第六十話 悩みは取り合えず置いといて、目先の問題を片付けましょう
洞窟を出た後、オウガにも乗らずに駆け出した私は、顔が茹で上がって真っ赤になっていくのを自覚しました。
「あ~~~もうっ、ルル君は急に何を言い出すんですか、全くもうっ」
本人がいないところで言ってどうするの、って思いますけど、さっき咄嗟に誤魔化しちゃいましたから、今更言うに言えません。
ていうかまさか、ルル君の口からあんなセリフが出て来るなんて思ってもみなかった。
「うー、ルル君、まさか私にあんなこと思ってたなんて……」
ルル君が正気じゃなかったのはそうですけど、流石にあの言葉まで嘘っぱちだなんて思うほど、私も能天気じゃないです。
それに一応、前にも似たような経験がありましたし。と言っても、私がリリアナ・アースランドになる前……照月 蒼だった頃の話ですけど。
「あの時は、なんて言ったんでしたっけ、私……」
最近ではもう、夢に見ることもすっかりなくなってきた、前世の思い出。
今が楽しくて振り返ることもほとんどありませんでしたけど、最近では更に色褪せて、かつて仲が良かった人達の顔も名前も、ぼんやりとしか思い出せなくなってます。
大切だったはずの人達のことを忘れるのは辛いはずなのに、涙の一つも出て来ないのは、これが神様の言ってた記憶の浄化ってやつだからでしょうか?
だとしたら、今ぼんやりと思い出している“あの人”のことも、もう少ししたら完全に忘れてしまうんでしょうか……?
「あの人って……誰でしたっけ……?」
思い起こされるのは、私の身長の倍くらいあるんじゃないかと錯覚させるような大きな体。
どんな顔だったのかは思い出せないのに、やたらと強面で少し近寄り難い雰囲気だったっていう断片的なイメージだけ、その記憶からは伝わってきます。
今に比べて、ずっと自信がなかったあの頃の私の容姿を褒め称えて、告白一歩手前みたいなことを口走るっていうシチュエーションは似てますけど、天使みたいに小さくて可愛いルル君とは似ても似つかない、男らしくてカッコイイ人でした。
「ああ、でも」
――あの優しい目は、ルル君とよく似てましたね――
「って、何言ってるんだろ私」
意識してもどんな目か、どころか顔の詳細だって思い出せないのに、どういうわけか出てきたその感想に首を傾げつつ、頭を振って半ばトリップしていた意識を体に戻します。
「……あれ?」
そこで、ふと気付きました。
「ここ、どこでしょう?」
あれこれと考えながら走っていた(途中からはほとんど歩いてましたけど)せいで、自分がどこから来たのか、分からなくなってしまいました。
うーん、これはあれですね。
「迷子になっちゃいましたね」
自分でもどうかと思うくらい軽く、私は現状をそう認識します。
まあ、それもこれも、いざとなれば魔法の1つでも空に飛ばせば、ルル君なりオウガなりが来てくれるだろうっていう確信があればこそですけど。
「とはいえ、ルル君はなんでか目立ちたくないみたいでしたし、それは最後の手段としておきますか」
それに、今ルル君と顔を合わせても、何話していいか分かりませんし。
いや本当、どうしましょう?
「おい居たぞ、あそこだ!」
何食わぬ顔で「あはは、ルル君、今日はいい天気ですねー」とかって話かけましょうか?
……いやいや、今まで一度だってそんな話かけかたしたことありませんし、そもそも今曇り空ですし、却下です却下。
「2日も経って、いい加減森を出ているかと思ったが、まだ居たようだな、助かった」
それとも、いっそ最初の誤魔化しを一貫して、「ルル君、もう元気になりましたか? 今からご飯作りますね」とか……って、それじゃあまるで風邪引いた夫を看病する妻か何かみたいじゃないですか! まだ付き合ってもいないのにそんな大胆な……って違います違います、そもそもあれ告白されたわけですらないですし!
「全く、手間かけさせてくれやがって。ていうか、こいつ1人か? もう1人のガキはどうした」
いやでも、好きでもないのにあんなこと言うでしょうか? ここは元男の子として、ルル君側の思考に立って考えて……!
「おい、聞いてるのか!! 命が惜しかったらさっさともう1人の居所を吐きやがれ!」
「うるっさいですよあなた達!! 少しは静かに出来ないんですか!?」
「「ぎゃあああああ!!?」」
考え事をしてる最中にぎゃあぎゃあと騒がれて、つい癇癪を起してしまった私は、その感情だけで荒れ狂う竜巻を発生させ、辺り一帯を薙ぎ払ってしまいました。
あ、いけない、目立っちゃいけないんでした。
ま、まあ、今のはちょっとした暴発みたいなものですし、ノーカンですよね、ノーカン。
「ていうか今、人巻き込んじゃいましたけど、大丈夫ですかね?」
吹き飛ばしちゃったほうに行ってみると、そこにはつい2日ほど前、私達を襲撃してきた男の人と同じ、黒装束の人が倒れていました。
そういえば、あの時も結局何の人なのか分かりませんでしたけど……この服装、流行ってるんでしょうか?
