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第五十九話 ルルの困惑

今回はルル君視点でいちゃいちゃしてみます。

 最近のリリィはおかしい。

 いや、元からおかしいと言えばおかしいんだけど、それに益々拍車がかかってる気がする。

 小さい頃から無防備な子ではあったんだけど、最近は一層僕の前で隙だらけというか……分かってて誘ってるんじゃないかってくらい、女の子なところを見せつけてくる。


「ルル君、髪乾かすの手伝ってくださいー、私じゃ流石にそこまで細かい魔法の制御は無理ですからー」


「それはいいけど、せめて服くらい着ようよ」


 河原で周りより一回り大きな岩に裸のまま座り、手櫛で自分の髪を整えながら呼びかけてくるリリィの方を極力見ないようにしながら、僕はなるべく平静を装って、呆れたような物言いで苦言を呈す。


 川の水でしっとりと濡れた黒い髪と、白魚みたいな綺麗な肌。正直、直視し続けたら理性が決壊しそうなくらい綺麗で、可愛い。

 だと言うのに、リリィは何を言ってるんですか、と言わんばかりに首を傾げる。


「体をちゃんと乾かしてからじゃないと、服まで濡れちゃうじゃないですか」


「そうだけどさ……」


 本当、リリィって自分が襲われても文句言えないことしてるって自覚あるのかな? 僕が子供だから、そっちの欲求はないと思ってるなら、大間違いなんだけど……


「ルル君、はやくー。あんまりのんびりしてると風邪引いちゃいそうです」


「だったらなんで水浴びなんてしたのさ、全く」


 体を綺麗にするだけなら、それこそ魔法でも良かったのに。


「だって、そうでもしなきゃルル君が行っちゃダメな道に行っちゃいそうでしたから!!」


「行かないからね!? 何度も言ってるけど、僕だって女の子の方が好きだから!」


 リリィは本当に、僕をなんだと思ってるんだ。

 確かに、()()()()()そうだったこともあるけど、今の僕はノーマルだ。いや、あの時も相手が相手だったから、僕はずっとノーマルだったと思いたい。僕以外の男だって、みんなそうだったんだから。


「じゃあ、裸の女の子の髪を乾かすなんてご褒美でしょう? やらなきゃ損ですよ、損!」


「自分で言ってたら世話ないよ、もう」


 盛大に溜息を吐きながらも、僕自身もう、開き直ってもいいんじゃないかと思い始めていた。

 リリィは昔から、何言っても聞かないし、一度走り出したら止まらない暴走機関車みたいな子だったから。だから下手に逆らうより、大人しく乗っかったほうがずっと良い。それが分かるくらいには、僕もリリィの扱いは分かっていた。


「じゃあ、やるよ。風邪引くといけないから、火魔法で温めつつでいいよね?」


「はい、お願いします!」


 リリィの後ろに回って、左手からは風属性の魔法で弱風を、右手からは火属性魔法で温かい熱そのものを出して、そっとリリィの頭に手を添える。


「熱くない? 大丈夫?」


「はい、平気です。ルル君の手、あったかいですね~」


「それ、魔法であって僕の手が温かいわけじゃないからね?」


 リリィの答えに苦笑しながら、濡れた髪を、魔法で熱を放ってる手で梳かしつつ、風を当てて乾かしていく。

 一度やれば概ね乾くし、それで十分ではあるんだけど……その滑らかな触り心地に、僕の中の邪な心が刺激されたのか、つい2度、3度と、往復するように髪を梳かし続ける。


「ルル君、まだですか? そろそろ冷えてきたので、体のほうも乾かして欲しいです」


「ああ、うん、分かった……って、え?」


 今、なんて言ったこの子? 体も乾かして?


「いやあのリリィ、この魔法、直接手で触れたところしか乾かせないんですけど……」


 生活魔法、『ドライウインド』と『ヒートハンド』。それぞれ、乾いた風を生み出す魔法と、手で触れた物が乾きやすいように温める魔法だ。

 『ドライウインド』だけでも良いと言えば良いんだけど、いくら夏場とはいえ、外で裸のままこれを使って体を乾かしたら、流石に体が冷えて風邪を引きかねない。それも、体の弱いリリィなら猶更。

 となれば、効率良くやるためにも、温めるためにも、『ヒートハンド』は必要なんだけど……そのためには、リリィの体に直接手を触れないといけないわけで。


「いいですよ、ルル君なら。どこ触っても」


「…………」


 とりあえず、僕は頭を抱えた。

 この子はもう……女の子が男に言ったらダメでしょそういうセリフは!! そんなに信用されても、僕だって男だからね!? いい加減ケダモノになっても知らないよ!? それとも何、僕のことやっぱり男として見られてないの!? もしくはやっぱり誘ってるとか!? もうどれなんだよ!! はっきり言ってくれ!!


