第五十六話 遭難しちゃいました!
「ルルくーん、この木の実って食べれるんですか?」
落ちていた、胡桃によく似た木の実を拾ってルル君に見せると、「んー」っと少し唸った後、一つ頷きが返って来ます。
「うん、食べれるよ。ただそれ、殻の部分が鋼鉄並の強度があるっていうアイアンクルミだから、食べるまでが結構大変だよ。食べられる部分も少ないし」
「ふえぇ……この森の生存競争厳しいですね、さっきから毒ありか、食べるのに恐ろしく手間のかかる食料ばっかりじゃないですか」
「片手間でその鋼鉄の殻を砕けるリリィが言ってもなんの説得力もないけどね」
土魔法で殻を砕き、口の中にポイっと実の部分を放り込みながら愚痴る私に、ルル君がじとーっとした視線を向けて来ます。
その視線からそっと目を逸らした私でしたけど、変わらずじーーっと見続けてくるルル君に痺れを切らし、うがー! っと叫び声を上げました。
「だって仕方ないじゃないですか! もう森に入って2日ですよ!? いい加減お腹いっぱい食べたいんです!! もうこの際Sランクドラゴンでもなんでもいいから出てきてください!! 私がぶっ倒してご飯にしてあげますから!!」
「いや、ドラゴンの肉って言うほど食べられないからね? それに、流石にそんなこと言って出て来るドラゴンはいないでしょ」
呆れたように溜息を吐くルル君に、もう少し何事か言おうと口を開きますが、直後にぐぅ~っとお腹が鳴って、力なくその場にへたり込みます。
私とルル君が、自由研究のために森に入って2日。私達は、ものの見事に迷子になっていました。
「う~、それもこれも全部あの人達のせいです。次見つけたらとっちめてやります!!」
「あれに手を出すのはマズイからやめた方がいいよ、僕らには荷が重そうだし」
この場に居ない、その原因を作った人達に恨み言を吐くと、ルル君から珍しく静止の声がかけられます。
いえ、正確に言うと私がすることには大抵反対されてるんですけど、今回はこう、口調ではなく雰囲気が、いつも以上に強く私を引き留めようとしている感じと言いましょうか?
「そういえば、最初に遭遇した時も、戦う前に逃げようって言いだしましたよね、なんでですか?」
「……まぁ、その辺は色々とね。それより、そろそろ洞窟に戻らないと、雨が降るよ? ほら、早く行こう」
「え? あ、ちょっと待ってくださいよルル君!」
あからさまに会話を打ち切ったルル君に首を傾げつつ、この二日間拠点にしている洞窟へ向けて移動を始めます。
今にも雨が降り出しそうな、鬱屈とした曇天模様。そんな空を見上げながら、私は2日前のことを思い出していました。
「とりあえず、もうちょっと奥まで行ってみましょう、そうしたら何か魔物がいるかもしれませんし」
「いいけど、今日中に帰れる範囲にしてね?」
「はい、もちろんです!」
自由研究のために森の中へとやってきた私達でしたけど、魔物が全くいないという予想外の状況のせいで全くそれが進まなかったので、とにかく何か見つけようと思い、更に森の奥へと進むことにしました。
初めて足を踏み入れる森の深部でしたけど、特に浅い部分と何が変わるわけでもなく。少し木々が増えて薄暗くなった程度で、魔物の一匹も見つかりません。
「リリィ、そろそろ諦めて戻らない?」
「えー、もうちょっと行きましょうよー」
「オウガの足で感覚鈍ってるかもしれないけどさ、もう随分な距離走ってきたからね? この森を抜けると他領だし、そこまで行くと捕まっても文句言えないんだから、ほどほどで引き返さないと」
「ぶー」
文句を言いながら頬を膨らませてみせますが、私だって好き好んで捕まりたくなんてないですし、大人しく引き返しますか……
「仕方ないですね、ドランー! そろそろ帰りますよー!」
私達を空から先導してくれている、ミニサイズの白いドラゴンに向けてそう叫ぶと、ドランは「ギャウ!」と一声鳴いて、私のほうに降りてこようと翼を翻し、
その体を、白い閃光が貫きました。
「ドラン!?」
「ギャオォ!!」
致命傷というわけでもないのか、フラフラと頼りない飛び方で、なんとか墜落はせずに地面に降りていくドラン。
けれど、流石に私のところまで来る余裕はないみたいです。
「オウガ、ドランのところまで急いでください!」
「ガウ!」
「ちょ、待ちなよリリィ!」
ドランが落ちて来るよりも早く、オウガの足でその落下地点まで移動します。
そして、体に大穴が空いて、そこから魔力が漏れてる様子のドランが降りてきました。
「ドラン、今治してあげますからねー」
どこからどう見ても致命傷に見えますけど、これくらいならドラゴンは死にません。
とは言え、痛々しいことに変わりはないので、すぐに『ヒール』で治してあげると、一瞬で傷口が塞がって元気になります。
うーん、こんな傷もちょっと魔法使っただけで治るなんて、流石ドラゴン、摩訶不思議です。
「いや、それドラゴンじゃなくて、リリィのほうが規格外なだけだから……」
「えー」
そんなことないと思うんですけどねー。「ボロボロにしたドランに治癒魔法使ったら、真っ白に変わってペットになりました」ってお母様達に言ったら、「その治癒魔法、あまり使っちゃダメよ?」って言われちゃいましたし。
「それはそうと、さっきの攻撃なんだったんでしょう? 魔物でしょうか?」
