私を置いてかないでくださいよ! せめてこれ解いてから行ってください!」
ああもうっ、私はおトイレ行かないといけないのに!! もういいです、どうなっても、後はなるようになるだけです!!
「万象一切薙ぎ払え、煉獄の息吹!! 『テンペストストーム』!!」
そろそろ我慢の限界を超えそうだったので、後先考えずに全力で魔法を放ち、私を捕らえていた縄も鎖も、よく分からない魔法陣もお札もみんな纏めて吹き飛ばして、ついでに勢い余ってテントも何も、ついでに周囲の木々まで薙ぎ倒して更地に変えます。
よし、これで気兼ねなくおトイレいけますね。
「とはいえ、流石に更地になったど真ん中でするのもあれですね。もうちょっと奥へ……」
気付けば黒服の原住民さん達も残らずいなくなってますけど、そんなことよりトイレが大事だと、私はまだ倒れずに残ってる木々をかき分け、少し奥へと入り込むと、大きな樹の傍に少しだけ空いたスペースを見つけました。
とりあえず、ここでいいですかね。
「ふぅ……なんとか間に合いました」
まあ、厳密には明確なトイレがあるわけじゃないので、間に合ったというと微妙ですけど、ずっと我慢してきたところでやっと出来るんですから、間に合ったと言っていいはずです。
私はいそいそとパンツを脱ぐと、その場にしゃがみ込み、はふぅ、と脱力すると……
「リリィ! やっと見つけた、よかっ……た……?」
ちょうどそこへ、突然木々をかき分けて、ルル君が飛び込んできました。
散々我慢してきたところで脱力した私は、当然それを止めることなんて出来るわけもなく。
「あっ……」
じょろろろ……っと、ルル君と2人だけのその場所で、その音だけがやけに響いていました。