 そんな風に頭の中で僕が葛藤している間も、リリィはいっそ清々しいまでに無防備に、僕に背中を向けたまま座ってる。

 もう、あれだね。据え膳食わぬは男の恥って言うし、あれこれ考えるのはもういいか。ダメだったらダメだった時に考えよう。


「じゃあ、行くよ……!」


 意を決して、僕はリリィの体に手を伸ばす。

 物語に出て来る妖精みたいに、綺麗で華奢で、きめ細やかな肌。今まで何度か一緒にお風呂に入ったし、手だってよく繋いでるけど、こんな風に直接一方的に触れることなんてずっとなかった。

 それを改めて自覚し、背徳感と期待感で高鳴る胸を抑えながら、いざ触れようとした――瞬間。


「ガオ、ガオォ!」


「あ、ルル君魔物です! ご飯ですよご飯!」


「…………」


 突然現れた魔物を見て、リリィが目をキラキラさせながら立ち上がったせいで、僕の手は空を切った。

 ……いや、うん、別に、ガッカリなんてしてないよ? やっぱりこんな形で男が女の子の肌を撫で回すなんて良くないと思うし、僕の場合は下手に知識がある分、歯止めが効かなくなって本当に最後までやっちゃってたかもしれないし。そういう意味では、あの魔物に感謝したっていい。


「あのー、ルル君?」


「何?」


「……怒ってます?」


 だから、リリィが言うように、僕が怒る理由なんてこれっぽっちもない。出てきた魔物は比較的弱い魔物で、大剣を持ち出す必要もなければ、魔眼魔法なんて使う必要なんて全くない。


 だから、


「別に、怒ってないよ?」


 紫に輝き瞳でそうにっこりと笑いかけながら、僕は大剣を手に、現れた魔物へと飛び掛かっていった。






「はあ、何やってんだ僕……」


 その後。結局、魔物をちょっと狩った程度じゃ憂さ晴らしにもならなかった僕は、2日前から拠点代わりにしている洞窟に戻ってきた後、不貞腐れるように葉っぱを敷き詰めて作った寝床に寝転がって、溜息を吐いた。


 リリィをそういう目で見始めたのは、いつからだったか。思い返してみれば、多分、最初からだったんじゃないかと思う。

 初めて見た時から、どういうわけか放っておけなくて。何にも考えずに、ただ真っ直ぐ自分を信じて行動する姿が眩しくて。うっかり手を伸ばせば思いっきり振り回されるのが難点だけど、けどそれも、気付けば当たり前の日常になってた。


 リリィの天然に振り回されるのは疲れるけど、それがないならないで落ち着かないのは、夏休みの初めにずっと店番をしてた時、嫌っていうほど実感した。

 だからこそ、いつもは振り回される立場な僕が、あの時ばかりは裏でコソコソと自発的に動き回ったわけだけど……


「ルルくーん、起きてますかー?」


「リリィ?」


 物思いに耽っているうちに、ゴソゴソと後ろで気配がして、振り向いてみればリリィがすぐ隣から、リリィが僕の顔を覗き込んでいた。

 視界いっぱいに、リリィの不安そうな顔が映る。


「うわぁ!?」


 割と恥ずかしいことを考えていた相手が目の前にいる事態に、思わず仰け反って視線が泳ぐ。


「り、リリィ、どうしたの?」


 バクバクと高鳴る鼓動を抑えつけながら、なんとか平静を装いながら聞いてみると、リリィは僕のガバガバな演技にも気付いていないのか、恐る恐ると言った様子で口を開く。


「あの、ルル君、ごめんなさい!」


「……はい?」


 突然謝られて困惑する僕をよそに、リリィは深々と頭を下げる。

 何を言ったらいいのか、困惑する僕をよそに、リリィはちらちらと僕の顔色を窺いながら話始めた。


「いえその、ちょっと調子に乗ってからかい過ぎたので、そのせいでルル君怒ってないかなー、と思いまして……」


「ああ……」


 そういえばそんなこともされてたな、と思い出して、自分のことながら呆れる。どんだけあの魔物に邪魔されたことに苛立ってたんだ僕……


 そして、そんな風に微妙に自虐的になってるのをどう受け取ったのか、リリィが益々慌て始めた。


「そ、その、もうしません、もうしませんから! だから許してください!」


 ペコペコと何度も謝るリリィに、むしろこっちのほうが申し訳ない気持ちになってくる。

 どっちかというと、今回は僕のほうが悪……いや、悪くはないのか? うん、僕が苛立ってるのは違うにしても、やられたこと自体はリリィが全面的に悪い。ここは一つ、そういう体にして説教の1つくらいはしておいたほうがいいか。