「はっ、もしかして……! この人達、この森に住む原住民族なのでは……!?」
そう考えれば、色々と辻褄が合います。服装がみんな統一されてるのも、この人達の民族衣装だと思えばおかしくありませんし、「仕留める」だのなんだのと物騒なセリフも、狩りの獲物を探してたんだと思えば自然なことですし、私達を襲ったのも、こういう少数民族みたいなのって、排他的なのが基本ですから、そういった掟とかあるのかもしれませんし。
もしルル君がそういった事情を知ってたなら、私が仕返ししようとするのを止めるのも納得です。
「げ、原住民族て、どこをどう見りゃそうなるんだ……」
「お、抑えろっ、今はこのガキのバカな妄想に付け込んだほうがマシだっ」
倒れたまま、動かない体に鞭打ってお仲間さん同士何やらひそひそ話してますけど、今後の相談でしょうか?
ここは私の方から、心配しなくてもいいって教えてあげた方が良いですね。
「大丈夫ですよ、私、あなた達に会った事誰にも言いませんから! だから安心してください」
「い、いや」
「そう言われても……」
困ったように顔を見合わせる2人の男。
うーん、やっぱり子供の口からそう言われただけじゃ信じられませんか。だったら……
「じゃあ、あなた達の長に会わせてください。それで直接話して信じて貰いますから」
「「えっ」」
男の人達の声が重なり、訳が分からないよって感じの表情を浮かべました。
そんなに変なこと言ったつもりないんですけど、私。
「ダメですか?」
「い、いやー、その、ダメっていうか」
「ほ、ほら、俺達の長って用心深いからさ、余所者は縛って連れてかないとダメっていうか……」
「お、おいバカッ」
男の1人がした提案を、流石にどうかと思ったのか、もう1人の男の人が嗜めるような口調で止めました。
けど、ふむ……縛られてればいいんですか。
「いいですよ、それで」
「「えっ」」
またも、綺麗なハモリを見せる2人の男。
うーん、この人達も大概仲が良いですね、いっそその秘訣を聞けばルル君との関係について参考になるでしょうか?
「い、いいのか?」
「はい、縛って貰えば連れていって貰えるんですよね? 私達、あなた達の件が片付くまで森から出られなくて困ってたんです、話して分かって貰えるなら、それが一番手っ取り早いですし」
あまり派手な方法で森を出ようとすると、見つかって厄介なことになるってルル君が言ってましたからね。そのことについて話が付けば、大手を振って一気に森から抜け出せます。
私がそう思って言うと、男2人はまたも顔を突き合わせ、ひそひそと話し始めました。
「な、なあ、これどう思う?」
「俺達の件が片付くまで出られないって、実はこいつ、ストランドの密偵なんじゃ……?」
「確かに、あのデタラメな魔法を思えば、この見た目で密偵だったとしてもおかしくはないが……おいっ、だとしたらマズイじゃないか、下手に連れ込んだりしたら……!」
「いや待て、これは逆にチャンスだ」
「チャンス?」
「おう、こっちには特別製の魔封じの縄がある。こいつで縛っちまえば、どんな大魔導士だって魔法は使えねえはずだ。そうすりゃあ……」
「なるほど、あとはただの無害なガキってわけだ」
「ああ、幸い向こうは、こっちが普通の縄で縛ると思ってるのか、油断しきってるからな。そこを利用させて貰おう」
「よし、分かった」
話し合いは終わったのか、男2人は体を起こし、私の傍に寄ってきます。その手には、いつの間にやら1本の縄がありました。
「分かったよ、それじゃあ君を長のところへ案内しよう」
「代わりにこの縄で縛らせて貰うけど、いいね?」
「はい、どうぞ!」
手を差し出すと、男の人は縄抜けが出来ないようにか、かなり念入りに縛りつけ、私をミノムシみたいになるまで縄を巻きつけてきました。
うーん、そこまで念入りにしますか、なかなか掟が厳しい民族みたいですね。
「そ、それじゃあ俺達のアジト……じゃなかった、集落まで、行くぞ?」
「はい、案内よろしくお願いします!」
にこにこと、なるべく笑顔を心掛けながらそう言うと、微妙にぎこちない笑顔を返されつつ、私は片方の男の人に担がれて、原住民族(仮)の集落へと向かうことに。
なんだか米俵にでもなった気分ですけど、まあきっとそういう風習なんでしょうということで1人納得しておきます。
待っててくださいね、ルル君。とりあえず、この問題をさっさと片付けて……そうしたら、また改めて今後のことを話しましょう。
心の中でそう思いながら、私は集落(仮)へと運ばれていきました。
核弾頭をお米様抱っこしてアジトへ向かう謎の男達、果たしてその運命や如何に!(ぇ