「いや、あれは人の魔法だよ。遠目からじゃペットの首輪なんて見えないし、野生の子供ドラゴンだと思って撃ち落としたんじゃない? 子供でも、仕留めればかなりお金になるし」
「むぅ、なんて迷惑な、文句言ってこないと」
「いや、普通はドラゴンを飼い慣らすなんて無理なんだから、流石に気付けってほうが無理だと思うけど……」
「それでもです! 行きますよオウガ!」
「あっ、ちょっと!」
またもオウガに跨り、森の中を駆け抜ける。
さっき閃光が瞬いた発射地点の、正確な位置は分かりませんが、方角さえ分かれば十分です。
時間にして、僅か十数秒。その間に何百メートルという距離を走破したオウガの上で私は、うちのペットを撃ち落とそうとした下手人と思しき集団を発見しました。
「あなた達ですね、私のペットに攻撃したのは! うちのドランが怪我しちゃったじゃないですか、謝ってください!!」
びしっ! と指差した先にいたのは、見たこともない黒い衣服に身を包んだ、5人の男の人達でした。
腰に帯剣していたり、背中に弓矢を背負っていたり、あるいは杖を持っていたりと、戦闘準備万端な様子からするに、ルル君の言う通り冒険者なんでしょうか? 服装はどっちかというと、暗殺者っぽいですけど。
「……子供、だと?」
「従魔に姿を見られた以上、始末は必要かと思ったが……この様子では必要なかったかもしれんな」
その人達は、突然現れた私に驚いたようですけど、ただその驚きは、私が思っていたのとちょっと方向性が違うようです。
ていうか、始末だとかなんだとか、ちょっと言ってる言葉が物騒ですね、何か後ろ暗いところでもあるんでしょうか?
「とはいえ、誘き出してしまった以上、このまま帰すわけにも行かん。手早く処理するぞ」
男の人達が、それぞれの得物を音もなく取り出し構える。
処理するぞとか言ってますけど、こんな幼気な子供捕まえてそんなこと言って、一言も反対意見が出ないのはどうなんでしょう?
まあ、今はそんなことより!
「私の言葉をスルーして勝手に話を進めないでください! いいからうちの子に謝って――」
「ふっ……!」
私の講義の声も無視して、男の1人が剣を向けながら突っ込んでくる。
ああもう、面倒ですね! こうなったらちょっと痛い目見て貰ってからOHANASHIしてやります!
そう思って、いつものように防御魔法と、反撃のための光魔法を発動しようとしますが……
「このっ!!」
「むっ……!」
間に割り込んできたルル君が、その男の剣を大剣で弾き飛ばした結果、私の反撃がなされることもありませんでした。
「ルル君!」
「逃げるよ、リリィ!」
「えぇ!? なんで……ってきゃあ!?」
理由を尋ねる暇もなく、ルル君は私の体をひっつかんで駆け出します。
当然、私が乗っていたオウガや肩に乗っていたドランは、突然の動きについてこれず置き去りになりますけど、一瞬遅れてすぐについてきました。
「行かせると思うか?」
けれど、最初の一撃のうちに回り込んでいたのか、別の男が側面から矢を立て続けに放って来ました。魔法で強化されてるのか、矢の通った後には光の軌跡が残っています。
「リリィ!」
「よくわかりませんけどわかりました! 《プロテクション》!!」
名前を呼ばれて、すぐに私は防御魔法を発動。黄色の魔法障壁が、襲い来る矢を立て続けに弾き飛ばします。
男はなんだか驚いたような顔をしていますけど、私の防御魔法はルル君にだって正面からは破れないんですからね! 多少魔法で強化されてたって、弓矢程度じゃ破れません!
「光よ、我が敵を撃ち砕け! 『ライトイレイザー』!」
後ろから、先ほどドランを打ち抜いた魔法が迫りますが、もう私もルル君も、そっちを一瞥もせずに駆け抜けます。
それを見て、男がほくそ笑んだ気がしますけど、残念。魔法は私達に当たる前に、先に発動した防御魔法で弾き飛ばされます。
「何……!?」
「鬱陶しいので、少し止まっててください! 『フラッシュ』!!」
腕を取られて引っ張り回されるのも大変なので、ルル君にしがみつきながら新しい魔法を使い、私達以外全員の眼を眩ませる。
森の中に突然出現した太陽に、1人残らず目をやられて叫ぶ男達に、べーっと舌を出しつつ、私達はその場をまんまと離脱することが出来ました。
「ふぅ、なんとか逃げ切れたね」
しばらく森の中を駆け抜け、一息ついたところで、ずっとルル君に抱かれていた私はやっと地面に降ろされました。
オウガに跨って移動するのは慣れましたけど、抱き抱えられての移動はそうそうしませんから、地味に疲れますね。まあ、それはそれとして。
「それでルル君、あの人達なんだったんですか?」
「さあ、なんだろうね? でも、ああいう手合いはあまり関わらないほうが無難だよ」
戦うこともせず逃げた理由を尋ねますが、はぐらかされて教えてくれません。
むむむ、ルル君のケチ。
「それより、今日は戻ろう。自由研究についてはまた一緒に考えてあげるからさ」
「はーい……」
とは言え、こうなるとてこでも動かないのがルル君ですし、問題の自由研究についてもどうにかしてくれるなら、否応はありません。
そう思い、オウガに乗って帰ろうとして……ふと気づきました。
「ところでルル君」
「何?」
「……帰り道、どっちですか?」
「それは……あれ?」
こうして、私達は森の中で遭難するハメになりました。