「許してあげるのはいいけどさ、本当にもうやっちゃダメだからね? 僕はともかく、他の男子にやってたらリリィ、襲われてたかもしれないんだからさ」


 リリィのことだから、あれくらいちょっとしたスキンシップの一環だとか思ってそうだし、これだけは釘を刺しておかなきゃいけない。僕だってもう少しで手を出すところだったんだし。

 そもそも、襲われるの意味も正確に分かってるか疑問だけど、そこはまあ、良くないことだって分かって貰えればそれでいい。


 そう思って言ったんだけど、リリィはまた、きょとん、とした顔で首を傾げた。


「何言ってるんですか? ルル君以外にあんなことやりませんよ」


「…………」


 本当にこれ、どう受け取ったらいいんだろう?

 リリィにはそろそろ、自分が女の子で、僕が男の子だって自覚持って欲しいんだけど。これ、下手したら告白のセリフだからね? ただでさえ、リリィは性格がちょっとあれなのを除けば、普通に可愛いのに。


「まあ、仮にやったとしても、私みたいなちんちくりんじゃ、誰も相手にしないでしょうけどね」


「そんなことないよ。リリィは可愛い」


 そんなことを考えていたからか、リリィが続けて言った自嘲するようなセリフに、思わずぽろっと反論を口にしていた。

 驚いた顔をして固まってるリリィを見て、僕はもう、言っちゃったものは仕方ないやと開き直って、思いつくままに言葉を重ねることにした。


「肌は雪みたいに白くてすべすべだし、髪は真珠みたいに綺麗で滑らかで、さっきだって本当はずっと梳いていたかった。確かに体はまだ色々と小さいけどさ、そんな触れたら折れそうなくらい華奢な感じがまた妖精みたいで可愛いんだよね。性格もさ、人の話聞かないし無鉄砲だしバカだし天然だしで、色々と残念ではあるけど、そういう隙だらけなところがまた放っておけないっていうか、守ってあげたくなるんだよ。だからさ、そんな風に僕を信用しきったみたいなセリフ言われると困るんだよ。僕だって男だからね? リリィはどう思ってるか知らないけど男だからね? いい加減にしないと襲うよほんと」


 一息で言い切った後、少しだけスッキリした僕は肺の中から減った酸素を取り込むために、大きく息を吸い込む。そして、ゆっくり吐き出して……落ち着いた僕は、自分が何を口走ったのか、ようやく自覚した。


「……あー、リリィ?」


 とりあえず、吐き出した言葉をどう受け取られたのかと思ってリリィの方を見てみると、茹蛸のように真っ赤になってる……ということもなく。


「……なんかすみません、ルル君」


「り、リリィ?」


 なぜか、初めて見るような慈愛に満ちた瞳で、僕の方を見ていた。

 今のを聞いて、なんでそんな目になるの? なんで僕を可哀想な物を見る目で見てるの?


「きっと私がルル君をからかい過ぎたせいで、ストレスでおかしくなっちゃったんですね。大丈夫です、今日の晩御飯は私が用意しますから、ルル君はゆっくり休んでてください」


「えぇ?」


「それじゃあルル君、私、ちょっと外に狩りに行ってきますね、ご飯になる魔物、探してきます」


 いつになく優しいリリィに困惑するばかりの僕を置いて、リリィは洞窟の外へと歩いていく。

 突然の事態に困惑するばかりで、僕はその背に何か声をかけることも出来ず、ただ見送ることしか出来なかった。


「…………これ、フラれたのかな?」


 そもそも告白するつもりで言ってないし、リリィも特にどうと言ったわけじゃないけど、なんとなくそう思って呟く僕の言葉に反応してくれる人は、少なくともこの場には誰もいなかった。


 ただ、その時僕はいくつか、見落としていることがあった。


 そもそも、さっき邪魔された時に狩った魔物がいるんだから、リリィがこれから新しく獲りに行く必要なんかないってこと。

 そして、外へと向かい駆けて行くリリィの耳が、いつになく真っ赤になっていたことを。

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